今から約七年前、軍将校がイシュヴァール人の子供を誤って射殺した。


その事件を皮切りに暴動が暴動を呼び、瞬く間に内乱の戦火は東部全域へと拡大する。


激しい攻防の末、大総統キング・ブラッドレイは国家錬金術師の大規模投入と言う異例の措置に出た。


そして半年後の1908年初頭、多くの国家錬金術師が人間兵器として戦場へ駆り出される事になる。


内乱鎮圧と言う大義名分の下に行われた大量虐殺。


後に言うイシュヴァール殲滅戦の幕開けである。










Act.1 Reencounter -魔女の噂-










「静謐の魔女?」

聞きなれない単語に私は眉を寄せ、美味いと言うには程遠い、だが飲めない程ではないコーヒーの入ったブリキのカップを置いた。

「ああ、例の第七特務中隊長の女国家錬金術師、そう呼ばれてるらしいぜ」

そう言ってやはり私と似たようなカップから啜ったコーヒーの味に顔をしかめた男はマース・ヒューズ。
年齢二十三歳、階級は大尉。士官学校以前からの付き合いだが、これで中々食えない性格の男だ。

「魔女・・・か」

随分と迷信じみた名前を付けたものだ。

殲滅戦開始から約半年。
激戦化しているため功績をあげている国家錬金術師は多い。そんな状況のためか本人の意志に関わらず何時の間にか定着し一人歩きした異名を小耳に挟む事もさほど珍しくはなかった。だが、ヒューズの言う女がいたのはYブロックだ。さすがにCブロック担当の私の元まで噂は聞こえて来ない。


「どんな女だ?」

元々待機中の暇潰し程度の雑談だ。大して興味がある訳でもないが、私は流れでそう言った。

「俺も管轄外だから詳しくは知ら無ぇんだけどよ、なんでも戦闘のほとんどを十数分程度で片つけた挙句、今の所中隊内に戦死者がほとんどいないんだと」

「ほぅ」

ヒューズの話の後半部分にほんの少しだけ好奇心を刺激され、私は目を細めた。

戦闘時間の長短は指揮能力にもよるが、少なからず国家錬金術師のタイプに比例する。戦闘向きの錬金術師なら別段早く事を済ませることくらい難しくは無い。だが戦死者の数については、個人のレベルでどうこう出来ない部分もあるためこれで中々難しいのだ。それを踏まえれば中々の名将と言えるだろう。

「それで美人なら私としては文句無しなんだがな」

私が冗談めかして言えばヒューズは”言うだろうと思ったぜ”と嘆息した。

「安心しろ、掛け値なしの美人って話だ」

「それはいい」

私が口の端を吊り上げるとヒューズもつられて吹き出した。

「ま、どーせそろそろ着く頃だろ。話の種に俺も一目見てから戻るかな」

第七特務中隊は今日付けでYブロックからこのブロックに配属される事になっている。確かにあれこれ噂するよりは実際見れば早いというものだ。




「どうだ、お前のほうは?」

「んー?」

間を繋げる意味合いもあって、肩を鳴らしたヒューズに私は何となく訊いた。

「あー前線(ここ)に比べりゃ平和なもんだぜ?結局は後方支援だしな」

ヒューズは中央の諜報部にいたが、殲滅戦が始まってすぐイシュヴァール(ここ)に派遣された。いや、もっと具体的に言うなら飛ばされた。どうやら上層部の連中は戦争にかこつけてこの機に目障りな出世株を葬りたいらしい。そのため、そう言う奴らは大抵一階級特進と引き換えに前線送りと言う体のいい死刑宣告を受ける。

そう考えれば前線配置されなかっただけでもある意味ヒューズ(こいつ)は運がいいんだろう。

「ま、国家錬金術師(おまえら)に比べりゃ楽なもんよ」

私の考えを読み取ったかヒューズがカラカラと笑って見せた。

確かに今回の殲滅戦で国家錬金術師は実用性を試す意味合いもあるのか、常に最前線を往き来する。まあ、危険と言えば一番危険な立場かもしれない。

「とりあえず死ぬなよ?ロイ」

「馬鹿を言うな。こんな野郎だらけのむさくるしい砂漠なんぞで死ねるか」

冗談じゃないと吐き捨てると、取ってつけたような真面目な表情から一転、”違いない”とヒューズが爆笑した。







「失礼いたしますマスタング少佐」

「入れ」

「はっ!」

しばらくしてテントの外から覚えのある声が聞こえてきた。私がそちらに目をやると金髪ショートカットの若い女士官が入ってきて敬礼する。

「どうした?」

彼女はリザ・ホークアイ准尉。
士官学校を卒業したばかりの新米だが、殲滅戦開始時に特務士官として私の下に来た。新卒の半年間を、見習士官と言うぬるま湯に浸かることなくわざわざ実戦志願しただけあって、実力は文句無し。あえて難癖をつけるなら優秀な分いささか生真面目すぎる点くらいだろう。

「外に第七特務中隊が到着されました」

「そうか。今行く」

私が言うと、准尉は再び敬礼して出て行った。

「魔女がお着きだそうだ」

「そんじゃ見に行きますかね」

私とヒューズは腰を上げ、テントの布を捲って外へ出た。









テントから少し歩くと、そこにはずらりと青い軍服姿が並んでいる。
直立不動の彼らの前を私とヒューズが進んでいくと、最前列から二人の人間がこちらに歩いてくる。

細身の影からして二人とも女らしい。私から見て手前を歩いているのが”静謐の魔女”と呼ばれる指揮官だろう。軍帽を目深にかぶっているため顔はわからない。その後ろに従っているのは彼女の副官と言った所か。

私達は数歩分の距離を開けて対面する形で立ち止まった。

すると”魔女”は華奢な指をかけて軍帽を脱ぐ。そして露になった彼女の顔に私もヒューズも息を呑んだ。


さらりと流れ落ちた長い髪は緩く波打つ銀色。月光のように冴えた色のそれを軽く払ってこちらを見上げたサファイアの双眸。全体的に色素を薄く造られているのではないかと思うほど白い肌。

”掛け値なしの美人”と言うヒューズの言葉は間違いではないが、私と彼が驚愕したのはそこではない。その人形然とした美貌に私達は同時に記憶の中から一人の名前を口にしかけた。

「こちらは本日付でCブロックに配属された第七特務中隊。私は指揮官の少佐。着任の確認をされたし、貴殿が責任者か?」

だが、先に彼女、が堅い軍人口調でそう言ったことで遮られる。

「ああ、これは失礼した。私は第十六特務中隊長ロイ・マスタング少佐だ。第七特務中隊の到着を歓迎する」

私は少々面食らったが、一応指揮官同士の事務的な言葉をニ、三交わした。私的な事を訊くのはこの後でもいい。


「では私はこれで失礼する」

「待て、

だが、必要最低限のやり取りを終えるとすぐ踵を返して立ち去ろうとするに慌てて、彼女の肩を掴んだ。すると無機質な瞳で睨まれて思わず私は手を離す。

「すまない、少し話をしたいのだが」

何故睨まれねばならないのか解からなかったが、とりあえず声音を押さえて言う。

「・・・・・中隊、命令あるまで各自待機せよ。以上、解散」

「「「「「Yes,sir!」」」」」

嘆息したは中隊に向け声を発し、副官の少尉に指示を与えて先に宿舎へ帰らせた。






「何を話したいのかしら?」

その場には私とヒューズ、そしてだけが残った。

「おいおい、そりゃああんまりな言い方じゃねーのか、。久しぶりに会ったてのに」

ヒューズが肩を竦めると、は眉一つ動かさず私と彼を交互に一瞥した。

「お久しぶりね。マース、ロイ」

「ああ。士官学校以来だから、二年・・・三年ぶりくらいか?」

「三年半よ」

はさして興味も無さそうに腕を組んだ。そのあまりにも冷たい態度に、私やヒューズと関わりたくないのだろうかとすら思えてしまう。私の眉間に皺が寄った。

「お前いつ国家資格なんて取ったんだよ?」

「二年前」

「二つ名は?」

白銀(しろがね)

”白銀の錬金術師”

二つ名の由来は言うまでも無くの銀色の髪だろう。それはいい。

「「・・・・・・・・・」」

私とヒューズは順に問うて言葉を失った。
まるで機械のような単調な答えしか返ってこない。にこちらと会話をする意思は無いようだ。


「質問はそれだけ?まだやる事があるから戻っていいかしら」

「・・・ああ、呼び止めて悪かったな」

「そう。じゃあ失礼するわ」

今この場でこれ以上引き止めたところで無意味だ。そう悟った私達はなんとも言えない思いで彼女の背中を見送った。







「・・・・どう思うよロイ?」

「どうもこうも無い。何故あんな態度をとられねばならん!」

の姿が見えなくなると訊いて来たヒューズに、私は声を荒げた。

自身が言ったとおり、私とヒューズが最後に彼女と会ったのは三年以上前だ。その間何の接触も無かったにも関わらず、再会してみればあの振る舞い。苛立ちたくもなる。

「どうしたんだろうな、あいつ」

「ああ」

私が君に会わなかった間に何があった?




思わぬ再会を果たしたは、酷く冷めた瞳をしていた。





to be continued





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