エドワードが部屋を出て行ってから結構な時間が経った。間もなく日付変更線を超えようとしている今は深夜だ。

はベッドの上でごろりと寝返りを打った。もう随分前からそうしているにも関わらず、一向に眠気が訪れない。

「・・・しないよ・・か・・・」

エドワードのその短い言葉はに安堵と、そして重い罪悪感を与えた。

核心に触れずとも、先ほどの質問で彼は自分が何か隠していることには気付いたはずだ。もちろんそうなるであろうことは解かって訊いたのだからそれ自体には驚かない。だが、

(何がしたっかったのかしら私は)

思わず自嘲する笑みが漏れた。
否定して欲しかったのだろうか、実際エドワードがそうしたように。それとも肯定して軽蔑して欲しかったのだろうか。

おそらく答えは後者だ。
軽蔑して罵ってくれたなら、きっと割り切れていた。そうすればもうこの後ろめたさを感じる事も無いだろう。

きっと本当のことを知ってもエドワードは何も言わない、怒ることもしないだろう。だからこそ、その優しさが胸に突き刺さる。彼が自分に向けてくれる笑顔や言葉の全てを、裏切っているのだという事を見せ付けられているようで胸が痛んだ。

はまた寝返りを打ち、そしてふと思った。

では何故自分はエドワードの言葉に安堵したのだろう?

そこに生じる矛盾点に気付く。
彼が否定した事に罪悪感を感じながらも、肯定されなかった事に安堵した。軽蔑され、嫌われなかった事に確かな安心感を抱いている。

(嫌われたくないから?)

単純な考えが浮かんだ。
こういう所は錬金術師という科学者の性かもしれない。曖昧さを嫌い、何かの事象に対して原因の究明をしなければ気がすまないという、いささか厄介な悪癖。こうなってしまうと必然的に脳内ではそれに対する理論や定義が勝手に飛び交い始め、嫌でも深く考える羽目になる。

また余計な事を考えたのかもしれないと思いつつも、逆らう術を持たないはその流れに身を任せる事にした。

そもそも何故嫌われたくないから等という考えが浮かんだのだろう。

(大体私はエドをどう思ってるの?)

家族ではない、同僚でもない。友達や仲間というのが一番しっくりきそうな気もするがなんとなく違う気がする。だが、その消去法が最後に残した選択肢に首を振った。

(・・・馬鹿なことを)

ありえない、話が飛躍しすぎだ。
結局、一番単純な結論を出した。誰かに嫌われたくないと思うのは当然の人間心理だ。それでいい。


これ以上行動に支障をきたす余計な考えが浮かばぬうちに眠ってしまおうとは目を閉じた。










第34話 再会への標










一つの思考が終わりを見せればまた新たな思考が生まれ、それを片付ければまた繰り返し。無限ループの錯綜した頭では到底眠る事など不可能なわけで、は結局一睡もできぬまま朝を迎えた。

朝食を終え自室に戻って来た今ごろになってようやく体が眠りを欲し始めたが、まさかこんな時間から寝るわけにもいかず、仕方が無いのでソファーに座って本を開いた。

鞣革張りの上等な表紙のそれは、タイトルから全ページの一字一句に至るまで全て西の大陸の古い言語で書かれていた。何度も読み返したその内容は大陸の歴史に絡ませた哲学書の類だが、今は単調に文を目で追うことだけに集中する。意識を繋ぎとめておくだけならそれだけで十分だったが、不意にある一文に目を留めた。

Verum cur non audimus? (ウェールム・クール・ノーン・アウディームス?)quia non dicimus.(クィア・ノーン・ディーキムス)

直訳では”何故私たちは真実を聞かないのか?何故なら私たちが言わないから”という一瞬謎かけのような難解な文章だ。どうやら少し捻りがあるらしく、実際初めて読んだ時は意訳するのに少々苦労した。そして導き出したこの文章の真の意味は”他人に真実を訊く前に、そもそも自分はそうしているだろうか?”というような意味になる。

(そもそも自分がそうしているだろうか・・・・・?)

それはごく偶然目に留まった文章で、その意味自体はこの場合どうでもよかった。だが、は意訳したその後半部分を反芻して、ふと考えた。

「私が・・・大佐だったら・・」

もしも自分がロイの立場だったら、あの時ロスを殺しただろうか?

は死亡鑑定が終わった後、ロイがアームストロングに言っていた言葉を思い出す。

(しばらく休暇を・・・・東部には美人が多い・・・)

記憶の中のロスの姿が脳裏をよぎった。そこで確証を得たは珍しくいささか乱暴に本を閉じて、すぐさま部屋から飛び出した。


「あれ、どこ行くの?」

階段を下りた所でアルフォンスとすれ違ったが、は”すぐに戻る”とだけ言い残してそのままホテルを出て走り出した。

(間違い無い・・・ロス少尉は生きてる!)





ロイは執務室で書類にペンを走らせていた。
一見黙々と仕事をしているように見えるが、時折ちらりと時計を見ては手の動きが止まる。するとその横に控えたホークアイが咎めるように睨むのに気付いてまた手を動かす。

そんなことを繰り返しているといつも通り咥えタバコをしたハボックが戻って来た。

「終わったのか?」

「あー、はい。とりあえず一通り片ついたっすよ」

「そうか、ご苦労だったな」

彼に労いの言葉をかけると、ロイは椅子を引いて腕を組んだ。

「さて、これで名実共に一件が片付いた訳だな」

「いいんすか?」

「あの場合仕方あるまい」

ロイは無表情に即答してからドアに目をやり、そして口端を吊り上げた。

「・・・・と言いたいところだが」

ロイの視線が移ったのに気付いて、ハボックとホークアイもそちらに目を向けた。

「大総統府特務部署の中佐殿にはそれで済ませるわけにはいかんな」

そこには苦笑したが立っていた。

「そろそろ来ると思っていたよ、中佐」










エドワードはベッドの上に寝転がっている。彼もまた、昨夜は一睡もしていなかった。
同室者のアルフォンスはウィンリィの部屋で鎧の手入れをしているためこの場にはいない。話し相手もおらず無音の状態が続けば脳は様々な思いを巡らせる事になる。

ヒューズの事、その妻グレイシアの事、ロスの事。

三人の姿が浮かんでは消えていく。

(も・・・こんな気持ちだったのかな)

ふとそんな事を思った。
誰かを巻き込み、そして犠牲にしてしまった自分への、怒り、悲しみ、激しい後悔。彼女の背負った罪悪感と重圧が今なら解かる気がした。とても簡単に振り切れるものではない。

「・・・・・・・・・」


ーと、コンコンとドアをノックする音が聞こえてエドワードは思考を中断した。

「へいへいどちら様・・・」

ベッドを降りてドアを開けるとそこにはアームストロングが立っていた。だが、何故か今にもその豪腕を振り下ろさんとした体勢で。

「へ?」

思わず目を点にしたエドワードの右腕を強烈な衝撃が襲った。

「いきなり何すんだよ少佐!!」

ドゴンっという景気のいい音と共に、吹っ飛ばされたエドワードは床から身を起こしてアームストロングを非難する。

「むう!!いかん!!」

「え」

だが次の瞬間エドワードの体はアームストロングの片腕につまみあげられていた。

機械鎧 (オートメイル)が壊れてしまったな!これはいかん!!」

アームストロング自らが殴った事でエドワードの機械鎧 (オートメイル)は見事に凹んでいた。

「うむ!由々しき事態である!すぐに直さねばならん!」

「???」

アームストロングはエドワードを床に下ろすと、訳のわからない彼に構わず一人で納得してその両肩を叩いた。

「どれ我輩がリゼンブールまで送ってしんぜよう!」

「はぁ?」

エドワードからすればこの場にウィンリィがいる以上わざわざリゼンブールにまで帰る必要は無いのだが、アームストロングは遠慮する事は無いと食い下がった。すると騒ぎを聞きつけたアルフォンスとウィンリィが部屋から顔を出す。

「何?リゼンブールに帰るの?」

「おうアル聞いてくれよ・・・」

「おおアルフォンス・エルリック!」

エドワードが助けを求めるように見ると、アームストロングがいち早く遮った。

「おぬしは目立つからここにいるように!」

「え?」

いきなり笑顔で言われてアルフォンスは何が何だかさっぱりだった。

「よぉし、すぐに汽車の手配だ!行くぞエドワード・エルリック!」

だが彼が聞き返す間もなく、エドワードは首ねっこをつかまれて引き摺られていく。


「・・・・・・・えーと・・・」

かくして弟と幼馴染が見守る中、エドワードはアームストロングによって連れ去られたのだった。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.34

最近気付いたんですが、この連載って話によって長さにかなりのバラ付きがありますね(苦笑)
基本的に一話の中で舞台をまたがないように話を切ってるんですが、そのため長くなったり短くなったり・・・・
今回はかなり短めの部類にはいるかと思うんですが、考えたら第一部前半はほとんどこれくらいの量だった気がします。

さて、そんな短い34話ですが、ちょっと重要(?)な点にお気づきでしょうか?
ついに嬢がエドに対しての気持ちを考え始めましたよ(笑)なんと考えたかはあえて書きませんでしたが・・・お解かりですね?まあ、嬢がそう言った面では理論的過ぎるので速攻で否定されてしまった訳ですが、クセルクセス遺跡編が終わった辺りでそろそろお互いの事を意識させたいなと思っております。

あ、2話連続でラテン語ネタがあるのはスルーな方向で;意外と話をつなげるのに役立ってるので重宝してます(笑)