後ろへ流れていく窓の外の風景はセントラルの市街地を抜け、古びた建物の並ぶ一角にに差し掛かっていた。

道脇にゴミやガラクタが積み重ねられた細い路地は車で通るには少々不便だが、ハンドルを握るハボックは危なげなく、くねくねと蛇行するその道を通過していく。

「こんな所あったのね」

助手席から外を眺めていたは呟いた。

以前もセントラルで暮らしていた事はあるが、このような場所には近寄った事が無かった。どこか退廃的な雰囲気を感じさせるこの場所は、都市化の進んだセントラルでは異質な感じがする。

「ああ、大佐もよくみつけたよな」

実際彼が何故こんな場所を知っていたのかは謎だが、言いながらハボックは火のついていない煙草を動かした。

「でもまあ、隠れるにはもってこいかもしんねーな」

「そうね」

スラムが近いせいで住所不特定の人間が多数存在するこの辺りは潜伏先としては格好の場所だろう。逆にいえば犯罪者の溜まり場になっている可能性もあるが、この場合それも仕方が無い。


「おっと、ついたぜ


ハボックが車を止めたのは、これまた古いボロボロのアパートの前であった。










第28話 近くて遠い彼女の存在










「おいファルマン」

車を降りた二人はアパート内の一室の前にいた。ハボックはその扉を叩く。

「俺だハボックだ。見舞いにき来たぜ〜」

後ろ手にもう一度扉を叩くと、すぐに反応があった。

「ハボック少尉!、それに少佐!」

開いた扉から顔を覗かせたファルマンは、何回かここに来た事のあるハボックとともに、初めて訪れたに少し驚いたようだ。

「よお!大佐に様子見て来いって言われてよ」

「お久しぶりですファルマン准尉」

二人はそれぞれファルマンに笑顔を向けた。






ファルマンは二人の来訪者を部屋の中に招き入れながら後ろを振り返った。

少佐、こんな所へすみません。汚くて申し訳ない」

外観と違わず薄汚れた室内にファルマンは苦笑した。どう考えたところで、女性が訪れるような場所ではない。

「いえ、気にしないでください。あ、これ大佐から”お見舞い”です」

「ああどうも」

が小さなバスケットを手渡すと、ファルマンはそれを受け取る。。


「どうだ調子は?」

「芳しくありませんね。早く仕事に戻りたいですよ」

言いながら続き間の扉を開くと、奥の机の前にバリーが陣取っていた。

「よーうタバコのあんちゃん。毎度どーも」

彼は既に顔なじみであるハボックに気付くと、軽い口調でそう言った。

「おう。けど今日はおまえの喜びそうな奴も一緒にきてるぜ?」

にっと歯を見せて笑ったハボックが後ろに向けた親指で今入ってきた扉の方を示す。すると僅かに遅れてが入ってきた。

「あ・・・・・姐さん!!」

その瞬間バリーは条件反射でに抱きつこうとする。

「だぁっ!!待て待て待て!!」

「やめんか!!」

だがそれはバリーを上回る速度での前に回ったハボックとファルマンによって無事阻止された。

「・・・・・ひ・・・・久しぶりね、バリー・・・」

は二人の男にがっしりと捕まえられながらばたばたと暴れているバリーに引きつった笑みを浮かべて軽く手を振った。




「どうだバリー、一回でも勝てたか?」

一騒動さって、ハボックは机の上に置かれたチェス盤に目をやる。すでに勝敗が着いた後なのか、盤上に黒と白の駒が並べられていた。

「ダメだぁ、全然勝てねぇよ」

バリーはカシャンっと鎧の肩を竦めて見せた。

「せっかくマスタングとかいう奴が遊び道具を持って来てくれたけど、退屈でしょーがねぇ。なぁ、夜中なら人を斬って来ていいだろ?」

「ふざけんな馬鹿野郎」



バリーとハボックがそんな会話を繰り広げている中、ファルマンは先ほどから手渡された”お見舞い”の中身を取り出す。

ワインと数個の果物でカモフラージュされたバスケットの底から出てきたのは、一丁の銃であった。ロイらしいその見舞いの品に、ファルマンは一緒に入っていたマガジンを差し込む。

「その大佐の方はあれからどうです?」

「さぁな」

「さぁなって・・・・・・」

ハボックは興味無さそうにチェスの駒を弄くっている。

「軍法会議所の資料室に篭りっきりですよ。時間が空くとほとんど調べ物に費やしてます」

その様子に苦笑したがフォローを入れた。

「書類と格闘してるみたいだけど俺は手出しできねーからわかんねーや」

それは自称肉体労働担当のハボックらしい言い分だった。


「・・・実際私はいつまでここにいればいいんですか。もう10日も篭りっぱなしでどうにかなりそうですよ」

銃を背中側のベルトに挟んでファルマンは嘆息する。外見ともに几帳面そうな彼からすれば、特に何かする事があるわけでもなく先の見えない日を待つだけの生活は絶えがたい物があるのだろう。

「せめて先行き明るい話でもあれば耐えられるんですけどね」

「先行き明るい話か・・・・・」

ハボックは何かあっただろうかと眉を寄せて、そのままに話を振った。

「何かあったけか?」

「先行き明るい話・・・・・・」

するとやはり眉を寄せてうーんと唸るに、ファルマンはまた大きくため息をついたのだった。














「でもよ、実際大佐は何を調べてんだ?」

ファルマンの部屋を後にして外に出たハボックは思い出したようにに聞いた。

「バリーから聞いた話に関連する事柄ばかりね。第五研究所の事や国家錬金術師絡みの事件、それに・・・・ヒューズ准将の事件について」

親友の殺害事件を調べるロイの気持ちを察したのだろうか、僅かな間を作って言ったの表情が少し曇った。

「そっか」

ハボックは首の後ろに手をやって軽く上向く。

「なら余計に俺は手出しできねーや」

長い間ロイの下で働いていれば、ヒューズと彼がどれほどの仲であったかは分かる。その事を知っている以上余計な手出しは無用だ。

「それは私もよ」

「ん〜?だってお前大佐と一緒に調べもんしてただろ?」

ハボックは意外そうに隣に立つに目をやった。少なくとも自分と違い頭脳明晰な彼女はロイの手伝いをよくしているはずだった。

「それはそうだけど・・・・内面的なものまでは分からないわ。ヒューズ准将と一緒にいた期間はジャンよりもずっと短いし」

いつものなら苦笑をするところなのだが、彼女はそうせず小さく嘆息した。

「だから・・・分からないわ、あの人のことは」

あの人と言うのがロイを指しているのかそれともヒューズを指しているのかは分からない。ただ、その言葉はロイの心の中を占める彼の親友の大きさに対するもののように聞こえる。


だがハボックは、その意味深とも取れる言葉の意味を追求するよりも、言いながら長い髪をさらりとかき上げたに目を奪われていた。愁いを帯びたようなその表情と仕草にどきりとする。



(・・ああ、まただ)

ハボックは思った。

セントラルに異動してから、は時折今のような表情を見せるようになっていた。もちろん彼女は意識していないのだろうが、普段何気ない会話の間に垣間見せる憂いともつかない表情。それはいわゆる”女”の顔であった。

そしてそれは自分にとって、たまにとてつもなく色っぽく映ることがあった。少女のような顔と”女”としての色香。その絶妙なアンバランスさは男の本能をぐらつかせるには十分すぎるほど危険な魅力を持っている。

(男に抱かれるたびに女は綺麗になるっつーけどな)

実際、日をおうごとには美しくなっていった。もちろん姿形に急激な変化があるわけではない。

おそらく内面から滲み出すようなものであろう。”少女”だったが”女”へと変わりつつある。まるで蕾が開いていく経過を見ているような凛然とした美がそこにあった。

(大佐が大切に育ててる”花”か・・)

我ながら珍しく随分と詩的な表現を使った物だとハボックは思う。

そう、を”女”にしたのはロイだった。彼の腕の中では日々美しく成長していく。元々美しい蕾だ、間違いなく誰をも魅了する至上の花を咲かせる事だろう。

きっとの事を知らずに、街かどこかで見かけたなら自分もただ彼女に見惚れるただの一人の男になっていただろう。

だがしかし、現実には同僚としてに出会い、いつしか好意を寄せるようになっていた。そして思いを告げてからしばし、彼女が選んだのはロイだった。

その事についてを責めるつもりは毛頭ない。あたりまえだった。それが彼女の選択であり、自分にそんな事をする権利はないのだから。それならば、いつか振り向かせる事が出来るようにすることが自分にとって出来る唯一のことなのだと、そう思うことにしていた。

けれど、そのように振舞ってはいても今のようなを見たとき、それが自分の本心を隠すただの言い訳でしかない事を知る。

今のは自分にとってもどうしようもなく”女”なのだ。

以前のような守りたいと思う気持ちよりも、男として彼女に触れたいという気持ちの方が強くなっている。けれど、その肌に触れることが出来るのは自分ではない。ロイだけなのだ。

そう考えると、どこからともなくどす黒い感情が渦巻くのが自分でもわかる。ロイに対する憎悪にも似たそれは嫉妬と言うのだろう。上官として、彼のことは信頼しているし、それなりに尊敬もしている。だが、に対してはロイも自分もただの男でしかなかった。だからこの気持ちだけは譲れない。

(適うワケねーけど・・・)

それでも、触れたいと思ってしまう。理屈など、どうでもいいい。人を惹きつけてやまない何かがあるのだ、という人間には。


焦燥にも似た気持ちに駆られ、どこか遠くを眺めているを見るうちにハボックは無意識に彼女に手を伸ばしていた。だが、風に舞った彼女の髪からふわりと香った僅かな香りにはっとして手を止めた。

するとまるで見計らったかのようにが振り返る。

「ジャン?どうしたの?」

「え・・・・あ・・・」

手を中途半端にのばした不自然な格好のハボックには小首をかしげる。そんなところはまだ幼いままだった。

「・・・いや、なんでもねぇ」

なんとなく、その表情に自分が今まで考えていた事を諌められた気がして、ハボックは行き場を無くした手をズボンのポケットに突っ込んだ。

「?」

「・・・・帰るか」

「そうね」

は少し怪訝な顔をしたがハボックに渡された車のキーを持って一足先にアパートの階段を降りる。

その後姿を目に、ハボックはそっとポケットに突っ込んでいた手を見やった。



「・・・まいったな」

そして自分にしか聞こえない声でぽつりと呟いた。

先ほどの髪からした僅かな香り。ハボックはそれに覚えがあった。もう何年も前から知っている、あの男が好んで付けている香水の香りだった。

に触れるな”

そう、この場にいないロイに牽制されたような気がして自嘲する笑みが漏れた。が纏うロイの残り香は、どうやら、自分がこんな風に思うことでさえ許してくれないらしい。



(・・・遠いな)

ハボックはまた視線を上げて車のところに立つの後姿を見た。

僅か数メートルしか離れていないにもかかわらず、その背中がやけに遠くに見えた。

彼女はもう、自分の手の届かない所に行ってしまったのかもしれない。




「ジャン、何してるの?」

ハボックがまた物思いにふけっていると、は振り返って彼を呼んだ。

「わりぃ、わりぃ」

その声にハボックは無理やり笑みを作ってとの”距離”を縮めた。

階段を下りて彼女の目の前に佇む。触れようと思えば今すぐ触れられる距離だ。そして咎める者は今は誰もいない。


けれど、僅かな葛藤の後ハボックがそうする事はなかった。

きっと触れてしまえば今よりは遠くなる。そんな気がしたから。

「ジャン・・・どうしたの、さっきから?」

先ほどからぼーっと考え込んでばかりいるハボックに、どこか具合でも悪いのだろうかとは心配そうに彼を見上げた。


その澄んだ色の瞳が、ハボックの中にある黒い気持ちをまた諌める。


は純粋に自分を心配してくれているのだ、この黒い感情を抱いている自分を。

それに気付いてまた距離が広がった。

こんなにも近くにいるのに、こんなにもは遠い。


「・・・・ごめん」

「え・・・?」

突然の謝罪には目を丸くした。

「ごめん、

だがハボックはもう一度言った。

それは何に対しての謝罪であろうか。それはにはもちろんハボック自身ですら分からない。



そしてまた、二人は遠くなった。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.28

純粋さは時に何よりも残酷です。
・・・・・とかなんとか言ってみたり(爆)

ロイとの甘い描写が多かったので今回はハボ視点で彼の心理描写がメインでした。神崎的にはこういうアンニュイ(?)な三角関係が好きなんです。まあ、三角関係というより悲恋というかは見る人しだいですが(苦笑)

ロイの香水っていうのも私の趣味ですね(笑)
絶対付けてそうな気がするんですが夢見すぎでしょうか・・・?

さて、今回は短かったので次回からは本筋に戻るつもりです。