もしも感情が凶器になるのなら
私は即座にこの男を殺していただろう
鋭い刃でその喉もとを切り裂いて
噴出す血潮で染まる体を
何度も何度も、形を保てなくなるほどまでに
ずたずたに切り刻んでやれるのに
これが”憎悪”
我ながらなんとも醜い歪んだ感情
私だってこの殺人鬼とやってることは変わらないかもしれない
そう気づいていた
だけど動き出した激情の歯車は
止めることなんて出来やしない
第9話 路地裏の攻防戦
路地の入り口前で、と男は対峙している。
最後にが言葉を発してからどれくらいの時が経ったのだろう。
叩きつける雨音しか聞こえないこの空間では時間さえ無意味に感じられた。実際には数分も経っていないのかもしれない。隙なく構えた2人の人物は先ほどから僅かな身動きすら見せなかった。
ただ、張り詰めた空気がびりびりと、路地奥にいるエドワードの身にまで伝わってくる。傍観する気はなかったが、先ほどのの表情に何か手出しするのが躊躇われた。
ーと、この緊迫状態を先に破ったのはの方であった。
バッと胸に右手を押し付けた彼女は次の動作で地に手をつく。キィンという音と共に付近の雨粒が瞬時に凍結し、刹那男に向かって青い閃光が走った。
「!」
男が飛び退く直前に先ほどとは比べ物にならない閃光と爆音がなる。左に跳んだ男は湧き上る水蒸気をはらうかのごとく大きく手を振る。
「っ!?」
が、直後蒸気とは違う何かが視界を遮った。同時に背後に気配を感じた男は正体不明の遮蔽物を強引に剥ぎ取りながら、勘に任せて右腕を突き出した。
「っと・・・!!」
背後の中空から蹴りを繰り出そうとしていたは男の腕に気づいて体をひねった。
「っく!」
無理な体勢からの強制方向転換により着地のタイミングがわずかにずれる。それでも何とか片手を着いてバランスをとる。ズシャアっと多量の雨に濡れた地面を両足がすべった。
「足場悪っ!!」
毒づきながら見上げれば男が無言でが投げつけた遮蔽物、彼女の軍服の上着を投げ捨てた。
「・・・小ざかしい真似を」
「どうも」
言いながらも瞬時に間合いを詰めた男。が僅かに頭を下げて男の右腕をやり過ごすと、そのまま隙の出来た相手の懐に飛び込む。
「貴様・・・・!」
しかし男もさるもの、の意図に気づいて左腕を振り下ろす。
ガッ!!
鈍い衝撃音。と男は同時に反対方向へ跳ぶ。着地したの長い金髪がふわりと広がった。今のやり取りで切れた紙紐が地面に落ちる。
「いっ・・・・つ・・・・!」
首のあたりに残る鈍痛。
咄嗟の行動とはいえ男の腕は確実に急所をねらってきた、まともに喰らえば気絶させられていただろう。しかしそれは男も同じ事、相打ちで入った鳩尾への一発にわずかに顔を歪める。
(速い・・・っ!!)
再び間合いをとって対峙した二人の姿にエドワードは動揺を隠せない。たった今目の前で繰り広げられた2人の攻防は僅か数秒の出来事だ。
男の尋常ではないスピードはエドワード自身もよく分かっていたが、驚くことにの動きはさらにそれを上回る。
最初に起こした雷撃はどうやら当てるつもりではなく、水蒸気を煙幕変わりに使うことで相手に一瞬の隙を作らせ、その間にあの間合いを一気に詰めるためのものだ。その間僅か3秒を切る。
(伊達にあの大佐の副官じゃないってことか・・・・それに、あの雷撃・・・・まだ力をセーブしてやがんな・・・・)
が自分に離れていろといった意味がようやく分かった。
彼女の起こす雷撃はおそらく地上で練成された超低温の氷と静電気を利用した物だろう。そして未だに彼女が全力を出していない理由は、機械鎧の手足を持つエドワードが近くにいれば感電死しかねないからだ。
(にしても・・・・練成陣はどこに?)
数日前ニーナに錬金術を見せた時も今の戦いでも、が練成陣を書いた様子はなかった。ただ胸に手を当てることだけで練成反応を起こしている。
(・・・軍服の下に練成陣付きの道具でも隠してるのかと思っけど・・・・)
少なくとも上着を脱いだ今の、黒いタンクトップ姿で戦う彼女の体にはそれらしき物は見当たらなかった。
「っは!!」
掛け声と共にが地に手をつく。
走る閃光、轟く爆音。練成後のダイヤモンドダスト現象にの髪がきらきらと舞う。その姿はどこか凄絶なまでの美しさをかもし出していた。
「同じ手が何度も通用すると思うな!」
「!」
だが今度は攻撃を完全に見切られていた。雷撃だけをかわし水蒸気の中を突進してきた男に歯噛みする。
「間合いを空ければ錬金術で攻撃し、詰められれば離れてまたそれを繰り返す。あの雷撃は厄介だがこの至近距離では放てまい」
「く!!」
言いながらも攻撃を繰り返す男の腕は先ほどよりもすさまじく、容赦が無い。タイミングが遅れたは防戦一方を強いられる。腕をかわしながら後退する体はいつしか、壁際まで追い詰められた。
「しまった・・・!!」
「少佐!!」
エドワードは思わず叫んでいた。
「これで終りだ」
ここぞとばかりにの頭に男が右腕を伸ばす。
「・・・・なんてね」
「っ!?」
一瞬怯えた風な表情を見せただがすぐにそれは口の端を吊り上げた笑みに変わる。
直後男との間の地面に無数の何かが突き刺さる。男が額をかばう一瞬の隙を突いて壁を蹴ったは、転がるようにして男と壁の間を抜ける。
体中を浅く裂かれていたるところから血を滴らせた男が、忌々しそうに立ち上がった。踏み出す足元で何かがじゃりっと鳴る。それは突如襲った正体不明の落下物、鋭利な氷柱状に練成された無数の雨粒だった。
「”兵に常勢なく、水に常形なし”ってね。使い方は臨機応変、雷を出すだけが私の錬金術じゃない!」
彼女自身も流石にあの状況ではかわせなかったのだろう、軍服やタンクトップが裂け、露出した白い肌から血が流れ出している。しかしそれにかまわず十分な距離をとったは両手を胸に当て地に手をついた。今までとは比べ物にならない程の爆音があたりにこだまする。
(直撃コースじゃないからよけられたかな・・・・この視界なら向こうが体勢立て直すまで数秒は・・・・!?)
真後ろから来た殺気に反射的に体がそちらを向く。
「なっ・・・・まさか左腕を・・・!?」
「”兵に常勢なし”と言ったのは貴様のはずだが?」
飛び出してきた男の左腕は表面が焼け爛れていた。男はの攻撃をよけるよりも左手で受けることで彼女の隙をつくことに専念したのだった。
「ぐぅ・・・・っ!!」
その姿に気をとられ反応が遅れた。男の膝がの鳩尾にもろに直撃していた。肋骨がミシっと嫌な音をたて、内臓に直に衝撃がくるような激痛に襲われる。
「かはっ・・・・・」
跳ね飛ばされたはなんとか着地したもののすぐに膝をつく。口の中に鉄の味が広がり顔をしかめた。
(油断した・・・・内蔵をやられたかな・・・・)
痛みに眩暈がした。男が突進する。次の攻撃は避けられない。
「ーーーーっ!!」
だがしかし、を襲った衝撃は男の右腕による物ではなく、わき腹に入った蹴りによる物だった。
続けざまに来た腹部への攻撃に息が詰まった。受身を取ることもできず背後の壁に叩きつけられると、そのまま地面にずり落ちた。激痛と霞む視界に立ち上がることもままならない。
「っ・・・殺さないわけ・・・?」
自棄気味に見上げれば男が悠然と近づいてくる。その左腕に負った火傷も決してて軽い物ではない。怒りがひしひしと伝わって来る。
「神の御許に返す前に、貴様にはさらなる苦痛を与えてやる必要がありそうだ」
そう言って男はの細い右腕を乱暴に掴むと、あらぬ方向へ捻じ曲げた。ごきっと、という音が離れた場所にいるエドワードにさえ聞こえた。男は片腕での腕の骨をへし折っていた。
「っああああああぁぁぁっ・・・・!!!」
が悲痛な叫びをあげた。
「少佐ぁっ!!てめぇっ!!」
あまりの苦痛に歪むの瞳に、エドワードは咄嗟に跳ね飛ばされたままだったナイフを掴むと男に突進してくる。
「エドワード君っ・・・・駄目!!」
エドワードが走ってくるのを視界の端に捕らえて、は小さく叫ぶ。しかし激昂したエドワードにその声は届いていない。
「・・・貴様は後だ」
力の抜けたの腕を投げ捨てるようにして男は向かってくるエドワードに対して構える。
「この野郎っ!!なんて事をっ!!」
「攻撃がワンパターンだ」
ナイフの一撃を軽くかわして男がエドワードに密接する。
「うあっ!!」
驚いたエドワードは返す腕でナイフを投げつける。相手を傷つけるよりは後退するための苦肉の策だ。
「くそっ・・・!」
エドワードは急ぎ両手を合わせると機械鎧(を刃に練成した。
「ふむ・・・両の手を合わせることで輪を作り、循環させた力をもって練成する訳か・・・・ならば」
男が右手の関節を鳴らすのと同時にエドワードは真正面から突っ込んでいく。
(いけないっ!!)
は男がよける動作を取らないことに気づいた。しかしそれは声にならない。
「まずはこのうっとうしい右腕を破壊させてもらう」
そして、男につかまれたエドワードの機械鎧(は、音を立ててばらばらになった。落ちる破片と共にがくりと膝をつくエドワードの金の瞳は信じられない光景に見開かれていた。
「に・・・兄さん!!」
アルフォンスが叫んだ。
「・・・神に祈る間をやろう」
完全に戦意を喪失したエドワードに男の無感情な声が響いた。
「あいにくだけど、祈りたい神サマがいないんでね」
エドワードは一度男を見上げた。
「あんたが狙ってるのはオレと少佐だけか?弟・・・・アルも殺す気か?」
「邪魔する者があれば排除するが、今用があるのは鋼の錬金術師・・・・貴様と光耀の錬金術師だけだ」
「そうか・・・じゃあ約束しろ、弟には手を出さないと」
「兄・・・・」
”何を言い出すんだ”とばかりにアルフォンスが顔をあげる。
「約束は守ろう」
男がそう言うのを確認すると、エドワードは僅かにの方に顔を向けた。弱く笑んだその表情は”今のうちに逃げろ”と言う意味が含められていた。
(エドワード君!!)
”さあ殺せ”といわんばかりに顔を下ろしたエドワードにアルフォンスが悲鳴に近い声をあげた。
「何言ってんだよ・・・・・兄さん、何してる!逃げろよ!!」
壊れた鎧の体をひきずって腕の力だけでアルフォンスは前へ進もうとする。ひきずられた部分からさらに破片が散る。しかし彼は構わず叫び続けた。
「立って・・・・少佐を連れて逃げるんだよ!!」
その光景を別の世界のことのように眺めながらは思った。
(私は・・・何も出来ないの?・・・・見てることしか・・・・・あの時みたいに・・・・・ただ大切な人たちが殺されていくのを・・・・)
男の腕がゆっくりと伸びる。
「やめろ・・・・!やめてくれ!!」
アルフォンスの叫びが遠くに聞こえる。頬を涙が伝った。目がかすみ、意識は薄れる。あきらめかけた思考に、近づいてくる音が僅かに届いた。
(・・・この音・・・・?)
ああそうか、とは理解した。
確かに体は重いし、目は霞む。折られた右手をかばって戦うことなんて出来やしないし、何より立ち上がることすらできず、声もでない。それでもまだ自由に動く左腕が残っている。
(・・・上等・・・!)
苦笑して左手を地につけた。
「やめろおおおおおおおおおおおっ!!」
「!?」
アルフォンスの叫びと同時に男の背後でバチっと青い閃光が瞬いた。それを放ったのはもちろん以外にありえない。雷撃のような威力など皆無だが、相手の気をひく程度には十分だ。案の定邪魔をされた男の目が彼女を捕らえる。
(さあ・・・・・来い)
その鋭すぎる目に睨めつけられてなお、は笑みを崩さなかった。
「小娘・・・・邪魔を・・・・」
男はもはや抵抗する気配すら見せないに近づくと、その細い首を右腕で掴んで彼女の体を持上げた。
「余程先に死にたいと見える。いいだろう望みどおりにしてやる」
ぎりぎりと気道を締め付ける腕に、体中が酸素を求めて喘いだ。男の腕にさらに力がこもる。”破壊”するつもりなのだろう。は静かに目を閉じる。しかしそれは覚悟を決めるためではなく、すぐそこまで来ている音に耳を澄ませるためだ。
(そう・・・・あと少し・・・ほんの少しだけ・・・・持ちこたえればいい・・・)
「「少佐!!」」
ドンッ。
この絶体絶命の戦況を覆すべく鋭い音が鳴らされたのは、エドワードとアルフォンスが同時に叫んだ時だった。
「そこまでだ」
(・・・・・本当に・・・・いいところを持っていく人ね・・・・)
その声は、首をしめられたまま思わずが思ってしまうほど、絶妙のタイミングで現れた人物。
天に向かって煙を上げる銃を片手に佇むロイの物だった。側にはそれぞれ同じようにして控えるハボックとホークアイ。さらにその周りを固めるように包囲する大勢の憲兵の姿。
捨て身とも思える行動をとったの本意はここにあった。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.9
無駄に戦闘シーンが長引いたのでとりあえず前半戦終了。
なんだかヒロインが兵法マニアっぽいのは神埼の趣味です(笑)ついでに言い訳すれば嬢、決して好戦的な性格ではありません(いや本当に・汗)ただ、ニーナを殺した張本人・・・・人間としてのニーナはキメラになった時点で死んでしまってますが・・・に対する怒りと、何もしてあげられなかった自分への怒りだけで動いてしまい・・・・
それを制御することができない子供の一面が見え隠れして、ボロボロになってしまいましたが・・・・とりあえず間一髪で助けがきたので一安心です(笑)