がその異変に気づいたのは、ミラに餌を運んだ時のことだった。

気まぐれな猫にしては珍しく、によくなついているミラは、彼女が部屋に来るといつも大きなお腹を揺らしながら近づいてきて、その足元に鼻先をこすりつけてくる。だが今は、寝床にしているバスケットで苦しげに丸まったまま、時折うめくような鳴き声をもらしている。

「師匠!!」

あきらかに尋常ではないその様子に、は思わず餌皿を取り落としてシズキの元へと走る。
血相を変えて部屋に飛び込んできた彼女に、シズキは一瞬面食らったが、ミラの様子を見ると微笑んで言った。

「安心しなさい。お産が始まったんだ」










第3話 生命の重み










その夜のハーネット家はにわかに忙しくなった。
通常、猫は二月ほどの妊娠期間で子を生むが、人間で言えば高齢出産にあたるミラは、すでに身篭ってから80日近くが経過しており、難産になることは必至だ。

はシズキに指示されたとおり、必要なタオルや消毒薬をかき集め、生まれてくる子猫たちのために、室温が常に一定になるよう暖炉に薪をくべる。湯を張った大きな桶を抱えて廊下を往復すること十数回、ようやく一匹目の子猫が顔を出した。
猫の出産など初めての経験であるため、ややうろたえ気味のとは対照的に、シズキは落ち着いた手つきで生まれ出たばかりの子猫を取り上げに手渡す。

「体を洗ったらタオルで包んで抱いていてやりなさい」

「あ・・・はい!」

は恐る恐る子猫を受け取ると、そっと両手で包み込んで桶の湯で体を洗い始める。

(小さい・・・)

自分の片手にすらすっぽりと収まってしまいそうな小さな体は見るからに頼りなくて、だがそれでも僅かに身じろぐその姿からは、確かな生命の鼓動が感じられる。
はシズキに言われたとおり、纏わりついていた粘膜をきれいに洗い落として、子猫の体を優しくタオルでくるむと両手に抱いた。まだ目は開かないが、おそらく自分を産み落とした存在が恋しいのだろう、子猫は何かを求めるように必死で手足を動かしている。




その後ミラは立て続けに子猫を出産し、が三匹目の子猫を腕に抱く頃にはすっかり夜が更けていた。
だが、それでもなお陣痛は治まらない。おそらく最後の一匹であろう子猫が、未だ産道を通って出てくる気配を見せないのだ。最初の陣痛からすでに5時間以上が経過しているため、ミラの体力もそろそろ限界に達しようとしている。

「!」

このままでは子猫もミラの命も危ないのではないか。がそう思った時、ミラは一際苦しげな鳴き声をあげた。見れば、ほんの少しだけ、子猫の前足が見え始めていた。

(頑張って・・・・!)

は口にこそ出さなかったが、強くそう思って無意識に両手を強く握った。
そうしている間にも、ミラの体から少しずつ少しずつ、子猫の体が押し出されてくる。そして、産み出た瞬間に、はその小さな体を手に取った。

「師匠・・・・この子息が・・・」

だが、手のひらの中の小さな体はぐったりとしておりピクリとも動かない。

「貸してごらん」

シズキは、死んでしまったのだろうかと危惧するに静かに言うと、子猫を自分の腕に抱き上げ、自らの口から息を吹き込んでやる。すると、子猫が”にぃ”とか細い鳴き声をあげた。

「もう大丈夫だ」

シズキは微笑むと、の手のひらの中に子猫を戻す。

「よかった・・・・・あ・・・」

は四匹になった腕の中の子猫を見下ろした自分の目尻から、熱い何かが流れ落ちるのを感じた。気づけばいつのまにか溢れた涙が頬を伝っていたのだ。だが彼女の表情は安堵からか、とても柔らかい微笑みをたたえている。

「ようやく笑ったな。そうだ、それが命の生まれる喜びだ」

その様子に、いつも以上に優しいシズキの声が降って来る。
シズキに弟子入りしてから、が笑顔を見せたのは初めてだった。が不思議そうに見上げるとシズキは、そっとの頭に手を置く。

、よく覚えておきなさい。生命を奪う立場になるのなら、誰よりもその重みを知ることだ。それを知らずただ奪うだけならば、それはお前の両親を殺したものとなんら変わらない。ただ殺戮をするだけの機械と同じだ」

「はい・・・」


は四匹の子猫に母乳を与えるミラに目をやった。ほぼ一晩続いた難産にもかかわらず、彼女の目は母親としての誇りに満ち溢れている。そこにあるのは、確固たる生命の躍動だった。

錬金術の根源にあるのは”全は一なり”という思想。世界は無数の小さな命の循環によって成り立っているが、その一つ一つがなければ存在することは出来ない。その流れを理解し、受け入れ、尊ぶことは錬金術師である以前に、命ある人間としての務めなのだ。

は、何故シズキがミラの世話が修行の一環だと言ったのかようやく理解できた気がした。





to be continued





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