「不老不死だって?」
突如現われた黒装束に背後から刃を突きつけられたエドワードは僅かに口端をゆがめた。
「そういえばこの前もそんな事言う人がいたね」
雑談するかのような口調のアルフォンスも、鎧の胴の隙間にやはり刃を突きつけられている。
「何かの流行りかしら?」
唯一自由の身のも、この状況で動こうなどという愚かな行動はしない。片手を腰に当てて、体の重心を傾け嘆息する。
「どうしてそんなものを求める?」
「家庭の事情ってやつサ」
リンは相変わらず笑みを崩さずに座したままだ。
「くっだらねー」
「真剣だヨ」
「なんにせよこれが人にものを尋ねる態度とは・・・・思えねぇな!!」
「あっ兄さんケンカは・・・・・・」
アルフォンスの制止も虚しく、エドワードは突然背後の黒装束に向かって後ろ手に拳を突き出した。だが宙を返って避けた黒装束はエドワードが驚愕している間にその顔面を蹴り下ろして着地する。
「うぬれ庶民めガ!若がこうして訊いておるのダ!貴様らこそ立場をわきまえロ!」
「あのちょっと!あぶないから・・・」
アルフォンスは自分に突きつけられている刃を振り返り際に手で掴んだ。
「ぬッ・・・貴様も逆らうカ!!」
「ちょ・・・・ちょっと待っ・・・・・ってェ!?」
すると、それを抵抗と見たかもう一人の黒装束もアルフォンスに飛び掛る。そんなつもりはないと言う間もなく、独特の動きで前面にまわった黒装束は、アルフォンスの鎧を蹴り飛ばした。
「あで」
アルフォンスが音を立てて地面に落ちると、先ほどの一撃で地面に突っ伏していたエドワードが顔を上げた。
「なろー軽業師みたいな妙な動きしやがる」
「も〜〜〜最近こんなのばっかりだ。シン国の体術かな、やり辛いね」
アルフォンスはずれかけた頭に手をやる。
「でもよ」
「うん」
二人は立ち上がると同時に構えを取った。
「師匠より弱い」
それは宣戦布告には十分な言葉だった。
第31話 ラッシュバレーの攻防
「あーア・・・」
すぐさま激戦に突入したエドワード達は、あっという間にこの場から姿を消した。その代わりに遥か視界の先で派手な破壊音が聞こえてくる。
「・・・・行っちゃったヨ、血の気多いなァ」
リンはまるで他人事のように言うと、横にいた店員にデザートの追加注文をした。その上鎧の兄弟にツケといてと勝手なことまで言っている。
「お姉さん、どうせ待ってる間することないでショ?俺とお話しなイ?」
「・・・・・・・そうね」
未だ立ち尽くしていたは、やれやれとばかりにリンの向かいに腰を下ろした。
エドワード達に加勢しようかとも思ったが、タイミングを逃してしまった以上今から行ってもあまり意味がないし、何よりそれぞれ一対一の攻防を繰り広げているのだから下手な手出しはかえって邪魔になる。
ならば自分はここでこの男の相手をする事にしよう。
「何か飲むかイ?」
「いえ、結構よ」
どうせその代金もエドワードにたかる気なのだろうとは即座に断った。
「そういえば思い出したんだけど、国家錬金術師ってのは何か特別な名前があるんだってネ」
「ええ、錬金術や術者本人の特徴を表す二つ名がそれぞれ与えられてるわ」
よく知ってるわねとは少し意外そうに机の上で手を組んだ。するとリンは興味津々に訊き返してくる。
「へェ。じゃあおねぇさんのはなんて言うノ?」
「光耀の錬金術師よ」
「”光り耀きし者”カ・・・」
美しい響きの二つ名にリンは目の前に座るを改めてじっくりと見つめた。
陽光を反射して耀く淡い金糸の髪に、けぶる長い飴色の睫毛、光の加減で青みがかったようにも見える不思議な碧眼。そのほとんどが黒髪黒目のシン人と比べれば、アメストリス人は比較的色素の薄い人間が多い。だが、この娘の稀有な色合いはその中でも群を抜いているようだ。
「君にピッタリだネ」
感嘆の意を込めてたっぷり間を置いたリンは、そっとの手を自分の両手で握る。
「と言ったかナ?君すごく綺麗な人だネ。どう?俺のお嫁さんにならなイ?」
「・・・あなた賢者の石を探しに来たんじゃなかったの?」
なんでそうなるんだとばかりにはジト目で言った。なまじ真剣な表情のリンとの差がそこはかとなく哀愁をそそたったが彼はめげなかった。
「うン。確かにそうだけどそろそろ身を固めるのもいいかなーって思ってネ。どうかナ、悪くないと思うヨ?」
「家庭の事情と言ってたけどどう言うこと?」
だが、はサラリと流して話題をすり替えた。
「そのまんまの意味サ」
すると、さして気にした様子もなくリンは話に乗ってきた。は内心ほくそ笑む。
「よほど深い理由がありそうね」
「まあそんな所かナ」
「・・・そうよね、でなきゃわざわざ危険な真似してシンからこの国に来るはず無いものね」
そこではにっこりと微笑んだ。思わずリンは顔を赤らめる。
「ね、不法入国者さん?」
だが天使の微笑みをうかべた彼女が次に発したのは悪魔のような一言だった。一瞬リンの表情がこわばる。
「・・・驚いたネ、いつから気付いてタ?」
「確証持ったのはたった今よ」
リンの見た目はさしたる動揺も変化も無いが、今の言葉が何よりも真実を物語っている。
彼は一瞬呆気に取られていたが、ニコニコと笑うを見るうちに苦笑した。どうやらカマをかけられたらしい。
「クセルクセス中継の北ルートはここ数年密入国が増えてるから目を付けられてるわ。国境警備兵もかなり増員されてるのにそこを突破するなんて、よほどやり手のサポーターを付けたのね」
柔らかいそれから少々強気な笑顔になったに、リンはうっすら目を開いた。
「参ったネ。達もしかして軍の人?」
「エドとアルは違うわ。国家錬金術師は軍属だけど一応正規の軍人は私だけよ」
言葉のわりに笑顔を崩さなかったリンの額にもさすがにあぶら汗がにじむ。
「リン・ヤオ」
するとは今まで握られたままだった手を組みなおして、リンの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「リンでいいヨ」
彼女のまとう雰囲気の変化に、リンも手を引っ込める。
「リン。あなたが何のために探してるかは知らないけど、一つ言っておくわ」
自分を見つめ返す強い瞳に、は声のトーンを下げる。
「賢者の石に関わるのは止めておいた方がいい、そらからエド達にもね」
「それは牽制かナ?」
「いいえ、ただの警告よ。聞くも聞かないもあなたの自由・・・けど」
「けド?」
こういった所で無意味なのは今のリンの声音からして明らかだ。もちろんそれだけで止められるなど思ってはいない。
「この国の法律を知ってる?」
はそう言って再び微笑んだ。
「密入国者は拘束の上、即刻強制送還ってことになってるの」
つまるところ、これ以上余計なちょっかいを出すならシンに送り返すと言う意味だ。一見職権乱用にも見えるが、違法行為の取り締まりは軍人の公務にあたる。もっとも一時的に特務で離軍しているとしては、わざわざそんなことをする気は毛頭ないのだが。
「今度は脅しかイ?」
「さあ、どうかしらね?」
舌戦においては口の達者さもさることながら、表情の使い分けも勝敗をわける。その点、とリンは一流のものを持っているらしい。ニコニコと見つめ合ったまま、無言の応酬を始めた二人の周りに黒いオーラがたち込め、何かただならぬものを感じ取った他の客がそそくさと逃げるように去っていった。
一種冷戦のようなその状況は、突如として聞こえた爆発音でようやく終わりを告げる。
「さて、どうしてくれようか・・・・」
エドワードはトラップに吊り下げられた黒装束の少女を見上げた。その肩にはとうとう本体からちぎれて使いものにならなくなった機械鎧(。少女が爆弾を投げつけた際、自らの手で切り離したものだ。
「め・・・・・面を返セ」
「あ?」
エドワードは怪訝な顔をした。
「壊した面をかっ・・・かか返せと言っていル!」
「あのな・・・言える立場かよ」
この状況でよくもそんな気丈な事がいえるものだと呆れていると、背後から黒装束の男を抱えたアルフォンスと、途中参加したパニーニャがやってきた。
「おうアル」
「あーあ腕、ウィンリィに殺されるよ」
「まったく身がもたねぇな。不老不死の研究でもすっか」
あながち冗談ともいえないようなことを言いながら、エドワードは捕らえた二人の黒装束に目をやった。
「おい!おまえらの主は賢者の石だ不老不死だといったい何を考えてんだ?」
「はい、おつかれさーン」
ーと、そのタイミングを見計らったように、瓦礫の向こうからリンが姿を現した。さらにその後ろから追いついたは彼の緊張感のない口調に苦笑する。
「てめ・・・・・のうのうと!!」
「いやぁ悪い悪イ」
案の定エドワードの怒りを買ったが、リンは相変わらずの調子で黒装束二人を指差した。
「うちの連れはどうも血の気が多くてネ。もっとも君たちも相当血の気多いみたいだけド」
「はっ!売られたケンカは買うのが道理だ!」
「君たち!?」
「それにしても君たち強いねェ。どウ?俺の部下になって一国を治めてみなイ?」
「寝ボケた事言ってないでとっととシンとやらに帰れ!!」
エドワードとリンが不毛な言い合いをしている後ろでは、アルフォンスが”兄さんと同列のケンカバカ扱いされた”とショックに打ちひしがれている。とパニーニャはその肩をぽんぽんと叩いて慰めた。
「うう〜〜〜ん、目的を果たすまで帰る訳にはいかないんだよネ」
「おお、いたいた」
リンが困ったように顎に手をやると、どこからともなく大勢の人間が集まってきた。エドワードとアルフォンスはあっという間に取り囲まれ、壊したものの弁償やらメシ代やらを請求される。
「ちょっと待てよ!メシ代も弁償もこいつとその連れが・・・・・」
「ワタシコノ国ノ言葉ワカランアルヨー!サイナラー!」
「速ぁっ!!!」
エドワードが真犯人はこいつらだと言おうとした瞬間、リンはわざとらしいカタコト口調になって跳び去った。脱兎もかくやという程の素早さにエドワードの目は飛び出さんばかりだ。
「・・・・ってあー!!黒装束もいない!!」
まさかとは思ってアルフォンスが振り返ると、拘束しておいたはずの黒装束の二人組は跡形も無く消えていた。二人の前にはさらに大勢の人間が集まってくる。以前パニーニャとの一件でも街中を破壊した前科があるためすでに言い訳のしようもない。
「直すったってオレは今この有様だし・・・」
エドワードは、片腕しか使えないのにどうしろと言うんだと思った。
「しょうが無いなあ、ボクがやるよ」
すると、アルフォンスが名乗りをあげる。
「え?何?練成陣無しでできるようになったのか?」
「うん、あれを見たから」
「マジで?」
てぇことは、とエドワードは自分の脳内に秤を思い浮かべた。今まで自分の方に傾いていた重心が、”練成テク”と正体不明の何かが加わった事により一気にアルフォンスの方へ移動した。その衝撃で”兄の威厳”が転がり落ちる。
「あとはボクにまかせてそこで・・・・・・・どうしたの兄さん?」
影を背負って地に伏しているエドワードに、アルフォンスは首をかしげた。
「失態申し訳ありません若!」
「ああ、いいよ」
錬金術でてきぱきと修復作業を行うアルフォンス達を見下ろしていると、黒装束の男が膝を付いてそう言ったがリンはさほど気にしていないようだ。
「しかし行き倒れたおかげで面白いのと出会えたよ。気付いたか?」
「・・・・・あの鎧・・・・生きた人間なら必ず持っているはずの”気の流れ”が感じられません」
「うん」
リンは常から笑みの形にある口端をさらに吊り上げた。
「あの娘も妙だ。気の流れは普通なのに微弱にだが”何か”が違う。それとあのちっこい方も何か知ってるみたいだ」
「不老不死の法でしょうか?」
「だといいな。どうやらあいつらに付いてって教えを乞うのが一番の近道のようだ」
「若があのような下々に頭を下げるなど!!」
リンは笑みを消して目を開いたが、黒装束の男は主が他の人間に頭を下げるなどとんでもないと言わんばかりだ。
「俺の頭ひとつなら安いもんだろー。なりふりかまってられんよ、俺が背負ってるもののためにはね」
リンはそう言うと立ち上がった。
「ま、頭下げてダメってんならぶんどるだけさ。行くぞ」
だが、何かの気配を感じたように背後を振り返る。
(気のせいか・・・・・・いや)
ラッシュバレーの街並みの向こうには遥か広がる大地があった。
「この国は何かおかしい」
ようやくガーフィールの店に戻って来たエドワードは、その光景に一瞬目を疑った。
「やッ、また会ったネ!」
すなわち何故かこの場でガーフィールと共にお茶を飲んでいるリンの姿に。
「こら」
即座に歩み寄ったエドワードは有無を言わさず壊れた機械鎧(でリンの頭をはたいて、その胸倉を掴み挙げる。
「なんでてめーがここにいるんだよ」
「やあ、また行き倒れてたらそちらの美しい方がお茶を出してくれてネ」
顔中に青筋を浮かべたエドワードに詰め寄られても、リンは笑顔のままだ。
「シンの国にゃ行き倒れ文化でもあるんかい!!メシ代払え!!」
「友達だろ、おごってくれてもいいじゃんカ」
「誰が友達だ!!てめーみてぇな目付きの悪い奴を信用できるか!!」
「ああっ人が気にしている事ヲ!生まれつき目付きが悪いから笑顔を絶やさぬようにしてるのニ!」
「そう言う兄さんもかなり目付き悪いよね」
「まぜかえすなアル!!」
フォローどころか便乗したアルフォンスにエドワードが噛み付く。
「やだぁあたしは目付き悪い子も守備範囲よぉ」
「論点ずれてるよガーフィールさん」
何故か頬を赤らめているガーフィールにパニーニャが的確な突込みを入れると、はなんだかどうでも良くなってきたと遠い目をした。するとエドワードの隙を突いて抜け出したリンが彼女の手を握る。
「や、もまた会えたネ。さっきは有耶無耶になっちゃったけド、やっぱり俺のお嫁さんにならなイ?」
「密入国にテロ行為の罪状を上乗せされたいのかしら?」
「つれない所も素敵だネ」
「てめぇ何勝手なこと言ってやがる!!しかもどさくさにまぎれての手握ってんじゃねぇ!!」
完全に導火線に火が付いたエドワードがリンに飛びかかろうとしたその時、
「ただいまー!」
混乱しかけたこの場に、ウィンリィが戻って来た。
「大通りの方が騒がしかったけど何かあった・・・・・・」
そしてエドワードが持っている機械鎧(を目にして凍りついた彼女が、いかにしてこの混乱を治めたかは、あえて表記しないでおく。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.31
エドとアルが肉弾戦を担当したので、嬢に頭脳戦をさせたところ喰えない性格が炸裂しましたね(笑)
リンを始めとしたシン組は好きなんですが、一部のカタカナ表記がちょっと面倒くさかったり(苦笑)
次回から舞台はセントラルに戻ります。