路地の壁から半円状に敷かれた包囲網、その中心には傷の男。戦況は完全に覆された。

「・・・・・・・・」

男はさして驚く仕草は見せずにただその眉を跳ね上げると、突然の首を解放した。

「っはっ・・・がはっ・・!!」

急激に気管に入り込んできた多量の酸素に思わずむせ返る。は激しく咳き込みながらその場に座り込んだ。

「危ないところだったな少佐、鋼の」

「大佐!こいつは・・・・」

エドワードは壊れた右腕をかばいながらロイに顔を向ける。

「その男は一連の国家錬金術師殺しの容疑者・・・・・・」

ロイは言いながら男に視線を向けた。

「・・・・だったが、この状況から見て確実になったな。タッカー邸の殺害事件も貴様の犯行だな?」

「・・・錬金術師とは元来あるべき姿の物を異形の物へと変成する者・・・・それすなわち万物の創造主たる神への冒涜」

男は自分の眼下で右手に拳を作った。

「我は神の代行者として裁きをくだす者なり!」










第10話 赤い目











男の言葉に ロイは眉を寄せた。

「それがわからない。世の中に錬金術師は数多いるが、国家資格を持つ者ばかり狙うというのはどういう事だ?」

「・・・・・どうあっても邪魔をすると言うのならば、貴様も排除するのみだ」

男はどうやら答える気など毛頭無いようだ。

「・・・・おもしろい!」

ロイは持っていた銃を後ろ手にホークアイに投げ渡すと右手に発火布をはめた。

「マスタング大佐!」

「おまえ達は手を出すな」

その行動に危惧したホークアイが思わず叫ぶ。

「マスタング・・・・・国家錬金術師の?」

「いかにも!”焔の錬金術師”ロイ・マスタングだ!」

ロイは発火布をはめた右手を見せ付けるようにして掲げて見せた。

「神の道に背きし者が裁きを受けに自ら出向いて来るとは・・・・・今日はなんとよき日よ!!」

「私を焔の錬金術師と知ってなお戦いを挑むか!!愚か者め!!」

高らかに叫ぶロイの右手は既に指を鳴らす準備を整えている。直進してきた男にその焔の洗礼が浴びせられるだろうと誰もが思った刹那、

「大・・・!!」

あることに気づいたホークアイがロイの右足に咄嗟の足払いをかける。

「おうっ!?」

今まさに地面に着こうとしていた足が急に宙に浮いてロイはバランスを崩し、慣性の法則に法って後ろによろめいた。その直後今までロイの頭のあった場所を男の腕が通り過ぎた。

ホークアイはその動作の隙に素早くホルスターから抜き放った二丁の拳銃を男に向かって突きつけありったけの弾を撃ち込む。

ガガガガガガガッ!!

威嚇射撃に近い様子で掃射された銃弾は狙いが甘い。男は素早く腕を着いて方向転換すると全ての弾を難なく避けて見せた。

「いきなり何をするんだ君は!!」

「雨の日は無能なんですから下がっててください大佐!」

思い切りしりもちを着いた不本意極まりない体勢でロイがあげた抗議の声を、銃のマガジンを取り替えながらホークアイは振向くことすらせずに一刀両断した。

「あ、そうか。こう湿ってちゃ火花出せないよな」

雨に手をかざしながら言うハボックにたぶん悪気はない。

(無能っっ!?)

数多の女性が恋焦がれる天下の焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐を、”無能”の漢字二文字が容赦なく直撃した。実力もさることながら自尊心も人一倍高いロイのことである。銃で脳天を打ち抜かれるよりも強い精神的ダメージを受けて、へなへなとその場に座り込んだ。


「わざわざ出向いてきた上に焔が出せぬとは好都合この上ない」

このなんとも間の抜けたやり取りの間に男は壁際にまで後退していた。

「国家錬金術師!そして我が使命を邪魔する者!この場の全員滅ぼす!!」

「やってみるがよい」

「!」

その時突如背後に現れた新たな気配に、男は反射的に横へ跳ぶ。

ガボンっ!!

直後、男のいた場所の壁に何者かが拳をたたきつけた。

「ふぅーむ我輩の一撃をかわすとは、やりおるやりおる」

音を立てて壁に大穴を空けたその人物は、手甲をつけた腕を引き抜きながら感心したように呟く。致命的な打撃を受けた建物の壁が、そこを中心にバランスを崩していく。

「国家に仇なす不届き者よ、この場の全員滅ぼす・・・・と言ったな。笑止!!ならばまず!!この我輩を倒してみせよ!!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴと、建物が傾く地響きが段々と大きくなるその光景を、その場にいる全員、鉄仮面で知られるホークアイでさえ嫌そうに眉を寄せて見つめていた。

「この”豪腕の錬金術師”・・・・・・」

ゴガガガガガガっ!!

ついに耐え切れなくなった建物が崩れ落ちるその音をBGM代わりに、まるでそれを待っていたかのように高らかに名乗りをあげて登場したのは、

「アレックス・ルイ・アームストロングをな!!」

二つ名を全身で主張するような巨漢の男、アームストロング少佐その人である。

「・・・・今日は全く次から次へと・・・」

男は一瞬呆気に取られたが、また新たに現れた敵にすぐにその瞳をギンっと見開いた。

「こちらから出向く手間が省けるというものだ。これも神の加護か!!」

「ふっふ・・・・やはり引かぬか。ならばその勇気に敬意を表して見せてやろう!」

言いながらアームストロングは瓦礫の塊を頭上に放り投げた。そしてそれが落下してくるまでの間にニ、三度腕を振り回す。

「わがアームストロング家に代々伝わりし芸術的錬金法を!!」

いい終わると同時に思い切り瓦礫を殴りつけた。

ゴパっ!

手甲の突き刺さった先端から練成反応の青白い閃光が走り、瓦礫が瞬時に鋼鉄の杭に練成される。殴られた勢いに乗り、杭は男の頭の真横の壁に突き刺さった。

「もう一発!!」

男が避けたのを見て今度は真下の地面を殴りつける。そこから男に向かって亀裂が走っていく。

「!!」

迫るそれに気づいた男が動くと同時に亀裂から地面が隆起する。

「この・・・・・」

上着を裂かれたものの間一髪で避けた男は、右腕で巨大な刺のように隆起した地面をなぎ払う。

「少佐!あんまり市街を破壊せんでください!!」

放っておけば傷の男以上に甚大な被害をもたらしかねないアームストロングの戦い様に、ハボックは思わず叫んでいた。その横では形容し難い表情を浮かべたエドワードが呆然と立っている。

「何を言う!!」

しかし目をかっぴらいたアームストロングは自慢の拳を天高く突き上げた。

「破壊の裏に創造あり!創造の裏に破壊あり!破壊と創造は表裏一体!!」

そこでアームストロングは何故か上着を脱ぎ捨て、鍛え上げた自慢の筋肉を誇らしげに盛り上げて、天高く雄たけびをあげた。

「壊して創る!!これすなわち大宇宙に法則なり!!」

「なぜ脱ぐ」

「て言うかなんてムチャな錬金術・・・・・」

すかさずハボックとホークアイが冷静な突込みを入れるが、”決まった”と言わんばかりに天を仰ぐアームストロングの体に、なぜかスポットライトがあたって見える。その光景にまでもが霞んで見えたのはもはや気のせいではない。

「なぁに・・・・同じ錬金術師ならムチャとは思わんさ。そうだろう?傷の男(スカー)よ」

アームストロングのその言葉に、スカーと呼ばれた男はぴくりと反応を示した。

「錬金術師・・・・奴も錬金術師だと言うのか!?」

ショックのあまり再起不能かと思われたロイが立ち上がった。

「やっぱりそうか・・・・錬金術の練成過程は大きく分けて”理解・分解・再構築”の三つ」

エドワードが苦々しげに言う。

「なるほど、つまり奴は二番目の”分解”の過程で練成を止めているという事か」

「自分も錬金術師って・・・・じゃあ奴の言う神の道に自ら背いてるじゃないですか!」

「ああ・・・しかも狙うのは決まって国家資格を持つ者というのはいったい・・・・」

矛盾の生じるスカーの行動にハボックが疑問を投げつけるが、ロイも同じ事を思った。”分からない”と未だ激戦を続けるスカーとアームストロングに目を向ける。

「追いつめたり!!」

壁際に追い詰められたスカーにアームストロングが叫び腕を振り上げる。しかしわざと隙を見せたスカーは腕を振り上げたことでがら空きになったアームストロングのわき腹に腕を伸ばす。

「!」

その手が触れるかいなやと言う所で小刻みなステップで間合いを離すアームストロング。その顔に浮かんだニヤリという笑みにスカーは相手の意図に気づいた。一瞬だがその顔に初めて焦りの色が浮かぶ。刹那

ドンッドンッドンッドンッ!!

連続的に響く銃声。そのうち一発がスカーの米神近くを霞め、サングラスを弾き落とす。

「やったか!?」

「速いですね」

スカーの動きが止まるのを見とめたロイが叫ぶのに対し、煙を上げるライフルから目を離したホークアイが苦くうめく。

「一発かすっただけです」

一方撃たれたスカーは怒りに一度大きく息を吐き出して、銃声を発した方を睨みつけた。

「褐色の肌に赤目の・・・・・!!」

「・・・・イシュヴァールの民か・・・・・・!!」

その鋭い眼光を発するスカーの深紅の瞳に、アームストロングもロイもあからさまな動揺を見せた。
スカーは無言で辺りを見回す。

「・・・・やはりこの人数相手では分が悪い」

「おっと!この包囲から逃れられると思っているのかね」

その呟きにロイが手をかざすと同時に全ての銃口がスカーに向けられた。
スカーは構わず右腕を大きく振り上げると自分の足元に叩きつける。衝撃音と共に彼を中心とした円形の亀裂が入り、マンホールが跳ね上がった。

「「「「「うわああああ!!」」」」」

突然崩れ落ちる地面に、亀裂間際にいた憲兵達が一斉退去する。


「あ・・・・野郎、地下水道に!!」

巨大な穴から下を覗き込んだハボックが舌打ちする。

「追うなよ」

「追いませんよあんな危ない奴」

”冗談じゃない”とロイの横を通り過ぎると一目散へどこかへと走っていくハボック。

「すまんな包囲するだけの時間をかせいでもらったというのに」

「いえいえ」

分かりきったその行き先にあえて触れることなく、ロイはアームストロングに労いの言葉をかけた。

「時間かせぎどころか、こっちが殺られぬようにするのが精一杯で・・・・」

雨とは違う水滴に濡れたアームストロングの額に、その言葉が謙遜で無いと分かる。

「お?終わったか?」

ーと、アームストロングの背後の路地から緊張感の無い声と共にヒューズがひょっこり顔を出した。

「ヒューズ中佐・・・・・・今までどこに」

「物陰に隠れてた!」

一体どこにいたのだろうかと思案するアームストロングに、ヒューズはびしっと親指を立ててみせた。

「おまえなぁ、援護とかしろよ!」

「うるせぇ!!俺みたいな一般人をおまえらデタラメ人間の万国ビックリショーに巻き込むんじゃねぇ!!」

「デタ・・・・・」

「オラ!戦い終わったら終わったでやる事沢山あるだろ!市内緊急配備、人相書き回せよ!」

親友のあんまりな言い草にロイの額に青筋が浮かぶが、さらりと無視してヒューズは呆けたままの憲兵を一括する。

「アルフォンス!!」

何か言ってやろうとしたロイだが、響いてきたエドワードの声にヒューズと共にそちらに視線を向けた。




巨大な穴を空けた鎧の体を壁にもたれさせたまま動かないアルフォンスに、エドワードは必死に声をかけ続けている。

「・・・この・・・バカ兄!!」

すると突然アルフォンスはエドワードの左頬を思い切り殴りつけた。ゴンっと景気のよい音があがり、エドワードは殴られた方の頬に手を当てたままぽかんと口を開ける。

「なんでボクが逃げろって言った時に少佐を連れて逃げなかったんだよ!!」

「だからアルを置いて逃げる訳に・・・・・」

「それがバカだって言うんだーーーーっ!!」

物凄い剣幕で詰め寄ったアルフォンスはまたもエドワードに痛恨の一撃をかました。二度も弟に殴り飛ばされて、今度はエドワードも黙っていない。

「なんでだよ!!オレだけ逃げたらおまえ殺されたかもしれないじゃんか!!」

「殺されなかったかもしれないだろ!!生きのびる可能性があるのに、あえて死ぬ方を選ぶなんてバカのする事だ!!」

「あ・・・・兄貴にむかってあんまりバカバカ言うなーーーーっ!!」

大声で繰り広げられるその不毛な兄弟喧嘩に、誰もが目を点にして見守っていると事など、知る由も無い二人である。

「何度でも言ってやるさ!!」

アルフォンスがエドワードの襟首を掴み上げた。

「生きて生きて生きのびて、もっと錬金術を研究すればボク達が元の体に戻る方法も・・・・ニーナみたいな不幸な娘を救う方法もみつかるかもしれないのに!!」

アルフォンスは腕を引きよせてエドワードの顔すれすれまで鎧の顔を近づける。

「それなのにその可能性を投げ捨てて死ぬ方を選ぶなんて、そんなマネは絶対に許さない!!」

アルフォンスが一気にまくしたてると、エドワードの服を掴んだままの右腕がべきっと折れた。

「ああっ右手ももげちゃったじゃないか、兄さんのバカたれ!!」

「・・・・・はは・・・」

自分は機械鎧(オートメイル)を破壊された隻腕状態、アルフォンスは右半身を砕かれて空洞の中身をさらけ出している。エドワードは静かに腕を外しながら、自分とアルフォンスを見比べて苦笑をもらした。

「ボロボロだなオレ達。カッコ悪いったらありゃしねぇ」

「でも、生きてる」

「うん、生きてる」

生還を確認しあうように力強く頷くエドワードの上半身に、ホークアイがそっと自分の軍服の上着をかけた。




「あの空の鎧が鋼の錬金術師の弟ですと?魂の練成など聞いた事がありませんぞ!」

憲兵に肩を借りて歩いていくアルフォンスの姿に、アームストロングは心底感嘆を示した。

「おそらく彼は命を捨てる覚悟で練成に挑んだのだろうな。だからあの兄弟の絆は強い。どうやら彼らの方は一段落といったところか。それにしても・・・・」

ロイはしゃがみこんだハボックの腕に、抱えられるようにして横たわっているに目を向けた。

「・・・上官である私の指示を待たず、一人で勝手に飛び出して行った挙句それか?いいザマだな少佐」

ロイの辛辣な言葉には弱く笑んで見せた。ロイはため息をつきながらもの前に屈みこむ。

「間に合ったからいいようなもの、もしもあと少し私達の到着が遅れていたらどうするつもりだったんだ、この馬鹿者め」

「・・・申し訳ありませんでし・・・・っつ・・!!」

は腕の痛みに顔をしかめる。折られた右腕は赤黒く変色し、見るからに痛々しい外見をさらしていた。

「腕を折られたのか!?」

「いえ・・・大した事は」

「これのどこが大したことが無いんだ!それに・・・・」

ロイはの唇の端に残る血の痕に顔をしかめた。

「その様子だと、内臓が損傷を受けたかもしれん。早急に治療が必要だな、ハボック!」

「言われずとも」

「え・・・・ちょっ・・・・きゃっ!?」

ハボックはひょいっとの体を抱き上げた。

「司令部の医務室に連れてってやれ」

「あの・・・・私、自分で歩けますから!!」

”降ろせ”といわんばかりには足をばたつかせる。

「っと、危ないっすから暴れないでくださいよ!!」

「無理に決まってるだろう」

ロイは呆れたように言う。

「平気です!!」

「上官命令だ」

「な・・・・職権乱用で・・・・・」

言葉の途中で突然の体からカクンと力が抜けた。

「って、し・・・少佐!?まさか・・・・」

「馬鹿言うな」

死んでしまったんではないかと危惧するハボックを睨みつつも、ロイは動かなくなったの喉元にそっと触れる。

「・・・・脈は正常だ、ただ気を失ったんだろう。こっちの方が大人しくていい」

「っはー・・・・脅かさないでくださいよ」

「早く行け」

「へい」

ハボックはになるべく振動を与えないように歩きながら車に乗ると、一足早く司令部へ戻っていった。



の奴、大丈夫そうか?」

車が行ってしまうのを見送って、ヒューズが言った。

「ああ、命に別状は無いだろうが・・・・」

「あんなにボロボロになっちまって・・・・よっぽど必死だったんだな」

実際ロイは、満身創痍のを見たときあまりの痛ましさに目を背けたくなった。腕のケガだけでなく、白い肌には数え切れないほどの切り傷に青痣。その他おそらく内臓にまで及んだであろう損傷。

「ああは言ったが、実際よく持ちこたえてくれたよ。彼女がいなければ、私たちが来た時には手遅れだったろうからな」

「しかし、エドと言いといい、お前案外苦労人だな?」

ヒューズは笑いながらロイの背中を叩いた。

「・・・・まったく、大したじゃじゃ馬だよ、彼女は」

ヒューズの腕をうざったそうに払いのけながらロイはため息をついた。

「・・・にしても、やっかいな奴に狙われたもんだな」

ヒューズとロイの表情が一転して険しくなる。

「・・・・・イシュヴァールの民か・・・・・・まだまだ荒れそうだ」





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.10

やっと話数が二ケタ台になりました!ついでにこの駄文も二桁に(笑)
9話に比べてずいぶんギャグちっくな戦闘シーンになりました。大好きです中尉の無能発言(笑)
一つ謝罪を。ヒロインがここまでボロボロになったのは今回の、お姫様だっこをやりたかったためです(爆)
ベタな展開ですがどうしてもこのシーンをいれたかったんです、すみません;