「そうか、母親を・・・・・」

エドワードが一通りの話を終えると、薄暗い部屋がさらに重苦しく感じられた。

「辛かったね」

15歳の少年が背負うには重すぎる過去に、タッカーはかける言葉が思いつかない。エドワードは無言のまま冷め切った紅茶のカップを見つめていた。

「彼のこの体は東部のあの内乱で失ったと、上には言ってあるので人体練成の事については他言無用でお願いしたい」

「ああ、いいですよ。軍としてもこれほどの逸材を手放すのは得ではないでしょうから」

タッカーは机に手をつくとゆっくり立ち上がった。

「では・・・役に立てるかどうかは分かりませんが、私の研究室を見てもらいましょう」










第4話 理由










タッカーに案内されて薄暗い廊下を進むと、ギャーギャーという動物の奇声が聞こえくる。

丈夫そうな鉄製の扉の奥にはいくつもの檻や水槽が積み上げられており、その中には人工的に作り出された生命体、キメラが何匹も入れられていた。その大半は失敗作のようですでに元の動物の原形をとどめておらず、檻の鉄格子に手をかけてがたがたとゆすっている。

「うわぁ・・・・・」

不気味なその光景に思わずエドワードは声をあげてしまった。

「いやおはずかしい。巷ではキメラの権威なんて言われてるけど、実際の所そんなに上手くはいってないんだ」

自嘲気味に言いながらタッカーが次の扉を開く。

「こっちが資料室」

「おーーーー!!」

扉の奥の広い空間にはずらりと本棚があり、生体練成に関するものから、ありとあらゆる分野の文献が所狭しと並んでいた。

「すげ〜〜〜〜」

個人の資産だが、さながら図書館のようなその光景にエドワードはあんぐりと口をあける。

「自由に見ていい。私は研究室の方にいるから」

タッカーが付け加えたがすでにエドワードは文献に気を取られている。

「よーし、オレはこっちの棚から」

「じゃあボクはあっちから」

「私は仕事に戻る。君たちには夕方迎えの者をよこそう」

「はい」

アルフォンスがロイに返事をしてる傍から、一冊の本を開いたエドワードはもうそれを真剣に読み始めている。

「すごい集中力ですねあの子。もう周りの声が聞こえていない」

完全に本にのめりこんでいるエドワードにタッカーは苦笑した。

「ああ・・・・あの歳で国家錬金術師になるくらいですからね。ハンパ者じゃないですよ」

「あの歳といえば・・・・」

タッカーは思案するようにあごに手をかける。

「最近また東方司令部に年若い錬金術師が来たそうですね・・・・ええとたしか”光耀の錬金術師”といいましたか?なんでもまだ18歳だとか」

「おや、彼女のことをご存知でしたか?」

タッカーの口から思いがけずの名前がついて出た。

「ええ・・・これでも一応国家錬金術師ですから多少は・・・しかしまさか女性だったとは」

「彼女・・・少佐なら今は私の下で働いています。そのうちお会いする事もあるでしょう」

「・・・・あの子といいその女性といい・・・・いるんですよね、天才ってやつは」

「?」

どこか嫉妬を含んだようにも聞こえる声音にロイは怪訝な顔をした。

「・・・・あ、いや・・・そうですね、機会があれば是非ともお会いしてみたい」

「・・・・伝えておきましょう。では私はこれで」

慌てて取り繕うとするタッカーにどこか引っかかりを覚えながらもロイは屋敷を後にした。










夕刻、時計の長針が午後五時を回る頃にはすでに日も傾き、あたりは薄暗くなっていた。窓から差し込むオレンジ色を帯びた光も徐々に弱まり夜が近づくのを告げている。

タッカー邸から戻った後、ロイは執務室で溜め込んだ書類の処理に追われていた。

「・・・と、もうこんな時間か。鋼のに迎えをやらねばならんな・・・・」

ーとその時、扉をノックする音が聞こえた。

少佐です」

「入りたまえ」

失礼しますと静かに扉を開けて入ってきたは思わぬ先客、たまたま書類を届けに来ていたハボックに挨拶代わりの笑顔を向ける。

「うぃっす」

ハボックも簡単に敬礼をかえした。

「トレインジャックの一件、一段落がつきましたので戻りました」

ロイの座るデスクの前では敬礼をする。

「ああ、つまらない仕事をまかせてしまって悪かったな、退屈だったろう?」

「いえ、国家資格の影響で少佐になったとはいえ、私はまだ現場経験が浅いですから。色々と勉強になりました」

謙遜ではなくそう言うとは腕を下ろした。

「そうか・・・・ああ、ところでちょうどいいところに戻ってきてくれた。ついでと言っては難だが、もう一つ仕事を頼みたいのだが?」

「はい?」

「鋼の錬金術師を迎えに行ってやってくれないか?」

「私がですか?」

「ああ、彼らは今”綴命の錬金術師”、ショウ・タッカー邸にいるんだが、タッカー氏が君に会ってみたいそうなのでね。最も任務外の仕事だから嫌ならこいつに行かせるが・・・・」

ロイはちらりとハボックのほうに目をやるとまたの方に視線を戻した。

(・・・・・俺はパシリっすか?)

と怪訝な顔をするハボックは無言で黙殺。

「いえ、別に構いませんが・・・・・」

「では頼む」

「はい」

はもう一度敬礼するとくるりと踵を返して扉に向かう。彼女が扉を開いた所でロイは思い出したように声をかけた。

「少佐」

「はい?」

は扉に手をかけたまま振向いた。

「君は何故国家錬金術師の資格をとり、軍に入った?」

(突然何を言い出すんだこの人は・・・?)

蚊帳の外になっていたハボックはそう思いながらもとロイを交互に見比べた。

「・・・・ずいぶんとまた・・・いきなりな質問ですね?」

突拍子もないロイの問いには苦笑を返す。

「”市民を守り、この国を良い方向へと導く”ため・・・軍の基本理論ですね」

はいつものように笑顔でそう答えるが、心なしか話をそらそうとしているのが見て取れる。

「”そんな年齢で資格を取るなんて何かよっぽどの理由があったのか”と鋼のが不思議がっていたが、私も同感でね」

ロイは一種この舌戦を楽しんでいるかのようにその漆黒の瞳を細めると、を真っ直ぐに見据える。色の違う二対の瞳が真っ向から交錯し、そこで初めて、の表情から笑みが完全に消えた。

扉を一度離して体の向きを変えた彼女の表情は、一切の感情を読み取らせない無表情だった。どこか氷の彫像のような怜悧さを含んだその顔は、普段の幼さを残すとは別人のごとく大人びて美しい。

「探さなければならない真実があります」

ただ一言、そう述べた。笑みが消えたのはロイも同じで睨むわけでもなく鋭い視線での瞳を見据えている。
若くして大佐まで昇りつめたロイの視線の鋭さは、時として大の男でも怯ますほどだが、は全く臆することなく、それに対峙している。

まさに一触即発の”冷戦”といった状況に、関係のないハボックまでもが冷や汗を流した。

「・・・・・と、今は言っておきます」

その一触即発の沈黙を破ったのは、やはり最後に言葉を発したのほうで。そう言った彼女は先ほどまでの怜悧な無表情ではなく、いつものように常に微笑をたたえる童顔の少佐に戻っていた。

「・・・そうか」

その見事なまでの豹変振りロイもまたフッと表情を緩める。

「呼び止めて悪かったな。暗くならないうちに迎えにいってやってくれ。それとタッカー氏に”もうすぐ査定の日です、お忘れなく”と伝えて欲しい」

「はい、では今度こそ失礼いたします。マスタング大佐」

そう極上の笑顔で言い残して、は扉の向こうに消えていった。パタンという扉の閉まる音がようやくはりつめていた室内の空気に終りを告げる。


「・・・どうした、ハボック?」

未だが出て行った扉を呆然と眺めているハボックに、何故か上機嫌なロイが視線を向ける。

「・・・大佐」

「なんだ」

「・・・・少佐って・・・・どっちが素だと思います?」

普段見せるつかみ所のない、どこか浮世離れした彼女の様子と、今日の昼間ハボックに見せた子悪魔めいた態度、そしてたった今眼前で見せ付けられた、ロイの鋭い視線にさえ全く臆する事を知らない怜悧な表情と冷静な態度。そのあまりにも違いすぎる二面性にハボックは眉を寄せた。

「さあな。だが一ついえるのは・・・・」

ロイはおもむろに立ち上がるとつかつかと歩いていき、困惑しているハボックの肩を小突いた。

「・・・・何すか?」

「これぐらいで振り回されているようでは、まだまだ彼女を乗りこなすのは無理ということだ。普段おとなしく振舞っていたかと思えば、時折あのような一面も見せる・・・・あれは相当なじゃじゃ馬だぞ、ハボック?」

「・・・・知ってったんすか?俺が少佐のこと・・・・」

「お前の態度を見ていれば一目瞭然だ馬鹿者。最もお前一人じゃないがな・・・全くどいつもこいつもしまりの無い顔を・・・・」

ロイは呆れたようにはき捨てる。

「・・・まあ、もっとも」

しかし次の瞬間その顔にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。あたかも新しいおもちゃを見つけた子供のようなその表情にハボックはあからさまに嫌な顔をした。

「こうでなければ面白くない」

予感的中なその一言にハボックはため息をついた。

「まさかとは思いますが大佐も少佐を?」

「さあ?どうだろうな」

(・・・・いくらなんでも犯罪のような気がするんスけど・・・・)

そもそもプレイボーイの名を欲しいままにしているこの若き司令官が、男だらけの司令部でこんな面白い獲物を逃すはずが無いのだ。ましてそれが競争相手多数の相手ならそれはもう嬉々として飛び込んでいくことだろう。

”欲しい物は奪い取ってでも手に入れる”

自分の力だけで今の地位までのし上がってきただけに、そういう人物なのだ、ロイ・マスタングという男は。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.4

なんだか長さの割りに全然話が進みませんでした;
今回の裏テーマ『彼女の本性』もしくは『彼女の裏表』(笑)ロイとヒロインの舌戦は書いてて楽しかったです『探さなければならない真実』って一瞬妙な言い回しですが、これにはちゃんとワケがあります(笑)さてこれでようやく逆ハーっぽい展開になってきました。
そして微妙に垣間見せたの過去。ここら辺は話が進むにつれて明かしていくつもりなので今はさらっと流してやってください。