薄暗い部屋の中には淀んで湿った空気がたちこめ、無造作に積み上げられた幾つもの檻からは人間とも動物ともつかない異形の者達が奇声をあげている。
「マスタング大佐がヒューズの事を嗅ぎまわってる?」
そんな中に座り込んだグラトニーの背にもたれて、ラストは怪訝そうに腕を組んだ。
「最近になってから急に動き出したみたいだよ」
「何か決定的な情報をつかんだのかしら?」
「けっこう近いところまで知ってそうだよ。どうする?」
ラストと会話をしているのは長身の軍人、否、その姿に化けていたエンヴィーだった。彼は話しながらいつもの少年の姿に戻る。
「監視するなら目の届く所にと思ってセントラルに移したけど、失敗だったかしら」
ラストは気だるげに髪をかき上げながら足を組んだ。
「ああいう手合いは扱いに困るわ。光耀のお嬢ちゃんも一緒にいる分、余計に厄介だし・・・・大人しくしててくれないかしらね、大事な人柱候補なんだから」
「・・・そのお嬢ちゃんのことなんだけどさ、あの子が人柱確定なのはラストも確認済みでしょ?」
”光耀”という言葉に便乗したエンヴィーは、何やら楽しそうに目を細めた。
「ええ、一応わね」
「じゃあさぁ、あの子の事僕に任せてくんない?」
「・・・・・珍しいわね、あなたからそんな事言うなんて、どう言う風の吹き回し?」
一世紀以上の付き合いだが、どちらかと言えば不真面目な部類にあたるエンヴィーが率先して仕事を買って出た事など無いのだ。思わずラストは雨でも降るんじゃないかなどと人間じみた事を思ってしまう。
「別に。ただちょっと気に入ってるんだよね〜あの子。すっごい綺麗な碧の目しててさぁ・・・」
あの闇の中でさえ光を失わない宝玉のような瞳を思い出して、エンヴィーはぎりっと拳を握った。
「最高に憎らしいんだよね・・・・出来損ないのくせしちゃってさ」
声も表情も間違いなく笑っているのだが、エンヴィーの無機質な瞳に灯るのはこの上なく残酷な光だった。
「だからちょっと肉体的にも精神的にも追い詰めてズタボロにしてやりたいだけ」
エンヴィーがクスクスと邪悪な笑みを漏らす様子に”相変わらずえげつない子ね”とラストは嘆息した。
「ねぇ、いいでしょ?あんなくだらない猿芝居させたんだから、それくらいさ」
「・・・・・・殺しちゃダメよ?」
こう言う時のエンヴィーをたしなめようとしても無駄だ。それを熟知しているラストは最低限の制約だけを設ける事にする。
「わかってるって。殺したらつまんないし。最大級の苦痛を味わってもらうのが楽しみなんだからさ」
「はいはい、それだけ分かってるなら好きにしなさいな」
呆れたように両手をあげてラストは首を振った。
「これで当分退屈しなくてすむね」
エンヴィーが満足したように笑うと、さして興味無さそうにラストはグラトニーの背から降りて、外の方に歩いていく。
「こらグラトニー!散らかして行くなよ、もー」
ラストを慕うグラトニーがすぐさまその後を追いかけていくと、今まで彼が居た場所には食い散らかした骨が転がっていた。それを見るうちにエンヴィーはある事を思いつく。
「ねえラスト。焔の大佐が大人しくしてればいいんだよね。ひとつ手を打っとく気ない?」
「・・・何かあるの?」
ラストはその言葉に振り返った。
「うるさい狗にはエサを与えてあげなくちゃ」
第29話 交錯の謀り
「あれー?」
中央司令部の正面門で、が番兵と話していると、軍事施設には場違いのような声が聞こえてきた。
「少佐がいる!」
「エドワード君!」
聞き覚えのあるその声に振り向けば、エドワードとアルフォンス、そしてウィンリィが歩いてきた。
「それにアルフォンス君にウィンリィちゃんも!久しぶりね、元気だった?」
「うん、相変わらずだよ」
の方から歩み寄ると、エドワードは嬉しそうに笑い、そして何か嫌な予感がして立ち止まった。
「・・・・待て!少佐がいるって事は・・・・」
ーと、丁度その時、狙ったかのようなタイミングで一台の車が止まる。
「やあ、鋼の」
そしてコートを片手に降りてきたのは、エドワードの予感的中である、ロイだった。
「あれ、大佐。こんにちは」
そう自然に挨拶をするアルフォンスとは対照的に、エドワードは中央にパーツを寄せ顔を引きつらせる。
「なんだねその嫌そうな顔は」
「なんで大佐がここにいるんだよ!!」
理由を分かっているにもかかわらずわざとそんなことを言うロイに、エドワードは額を押さえた。
「先日セントラル勤務になったのでな。今日はどうした」
「ああ、情報収集に来たんだ。賢者の石と人造人間について調べてんだけどさ」
「人造人間(?無茶を言うな」
その突拍子もない単語にロイは眉を跳ね上げてコートを羽織った。
「”人を作るべからず”と命令している軍からそんな情報がホイホイ出るものか」
「そりゃそーか」
エドワードは背を向けたロイに、けっと悪態づく。
「あ、そうだもう一つ。ヒューズ中佐にあいさつしに行こうと思ってんだ。中佐元気?」
その言葉にロイと、その後ろに続こうとしていたの動きが止まった。
にこにこと期待に満ち溢れた目のエドワード達と、一瞬形容しがたい表情をして振り返りかけたロイを目の当たりにして、はやるせなく僅かに目を伏せた。
「−いない」
ごく短い間の後、ぶっきらぼうにそう言ってロイは再び背を向けた。
「は?」
その意図する所がわからず、エドワードは片眉を寄せた。
「・・・・・・・・・・・田舎に引っ込んだよ」
だがロイは振り返る事をせず足を進めた。
「近頃中央(も物騒なんでな。夫人と子供を連れて田舎に帰った。家業を継ぐそうだ。もう中央(にはいない」
(ロイ・・・?)
はロイに目を向ける。後姿から表情はわからないが、彼が意図的に最後の部分を強調したように感じた。
「そっかー・・・残念だなぁ」
「軍人ってあぶない仕事だもんね」
「会いたかったにになー」
エドワードが後ろ頭に手をやると、アルフォンスとウィンリィも口々に嘆息する。
「賢者の石と人造人間(だったな。何か情報があったら連絡しよう。行くぞ少佐」
「はい」
敬礼した番兵の横を通り過ぎて門の中に入っていくロイに、は何も言わず従った。
「鋼の。先走って無茶な事はするなよ」
「?ああ、程ほどにしとくよ」
その忠告が何を意味するのかを、まだエドワードは知る由もなかった。
「・・・・・・・君が思っている事を当てて見せようか?」
門からだいぶ離れた位置を歩きながら、去っていくエドワード達の後姿を振り返ったにロイは言った。
「・・・よろしかったんですか?」
それはロイの言葉に対する返答にはなっていなかったが、は彼の隣を歩く。
「今は知る必要が無い。あの兄弟にとって前進するのに邪魔な物はなるべく少ない方がいい」
そこまで言ってロイは立ち止まった。
「・・・・・・・なんてな」
彼は今まで伏せていた目を開いてポケットに手を突っ込むと空を振り仰ぐ。
「・・・私もアームストロング少佐の事をお人好しとは言っていられんな」
「・・・その少佐の部下ですが」
「中尉」
不意に言葉を攫われて声のした方に二人が目をやれば、何時の間にか司令部の建物から歩んできたホークアイが立っていた。
「失礼します、マスタング大佐、少佐。ヒューズ准将殺害の重要参考人として聴取を受けている者がいます」
「本当か!?」
ロイは泡を食ったようにホークアイの手からファイルを受け取った。
「マリア・ロス少尉。本人は犯行を否定していますが」
「!ロス少尉が・・・・!?」
ヒューズ殺害の重要参考人という言葉もそうだが、何よりもホークアイの口から出たその名前には驚愕した。
「知り合いか?」
血相を変えたの様子に、ロイとホークアイが目を向ける。
「友人です・・・・大切な・・・・」
は小さく頷いた。
「・・・・・・・・・・」
ロイは渡されたファイルに挟まれた書類に手早く目を通した。そしてまたホークアイにそれを返す。
「ロス少尉に関する資料を集めろ」
「どこまでですか?」
「洗いざらいだ。急げ、だが極秘にだぞ」
「はい」
ホークアイは敬礼すると、すぐさま踵を返す。
「・・・大佐、一つ言わせていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ」
その姿が見えなくなってしまうと、は唇を引き結んでロイを見上げた。
「では断言させていただきます。ロス少尉がヒューズ准将を殺めるなど万に一つの可能性もありえません」
「・・・・・・」
”マリア・ロス少尉を先月のマース・ヒューズ准将殺害事件の犯人と断定”
「どう思う?」
その日の夕刊の一面にでかでかと掲載された見出しを一瞥して、ロイは執務机の上にそれをおいた。
「ああ、聞いてますよ。マリア・ロス少尉」
入れ替わりにそれを手にとったブレダは記事を見て眉を寄せる。
「・・・動きが派手すぎやしませんかね」
「うむ・・・」
ロイがやはり同じ考えをもったブレダに頷くと、ちょうど電話が鳴った。
『ファルマン准尉から一般回線で通信です』
「つなげ」
『大佐!ヒューズ准将殺害の件ですが・・・・』
『ようファルマンちょいと電話貸しな』
そこで少しの間会話が途切れた。ロイのもつ受話器の向こうから軽く言い争うような声が聞こえてくる。
『いよぉマスタングさん!新聞見たかい?面白い話があるんだけどよ』
「なんだとバ・・・」
条件反射で”バリー”と呼ぼうとしたロイはふと思案を巡らせた。そして、
「やあバーニーか久しぶりだな。ファルマンにねだって仕事場までかけてくるとは、そんなに私の事が好きかね、はっはっは。いやしかし困ったな、軍の回線を私用に使うのはいただけない」
あたかも女性と話しているかのような見事なロイの演技にブレダももホークアイでさえも遠い目をした。この辺りはさすが東部一のプレイボーイ言ったところであろう。
『やーんごめんなさーい。バーニーちょっとマスタングさんとお話したかっただけなの。ふたりの将来にかかわる大事なお・は・な・し』
その可愛らしい裏声で聞くも恥ずかしいような台詞を言ってのけたのは、もちろん受話器の向こうで、いかつい鎧に魂を定着させた殺人鬼の中年男である。
「しょうがないな、外の電話からかけ直すよ。待っててくれ」
『は〜い』
だがロイは全く自分のペースを崩さず極めて自然に電話を切って見せた。
そして立ち上がったロイは白けている三人に向かって”どうだ完璧だろう?”とでも言いたげにふふんと笑って見せる。
その様子にはそれは深いため息をつく。
「はっはっは、妬くな妬くな」
「ご冗談を」
面白がって揶揄するようなロイを無表情で一刀両断したに、彼は一瞬どこかの中尉の姿をだぶらせたのだった。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.29
冒頭部分でエンヴィーが神崎に代わって代弁しております<猿芝居(笑)確信犯ですが・・・
本編に戻ったはいいですが、シリアスなんだかギャグなんだかよく分からない回ですね(笑)
単行本で言えば9巻中盤(一部10巻かじってますが)、第3部ではここからがヤマ場になって行きます。
具体的な話嬢に関する謎の核心に触れていく事になるので、ある意味この連載の大きな節目にもなるかなーと思ってたり・・・。
色んな要素を詰め込んでますの楽しんでいただければ幸いです。