はじめに聞いたのはガシャンという何かの割れる破壊音。

眠い目をこすりこすり階段を下りて明かりの漏れる部屋をそっと除く。

見慣れた2人の男女と見知らぬ数人が大声で何かを言っていて。

次に聞こえたのはドンっという衝撃音。

ドンッドンッドンッドンッ。

連続的に聞こえる衝撃音の中で、男と女は鮮血を散らして動かなくなった。

幼い瞳は驚愕に見開かれて。

「おい、まだ娘が居たぞ!」

自分に向けられたその声をどこか他人事のように聞いていた気がした。

刹那、鈍痛が襲って。

ゆっくりと倒れる幼い体は抗うこともせず。

ただ目頭が熱いのを感じていた。



少しの後、薄く目を開けば辺りは熱く、オレンジ色に照らし出された部屋の中、

少女は何かを叫んだ。

「         」

爆ぜる焔にかき消された声は意味をなさないまま消えていった。

そして意識は途切れ、また少し眠った。



それは永遠に失われたはずの焔の記憶。










第8話 破壊の右手










「っ・・・・・・!!」

急激に浮上した意識によって瞬時に光景が変わる。

開かれた瞳に映るのは見慣れた自分の寝室の天井。辺りは静まり返っていて、衝撃音も、焔の爆ぜる音も聞こえない。

そんな中、唯一耳に聞こえるのは、早い鼓動と浅く繰り返される自分の吐息。

無意識に握り締めていたシーツを掴む手はしっとりと汗で濡れている。いや、ゆっくりと体を起こせば、全身が嫌な汗で湿っているのが分かった。汗に濡れた夜着がじわりと体にまとわりつき、朝のひんやりとした空気がさらにからみついて悪寒がする。


「・・・・最悪」

小刻みに震える体を両腕で抱きしめるようにして、は毒づいた。左胸のあたりにうずくような感覚があった。そっと、なぞるようにそれに触れる。

(・・・止まる事なんて出来ない・・・・)

きゅっと指先に力ををこめて顔を上げるとベッドサイドテーブルの時計を見た。8を少し過ぎた長針が遅刻確定の時刻を告げている。

「・・・・・行かなきゃ・・・」










「おいおいマスタング大佐さんよ、俺ぁ生きてるタッカー氏を引き取りに来たんだが・・・・死体連れて帰って裁判にかけろってのか?」

早朝8時、雨の降る中タッカー邸の玄関前には何人もの憲兵が立っていた。
その中の書斎にあたる場所で、シートのかけられたその物体、ショウ・タッカーの惨殺死体を指差してヒューズは親友でもあるロイを見上げた。

「たくよー、俺たちゃ検死するためにわざわざ中央から出向いてきたんじゃねえっつーの」

「こっちの落ち度は分かってるよ、ヒューズ中佐。とにかく見てくれ」

親友の辛辣な嫌味に額を押さえながらもロイは言う。

「ふん・・・自分の娘を実験に使うような奴だ。神罰がくだったんだろうよ」

毒づきながらヒューズがシートを持上げると、血の海に沈んだ死体が露になる。

「うええ・・・・案の定だ」

元はそれが生きて動いていたという事実さえ覆せそうな見るも無残な光景に、ヒューズは顔をしかめてシートを下ろした。

「外の憲兵も同じ死に方を?」

「ああそうだ。まるで内側から破壊されたようにバラバラだよ」

出来ればもう一度見たくは無いと思っていたそれを見せられて、同じようにロイも顔をしかめた。

「・・・・どうだアームストロング少佐」

血の付いた手をハンカチでぬぐいながら、ヒューズは隣にたたずむ巨漢の男、アームストロングに話を振る。

「ええ、間違いありませんな。”奴”です」

アームストロングはけわしく表情をを変えて静かに頷いた。









「おはようございます少佐」

「おはようございます、シェリルさん。ご苦労様」

司令部の建物に入ってすぐの場所にある受付の席には、見知った電話交換手の女性が座っていた。少ない女性人員の一人でもある彼女、シェリルとはわりかし親しい仲にある。は笑顔を向けて彼女の方へと身を寄せた。

「今日はゆっくりなんですね?最近は随分早くいらしてたのに」

「あー・・・・今日のは無断遅刻です・・・」

なんとも決まり悪い返事をしながらは苦笑する。

「あら、そうなんですか?でも良かったですね、マスタング大佐と司令本部の方々なら少し前に出られましたから、上手くいけばお咎めなしで済むかもしれませんよ?」

悪戯っぽい笑みを浮かべながら言うシェリルに、は訝るように眉をひそめた。

「出られたって、また何か事件が?」

「なんでも綴命の錬金術師が殺されたとかで・・・随分大騒ぎになってましたよ?」

「・・・・・え?」

”ご存じなかったんですか?”とシェリルは続ける。

「・・・・そんな・・・・・・・」

予想もしなかった事実に言葉が詰まった。
確かに自分は昨日タッカーを憎いとも思ったが、まさかその本人が殺されていたなんて。顔を曇らせたにシェリルは、あ、とあることを思い出す。

「そういえば、朝エドワードさんがお見えになって、少佐がきたら”昨日はごめん”って伝えてくれとおっしゃってましたよ?」

「エドワード君が?・・・・・ああ・・・・・」

彼はきっと昨日自分に何も言わなかったことに対して悪く思ったのだろう。結局あの後彼と会うことなく今日を迎えてしまったわけだが、自身そんなことは全く気にしていない。むしろ謝りたいのは自分の方だ。

(もっとも・・・何に対しての謝罪かも分からないけれど・・・・)

エドワードもタッカーが殺されたことを聞いたのだろうかと思った時、ふとは何かの違和感に気づいた。

(え・・・・ちょっと待って・・・何か・・・・・)

ふいに先日のロイとの会話が思い出される。




”ここ最近セントラル周辺では国家錬金術師ばかりを狙った連続殺人事件がおきている”

”イーストシティではまだ被害者がでていないが油断は出来ん、君も気をつけたまえ”





(・・・・殺されたのは国家錬金術師のタッカーさんで・・・・・まさか・・・・・!!)

違和感の正体に気づいたは胃の中に冷たいものが流れるのを感じた。

「そ・・・・それで、エドワード君はそう伝えた後どこに?」

「えっ・・・あ、えっと、何処へ行くかはおっしゃってませんでしたが、大通りの方へ歩いていかれたかと・・・・」

何かを考え込んでいたかと思えば突然顔を上げたは、シェリルの横に置かれた電話機から受話器を乱暴に掴む。

「ごめんなさい電話借りますっ!」

「あっ、はい・・・!」

ただ事ではないの様子にシェリルは一瞬息を呑む。

(お願い・・・・頼むからそこにいて・・・・!!)

ダイヤルを回す手が震えた。かけた先はエドワード達が滞在しているホテルだ。呼び出しベルが何度か鳴るうちにホテルの従業員が受話器をとる。

「こちらは東方司令部の少佐です、緊急事態につき詳しい説明は省きます!滞在中のエルリック兄弟は今そちらにいますか!?」

”確認します”と従業員が告げ、少しの時間が流れる。その僅かな時間でさえわずらわしい。
ようやく戻ってきた従業員が伝えた内容は、の期待するものではなかった。

「・・・・そうですか、ありがとうございます。もしも彼らが戻ってきたら私の名前で、連絡があるまで絶対に外に出るなとお伝えください」

そう一方的に告げて、はいささか乱暴に受話器を置いた。

(やっぱり戻ってない・・・・・)

は拳を固く握ると、状況の分からないシェリルに急いで一枚のメモを書き渡した。

「ここに電話して、エルリック兄弟を保護するようマスタング大佐に連絡を!!」

「あっ、少佐はどこへ!?」

「彼らを捜します!!」

言うが早いか、踵を返したは傘もささず再び雨の中へ飛び出していった。

(なんてこと!!)

走りながらぎりっと奥歯をかみ締める。

”タッカーを殺したのが例の国家錬金術師殺しの犯人だとしたら”

そう仮定すればタッカーが殺された理由も説明がつく。いや、仮定というよりはすでに断定に近かった。それに気づいたは漠然とした不安だけを胸に
速度を速める。

(お願い・・・・どうか無事でいて!!)










傷の男(スカー)?」

聞きなれない名前にロイは怪訝な声を返した。

検死と状況確認が終り、タッカーの死体が運ばれたことで現場作業が大方終わった彼は、今研究室の外の廊下に居る。その視線の先にはヒューズとアームストロング。

「ああ、素性がわからんから俺たちはそう呼んでる」

「素性どころか武器も目的も不明にして神出鬼没。ただ額に大きな傷があるらしいということくらいしか情報が無いのです」

険しく眉を寄せたままのヒューズに、額を指差しながらアームストロングがさらにつけくわえた。

「今年に入ってから国家錬金術師ばかり中央で5人、国内だと10人はやられてるな」

「ああ、こっちにもその噂は流れてきている」

腕を組むロイに、ヒューズは眼鏡を押さえるように直しながら声をひそめる。

「・・・ここだけの話、つい5日前グランのじじいもやられてるんだ」

「”鉄血の錬金術師”グラン准将がか!?軍隊格闘の達人だぞ!?」

国家錬金術師の異名でもある人間兵器の名に相応しい人物が殺された、という事実に思わずロイは声を張り上げる。その額に冷たい汗がつっと流れた。

「信じられんかもしれんが、それ位やばい奴がこの街をうろついってるって事だ。悪いことは言わん、護衛を増やしてしばらく大人しくしててくれ。これは親友としての頼みでもある」

そう告げるヒューズの顔はいつになく真剣で、言葉どおり一人の親友としてロイを心配する物であった。

「ま、ここらで有名どころと言ったら、タッカーと・・・・あー今はの嬢ちゃんもいたんだったな、彼女とあとはお前さんだけだろ?タッカーがあんなになった以上、お前さんたちが気をつけてさえいれば・・・・ロイ?」

ヒューズの話の途中からみるみる眉間にしわを寄せていくロイに、一度言葉を切った。

「・・・まずいな」

思案するように左手を口に押し当てたロイはポツリと呟いた。

「?」

その呟きの意味がわからずヒューズが怪訝そうに眉をひそめた。

「エルリック兄弟がまだ宿にいるか確認しろ。それから司令本部に少佐が出勤してきたら、私が戻るまで何があっても司令部から出るなと伝えろ。至急だ!」

「おい!ロイ?」

突然憲兵に向かってそんなことを言い出すロイにヒューズはますますわけがわからない。

「あ、大佐」

と、ちょうどこの場に戻ってきたホークアイがその会話を聞いて声をかけてきた。

「エドワード君なら、私が司令部を出るときに会いました」

「本当か?」


「そのまま大通りの方へ歩いて行ったのまでは見ています」

「っ・・・こんな時に・・・・!」

「大佐!」

ちっとロイが舌打ちするとほぼ同時に、真後ろから憲兵の声がかかった。

「何だ今取り込み中だ!!」

「も・・・・申し訳ありません!!ですがたった今、憲兵司令部のほうに東方司令本部から電話があったと連絡がありまして・・・・」

突然怒鳴られた憲兵は僅かに怯んだものの用件を伝える。

「何?」

「電話交換手の女性からで、なんでも少佐から”エルリック兄弟を保護するように大佐に伝えて欲しい”とのことでしたが・・・・・」

今度はロイが息を呑む番だった。

「それで・・・・少佐は・・・・・少佐本人はどうした!?」

「は・・・・はい!それが兄弟を捜しに行くと大通りの方へ向かわれたと・・・・・」

「・・・・・どいつもこいつも手間のかかる・・・・!!車を出せ!!手の空いている者は全員大通り方面だ!!」

そうはき捨てて、ロイは部屋中に響き渡る声で叫んだ。











昨日から降り続く雨のせいで、昼間だと言うのに大通りに人影は少ない。僅かに通る数人も、どこか早足で過ぎていった。

そんな様子を眺めるわけでもなく、エルリック兄弟はただ時計台の下に座り込んで居た。ずいぶん長い間そうしていたのだろう、エドワードの服は雨水を吸って体に重く張り付き、長い前髪からは雫が落ち続けている。

「兄さん・・・」

会話の無いままただ座っていることに、何となく気まずさを感じたアルフォンスは何とはなしに声を発した。

「ん?ああ・・・・なんかもういっぱいいっぱいでさ、何から考えていいかわかんねーや・・・・」

エドワードは顔を上げる。

「・・・・昨日の夜からオレたちの信じる錬金術ってなんだろう・・・・・・って、ずっと考えてた」

「・・・”錬金術とは物質のうちに存在する法則と流れを知り、分解し、再構築すること”」

エドワードの言葉の意味を汲み取ってアルフォンスが呟いた。

「”この世界も法則にしたがって流れ循環している。人が死ぬのもその流れのうち”・・・”流れを受け入れろ”師匠(せんせい)にくどいくらい言われたっけな」

アルフォンスの呟きに続けながら、エドワードは自分の手のひらを見つめた。

「・・・わかってるつもりだった。でもわかってなかったから、あの時・・・・・母さんを・・・・そして今もどうにもならない事を、どうにかできないかと考えている」

脳裏にアレキサンダーと戯れるニーナの姿が思い出される。の見せた錬金術に無邪気にはしゃいで、自分や彼女を”大好き”といったのはおとといの事だった。

エドワードは膝を抱える。

「オレはバカだ。あの時から少しも成長しちゃいない」

空を振り仰げば降り注ぐ雨が顔を打つ。

「はあ・・・外に出れば雨と一緒に心の中のもやもやとした物も、少しは流れるかなと思ったけど・・・・顔にあたる一粒すらも今はうっとうしいや」

「でも・・・・・」

アルフォンスはそっと右手をかざす。鎧の体に落ちる雨は静かに跳ねるだけでその感覚は伝わってこない。

「肉体が無いボクには、雨が肌を打つ感覚も無い。それはやっぱりさびしいし、つらい」

握り締めた右手は無意識に力が入って心なしか震えていた。

「兄さんボクはやっぱり元の体に・・・・人間に戻りたい。たとえそれが、世の流れに逆らうどうにもならない事だとしても」

その言葉はアルフォンス自身にもエドワードにもとても重く響いた。



「あ!いたいた、エドワードさん!」

ーとその時、前方から一人の憲兵がエドワードの名前を呼びながら走ってくるのが見えた。

「エドワード・エルリックさん!!」

憲兵は一人の男とすれ違い際にエドワードのフルネームを叫んだ。

「・・・・・・・エルリック?エドワード・・・・・エルリック・・・・・・」

そう男が反芻するように呟いて振り返ることなど気づきもしないで、エドワードに駆け寄った憲兵は、文字通り胸をなでおろす。

「ああ、無事でよかった!捜しましたよ!」

「何?オレに用事?」

一方何故自分が捜されていたのかなんて理由もわからないエドワードはきょとんしている。

「至急本部に戻るようにとの事です。実は連続殺人犯がこの・・・・・」

「?」

話す憲兵の背後に何者かが立ったのに気づいてエドワードは顔を上げた。それに気づいた憲兵が振り返ればそこには見知らぬ大男がたたずんでいる。

「エドワード・エルリック・・・・・鋼の錬金術師!!」

「!?」

その男と目が合った瞬間エドワードは全身の毛を逆なでされるような感覚に襲われた。強いて言うならそれは”恐怖”だろう。全身から滲み出すような殺気に本能が危険を知らせている。

「!!額に傷の・・・・」

男の額に大きな傷を見とめた憲兵は咄嗟に銃を抜く。

「よせ!!」

エドワードが叫んだ時は既に手遅れであった。男は瞬時に憲兵の頭を掴む。そして次の瞬間憲兵の頭は爆発したように血を噴出し彼は倒れた。いや、頭だけではない。全身のいたるところから血が噴出している。

その血飛沫がエドワードの頬に飛び散った。

(・・・・なんなんだこいつは・・・やばい!やばい!!やばい!!!)

エドワードの額を多量の冷や汗が伝う。

(体の芯が”逃げろ”って悲鳴をあげてんのに足が動かねぇ・・・・・!!)

体中が警鐘を鳴らしているにもかかわらず、鉛のように重い足はただ震えるだけでピクリとも動かない。男の瞳が改めてエドを見据えた。

(ダメだ・・・・・死ぬ!!)

そう覚悟した瞬間、真後ろで時計台が9時を告げる鐘を鳴らす。ゴーンという響きは瞬時にエドワードの呪縛をといた。

「・・・・・っアル!!逃げろ!!」

言うが早いか、エドワードとアルフォンスは男の横をすり抜けて走り出していた。

「・・・・逃がさん!」

僅かに反応の遅れた男は猛然と2人の後を追う。


「ちくしょーなんだってんだ!」

全力で走りながらエドワードは肩口に後ろを振り返る。男が追って来ているのが視界に入った。

「人にうらみ買うような事は・・・・・・・・・・・
いっぱいしてるけど・・・・・・命ねらわれるスジあいはねーぞ!!」

一部思い当たるフシに声は小さくなったがそれでも足は止められない。

「兄さんこっち!」

「?」

と、エドワードより少し前を行っていたアルフォンスがふいに壁の影から手招きした。

「こんな路地に入ってどーすんだよ!?」

「いいから!」

言いながらもエドワードが路地に飛び込んで来たのを確認すると、アルフォンスは急いでチョークで練成陣を描き、地に手をついた。
ドンという音と共に、路地の入り口をふさぐ形で瞬時に巨大な壁が練成される。

「これなら追って来れないだろ」

「おお!」

とりあえずこれで一安心だと感じた2人の余裕は、数瞬の後追いついた男によって壁もろとも崩された。
厚さ20センチはあろうかという丈夫な壁を、右手一本でぶち破ったと思われる人間離れした男の力に2人はしばし呆然としたが、男が瓦礫を越えるのを見て慌てて奥へ走り出す。

「・・・・・・・・」

だが男はそれを追う代わりに無言で壁に右手を着く。触れたその場所から壁に亀裂が入り、びしびしと音を立てながら進んでいく。そして逃げるエドワードに追いつくと、一際大きな音を立てて頭上の壁が崩れ落ちた。

「・・・冗談だろ・・・・?」

一通り壁が崩れ終わって、細かい破片だけがぱらぱらと落ちて来る中、エドワードは目の前で起きた驚愕の事態に目を見開いていた。

「あんた何者だ、なんでオレたちをねらう?」

男が近づいてきたのに気づいて、エドワードとアルフォンスはそちらを向く。

「貴様ら”創る者”がいれば”壊す者”もいるという事だ」

「・・・・・・・・やるしかねえ・・・・ってか」

エドワードは両手を合わせると右手側にあったパイプからナイフを練成する。それと同時にアルフォンスは手を突き出し構えを取った。

自分たちの後方は瓦礫の山、前方には敵。狭い路地で彼らに逃げ場は無かった。覚悟を決めて男と対峙する。

「いい度胸だ・・・・・・」

その姿に男は獰猛な笑みを浮かべた。

「いくぞ!!」

エドワードの叫びを合図に2人は地を蹴った。ほぼ同時のタイミングで動いた男は走るスピードはそのままに、体制を低くすることでアルフォンスの腕とエドワードのナイフを交わす。

「だが遅い!」

すれ違い際男はアルフォンスの鎧に触れる。次の瞬間アルフォンスの右半身が砕けた。

「・・・・・!」

バランスを崩したアルフォンスは受身もとれずその場に崩れ落ちる。

(む・・・・?)

男は予想外の感覚に振り返った。

「アル!!!野郎おおぉォォォォォっ!!」

その行動に激昂したエドワードは叫びながら男に突進する。

「遅いと言っている!」

しかし簡単に男につかまれた右手に、エドワードは先ほどの憲兵のように体を爆発させられると思い反射的に目を閉じた。

「!?」

しかしそうはならず、バチッと言う音と共に、突然フラッシュのような眩い光に照らされた。

「・・・・・?」

思わず男は腕を放したがエドワードは衝撃に吹き飛ばされて路地から出た地面に叩きつけられた。

「・・・・っくそ!!」

痛みに顔をしかめながらも立ち上がると、エドワードは両手の手袋と動きづらいコートを脱ぎ捨てた。

機械鎧(オートメイル)・・・・・なるほど”人体破壊”では壊せぬはずだ」

男は自分の力をはね返した正体、エドワードの右手からのびる機械鎧(オートメイル)に目をとめる。

「あっちはあっちで鎧を剥がしてから中身を破壊してやろうと思ったが、肝心の中身が無い。変わった奴らよ、おかげで余計な時間をくってしまったではないか」

「てめえの予定につきあってやる程お人好しじゃないんだよ!!」

叫びながらエドワードは構えなおして再び男と対峙する。

「兄さんダメだ逃げた方が・・・・・」

「馬鹿野郎!!おまえを置いて逃げられっか!!」

路地の奥で倒れたアルフォンスが左腕の力だけで何とか立ち上がろうとしている。

「っはあぁぁぁぁぁっ!!」

勢いつけてエドワードが男との間合いを詰める。2人が交錯しようとした刹那、甲高い声が響いた。

「エドワード君下がってっ!!」

「!」

言葉を理解するよりも反射的に体が反応した。前に進もうとしていた右足を軸に片手を突いて咄嗟に後ろに飛び退く。

その直後、たった今エドワードがいた場所近くを青い閃光が走り、ドオンという衝撃音とすさまじい光が発せられた。
衝撃の反動でもうもうと煙が立ち昇る。いや正確に言えば煙ではなく、今の衝撃、雷撃の熱によって蒸発した雨による水蒸気であった。

先ほど声が発せられた方向を振り返れば、水蒸気によってさえぎられた視界の中から細身の人影が現れた。

「2人とも大丈夫?」

「「少佐っっ!?」」

思いがけない人物の登場にエドワードとアルフォンスの声が重なった。

「少佐!!なんでここに・・・・しかも一人で!?」

「話は後、あの男もまだ死んでない」

「!」

気づけば水蒸気の消えた視界の先には、おそらく先ほどの雷撃をかわしきれうずに受けたのだろう、僅かに左腕に火傷を負った男が立ち上がっていた。サングラスの奥の瞳は、新たに現れた邪魔者、に対する憎悪に燃えていた。

「・・・貴様・・・今の雷撃・・・・錬金術師だな」

「当たり。どうせ知ってるだろうから名乗っておくわ。私は、光耀の錬金術師よ、傷の男さん」

どこか挑発するようなの様子に男は口の端を吊り上げた。その笑みは獲物を見つけた肉食獣のそれに他ならない。

「光耀の錬金術師・・・・!女だてらに国家錬金術師になった愚か者がいたとは知っていたが、まさか貴様のような小娘だったとはな」

「”戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は、勝げて窮むべからず”戦い方は常に変幻自在。それは相手の特徴からその日の天候まで、組み合わせ方一つで何百通りにもなる

小娘と言う単語に腹はたったがはあえてそこには触れず静かに男を指差した。

意外な正体で相手の裏をかくのもその一つ。そう言う意味ではあなたは一回負けたことになるわね」

「口の減らない・・・・・いいだろう、貴様から先に相手をしてやる」

男の予測どおりの反応に、笑みを浮かべる反面は内心体中から冷や汗が流れるのを感じていた。

「・・・その前に一つ聞きたい事があるわ」

「・・・・なんだ?」

「綴命の錬金術師ショウ・タッカーを殺したのはあなたでしょう?その時に一緒にいた・・・・茶色の鬣のキメラはどうしたの?」

(少佐?)

エドワードは立ちすくんだままただ2人のやり取りを見守っていた。
何より自分たちと共にニーナと過ごした時とは、あまりにも違う彼女の様子に息を呑む。
が浮かべている笑みは自分たちに向けられるような人懐こい笑みではない。どこか突き放したような、例えるならば氷のような冷笑。

「・・・あれはこの世にあらざる異形の存在。あの男と共に神の御許に返した」

「そう・・・・・」

は一瞬うつむくと顔をあげた。その表情はすでに冷笑すら消えた無表情。

「なら手加減する必要は無いわね」

は男の目を見据えたままエドワードに告げる。

「エドワード君、あなたは今のうちに司令部へ」

「な・・・そんなことできるわけ無いだろ!?アルと少佐を置いて逃げろっていうのかよ!?」

「・・・・・・・勘違いしないで」

振向いたの表情にエドワードは底冷えするような気がした。
彼女の碧の瞳には静かな焔が灯っている。その焔の名は”怒り”。彼女がまとう空気はただ冷たい。

私は軍人よ、君を捜しに来たのは確かだけど、それは一緒に逃げるためじゃない。私はこの男を拘束するか殺すかしないといけない・・・・わかるでしょ?」

の言葉に感情は込められていなかった。

「でもっ!!」

なおもエドワードは食い下がる。

「・・・・少佐階級の私じゃ国家錬金術師のあなたに命令できる権利は無い」

はもう一度振向いた。苦渋の選択を迫られるその瞳は、今度は苦しそうにゆがめられている。

「だから強制はしない、君が弟をどれだけ大切に思っているかは分かってるつもりだから・・・・・でも逃げる気が無いならせめてアルフォンス君の所まで離れて・・・・・でないと・・・君まで巻き込みかねないから・・・・」

「っ・・・・分かった」

エドワードは苦々しく頷いて一歩下がるとアルフォンスの元へ駆け寄る。

「・・・・話は終わったか?」

男は自分へと向き直ったにそう問う。

「話している間に仕掛けることも出来るのに、終わるまで待っててくれるとはね・・・」

「神の道に背きし錬金術師とはいえ、親しき者と最後に話す時間ぐらいは与えてやる」

”お優しいことで”と毒づいて、はすうっと一度大きく息を吸った。

「それじゃ、続きを始めましょうか」

体格、力、スピード。男が持つ実力は確かだ。

遠距離攻撃が可能な自分の錬金術があるとはいえ、は自分に勝算が少ないのを分かっていた。エドワードにはああ言ったが、それは一部を残してほんの建前だ。一時の感情に任せて戦いを仕掛けるのは愚の骨頂だとあの黒髪の上官なら言うことだろう。


(でも・・・・負けられない・・・・!)





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.8

なんだか今回はばたばたと場面転換してしまいすみません;ちょっと話を詰めすぎました・・・反省(汗)
ようやく戦闘シーンのある回に漕ぎ着けましたが、もうちょっと緊張感と臨場感を出せないものか神埼(号泣)
見事玉砕しました・・・・

ところで嬢の『戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は、勝げて窮むべからず
という台詞ですが、お気づきの方いるかもしれませんが原作『軍部祭』でロイが使った『兵は拙速を貴ぶ』等と同じく孫子兵法です(笑)
意味合い的に微妙に使い道間違ってる気もしますが(確信犯ともいう・笑)ただ単に言わせて見たかっただけと言うのもあります・・・・