「・・・たくよー、こちとら先を急いでんのによぉ」
ガタゴトと音をたてて進む汽車の座席で、エドワードは仏頂面を隠すことなく肘掛に右腕を乗せた。
「おめーらのせいで直るまでにえらい時間くっちまったぞ」
ラッシュバレーでの一騒動で結局エドワードの機械鎧は一から作り直す事を余儀なくされ、その完成を待っていたため当初の予定より三日も遅く一同はセントラルに向けて出発した。
しかも何故かその原因を作ったリンまで同行する事になり、その上旅費までもたされたのだからエドワードの不機嫌さも仕方ない。
「エドが壊さなければ済んだ事でしょ!」
すると、通路を挟んだ反対側の座席からウィンリィが身を乗り出した。だがエドワードの全くやる気の無い返事に嘆息して、向かいに座るに”何か言ってやってくださいよ”とこぼす。
この席割りが決まるまでに実のところ一悶着があった。
汽車に乗った途端さりげなくの隣に座ろうとしたリンとエドワードが言い合いにになり、最終的に仲裁に入ったアルフォンスによって、女性陣と男性陣という今の席割りになったのだった。
「だいたいあの黒装束のせいだ!機械鎧(の請求書叩きつけてやる!!」
「あの二人にはよく言っとくから勘弁してヨ」
リンはエドワードの向かいの席で苦笑する。
「娘の方はランファン、じいの方がフー。家に代々仕える一族サ。よろしくナ」
「付き人が二人もいるなんてもしかしてリンって結構いい家の坊ちゃん?」
リンが二人を紹介すると、興味の湧いたアルフォンスは彼の方を向く。
「は!!男のくせして、お付きがいなくちゃ怖くて旅もできねーか」
「そうだねェ、子供の一人旅だと色々危ないかラ」
嫌味のつもりで言ったエドワードの言葉はあっさりとリンに肯定され、代わりに残りの4人が目を点にした。
「・・・・リン・・・・あなた何歳?」
「俺?」
一同の疑問を代表してが問うと、リンはきょとんとして驚愕の返答を返した。
「15歳だヨ」
(((((ごっ・・・・・・・!?)))))
4人が顔を見合わせたのは言うまでも無い。
「・・・・ちょっとエド。あんたはもうすぐ16歳よね」
再び身を乗り出したウィンリィが密やかに言うと、エドワードははっと我に返った。
「スタンダップ!!」
「?」
すると何を考えたか通路に立って、リンをその前に立たせた。
「・・・・・・・・・・」
その明らかな身長差にエドワードは無言で悶絶し始める。そして、
「・・・・・・・・・・フケ顔!!!」
ビシィっとリンを指差す事でその事実を闇に葬り去った。
(・・・逃げたわね)
(逃げましたね・・・)
その光景を横目に、とウィンリィは無言のまま頷きあった。
第32話 生贄の羊
「さて!先に軍部に顔出してくるか。ヒューズ中佐って軍法会議所だよな?」
「ええ」
汽車を降りたエドワード達は相変わらず人の多いホームを抜けて駅前の広場を歩いていた。
「・・・あれから賢者の石の情報集めしてくれてるかな?」
「うーん・・・どうかなぁ。大総統に釘を刺されてるし」
「何?なんの話?」
エドワードとアルフォンスの会話の内容がわからないウィンリィがそんな風に訊くと、”男同士の話!”と流されてしまった。
「もーいつもそれだし!」
「おイ!」
そのためウィンリィは頬を膨らませたが、背後から聞こえてきた声に全員が振り返った。
「若はどこダ。貴様らずっと一緒だったはずだゾ」
そう言ったのは黒装束の男フーだ。その横にはやはり黒装束に身を包み面をつけた少女ランファンの姿。あきらかに浮いた二人と、アルフォンスの鎧姿に周囲からは好奇の視線が集まってくる。
そういえば何時の間にか一緒にいたはずのリンの姿がなくなっている。4人はそれぞれあたりを見回したが、どこにも彼の姿は見当たらない。
「せーせーした!行くぞ!」
また行方不明になった主に愕然と膝を付く付き人二人をその場に放置して、4人はさっさと歩き始めたのだった。
「あ、エド。一旦ここで別れよう」
中央司令部の外壁沿いを歩いているとが不意に立ち止まった。
「え、一緒に来ないのか?」
「ちょっと用事がね。それに軍施設に入るんだったら私服のままじゃまずいし」
曰く、正門から入るよりはこの近くの西門から入ったほうが更衣室には近いらしい。結局後でホテルで合流するという事になり、”また後で”と三人に手を振って彼女は壁の向こうへ消えていった。
「さんって素敵だよね」
「どうしたの急に?」
の姿が見えなくなった途端そんな事を言い出したウィンリィに、アルフォンスは不思議そうに顔を向けた。
「だって、落ち着いてて大人っぽいし、優しくて物腰柔らかいし、頭も運動神経も良くて、それであれだけ綺麗なんだもん。なんか”完璧な女”って感じでさ〜」
うっとりと目を閉じて胸の前で手を組んだウィンリィは一種憧れのようなものをに持っているのだろう。
「ね、エド。あんたもそう思わない?」
思春期の少女特有のそれにアルフォンスがなんと答えていいのか迷っていると、ウィンリィは早々エドワードも話しに巻き込んだ。
「あいつはそんな機械みたいなやつじゃない」
「え?」
だが、意外な言葉を返してきたエドワードにウィンリィはきょとんとする。
「・・・はウィンリィが思ってるよりもっと人間らしい人間だよ」
「どう言う意味?」
訳がわからないと首をかしげたウィンリィに背を向けて、エドワードは一人で歩き始めた。
「あ、ちょっと・・・・もー、何なのさ」
自己完結させてしまったエドワードにウィンリィはまたも頬を膨らませてアルフォンスを見上げた。
「アルは解かる?あいつの言ったこと」
「んーなんとなくね」
肩を竦めて見せたアルフォンスと、ますます訳がわからないと嘆息したウィンリィは、すでに遠くなったエドワードの背中を追った。
大総統府の正面玄関から降りて来たに気付いた二人の少尉が慌てて敬礼した。
無論自分よりも年上の彼らがそうするのは、階級故だ。
突然、一階級特進し大総統府へ異動になったあの日以来、軍服を着るのは初めてだった。星が一つ増えた肩の階級章は中佐の証。だが、その増えた数だけ軍服の重みがずっしりと増した気がする。
報告に赴いたブラッドレイから下された命令は”エルリック兄弟の追跡調査”を続行せよという事だけだった。もちろん頷いて命令を受けるしかないが疑問点は増すばかりだ。
軍内部の不穏分子の尻尾を柄みたいと言いながら、デビルズネストは殲滅。そして元々自分に課せられた命令自体が腑に落ちない事だらけ。どう考えても矛盾するそれらにブラッドレイの真意が全く掴めない。
これで何も感じずにいられるほど楽観主義ではなかったが、黙って従う事しか出来ない自分に妙な苛立ちを覚えた。何よりこの後合流したエドワード達に、また嘘をつき続けるのかと思うと胸のどこかがチクリとが痛む。
(・・・やめよう・・・)
また進歩の無い悪循環を始めた思考をは軽く首を振ってかき消した。
「・・・・あ」
そして顔を上げると、見覚えのある金髪の青年仕官が目に入った。
「ブロッシュ軍曹!」
がその名を呼びながら歩を進めると、ブロッシュが気付いてこちらを振り向いた。
「少・・・・じゃなかった中佐!お帰りになられてたんですか」
「はい、少し前に」
敬礼したブロッシュには笑顔で”お久しぶりですね”と告げた。
「ではエドワードさん達も今こちらに?」
「ええ。ここに来る前に別れたんですけど、ヒューズ中佐に会いに軍法会議所へ」
「・・・・え・・・・」
の口から出たヒューズの名前にブロッシュは目を丸くした。
「そういえば今日はロス少尉と一緒じゃ・・・・・どうかしました?」
瞬きを繰り返しているブロッシュを不審に思っては小首をかしげた。
「・・・・・そうか・・・・中佐はご存知なかったんですね・・・」
「?何をですか・・・?」
「・・・・これを見ていただければ解かると思います」
普段人懐っこい笑顔のブロッシュは沈んだような表情で手に持っていたそれをに差し出した。
「新聞・・・?」
”Central Times”と題されたそれは、セントラルでは一番メジャーな新聞だ。は訝りながらもそれを手にとり、そして一面に大きく取り上げられた記事に我が目を疑った。
「な・・・何・・・これ・・・・」
”マリア・ロス少尉を先月のマース・ヒューズ准将殺害事件の犯人と断定”
見出しには間違いなくそう書いてあった。そしてその横には見間違えるはずも無い、ロスの顔写真。
「っと大丈夫ですか?」
ぐらりとよろめいたの体をブロッシュが慌てて支える。
「・・・す・・すみません・・・大丈夫です・・けど・・」
は体勢を立て直しながら無意識に手に力を込めた。強く握られた部分の紙がくしゃりと僅かにしわになる。
「まさか・・・ヒューズ中・・・准将が殺されてた・・・なんて・・・・そんな」
記事を読めば、彼が殺害されたのは自分がセントラルを出たすぐ後だ。疑いようも無い事実であるにもかかわらず、心は何かの間違いだと必死に否定しようとしていた。
少々混乱気味のが少し落ち着きを取り戻すと、ブロッシュは彼女が出発した後に起こった出来事を話した。
「・・・・ありえないですね」
ブロッシュから一通り話を聞き終えると、は険しく眉を寄せた。
彼の話をまとめれば、ロスは初めから何の弁護もなく拘束され、しかもその日の内に犯人として夕刊の一面に記載されたと言う事になる。普通に考えてもいささか性急過ぎるのではないか。
「やはり中佐もそう思われますか・・・」
「ええ、やり方が強引過ぎます。それに・・・」
は広げた新聞を丁寧に折りたたんでブロッシュに返した。
「ロス少尉が犯人だというのが、まず第一にありえないわ」
「そ・・・そうですよね!!そう思いますよね!!」
思わず素になったにブロッシュは力いっぱい頷いた。
「けど・・・このままじゃ・・・」
真実がどうであろうと、犯人と断定されればそれが何を意味するかはすぐにわかる。このままではロスが処刑されるのは時間の問題だろうと考えては唇を噛んだ。
ーと、その時。
辺りがにわかに騒がしくなったのに気付いてとブロッシュは顔を見合わせる。何人もの憲兵がバタバタと司令部に出入りする姿を不審に思ってはそのうちの一人を呼び止めた。
「何かあったんですか?」
「あ、はい。憲兵司令部から全市通達で西区留置場からマリア・ロスが逃亡したと」
「!逃亡・・・・!?それで命令は何て?」
「凶悪な同伴者がいるため抵抗すれば射殺せよとの事ですが・・・」
「そんな!!」
ブロッシュが声を上げた。
「射殺命令・・・!!」
の奥歯がぎりっと鳴る。
「あの・・・よろしいですか?」
「ええ・・・呼び止めてすみません」
「いえ、失礼いたします」
憲兵は敬礼するとすぐさまどこかへ走っていった。
「ど・・・どうしましょう・・・・これじゃ本当にロス少尉は・・・・」
「・・・・・・・・・」
はほんの数秒間何かを考えて俯いていたが、突然顔を上げると走り出した。
「あ!中佐どこへ!?」
「すみません、詳しい話は後で!!」
は背後から聞こえてきたブロッシュの声に止まらずそれだけ言い残すと、あっと言う間に姿を消した。
は日の落ちたセントラルの街を疾走していた。
青い軍服の裾を翻し駆け抜けていく彼女に、街行く人々は不思議そうに振り返ったがそんな事を気にしている余裕は無い。
憲兵司令部から出ている命令は”抵抗すれば射殺”と言うことだが、今までのいきさつからして抵抗しようとしまいと、見つかり次第問答無用で射殺される可能性のほうが高いのだ。
ならばせめて、彼女が誰かに見つかる前に見つける事が出来れば最悪の事態だけは免れるかもしれない。
(無茶かもしれないけど・・・)
全市に通達されているくらいだ、ロスを探しているのが一個小隊程度の人数ではない事くらいすぐわかる。それに対して自分は一人、しかもすでに十数分のタイミラグがあるのだ。追いつこうという事自体無謀かもしれないが、理屈をこねまわしていられるほど冷静にはなれなかった。
ロスは自分にとって同僚であり、親友であり、時に姉のような存在だ。この行動に理由が必要だというのならばそれだけで十分だった。
「!」
が細い路地の前を通過した時、そのずっと奥から爆発音が聞こえた。
(・・まさか・・!)
気付いた時にはその路地に飛び込んでいた。
今の爆発音に一人の男の姿が脳裏に浮かぶ。彼が中央に栄転したという話は司令部で聞いていた。
「なんで黙ってた!!!」
(エド!?)
走るの耳に聞こえてきたのは間違いなくエドワードの怒鳴り声だ。
「っく・・・!!」
先ほどよりもっと嫌な予感がして、速度を速めた。酸素不足でひりついた喉に鉄の味がするかいなやという寸前には路地を抜けた。
そこは倉庫街への入り口だった。
の視界にいるのはアルフォンスと彼に押さえられて暴れているエドワード。
「やあ、中佐」
そして想像違わずロイの姿。彼はに気付くと酷く冷たい声音でそう言った。
「!?」
エドワードを押さえつけたままアルフォンスが首だけを彼女の方に向ける。
「・・・・・」
だがは何も答えることなく数歩足を進めた。そうすることでアルフォンスの鎧で隠れていたそれが目に入る。
そこにあったのは焼死体だった。その焼け爛れた手には囚人番号と”MARIA ROSS”と記された鑑札。
「っ・・・・!!」
言葉は何も要らなかった。は小さく息を詰らせてその場に膝を付く。
(間に合わなかった・・・・)
地に着いた指先に力がこもり、爪の中に入った砂利のせいで血が流れた。
(ロス少尉・・・・!!)
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.32
9巻読んだ時点でロス少尉の生死をどう考えるかって人によって違うと思うんですが、神崎は見事にロイに騙されたクチです(笑)
ここからリゼンブールに戻るまでの展開っていろいろ重いですよね・・・。特にエドとグレイシアさんのやり取りとか。鋼って家族がすごく大きな意味を持ってるだけに、それが絡んでくると余計にそう感じます。
とりあえず、そこら辺踏まえた上で嬢を上手く動かせると・・・・いいんですがね(苦笑)