「おやエド」

ホーエンハイムを見送り、とピナコが家の中に戻ると、いつのまにかエドワードが降りてきていた。

「一足遅かったね。親父さん、たった今出ちまったよ」

「・・・知ってる」

朝の田園を歩いていくその姿を、エドワードは二階の窓からそっと見ていた。

「そうかい。どれ、朝ご飯食べるだろう?用意してきてやるから待ってな」

するとピナコは穏やかに笑んで、台所の方へ歩いていった。


「エド」

「ん?」

はエドワードの方へ一歩身を寄せると、一度彼を見てから軽く頭を下げた。

「その・・・昨夜はごめん」

決して好奇心からではなかったが、それでも無関係の自分が聞いていい程、軽い話ではなかった。

「ああ、気にすんなって」

「でも・・」

エドワードはパタパタと手を振ったが、それが余計に申し訳無くては両の眉尻を下げた。するとエドワードは苦笑する。

「いいんだよ。なら聞かれても構わない」

「え?」

「あ・・いや!ほら、それにオレもとあいつの会話聞いちゃったしな!」

エドワードはきょとんとしたに慌てて言い繕う。

「起きて・・・たんだ?」

エドワードの言う”あいつ”とは無論ホーエンハイムの事だ。と彼の会話は、会話と呼べるほどの物でもなかったが、エドワードの耳にはしっかりと届いていたらしい。

「まあな。だからこれでおあいこだろ、な?」

歯を見せて笑ったエドワードに、は肩を落とした。本来彼に怒鳴られてもいい所だというのに。

「それよりも朝メシまだだろ?食いにいこうぜ」

だがエドワードはそんなそぶりを全く見せず、良い匂いのしはじめた台所へとを促した。

「うん」










第37話 硝子の中の「彼女」










「腕も足も異常なし!ウィンリィは真面目に修行してるみたいだね」

「電話してきたのか?」

ピナコが機械鎧(オートメイル)の微調整を終えると、エドワードはタンクトップに袖を通した。

「いや機械鎧(それ)をみれを見ればわかるさ。格段に腕を上げてる」

「へぇ・・・見た目変わんねーのに進歩してんだ」

見慣れたフォルムに変わったところは無かったが、そう言われてエドワードは感心したように機械鎧(オートメイル)を上下させた。

「修行が厳しくて逃げ帰ってくるんじゃないかと思ってたけど、いらん心配だったかね」

道具を片付けながら笑うピナコは何気なくそう言ったが、その言葉にエドワードはふと手の動きを止めた。

「・・・ばっちゃん」

「なんだい?」

ピナコが振り返ると、エドワードは思いつめたような表情をしていた。

「どうしたんだい?」

「・・・・・手伝って欲しい事がある」

「?」

ぐっと力を込めて機械鎧(オートメイル)を握ったエドワードに、壁際に寄りかかるようにして佇んでいたも眉を寄せた。するとそれに気付いたエドワードが目を向ける。

はここで待っててくれるか?」

「あの事を・・・確かめに行くの?」

エドワードの真剣な眼差しに、は壁から身を離す。それは聞くまでも無い事だった。彼は昨夜ホーエンハイムとピナコが話していた事の真相を見極めるつもりなのだ。

「ああ。だけど・・・たぶんちょっと情けない事になるかもしれないから・・・」

皆まで言わずエドワードは苦笑した。

「わかった」

だがは何となく彼の言いたいことを感じ取ったようだ。

「待ってるわ」

「悪いな」

そう言って微笑んだ彼女に、エドワードは小さく頭を掻いた。















ロックベル家に一人残ったは、窓越しにスコップを担いで遠ざかっていくエドワード達を見送った。
何時の間にか出てきた風が、追い立てるように雲を集め、朝は綺麗に晴れていた空を重くどんよりとした物に変えていく。


「・・・・・・・・・・」

は窓の外に目をやったまま、静かに腰をおろした。風に窓枠がカタカタと鳴る。雲の流れがとても速い。おそらくそう遠くないうちに雨が降り出すのだろう。

ーと、窓枠の音とは違う、床を叩く小さな音が聞こえてはそちらに目を向けた。部屋の入り口からデンが覗き込むようにこちらを見ている。

「・・・・おいで」

自分の家だと言うのにまるでに遠慮しているかのようなデンに、彼女は微笑んで手を差し出した。するとデンは嬉しそうに尻尾を振って近づいて来て、甘えるようにの足元に鼻先をこすりつけた。は優しく目を細めながら、指先でデンの顎の下を撫でる。

「・・・エドは強いね、デン」

気持ちよさそうにしているデンに、はぽつりと呟いた。

何故ああも強かになれるのだろう。真実を確かめるためと言えど、エドワードが人体錬成で作り出した”母親”は彼にとって最大の精神的外傷(トラウマ)のはずだ。それを掘り起こすと言う事がどれほどの苦痛を伴うか、とて感じ取る事が出来る。

「どうしたらあんなに強くなれるんだろうね?」

今度は語りかけるように呟くと、デンは不思議そうにを見上げた。

「ごめん、君に聞いてもしょうがないよね」

は苦笑して、デンの頭を撫でた。







「・・・あ」

それから少しして、は小さく声を上げて立ち上がった。すると彼女の足元に伏せて寝ていたデンが顔を上げる。

「雨・・・・」

何時の間にか風は止み、変わりに大粒の雨が降り出した。一歩、身を寄せたが手を触れると、窓硝子を叩く雨粒の振動が弱く伝わってくる。規則正しいリズムを刻んでいたそれは、すぐにザーっというノイズにかき消され、窓硝子の上を流れ落ちていった。

「・・傘・・・」

はふと思い出したように窓から身を離す。エドワード達が傘を持っていった様子は無かった。この様子ではすぐにずぶ濡れになってしまうだろう。それに気付いて傘を持っていこうと玄関の方へ数歩足を進めたが、はたと足をとめた。

(”待ってる”て言ったのよね・・・)

”たぶんちょっと情けない事になるかもしれないから”、エドワードは最後まで言わなかったが、そんな姿を見せたくないのだろう。だから何も言わずに頷いた。

だが、は思う、それだけではない。最大の禁忌を犯した過去の自分と真っ向から向き合う、そうすることでエドワードは前に進もうとしている。彼は今戦っている、これは彼自身の戦いなのだ。



(私なんかが手出ししちゃ、いけないよね・・・)

そう納得して、は踵を返すとまた窓の前に立った。
触れた指先から伝わってくる窓硝子の感触は、先ほどより随分冷たく感じた。外が薄暗いため、硝子に自分の顔が映る。流れ落ちる雨粒のせいで、まるで泣いているように見えたその表情に、は自嘲する笑みを浮かべた。硝子に映ったのは真実の自分の姿だ。事実、今はどこか泣きたいような気分だった。

初めてだった、エドワードの存在がこんなにも遠く感じたのは。

自分より三つ年下の最年少国家錬金術師。
噂はあちこちで聞いていたが、初めて会ったときはその少年らしい笑顔に、血の繋がらない弟の面影を重ねて親近感を覚えた。だが行動を共にするうち、彼の背負う物の重みを、その強さを垣間見て来た。そして何よりも、彼の優しさを知った。未だに嘘をつき続けている自分に気付いていながらも、何も言わずに接してくれている。

強く優しく、真っ直ぐな目をした金色の少年。
クセルクセスの遺跡で”前に進む”と言い切ったエドワードをとても大きく感じた。自分と同じ場所で止まっていた彼は、その日からまた大きく前進を始めた。

だが自分はそこから一歩も動いていない。追いかけようとすれば、銀色の鎖が容赦なく首輪を引いて首を締め付けた。それを引きちぎる事が出来ぬまま、ただ遠くなっていく彼の背中を、黙って見ているしかない自分。このまま手が届かないところへ行ってしまう、そんな気がした。



「そうしたのは、あなたじゃない・・・・」

は泣き続けている硝子に映った碧の目の”彼女”に言った。そう、こうなったのは全て自分のせいだ。ダブリスでのあの夜、エドワードの掛けてくれた言葉を否定して首を振ったのは自分だった。

「あなたが・・・手を振り払ったんじゃない・・・」

彼の言葉を受け入れずに、この道を進み続けると決めたのも全て自分なのだ。それだと言うのに何を今更悔やむと言うのだろう。

「そんな顔しないでよ・・!」

泣いている様に見えるのは雨が降っているせいだ。だが、はそれに耐え切れず両手を窓に打ちつけて目を反らした。我ながら馬鹿な事をしている。何が”強くなりたい”だ。今の”彼女”を直視する事すらできないくせに。


「・・・痛い・・」

はうつむいて左胸を押さえた。雨によって湿度が上がると、体に直接刻まれた錬成陣が痛む事はよくある。だが、今の胸の痛みはそれだけではないような気がした。

「痛いよ・・・・」

どうしてこんなにも胸が痛む?

一体何が悲しいと言うの?


その自問に答えを出す前に、足元に何かが触れた。

「デン・・・」

見れば、眠っていたはずのデンが前足を上げてに触れていた。彼女は、クーンと小さく鼻を鳴らして見上げてくる。

「・・・ごめんね、大丈夫。泣いてないよ・・・」

は弱く笑んで、身をかがめた。

(・・泣いてないよ)

雨粒の流れる窓さえ見なければ、自分は泣かないですむ。涙を流すのは硝子の中の”彼女”だけでいい。
は心配そうに身よすり寄せてきたデンを少し撫でて、膝を抱える。雨音はさらに強くなったが、もう窓に目をやることなく、ただ静かに抱えた膝に顔を伏せた。














どれくらい時間がたった頃だろうか。は不意に足元が明るくなったのに気付いて、後ろを振り仰いだ。

(雨が止んだ・・・)

はゆっくりと立ち上がると再び窓に触れる。泣いていた”彼女”はもういなくなっていた。窓の外では、厚い雲の切れ間から、明るい太陽の光が差し込んでくる。

「あ・・・」

そしてその光に照らされた金色が、視界のずっと先に見えた。太陽の色の髪と瞳を持つ彼を見間違えるはずもない、エドワードが戻って来たのだ。

「・・・・・!」

そう気付いた瞬間、は考えるよりも早く家の外に飛び出していた。まるで何かの力に引っ張られるように、雨上がりの地面を、泥が跳ね上がるのも構わず疾走する。

「エドっ!!」

走りながらが叫ぶと、エドワードも彼女に気付いた。



家からは結構な距離があったにもかかわらず、一気に駆け抜けてきたは、乱れた呼吸を整えながらエドワードの前に佇んで顔を上げる。

「悪い、遅くなった」

エドワードはの様子に目を丸くしたが、すぐに笑顔を見せた。すると、その瞬間にの両目から大粒の涙がポロポロと零れ落ちる。

!?どうし・・・・うわぁ!?」

突然泣き出したに、驚いたエドワードだが、言い終えないうちに彼女に思い切り抱きしめられて更に驚愕した。

「え・・・ちょっ・・・・ええ!?」

エドワードは真っ赤になりつつ目を白黒させた。これには横で様子を見ていたピナコも唖然としている。

「ど・・・どうしたんだよ、汚れるぞ?」

エドワードは激しく動揺しながらも、泥だらけの手をなるべくに触れないようにする。だが構わずは更に強くエドワードを抱きしめた。

「・・おかえり・・・・」

「え・・・?」

その言葉にエドワードは瞬きを繰り返す。そしてようやく意味を理解すると、もう一度笑って自分からもぎゅっとを抱きしめた。

「ああ・・・ただいま」

すると、またの瞳から涙が溢れ出す。そして彼女はまるで子供のようにしゃくりあげながら、エドワードの腕の中で泣き始めた。


結局、硝子の中の”彼女”が泣き止んだ今、は本当の涙を流したのだった。





to be continued





back   next





あとがきという名の言い訳 vol.37

えー、先に言っておきますが、嬢べつに抱きつき魔ではありませんよ?(笑)
とりあえず、以前エドワードから見た嬢の話があったので今回はその逆です。
彼女が最後に本当に泣いてしまった理由はあえて書きませんでしたが、お解かりでしょうか?・・・すいません解からなかったら多分私の表現力不足のせいです(爆)