「ホーエンハイム・・・・・・・・・・・・ヴァン・ホーエンハイムか!!」
「エド・・・ワードか?」
十年近くの歳月を経て再開した父子の間を、冷たい風が音をたてて通り過ぎた。まるでこの二人の確執を象徴するかのように。
「大きく・・・・なったな?」
「なんで疑問系なんだよ」
「セントラルあたりで有名だぞ、おまえ。史上最小国家錬金術師だって?」
「最年少だッッ」
一文字抜けただけで大分意味合いのかわる言葉に、エドワードは青筋を浮かべて噛み付いた。
「そのお嬢さんは、お前の彼女か?」
ホーエンハイムはエドワードの怒りをさらりと受け流して、彼の後ろに佇んでいるに目を向けた。
「え、あの・・・」
「!こんな奴と話す必要なんかねぇ!!」
二人のやり取りを見守っていたところにいきなり話を振られ、しかも何か勘違いをされているようだ。だが、が何か言うより早く、エドワードが怒鳴った。
第36話 墓前の父
「ピナコに聞いたぞ。人体練成したって?」
ホーエンハイムが再び話し始めると、エドワードは決まり悪そうに目を反らした。
「〜〜〜〜〜〜・・・てめぇ今頃どの面下げて戻って来た!!」
「親にむかって、てめぇとはなんだよ」
息子の口の悪さに、ホーエンハイムは顔をしかめる。
「てめぇなんざ、てめぇで十分だ!母さんの墓の前じゃなかったら殴ってるところだ」
「トリシャ・・・なんで死んだ・・・」
ホーエンハイムはトリシャの墓の方に向き直る。
「なんでもクソもあるか!!てめぇが苦労させたせいだ!!」
「もう少しなんだ・・・もう少し・・・」
「ああ!?もう少しって、まだ苦労かけるつもりだったのかよ!!」
「約束したのに・・・」
「女手ひとつで、どんだけ頑張ったかわかってんのか!!」
エドワードはホーエンハイムが呟く度に吼えたが、彼はまるで聞こえていないかのようにトリシャの墓に話し掛けている。
「トリシャ・・・俺を置いていくなよ・・・」
「置いてったのはてめーだ!」
全く噛みあわない会話に、エドワードは苛ついて頭を抱えた。
「今更帰って来たところで、てめーの居場所は無いんだよ!!何しに帰ってきた!!」
「そうだ・・・俺の家・・・なんで焼いてしまったんだ」
ホーエンハイムは初めてそこでエドワードの言葉に反応し、彼らの家があった方を見やった。
「何も・・・何ひとつ残ってないじゃないか」
「もう後戻りしないと決めた、帰る家は無くていい。あれがオレ達の覚悟だ」
「ちがうな」
エドワードが強い瞳で言うと、即座に否定の声が降って来た。
「自分の過ちを、その跡を見たくないからじゃないのか」
エドワードが目を見開くと、ホーエンハイムは彼を見下ろした。
「嫌な思い出から逃れるためか?自分がしでかした事の痕跡を消したかったのか?」
エドワードの顔色が変わったのがにもわかった。長身のホーエンハイムの影のせいだけではない、明らかにエドワードは動揺していた。
「・・・・・・・ちがう!」
「寝小便した子供がシーツを隠すのと一緒だ」
エドワードは自分の目の前に佇むホーエンハイムに、まるで怯えるように、一歩後退る。
「逃げたなエドワード」
「てめぇに何がわかる!!!」
さらに容赦の無い言葉を発したホーエンハイムに、エドワードは思わず叫んでいた。それは弱点を突かれ、窮地に追い込まれた獲物が、捕食者に対して見せる最後の抵抗のようだ。
「わかるさ」
だが、それに対しホーエンハイムは声を荒げる事すらしなかった。
「・・・・てめぇと喋ってると、胸クソ悪くなってくる!!」
そこに何故か敗北に近いものを感じて、エドワードは歯噛み締め背を向けた。
「行くぞ、!時間の無駄だ!!」
「あ・・・うん」
突然自分の手を掴んで歩き出したエドワードに続きながら、は振り返った。まだその場に佇むホーエンハイムは視線を流してエドワードの背に声をかける。
「墓参りに来たんじゃないのか?」
「こんな荒んだ気分でできるか!」
エドワードが振り向く事すらせず、そう吐き捨てると、少しの後、ホーエンハイムがこちらに歩いてきた。
「付いて来んな!!」
その気配を感じたエドワードは、今度は目頭を吊り上げて睨み付けた。
「ピナコん家に帰るんだろ?俺もそっちなんだから、しょうが無いだろう」
しかし、ホーエンハイムは軽くあしらってしまう。それが癪に障ったか、エドワードは歩く速度を速めた。
不思議だ。
エドワードに手を引かれながら、は思った。具体的に何が不思議だと言えるわけではないが、強いて言うならホーエンハイムという人間そのものだ。最初から喧嘩腰のエドワードがどう思っているのかは解からないが、先ほどの二人の会話からして、ホーエンハイムの感覚は明らかに普通ではない、そんな気がした。
ロックベル家に帰るまでの間、ホーエンハイムは彼なりにエドワードに話しかけたが、結局ほとんど会話にならなかった。
その夜、ピナコにシャワーを借りたは、二階への階段を昇り、廊下を歩いていたが、エドワードの眠る部屋から出てきたホーエンハイムに、思わず足をとめる。
ドアを静かに閉め、顔を上げた彼は少し離れた位置のに気付いたようだ。だが彼はなんら反応を示すことなく歩を進めた。
「・・・話さないんですか彼と。久しぶりに会ったんでしょう?」
立ち止まったままのは、彼が通り過ぎ際、振り向かずただ静かに声を発した。
「あいつだって話したがらないだろう」
無視されるかとも思ったが、意外な事にホーエンハイムは一言だけ返してきた。最も彼も振り返る事も、立ち止まる事もしなかったが。カツカツと静かに響く彼の足音が少し続いた後、不意には振り返った。
「なら、何故そんな目をされるんです?」
彼女の声は、静かだがとても強い口調だった。
エドワードの部屋から出てきたホーエンハイムがほんの一瞬だけ、寂しそうな目をしていたのをは見逃さなかったのだ。すると階段を降りかけたホーエンハイムはピタリと足を止め、彼もまたを振り返った。
ホーエンハイムから見れば小娘にも等しい彼女は、華奢な外見に見合わぬ強い瞳で彼を見ていた。対してを見るホーエンハイムの瞳は無機質だ。交錯した視線からお互いの感情を読み取れぬまま、ピンと張り詰めた数秒の時が過ぎる。
「・・・手厳しい娘だな」
先に視線を反らしたのはホーエンハイムの方だった。彼は短くそれだけを言い残すと階段を下りて行った。
「・・・・・」
しばし誰もいなくなった階段を見つめていただが、濡れた髪から滴り落ちる雫を払って歩き出した。前回泊めてもらったのと同じ部屋に戻った彼女は、何とも言えぬ気持ちで肩にかけたタオルをすべり落とした。
ーと、その時近くの部屋からドアの開く音にがしたのに気付いた。
(エド・・・)
がそっと部屋から顔を出すと、エドワードが足音を殺して階段を降りて行くのが見えた。
は少し迷ったが、静かに部屋を出て階段の手すりの辺りから下の様子をうかがった。すると、すぐ傍に小さく開かれた明かりの漏れるドアがあり、その横にエドワードが隠れるように立っていた。
ドアの向こうの部屋にいるのは間違いなくホーエンハイムとピナコだ。エドワードが二人の会話を聞こうとしているのは想像に難くない。
が部屋に引き返そうか迷っているうちに、低くぼそぼそと話し声が聞こえてきた。もっとも二階にいる彼女にその内容をはっきりと聞きとることはできない。しかし、エドワードの位置ならば話は別のようであった。途中から彼の顔色が変わっていき、息を呑んだのがわかった。
「全く関係のない物を作って、あの子らは体を持っていかれたって言うのかい!?そんなひどい話があるかい!!」
それはピナコが声を荒げた時だ。
今度ばかりは、の耳にも鮮明に届いた。それだけで、今まで二人が何を話していたかを察する事ができる。なんと言うことだろうと、は口元を押さえた。間近で聞いていたエドワードは、目を見開いて壁に背を着いた。そして上向いた彼の目が、偶然にも二階の手すりの所にいるのそれとかち合う。
「っ・・」
しまったと、内心自分のうかつさに毒づく。は小さく”ごめん”と呟いて、踵を返した。
あの後、エドワードがいつ部屋に戻ったのかはわからなかった。
結局、釈然としない気分のまま朝を迎えたが起きてくると、ちょうどホーエンハイムが出発の支度をしているところだった。
「おはようございます」
「おや、おはよう。エドはまだ寝てんのかい?」
「はい、多分」
「まったく、親父さんが出ちまうってのに・・・」
降りて来たの背後にエドワードの姿は無く、ピナコは嘆息した。
「起こして来ようか?」
「いいよ。もたもたしてたら汽車に遅れる」
ホーエンハイムは言いながらコートを羽織った。
「世話になったな」
「あの・・・」
着々と身支度を整えていくホーエンハイムに、は躊躇いがちに声をかける。
「昨夜は生意気な事を・・・すみません」
ネクタイを締める手を止めたホーエンハイムにそう言うと、彼は片眉を小さく上げて、答える代わりにコルクボードに飾られた沢山の写真に視線を流した。
「・・・と言ったか?」
「はい」
が頷くと、ホーエンハイムはに目を向けた。
「両親は?」
ホーエンハイムは短く問うた。
「・・・生みの親は随分前に亡くなりました。義父と義母がいます」
は僅かに表情を曇らせたが、簡潔に返答する。
「君は家族をどう定義する?」
するとまた無感情な声が返ってきた。それは科学者たる錬金術師らしい、単純かつ難解な問だ。
「血族だけでは無い、一緒にいられなくてもその絆を簡単には断ち切れない人達。少なくとも私はそう定義します」
「間違いでは無いが、正しくも無いな」
「定義は定義、それも私個人の物です。仮定でもなければ結論でもない、それを証明する理論もいりません」
突然淡々とした論争を始めた二人をピナコは唖然として見ている。何故そんな事になっているのかも不思議だが、何よりも、ホーエンハイムが十数年しか生きていないようなに興味を示した方が驚いた。彼は表情の変化が極めて乏しいが、昔からの付き合いのためか、見ていればある程度解かるのだ。
ホーエンハイムは相変わらずの無機質な瞳でを見つめていたが、やがて声を発した。
「・・・碧の目か。この世の理の全てが記されているという緑石のタブレットは、そんな色をしているのかもしれんな。君も錬金術師か?」
「はい」
「そうか。興味深い話を聞かせてもらったよ」
「いえ」
そこで二人の会話は完全に終わりを告げた。
ホーエンハイムはから目を反らすと、先ほど見ていた一枚の写真に手をかけた。
「・・・この写真もらってっていいか?」
「どれでも好きなだけ持って行きな」
「いや、これ一枚でいい」
ホーエンハイムはピンを丁寧に外して、その写真を手にとった。
「四人で撮ったの、これしか無いんだ」
彼はまた昨夜と同じ、どこか寂しそうな目を一瞬だけして、写真を胸ポケットにしまった。
「ピナコ・・・おまえやっぱりいい奴だな。昔から何一つ変わらない俺を、不審な目で見る事も無く、昔通り接してくれた。お礼にいい事を教えてやるよ」
「?」
ピナコはその意味が解せず眉を寄せた。
「じきに酷い事がこの国で起こる。今のうちによその国へ逃げとけ」
「・・・この国は年がら年中、酷い事だらけさ。なんで今更逃げなきゃならないんだい。それに、ここを帰ってくる場所にしてる奴らがいるんでね」
「・・・・・・・・忠告はしたぞ」
ドアをくぐる間際そう言ったホーエンハイムの表情は、逆光で読み取る事ができなかった。
「ホーエンハイム!」
遠ざかっていく背中を、外へ出たピナコの声が呼び止めた。
「たまにはご飯食べに帰っといでよ」
ホーエンハイムは声こそ出さなかったが一度振り向いて立ち止まると、踵を返す際に手を上げた。ピナコの横に佇むは、その姿をエドワードが出かけていく時のそれとだぶらせて、ぽつりと声を漏らした。
「ピナコさん」
「なんだい?」
「あの人、本当は・・・・・いえ、何でもありません」
「?」
ピナコは首をかしげた。
本当は、心から家族を愛しているのではないだろうか。
はその言葉を飲み込んだ。それは、自分が言う事ではない。ただ、ホーエンハイムが数ある写真の中から、唯一の家族の集合写真を選んで行ったことが、何よりも彼女にそう思わせたのだった。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.36
ーというわけで、こちらのサイドも連載再開です。
ホーエンハイム、色々と謎多き人ですよね。神崎的にはホムンクルスのお父様とは別人と言う考えなんですが、はてさて、本当のところはどうなんでしょう?
嬢とホーエンハイムの会話ですが、緑石のタブレットは錬金術関連の本にほぼ100パーセントの確立で出てくる、ヘルメス・トリスメギストスのエメラルド・タブレットです。パーフェクトガイドブック1の方にもちょこっとだけ記述があるんですが、「これは偽りのない真実、確実にして、このうえなく真正なことである」という文章で始まります。
ちなみに夜の場面で、ホーエンハイムと嬢がすれ違ったシーン、元ネタは某ドラマのエンディングです。(最もドラマでは二人とも女性なんですが・笑)ヒントは○○の○の人(バレバレかも)