”西区留置場からマリア・ロスが逃亡。抵抗すれば射殺して良し”
たった今、ロイの執務室にも届いた指令だった。
「少佐、少し出てくる」
「はい」
ロイが机の引き出しから発火布を取り出して立ち上がると、は黙ってその肩に彼のコートをかけた。次いで、壁にかけられた自分のコートにも手をのばそうとしたところで、ロイの腕がやんわりとそれを制する。
「君はここに」
「ですが・・・・」
が僅かに困惑する様子を見せると、ロイは何も言わずに掴んだ彼女の手を優しく引き寄せて、その唇に触れるだけのキスをした。
「見なくていい。留守を頼む」
これからロイは”マリア・ロス”を殺しに行く。”彼女”の焼死体をには見せたくなかった。
「・・はい」
が小さく頷くと、ロイはそっと手を離して執務室から出て行った。
第30話 咎人の肉体
ロスが逃亡してからものの一時間もしないうちに、彼女の死亡報告が流れた。
彼女はロイの焔に焼かれて死んだ。否、正確には死んだのは”アメストリス人のマリア・ロス”という存在だ。
しかし、何も知らされていない、ヒューズの死ですら知らなかったエドワードは、運悪くその現場でロイに鉢合わせてしまい、彼と弟のアルフォンスと共に今この場にいた。
一見病院のようにも見えるこの場所は、中央司令部の施設内にある医療棟だ。今その一室では、”マリア・ロス”の死亡鑑定が夜通し行われている。
「お揃いか?」
関係者が大方集まった頃、ようやくその扉が開かれ、一人の中年鑑定医が出てきた。
「なんせ損傷が酷くてな。生前焼けか死後焼けかの区別もつかん」
「では本人ではないという可能性も・・・・・」
「いや」
アームストロングが一抹の希望を抱いてそう言えば、鑑定医は即座に否定した。
「かろうじて残された歯の治療痕からマリア・ロスと断定した」
鑑定医の手にあるファイルには、ロスの顔写真と、治療カルテの写しと思われる書類が挟まれている。
「ひでぇもんだ、こんな別嬪さんを炭クズのボロクソになるまで焼いちまいやがって。よほどの恨みでもあるんだろうな」
その言葉の途中から、アームストロングの顔色が変わった。
「なあマスタングさんよ」
鑑定医は壁際のソファーに座って足を組んでいるロイに目を向けた。
「もう少し上手く焼いたらどうだ。鑑定医の身にもなってみろや」
「久しぶりだったからな。加減がわからん」
伏せていた目を開いたロイは、視線を向けることすらせず、憮然と答えた。
「そっちの副官さんよ、あんたも止めろや」
すると鑑定医の視線は、ロイの隣に微動だにせず座していたに向けられた。
「気が回らず申し訳ございません」
だが、やはりもロイと同じように無表情でそう答えた。その言葉はいつになく冷たい印象を受ける。
「イシュヴァール戦の英雄が親友の敵とはいえ小娘相手にここまでやるたぁ」
鑑定医は嫌味たっぷりに言うと、ヘドが出るねと言い残してその場を立ち去った。
「このたびは我輩の部下がとんだ事を」
ロイがソファーから立ち上がると、アームストロングは彼に向かって頭を下げた。
「君が謝る事ではない」
「・・・・・ロス少尉が殺人を犯すとは思っておりませんでした。彼女は正直者で真面目で思いやりのある・・・」
そこで歯を食いしばったアームストロングは怒りともつかない表情をしていた。
「思いやりの・・・・・・・・」
必死で何かをこらえているアームストロングの拳は小刻みに震えていた。そして彼はソファーに腰をおろすとその目元を手で押さえた。
「少し疲れが溜まっているようだな少佐」
するとロイは今までポケットに突っ込んでいた手を外に出して、アームストロングの前にかがんだ。
「休暇を取ったらどうかね、ん?」
彼が上手く他から見えない位置に何かを置いたのにアームストロングは気付いた。
「そうだな・・・私がいた東部、あそこはいいぞ」
ロイは顎に手を当てると立ち上がった。
「都会の喧騒も無いし何より美人が多い」
そしてそのまま歩いていくロイの後ろを、が無言で続こうとするのを小さな声が引きとめた。
「・・・・・何でだよ・・・・」
それはエドワードの声だった。
「何でなんだよ・・・・少佐・・・・」
数歩進みかけたは足をとめて小さく振り返った。
とロスは親しかったはずだ。それなのに、先ほどの鑑定医とのやり取りといい、ロスが死んだ事に対してまるで何も感じていないように見える。ロイにも向けられたエドワードのやるせない気持ちが、僅かにに向いた。
数秒間の視線の交錯。は無表情だ、その瞳からは何も読み取れない。
だが、結局一言も発することなくはふいっと前を向いた。高い位置で結い上げられた長い髪が、それに合わせて金の軌跡を描く。そして彼女もまた、廊下の向こうに消えていった。
「・・・・・・」
残されたエドワードは激しい焦燥と苛立ちに駆られた。やりきれない、行き場の無いそれは、近くにあったゴミ箱に向けられた。
鑑定結果をまとめた憲兵司令部の人間や、アームストロングもその場からいなくなり、結局エドワードとアルフォンスは最後に医療棟を後にした。
何時の間にか夜は明けており、眩い朝日が窓から差し込んでくる。
「・・・・・あ・・・・」
そして、外へと通じるドアを開けた瞬間、アルフォンスが声を上げた。俯いていたエドワードが顔を上げると、そこには朝日に照らし出されたが立っていた。ひんやりとした朝特有の空気を含んだ風が、優しくその髪をなぶる。
「・・・・・・少佐・・・」
自分達を待っていてくれたのだろう。先ほどの廊下の事が引っかかって、エドワードはなんとなく気まずそうにその名を呼んだ。
は黙ってエドワードのほうに近付いて来ると、小さく声を発した。
「ウィデーレ・エスト・クレーデレ」
「え・・・?」
その聞きなれない発音にエドワードは思わず顔を上げた。どうやらアメストリス語ではないようだ。
「西の大陸の古い言葉よ。君になら、わかるはず」
そう言うとはその手に握られた何かをエドワードに差し出した。
「・・ごめんね、私からはこれしか言えないわ」
それを受け取って見上げると、は先ほどと違わず無表情だったが、心なしかその言葉に冷たさは感じられなかった。
謎めいた言葉を残したは、もう何も言うことなく、司令部のほうへ帰っていった。
「兄さん、少佐に何渡されたの?」
その後姿をしばし眺めていると、アルフォンスがエドワードの手の中を覗き込んだ。
「ああ・・・・・手紙みたいだな」
視線を落としたエドワードの手には小さく折りたたまれた紙があった。彼は破らないように丁寧にそれを開く。手のひらよりも小さな紙は、おそらく手帳か何かを切り取って急遽書かれた物だろう。
「・・・・・どう言うことだ?」
てっきり何かの伝言だと思っていたエドワードは思わずアルフォンスと顔を見合わせる。
そこには繊細な字で、短い文章が書かれていた。
『Videre est credere. 百聞は一見にしかず』
「やあエリザベス!元気かい?」
ロスの事件から数日明けた日の夕方、ロイは自分の執務机で楽しそうに電話をかけていた。
『あらロイさん、いつもお電話ありがとう。また仕事中?』
「ああ、どうしても君の声が聴きたくなってね」
ロイは受話器から聞こえてきた”エリザベス”の声に満面の笑顔で答えた。
『お上手ね。でもあまりサボるとこわ〜い副官さん達に怒られるんじゃないの?』
「大丈夫だよ、彼女達は今休みだから。最近仕事が一つ片付いてね、私の肩の荷が軽くなったから休みを取らせた」
『いいわね。私はしばらく店に出ずっぱりで家に帰れないかも』
「私もこっちに来てから休み無しだったからね。そろそろ休暇を取ろうかと思ってる」
ロイは指先でもてあそんでいたペンを高く掲げた。
『あら、どこかへおでかけ?』
「最近釣りにはまっててね」
それは釣竿に見立てられた。
「どうよあれ」
ロイがそんな風に会話を楽しんでいると、執務室から出た二人の男がひそひそと話し出した。
東部にいた頃と違い、個別の部屋が与えられているわけではないロイは、基本的に異動して来た6人と、セントラルで新たに彼の下についた部下達と同じ執務室で仕事をしているのだ。当然会話の内容は筒抜けなわけで、彼らのひんしゅくをかったらしい。
「少佐とホークアイ中尉が休みになったとたんこれだ」
「本当にあの人達”お守り”だったんだな・・・」
「ふつう仕事中に軍の回線で女に電話かけるかぁ?どういう神経してんだ」
「そうだな明日辺り店に寄るよ。おみやげは何がいい?」
『あら、ありがとう。ケイトにも何かお願いしていいかしら』
話し始めてから早15分。同室の部下達の怒りは絶好調であった。だがしかし、ロイは物ともせず”エリザベス”との会話を楽しんでいる。
『あの子がんばってるから・・・・・っとごめんなさいロイさん。お客様が来たから、あなたの愛しのアリスに代わるわね』
「それは嬉しいね」
それを聞いてロイはにんまりと笑った。
『ケイト!お客様が来たわ』
『はいはーい』
少し遠くなった”エリザベス”の声と共に”ケイト”の声が聞こえてきた。
『ジャクリーン呼んで来てくれる?それとアリスにお電話よ』
『アリス、お電話ですよ』
ヘッドフォンから聞こえてきた”ケイト”の声に”アリス”ことは小さく笑みを漏らして、小型の望遠鏡を下ろした。
「ありがとうケイト。繋いでちょうだい」
『やあアリス、元気にしてたかい?』
「ええ、ロイもお変わりなしみたいね、今日はどうしたの?」
はヘッドフォンに手を当てながらそっと背後の壁に寄りかかった。ここはアパートの5階のベランダだ。”店”の出来事が一望できる。
『愛しのアリスに会えなくて悶々としてるよ。君にの事を考えるだけで仕事が手につかくなる、哀れな男の話を聞いてくれるかい?』
(・・・・・・・・・・)
なんでこう、気障な台詞を恥ずかしげも無く言えるのだろうかこの男は。一瞬顔を赤らめただが、すぐに”アリス”として返答を返す。
「ええ喜んで。私もまだ御指名待ちですしね」
『君を指名できる客が羨ましいね。そうだなアリス、明日の夜は私が君を指名させてもらおう。フルコースを用意してあげるよ』
(・・・・・馬鹿・・・)
彼が今、他の軍人のいる執務室で堂々とそんなことを言っていると思うとなんともいたたまれない気持ちになった。もちろんそれはロイ本人ではなく、この会話を聞かされている軍人達に対してだ。
「楽しみにしてるわ。でも、私お店の制服はあんまり似合わないわよ?」
体のラインにピッタリとフィットするようなボディスーツにタクティカルベスト。肩と腰に下げられたホルスターから華奢な指先を包むハンターグローブまでもが全て黒。今のは完全なスナイパースタイルだった。
『君に似合わない服なんか無いさ』
この場所に訪れたロイが初めてこの姿を見た時”まるで女スパイだな”と言った。その後、他のメンバーがいる中、歯の浮くような迷いごとを並べ立てられて、ホークアイと共に強制的に黙らせた記憶がある。
「本当にお上手ね、ロイ」
小さく息をついたは、地上の方が僅かに騒がしくなったのに気付いて再び望遠鏡を覗いた。
「あら、お店のほうが賑やかになってきたみたい。そろそろお呼びがかかるかもしれないわ」
望遠鏡のレンズには、アパートから飛び出してきた”ジャクリーン”ことハボックとファルマン、そしてバリーが映った。
『おや、それは残念だ。もう少しこうして話していたかったんだがね』
「また今度ね、エリザベスに代わるわ」
はそう言うとヘッドフォンを外し、急ぎアパートの部屋を突っ切って階段を駆け下りた。
「外にはまだ敵がいるかもしれないんですよ!」
「外だから大丈夫なんだよ!」
声を上げながらもアパートから飛び出したファルマンにハボックの声が飛ぶ。
「え?」
「それにしてもなんだあいつの体臭は・・・」
訳がわからないファルマンを無視して、ハボックは覆面の下で顔をしかめた。
「・・・・っと」
言っている傍からそれが目の前に降ってきて雄たけびを上げる。
「鼻がまがる!!」
その異形が放つ鼻をつくような悪臭に舌打ちして、ハボックは両手の銃から何発もの弾丸を打ち込んだ。だがそれはまるで動物のような動きで全てかわされる。
(詰っ(た!!)
そして右手の方の銃が突然ガチンと音を立てる。オートマティック式のハンドガンにありがちな弾詰まりだ。
「げ」
「少尉!!」
すかさずハボックに飛び掛ろうとする異形に、ファルマンは思わず声を上げた。だが次の瞬間、その手を一発の弾丸が貫通した。驚いて悲鳴をあげた異形はのた打ち回りながらゴミの山に突っ込む。
「心配すんな、外なら大丈夫だと言ったろ」
ハボックの言葉にファルマンは弾丸が飛んできた塔の方を見上げた。姿は確認できないが、あの距離からこんな正確に狙撃できるのはホークアイ以外ありえない。
「俺達には鷹の眼がついてる。・・・それに」
ハボックは気付いて後ろにとんだ。その刹那、異形を中心に青白い光が走る。どんっと音をたて、地面から巨大な檻が練成された。
「光耀の錬金術師もな」
見事に異形を捕らえた檻を一瞥して、ハボックは絶妙のタイミングで現われたに笑いかけた。
「よぉーし大人しく・・・・・って言葉通じると思うか?こいつ」
檻越しの異形に銃を向けて、ハボックはなんとなくに疑問を投げかけた。もさあと手を上げたが、どうも先ほどの動きといいそうは思えない。
だが、ゴミに突っ込んだ衝撃でつけていた仮面の一部がはずれ、僅かに覗いた異形の顔は、人間の男の物だった。それは唸って外にいる達を睨みつけると、檻の格子に手をかけてがたがたと揺すりだす。
丈夫に練成されているはずのそれが徐々に横に広がる様を見てもハボックもファルマンも目を見開いた。
「おい、嘘だろ、て言うか、やっぱり」
すると先ほどからずっとその顔を凝視していたバリーが突然声を上げた。
「オレの体だ!!」
「「なにぃ!?」」
驚愕して指差したバリーもそうだが、それ以上に驚いたのは3人の方だ。
「へぇ・・・奴らオレの肉体に実験動物の魂辺り放り込みやがったな・・・」
「・・・どう言うこと?」
存外落ち着いているバリーには目を向けた。
「どうもこうも無ェ。肉体が”魂よこせ”ってやって来たんだよ」
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.30
本文中の「Videre est credere.」ですが、これは直訳すると「見ることは信じること」と言う意味のラテン語です。それで百聞は一見にしかずと。鋼の世界に将棋とか結構実在の異文化が組み込まれているのでなんとなく使ってみました(笑)
色々と突っ込みどころ満載ですが、やっぱりここは後半の電話のシーンでしょうか。
いつも以上に気障ったらしいロイの台詞を並べたので、さすがにちょっと書いてて恥ずかしかったです(苦笑)まあ、いつもと違う口調の嬢も書けて楽しかったですが。とりあえず一番かわいそうなのは二人の会話を全部聞かされたフュリーかと(爆)
嬢のコードネーム、どうしようか悩んでたんですが、この回だけ新たに名前変換作るのも面倒くさいかなーと思い、結局適当に知ってる作品から取りました。某サバイバルアクションゲームのヒロインですね(映画化もされているので多分分かる人多いはず)