ロイに勤務時間内の外出許可をされたは、その翌日の午後から早速タッカー邸に来ていた。

「少佐!?どうしたのこんな時間に・・・」

迎えには早すぎる時間に現れたにエドワードが驚くのは当然だ。

「大佐に無理言って外出許可をもらったの・・・最も戻ってから一人で残業だけどね」

「うわ・・・・大変じゃないですか?」

軍人とはいえさほど体力があるとは思えないにアルフォンスは心配そうに言う。

「いいの・・・・・子供は大人に遊んで欲しいものだもの」

「あ・・・それって・・・・」

アルフォンスの脳裏に昨日が呟いていたことが思い出される。

「お兄ちゃん!お姉ちゃんはやくー!!」

アレキサンダーとじゃれあっていたニーナが待ちきれないとばかりに大声で叫んだ。

「じゃあ、今日からは少佐も一緒ですね!」

「うん、よろしくね」

言いながらも早く早くと急かされて、ニーナのほうに走っていくアルフォンスを追おうとした時、はふと視線を感じて屋敷の二階のほうへ目を向けた。

(タッカーさん・・・・?)

見ると二階の、おそらく書斎だろう部屋からガラス越しに庭の様子を眺めるタッカーの姿があった。
しかしその表情は、庭で元気に駆け回る娘を微笑ましく見守る親の顔ではなく、どこか思いつめたような表情であった。
が少しの間不思議そうにそちらを見ているとタッカーもそれに気づいたのか慌てるようにその場から姿を消した。

「?」

その行動がなんとも言えぬ違和感を覚えたが、特に気にすることもないとはニーナ達の輪に加わった。










第6話 二人の「代価」










ここ数日の生活は大変忙しかった。

早朝から出勤して午前中に事務処理などの仕事を半分以上片付け、午後からはタッカー邸に赴きニーナ達との時間を過ごす。
そして午後五時にエルリック兄弟を宿に送り届けると司令部に戻り、残りの仕事を終わらせる。帰宅する時間はほぼ日付が変わる時刻であり、わずかな睡眠をとってまた出勤する。

そんな生活を続けていればいくら若い体でも支障をきたすのはあたりまえのことで。
あからさまに顔色の優れない彼女を心配する同僚がしばしば気遣う声をかけてきたが、その度に"”大丈夫”と言う言葉を返していた。

きつさを感じているのは自身よく分かっていたが、何より少しでもニーナと一緒にいてあげたい、そして笑顔を見ていたいという思いだけで動いていた。



「オーロラ?」

そんなある日のこと。何時も通りタッカー邸に赴くとニーナが突然そんなことを言い出した。

「うん、前に聞いたことがあるの。寒い国に行くと空にオーロラっていうのがかかるんだって。お兄ちゃんは見たことある?」

「いや・・・俺も本で読んだことがあるだけで、北には行った事がないから見たことはないや」

「そっかー・・・・」

残念そうにするニーナにアルフォンスはふと思い出す。

「あ、でも北部生まれの少佐だったら見たことあるんじゃないですか?」

「え・・・・?」

確かにはアメストリス最北部の生まれであり、幼い頃夜空に光るオーロラを目にしたことがあった。

「確かに・・・まあ、見たことあるけど・・・・」

「えっ!!どんなだった!?」

ニーナがパッと顔を上げた

「うーん・・・なんていうか、空に光のカーテンが浮かんでいて、それがユラユラ揺れながら七色に少しずつ変わっていくの」

「わーー!!なんだかすっごく綺麗なんだね!!」

の説明を聞くニーナはきっと頭の中で輝くオーロラを想像しているのだろう、目がきらきらと輝いている。

「ねえ!!じゃあ、冬になったらニーナもオーロラ見れるかな?」

ニーナは目を輝かせたままエドワード達の方を向く。

「・・・・あー・・・・」

エドワードとアルフォンスは思わず顔を見合わせた。

「えと・・・あのねニーナ、オーロラって言うのはすっごくすっごく寒くないと見れないんだ。だから冬になっても見ることは出来ないんだよ・・・・」

「え・・・・そうなんだ・・・・見れないのかー・・・・」

見る見るしょんぼりしていくニーナにアルフォンスは戸惑う。かける言葉を探しているとはふとあることを思いついた。

「ねえニーナ、オーロラはちょっと無理だけど変わりにいいものを見せてあげる」

「本当?」

「うん」

ニーナにそう言うとは不思議そうに自分を見るエドワード達に笑いかけて見せた。




「ここらへんでいいかな?」

3人を連れて庭を少し歩くと、は回りに植木のない開けた場所で立ち止まった。

「ちょっと涼しくなるけど我慢してね?」

そういうと彼女は3人から少し離れた位置に立って、まるで祈りをささげるように二つの手のひらを両胸に当てた。何をするのだろうと言うのは3人とも同じ考えで、黙って見守っているとやがての胸元で青白い光が静かに溢れた。

「あの光・・・・」

「ああ、練成反応だな」

その光が何か気づいたアルフォンスとエドワード。

はそれに構わずゆっくりと両腕を広げた。するとあたりの温度が急激にさがり次の瞬間、を中心にその周りには無数の光が、いや正確には耀く微細な氷の欠片が静かに降り注いでいた。太陽の光を受けてきらきらと幻想的耀くくそれらは地面に落ちる直前に消えていく。

「わーーー!!きれい!!」

すごいすごいと降り注ぐ氷の欠片の中をニーナが駆け回る。それを見ていたエドワードはなるほどと顎に手をかける。

「・・・そうか、ダイヤモンドダスト現象・・・」

「空気中の水蒸気が冷気で凍って振りそそっぐってアレ?」

「正解」

さすがねとが笑う。

「そっか・・・・それで少佐の二つ名が”光耀”なんですね」

降り注ぐ無数の氷の欠片。それらがきらめく姿はまさに”光耀”といえるだろう。

「うん、由来はね。でも正確にはこれは連鎖反応でたまたま起こる現象で、私が使うのは本当はもっと違う錬金術よ」

「そうなんですか・・・でもこれだけでも・・・」

「ああ・・・十分すげーよ・・・」

エドワードとアルフォンスは未だ降り続ける氷の欠片に目を向ける。

東部のほぼ中央に位置するこのイーストシティは、まだ真夏ではないとはいえ、日中はそこそこ温度があがる。現にニーナが半袖の服を着ているのがその証拠だった。通常このダイヤモンドダストという現象も自然界で起こる場合かなり寒い地域でも極まれにしか起こらない希少現象だと聞く。

そんな状況にもかかわらずは、これだけ大質量の水蒸気を一瞬で、しかも超低温の氷の欠片に練成するという技をやってのけたのだ。それだけでもかなりの力だと言うのに、本当の実力は一体どれほどのものなのか。

お姉ちゃんって凄いんだね!!魔法みたい!!」

「うーんちょっと違うけど似たような物かな」

無邪気に抱きついてくるニーナにの顔が綻んだ。

「気に入ってくれた?」

「うん!!とってもきれいだったよ、ありがとうお姉ちゃん、大好き!!」

「私もニーナが大好きよ」

あ、とニーナが慌てたようにエドワード達に言う。

「もちろんお兄ちゃんたちもね!!」

「ああ、もちろん」

「僕たちもだよニーナ」

「えへへ・・・嬉しい」

ダイヤモンドダストのきらめきが消える頃には、その場に笑顔が溢れていた。








人気のない空間に時計の音と言うのはよく響く物で、カチカチと規則正しく時を刻む針が間もなく日付が変わろうとしていることを告げる。

誰もいない深夜の司令室で、自分のデスクに座ったは黙々と書類の処理を続けていた。
今日は何時もより少し進みが悪い。どうやら流石に無理をし続けた体が悲鳴をあげ始めているらしい。眠け覚ましに熱いコーヒーでもいれてこようかとペンを置いたところでコンコンと言う物音がした。

音源に目を向ければ、開かれてままの司令室のドアによりかかるように立っているハボックの姿があった。その右手にはカップの二つ載せられたトレー。

「少ー佐ー」

と目が合ったハボックはにっと笑って見せた。

「あれ、ハボック少尉。当直ですか?お疲れ様です」

「そら、こっちのセリフっすよ。さっきここの下通りかかった時電気がついてたんで、まさかと思ったら・・・・」

言いながらこちらに向かって歩いてきたハボックはのデスクのところで立ち止まると、彼女の目の前にマグカップを一つ置いた。カップの中からは熱いコーヒーが湯気をあげている。

「・・・まさかと思ってコーヒーを二つですか?」

「いや、ちょっと多くいれすぎたんで」

わざとらしい嘘をつくハボック。は一つ大きく瞬きをするとクスリと笑った。

「では遠慮なくいただきます」

「どーぞ」

つられた笑ったハボックも”隣いいっすか?”との隣のデスクチェアにかけて、もう一つのカップからコーヒーを一口すすった。

「今日も残業っすか?」

「もう少しで終わりますけどね」

「ここんところ毎日じゃないですか、中尉が心配してましたよ?もちろん俺もですけど・・・・」

「ええ・・・いろんな人に言われましたよ”無理するな”って」

「きつくないんですか?」

「きつく・・・・なくはないですね・・・・」

淡々と続く会話。はペンを動かしながらハボックの質問に答えている。

「なんでそこまでして?」

「それは・・・・」

「・・・あの女の子ため・・・・っすか?」

「え・・・?」

思いもよらぬハボックの発言に、ピタリとペンの動きを止めると初めてハボックの方を向いた。

「・・・知ってったんですか?」

「今日の昼間、俺、憲兵の詰め所まで行ってたんですよ。で、たまたま近くだったんで最近少佐が行ってるって聞いたタッカーさんの家の庭のぞいてみたんスよ。そしたら・・・・少佐?」

ハボックの言葉の途中から何故かうつむいてしまった。もしかして怒らせたのかと思ってハボックが心配していると突然は笑い出した。

「しょ・・・・少佐!?俺なんか変なこと言いました!?」

そこは笑うところなのかと困惑しているハボックと対照的に、は何がそんなにおかしかったのか涙目になっている。

「っ・・ち・・・違う違う・・・・・、全く・・・ハボック少尉にはかなわないなって・・・」

目のはしに溜まった涙を指でぬぐいながらが言った。

「へ・・・・?」

「呆れたでしょ?わざわざ外出許可を取ってあんなことしてるなんて・・・」

「いや、そんなことないっすよ。少佐の気持ち何となく分かる気がします」

「ありがとう・・・・でも結局は私の自己満足なの・・・」

椅子を回転させて体ごとハボックの方に向けると、自嘲気味には笑って見せた。

「エドワード君たちからね・・・聞いたの。あの子・・・ニーナには二年前から母親がいないって」

「母親が?」

は黙って頷く。

「・・・”寂しくないの”って彼らが聞いたら”大丈夫”って答えて、でもやっぱりずっと寂しそうで・・・それを見てたら居ても立ってもいられなくなっちゃってね・・・気づいたらその日のうちに大佐に外出許可申請出してた。それでこれ」

と、書類の束を指差した。

「はは・・・少佐らしいですね」

「いいよ馬鹿だって言って」

「そんなこと・・・・・・あ・・・・」

先ほどから感じていた違和感の正体に気づいたハボックは言葉を切る。

「口調・・・・変わりましたね?」

「あら・・・・敬語の方がよろしければ戻しましょうか?」

「いやそのままでお願いします」

ハボックは笑いながら頭を掻いた。

「なんつーか、そういう口調の方が似合いますね」

「・・・普段の私はそんなに無理して見える?」

「いや、全然そんな風には見えないっすよ。この前の大佐とのやり取りだって見事でしたし・・・ただなんていうか、今の方が素なのかなって・・・・」

「さあ・・・どうかな?」

は笑うとコーヒーカップを見つめる。

「でもね・・・無理したつもりはないけど、背伸びしようとしてたのは本当。私は元々そんなに冷静でもなければ大人でもないの」

「・・・・・・」

冷め始めたコーヒーに映る自分の表情はなんともいえないものだった。

「自分で決めたのでなく、年齢以上に”大人”を演じるのは・・・小さな子供にとって不幸よ。私はニーナに・・・自分の面影重ねてるのかもしれない」

「少佐・・・・」

「ね、だから私も子供なの。ニーナのところに通うのも結局は自分のわがままなのよ」

コーヒーカップから目をそらしてもう一度ハボックの方を向いた。

「いいんですよ子供で・・・だって少佐はまだ18なんですから。俺だって図体だけでかくても中身はまだまだガキっすから」

「・・・・ありがとう」

にこっと笑うは満面の笑みで、ああこれはきっと素だろうなとハボックは思う。

「あ・・・・でもこうやって話すのは二人の時だけね?まだ慣れないから他の時は今まで通りに話すわ」

と慌てて付け足すが妙におかしい。

「構わないっすよ。・・・てか少佐、ついでと言っては難ですが・・・もう一つ無理言ってもいいですか?」

「何?」

打って変わって真剣な面持ちになったハボックにはきょとんとする。

「俺のことファーストネームで・・・・”ジャン”って呼んで貰えません?」

「え?」

「あ・・・・いや、もちろん二人の時だけでかまわないんスけど・・・・」

ハボックの突然の提案に”いきなり何を言い出すんだ”と言った感じの。その様子にハボックはあわててぶんぶんと手を振って付け加える。

「・・・いきなり・・・どういう風の吹き回し?」

訝るようなの口調も当たり前だ。唐突なその内容にハボックの真意がつかめない。

「いやー・・・だからその・・・・・・・・好きな子には名前で呼んで欲しいっていうか・・・・・

「?」

後半部分の言葉は急激に声が小さくなって、なんだか全然聞き取れなかった。ますます首をかしげる。その間にもハボックはあーだのうーだの意味不明の音を連ねている。

「あー・・・・・つまり・・・・単刀直入に言うとですね・・・・」

仕切りなおすように”こほん”と咳払いをしての瞳を見つめるハボックの顔は、いささか赤いがとても真剣だった。
ああ、考えたらこんなにじっくりと彼の顔を見るのは初めてだ。

普段の飄々とした態度のせいで気づかれ難いが、髪と同じ金色のまつげに彩られた青い瞳に通った鼻筋、それらは女性にとってとても甘く映る物だろう。こうして見ているとハボックはとても綺麗な顔をしているのだ。


ーと、彼が次の言葉を発するまでの間は他人事のように考えていた。だが、次にハボックが口にした言葉で現実に引き戻される。

「惚れました、あなたに」

「・・・・・へ?」

思わずついて出た間抜けな声。
これ以上にないほど真剣なハボックの顔と今の自分の表情を第三者が見比べたらさぞかし笑いを誘う光景だろう。
イレギュラーにもほどがあるハボックの言葉に、国家試験をトップでパスした優秀な頭脳を持つの思考回路は完全に停止した。状況がつかめないまま瞬きを繰り返している。

「・・・だから・・・好きな相手には名前で呼んでもらいたいんです」

「・・・・あ・・・」

「別に駄目でも構いません・・・ただのわがままですから。でもこれは俺の正直な気持ちです」

何か言おうとするに構わずそう続けると、ハボックはおもむろに立ち上がった。

「ま・・・考えといてください・・・んじゃ俺そろそろ行きますわ。あんま遅くなると他の連中にどやされそうなんで」

にっと、いつもの笑顔を残すとそのまま扉の方へ向かう。


(ああ・・・やっぱり、振られたかなこりゃ)

その間まったく顔を上げないに苦笑しながらそう思っていた時。

「・・・・ジャン・・・・」

突然名前を呼ばれた。
驚いて振り返ってみれば座ったままのが両手でコーヒーカップを握っていて。

「・・・・その・・・コーヒー・・・・ありがとう・・・・」

「しょう・・・・」

「・・・・

「え・・・?」

ハボックの言葉をさえぎって自分の名前を呟いたはピシリと彼を指差す。

「私があなたをファーストネームで呼ぶならあなたもそうして。それと敬語も禁止・・・もちろん二人の時だけだけど・・・・」

顔を上げない彼女の表情はハボックからは見えない。だが予想外のの反応にハボックは苦笑から嬉しそうな笑みに変わる。

「それは・・・・ファーストネームで呼び合うくらいの仲には昇格ってことっすか?」

「・・・等価交換・・・」

揶揄するようなハボックの声音につっぱねるような一言を返した。

「・・・それが出来ないなら私もしない」

なんだか自分の声が無意識に低くなっているとは思う。

「了解」

それがなりの照れ隠しなんだと分かった。ハボックは司令室から一歩出るともう一度振向く。

「・・・残りがんばれよ・・・あと、あんま無理すんなよ、

「・・あなたも当直頑張ってね・・・・ジャン」

「ああ・・・そいじゃまた明日な・・・・」

軽く手を上げるとハボックはもう振向くことなく行ってしまった。

その足音が聞こえなくなる頃、ようやくは顔を上げた。その表情は耳からうなじまで真っ赤で、高熱患者もかくやというほどだった。

「・・・・・っああもうっ!!」

突然一人でそう叫んで彼女は机に突っ伏す。

「・・・・なんなんだ、もう・・・・・・」

と一人頭を抱えた。

(・・・・馬鹿)

そういってやりたい相手はすでにここにおらず、は机に伏したまま、代わりにその張本人が置いていったマグカップを恨めしげに見つめた。

(何が無理すんなよ・・・・ますます仕事が手につかないじゃない・・・)

”ああ今日はきっともう徹夜だな”とは回らない思考回路でどこか他人事のようにそう思った。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.6

なんでしょう・・・・ハボックまでもが純朴青年!?(土下座)
というわけで今回は完全なハボ夢状態でお送りしました、ちょっと糖度高めですが私的にはこんな雰囲気が好きです。なんというかありがちなオフィスラブと化しとるせいで、本気でタイトル『大人の純情』にしようかと悩みました(爆)とりあえずハボック的にはヒロインから『友達からでいいですか?』的なお返事をもらったと言うことで・・・

話は変わって第6話にしてようやくヒロインの錬金術初披露となりました・・・・(闘ってませんが)。ヒロイン設定でも軽く触れてますが、嬢の錬金術の本来の姿は、どちらかといえばロイに近い実戦向きの能力です。
なのでもっと攻撃的な二つ名の候補もあったんですが、何となく彼女の性格にしっくりこなかったの現在の物になりました。ちなみに辞書で『光耀』を引くと、『光り輝くこと。また、そのもの』と出ています。少しずつ本来の自分を見せ始めた。彼女自身が周囲の人間にとってそういう存在であることができるのか?そんな部分もかいていけたらいいなーと思ってます。

さて次回で合成獣編完結です。