辺りは暗く何も見えない。

いや、正確には何も無い。

どこまでも広がる暗闇。

「・・・・・!」

無音のその空間に不意に誰かの声が聞こえてくる。

「・・・・・ル!!」

それは聞きなれている声だ。

「しっかりしろ!!アル!!」


暗闇の中をたゆたっていたアルフォンスの意識は、自分を呼ぶエドワードの声で呼び戻された。










第29話 銀色の鎖










「おい!!返事しろよ!!」

エドワードは壁にもたれて黙しているアルフォンスの頭を何度も叩き続けている。

「兄・・・・・・さん?」

ようやくアルフォンスは小さく声を漏らした。

「大丈夫か!?」

「兄さんこそそんな血まみれで・・・・」

自分の目の前にいるエドワードは満身創痍で、至る所にまだ乾ききらぬ血が流れていた。

「あ・・・・・」

そして彼は、それに気付いた。かけられたシートの間から覗く二本の足。それが履いている靴には見覚えがあった。つい先ほどまで自分の中にいたマーテルの物だ。

エドワードも苦い表情でそれに目をやる。

「勝手に開けて引っ張り出させてもらった」

アームストロングがそう言って目の前にかがみこむと、アルフォンスは意識が途切れる直前に起きた出来事を思い出した。

「助け・・・・・・られなかった・・・」

マーテルは結局殺されてしまった。その事実を再認識させられて、アルフォンスは顔を覆う。

「アルは悪くないよ。さ、帰ろう。師匠(せんせい)が待ってる」

アームストロングが小さく”すまんな”と言うと、エドワードは彼にしては珍しく弱々しい笑みを浮かべた。

「・・・・うん」



「待ちたまえ」

その時ブラッドレイの声が二人の会話を遮った。

「君達には訊かねばならん事がある」

ブラッドレイは手を後ろで組んで歩んでくると二人の前でピタリと立ち止まった。

「ここの黒幕・・・ウロボロスの印を持つ男と何か取り引きをしたかね?」

「何も」

エドワードは短く答えて首を横に振った。

「重要な情報を聞き出したりは?」

「・・・何も。軍の利益になるような事は・・・」

エドワードはもう一度同じように首を振る。

「勘違いするな軍のためではない。もし奴らと取り引きをしていたら、場合によっては君達を始末せねばならんからだ」

「!」

ブラッドレイがそう言うと、エドワードを取り囲むようにいくつもの銃口が向けられた。

「軍の中枢に害なす奴らと利害関係にあるならば・・・」

「ありませんよ。他に質問は?」

「キミの鋼の腕と弟の鎧姿・・・何か関係があるのかね?」

ブラッドレイの射るような鋭い眼光と、滲み出す威圧感にすら全く動じなかったエドワードだが、その言葉に顔色が変わった。

ブラッドレイはアームストロングとアルフォンスを一瞥してからまた視線を戻した。エドワードはなるべく動揺を押さえていたが、流れるあぶら汗だけは隠せない。

「・・・正直者だな」

その様子を何よりの肯定と取ったブラッドレイは、うむと笑って踵を返した。

「引き上げるぞ」

その瞬間、向けられていた銃はおろされ、軍人達はブラッドレイの後に続く。

「君のその弟、大切にしたまえよ」

ブラッドレイは去り際に手を上げると、そのまま地下室から出て行った。

残されたエドワードは思わず呆気にとられてその後姿を見つめていた。











むせ返るような血の匂いと、硝煙の匂い。

幾つもの弾痕が残る、血の飛び散った壁。

床に転がる無数の銃弾と、動かなくなった大勢の者達。

今はもう静寂に包まれたこの場所にあるのは、まさしく”死”そのものだった。


は今、たった一人で、ほんの少し前まではデビルズネストという酒場であったこの場所に立ちすくんでいた。

あの地下水道での出来事が終わってから、ブラッドレイに待機命令を出され、は地上階まで戻って来た。続いていた銃声はいつの間にか止んでおり、部屋の中は静まり返っている。そして、その静寂が何を意味していたのかを、は一歩踏み入れた瞬間に悟った。

静寂の理由、つまりそれは、物音を立てる者が誰一人としていなくなったという事であった。

折り重なるように倒れたいくつもの骸の中には、ドルチェット達の様な合成獣と思わしき者や、ごろつきのような男達、そして店を切り盛りする女達や、たまたま店に来ていたであろう一般人までもがいた。

かつて、これほどにまで多量の死を、自分は見たことがあったであろうか。答えは否。


これが・・・・殲滅という事・・・)


あきらかに無関係と思われる人間も、この店に関わったと言うだけで排除された。一方的な大量殺戮。その全ては大総統キング・ブラッドレイの命令の下に。

(・・・・これが・・・大総統(あの人)のやり方・・・)

そう考えた瞬間、言い知れぬ恐怖と震えが来た。そしては今の己の立場を認識した。

”大総統府特務部所属、光耀の錬金術師中佐”

出世を目指す者ならば羨ましい限りのその称号。だがその物々しい名前は、この瞬間持ち主であるの肩にずしりと圧し掛かり、喉元に鋭い牙を突きたてた。

国家資格と佐官の階級。

それらを手に入れたのは何も地位や名誉が欲しかったからではない。全ては両親の仇を討つための手段だ。そのためなら軍の狗と罵られようと構わないと思っていた。

だがは今の今まで完全に失念していた事に気付いた。いや、気付かないようにしていたことを見せ付けられた。

このデビルズネストの殲滅戦が実行された時、たまたま今回は作戦に参加していなかっただけで、いつか、一年後か一ヵ月後か一週間後か、もしかしたら明日にでも、自分に同じ命令が下されるかもしれないのだ。

自分の意志など関係なく、軍の大義名分のため無抵抗の人間であろうと構わずに命を奪う。



軍属になって約一年、自分は今までどんな事件を見てきた?

東部で起こった連続殺人事件、いくつもの単独殺人事件、テロ事件に誘拐事件、そしてあのタッカーの事件に、傷の男の事件。

短い期間でもその数は挙げればキリがないほどおびただしいが、共通しているのは、そんな中でもまだ一度も自分は誰かの命を奪った事が無かったという事だった。

では、これから先はどうだろうか?

東方司令部のロイの下で少佐として勤めていたあの頃と違い、今の自分は理由はどうあれ大総統直属の部下だ。当然、関わるのはただの事件だけではなくなる。

ここに来る前に大総統自身が言っていた通り、南部戦線は未だ続いている。北部も一触即発でいつ戦火が上がってもおかしくは無い。

そうなれば、国家錬金術師の自分は真っ先にその戦場へ人間兵器として送り込まれ、数え切れないほどの命を奪うことになる。

そうなる事は、資格を取った時から分かり切っていたはず。今までは運良くその機会がなかっただけだ。

ならば、実際にそうなった時、本当に自分はそんなことが出来るのだろうか?

両親の仇を討つために、他人の命を奪うのか?

出来ないなどということは出来ない。拒む権利は無く、選択肢も無い。

そうでなければ永遠に目的は果たせない。


そこで無理やりにでも納得する事が出来るのならそれでもよかった。しかし師匠の言葉が心に突き刺さる。

”人の命を奪う立場になるのなら、誰よりも命の重みを知れ”

そして先日のエドワードの言葉が脳裏をよぎった。

”あんたは、ちゃんと心がある人間だろ!?”

金色の少年は、確かにそう言い、同じ色の強い瞳で自分を見つめた。

両親の仇を討つという目的と、生命への信念とが、大きなひずみを作ろうとしている。何かが自分の中で変わろうとしているのを感じた。

自分が歩むべき道は、これでいいのだろうか?

初めてその疑問が浮かんだ。



中佐」

不意に声がかかってはビクリと体をこわばらせた。出来れば今最も聞きたくないと思った声だ。

はブラッドレイの方に体を向け、出来うる限りの無表情で敬礼した。

「私はこれにて引き上げるが、君は引き続き例の任務を遂行したまえ」

「は」

即座に返答を返す。とにかく今は一刻も早くブラッドレイに立ち去って欲しかった。

「ふむ・・・」

だが、の小さな望みは、彼女のもとに近付いてきたブラッドレイ本人によって断ち切られた。

「そうか、君はまだ今回のような作戦に参加した事は無かったのだな」

「!」

は驚いて顔を上げた。まるで今まで考えていた事を見透かされたようだ。

「いや残念だ」

ブラッドレイは笑みを浮かべていた。眼帯に覆われて、片方しか見えないその瞳に浮かぶのは酷薄な光。

「君のあの美しい錬金術は私も好きなのだよ。見られなくて残念だ」

それは酷く残酷な賞賛だった。

「イシュヴァールでは君のように年若い国家錬金術師も数多く活躍したものだ。南部戦線もまだ収束は見えん、君が真に力を発揮できる日もいずれ訪れる」

ブラッドレイは声を出せずにいるの肩に手を置いた。

「君は必ずや我が軍に光をもたらす、その二つ名のごとくな」

「・・・お褒めに預かり光栄至極であります、大総統閣下」

搾り出されたの声に、感情は無かった。

「うむ、期待しているぞ、光耀の錬金術師よ」

「は」






その呪詛のような言葉を残して、ブラッドレイと軍人達は去っていた。後にはまた一人が残される。


「・・・・・・・・・」

は無表情に、腰のポーチから銀時計を取り出した。

大総統紋章に六茫星、見慣れた国家錬金術師の銀時計。軍の狗の証。

時計からのびる同じ色の銀の鎖が、の細い首につけられた見えない首輪を強く引いた。


先ほどもマーテルは殺され、自分はそれを見ている事しか出来なかった。

ブラッドレイの前で、一個人の信念や意志など無意味に等しいのだ。

彼の威圧するあの声と目に、自分は逆らう事が出来ない。

結局自分は目的遂行のために、彼に尾を振り、その庭で生きるしか道は無いのだ。


「私は・・・・軍の狗・・・」

















その夜、イズミの家に戻ったエドワードは裏口でアルフォンスの鎧を拭いていた。ドアのところにはアルフォンスが膝を抱えるようにして座っている。

「よーし!きれいになったぞ!」

磨き上げた鎧のパーツをどんっと立てたエドワードは、先ほどから同じ体勢でいるアルフォンスに目を向ける。

「・・・・大丈夫か?」

「あ・・・うん。ちょっと混乱してるだけ」

「アルのせいじゃないよ」

「あ、そっちの事じゃなくて」

マーテルのことを気にしているのだと勘違いしたエドワードにアルフォンスは慌てて手を振った。

「ボクの体があっちに持って行かれた時の記憶が戻ったんだ」

エドワードは目を見開く。

「ど・・・・どうだった!?」

「ん〜〜〜〜〜〜・・・なんかすごかった」

アルフォンスはエドワードとイズミがそうしたように、身振りで表現する。

「でも人体の練成についてはわからなかった」

「・・・・・・・・そっか・・・・」

二人は深く嘆息した。



「結局進歩なしかぁ」

アルフォンスが鎧を元の位置に装着すると、エドワードは汚れた水の入ったバケツを持ち上げた。

「セントラルの病院での事覚えてるか?ウロボロスの入れ墨を持つ奴らと賢者の石・・・」

「うん・・・大総統が言うにはそれらに関わって軍内部で不穏な動きがあって、そいつらの尻尾をつかみたいって」

「だったらなぜ奴らを皆殺しにする必要があったんだ?尻尾をつかみたいなら生け捕りにして吐かせればいい」

「そうか!」

グリードがあの後どうなったかは知らないが、その側近達までも殺してしまっては元も子もない。

「そもそもったったあれだけの人数を掃討するのに大総統が出てくるのもおかしいよ」

「ああ、どうにも腑に落ちない事ばかりだ・・・・・・しばらく軍にくっついて見るか」

「賢者の石の情報が拾えるかもしれな・・・・・あ」

「どうした?」

妙なところで言葉を切ったアルフォンスをエドワードは訝しげに見上げる。

「軍で思い出したんだけど・・・・・・兄さん、あの後と話した?」

「いや・・・・なんか声かけづらくてさ・・・・」

「やっぱり・・・・」


ブラッドレイ達が去った後、地上階まで戻って来たエドワード達は、凄惨な状態の部屋の中に一人立ちすくんでいるを見つけた。

二人が声をかけると、振り返った彼女は笑って”帰ろうか”と言った。だが、その笑顔はまるで今にも泣きそうな表情だった。

「やっぱグリードの言ってた事・・・気にしてんのかな・・・」

端的にではあるがエドワードも、グリードがに言った言葉をアルフォンスから聞いていた。彼女が傷付いたの想像に難くない。

「それもあるんだろうけど・・・なんだか、それだけじゃない気がする・・・」

「そうだな・・」


イズミの家に戻って来たは何故だか始終、明るく振舞おうとしているように見えた。彼女が微笑んでいるのはいつもだが、今日のそれはどう考えても無理をしているように見える。
そのためエドワードは何度も心配して声をかけたのが、は苦笑して首を横に振るだけだった。

そして、今日はあまり食欲が無いからと、夕食を断って先ほど自室に入ったきりだ。

「結局・・・あいつの周りには壁があるんだよな・・」

数日前、ほんの少しだけ打ち解けられたと思ったのに、それは思い違いだったのだろうか。エドワードが小さく漏らした呟きに、アルフォンスはかねてから思っていた事を口に出した。


「兄さん、ボクずっと聞きたかったんだけど・・・・」

「ん?」

「兄さんって、の事・・・・・好きなの?」

「なっ・・・!!な・・・なんだよいきなり!?」

その突然の言葉にエドワードは耳まで真っ赤になって盛大にしりもちをついた。必然的にひっくり返ったバケツがやかましく転がる音に、我が兄ながらわかりやすい性格だなとアルフォンスは嘆息する。

「いやいきなりって言うか・・・まあいいや。どうなの実際?兄さんの事どう思ってるの?」

「どうって・・・・・・」

アルフォンスの雰囲気が有無を言わさないものだったので、エドワードは上手くはぐらかす事が出来ずに言葉を詰らせた。

「・・・・よく・・・・・わかんねぇ・・・」

「わかんないって・・・・」

アルフォンスが首をかしげると、エドワードは一度立ち上がってドアの前の段に腰をおろした。するとアルフォンスも同じようにその隣に座る。

「・・・アルが言うみたいに、考えた事がないんだよ」

「じゃあ嫌いなの?」

「いっいや!!!そんな事ないからなっ!絶対!!」

「それじゃあ、やっぱり好きなの?」

「いっ・・・いやその・・・・だからだなっ!!」

エドワードはアルフォンスの隣で一人オーバーアクションをしていたが、そのうち小さく息をついて、膝の上に手を置いた。

「・・・実際、オレ自身よくわかんないんだよ。オレがに対してもってる感情がなんなのか・・・」

「それってどんな?」

「う〜〜〜〜ん・・・・」

エドワードは唸るように頭を抱えた。どんなと言われてもなんと言えばいいのだろうか。改めて考えるとそれはとても難しい。

「・・・じゃあさ、兄さんがといて嬉しい時ってどんな時?」

これでは埒があかないと思ったアルフォンスは一つ一つ整理していく事にしたようだ。

「嬉しい時か・・・」

エドワードは腕を組んで、首を捻った。なるほどそう言う風に言われれば考えようもある。

例えば、彼女が自分に笑顔を向けてくれた時、名前で呼ばれた時、初めて彼女をと呼んだ時。

「そうだな・・・・あいつが笑ってたり、嬉しそうにしてる時かな・・・・」

「じゃあ、逆に一緒にいて嫌だったり、悶々としちゃったこととかある?」

「嫌だった事・・・・?」

これは何かあっただろうか。

「嫌って言うか・・・・そう言うのは無いと思うけど、グリードの野郎みたいな奴にああいう風に扱われるのはなんかムカつくな」

デビルズネストに乗り込んできたエドワードが、グリードに迫られているを見た瞬間硬直したのをアルフォンスも覚えている。

「じゃあさ、その事を踏まえた上で考えるとどう?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・わからん」

たっぷり間を置いたにも関わらず、エドワードの答えはアルフォンスの予想通りにはならなかった。

(そこまで認識できてるのになんでわかんないかなー・・・)

エドワードの答えを簡単にまとめていけば、つまるところ彼はが笑っている時が嬉しいわけで、それはほぼ、彼女といるほとんどの時という事になる。付け加えれば、グリードに対して抱いた感情は十中八九嫉妬だ。

ここまで来ればアルフォンスどころか誰が見ても明らかなのに、未だそれに気付かない。

12歳の最年少で国家資格を取るような天才のくせに、こういった事には壊滅的に鈍すぎるエドワードをアルフォンスはいっそ不憫に思った。

一方弟にそんな風に思われているとは知る由も無いエドワードはまた無駄なアクションをとりながら頭をがしがしと掻いた。


「ただ・・・・オレはあいつを・・・の事をもっと知りたいと思ってる」

エドワードから不意にそんなことを言い出したものだから、アルフォンスは少し意外そうに目を向けた。

「あいつが思ってる事とか、悩んでる事とか・・・そう言うことも含めて・・・が背負ってるものを知りたい」

ほんの少しだけ彼女が開いてくれた心を、もっともっと知りたいと、その周りを取り囲む壁を超えて近づきたい。

は強いけど・・・本当はすごく弱いんじゃないかって思うんだ」

「それってどう言うこと?」

「アルも見ただろ?スカーと戦ったとき、は自分が怪我したり傷付くのは怖くないんだ。それに、目的のために真っ直ぐ進んでいくところとか・・・そう言う所はすごく強い」

実際彼女は戦闘能力に長けていて、そう言う意味でも強かった。

「けど、自分の中にある弱さや脆さに気付いてないんだ・・・・いや、気付かないように隠してるのかもしれない」

あの夜自分に話した彼女の言葉は、まるで彼女自身に対して言い聞かせているようであった。全ての感情を押し殺して、自分に暗示をかけている、そんな風に見えた。いや、おそらくその通りだったのかもしれない。

「だから周りに壁を作って、他人に本当の自分をに見せたがらない。どんなに親しくなったように見えても、まだそこには透明な分厚い壁があるんだ」

近付けたと思えばすぐにまた作られる新たな壁。いつまでも平行線のまま、距離は縮まらない。

「そして、は本当の自分に触れられる事を何より怖がってる。それがあいつの一番の弱さだと思う」

きっと彼女は何度か本当の自分を見せようとしたのだろう。けれどそうはできなかった。復讐という名の鎖に縛られて、彼女はもがいている。そうすることが、自分の存在理由だと、存在価値だと彼女は言った。

は硝子で出来たナイフみたいな奴だよ。綺麗で鋭いけど、何よりも脆くて弱い」

自分が言った言葉に涙を流しながらも、それを認める事は無かった。否、認めるわけにはいかなかったのだろう。だが彼女は言った、”ありがとう”と。
確実に心が二つに割れ始めているのだ。だが、根底にあるものを取り除いてやらなければ、彼女はいつまでも呪縛から逃れる事が出来ず、という人間として自由に生きることは出来ない。彼女は無限回廊のようなねじれた空間に一人取り残されたままだ。

「オレあいつの目的を止めるつもりは無い。けど、それが原因で苦しんでるなら止めさせて助けてやりたい」

強く綺麗で、けれど何よりも脆く弱い彼女。その危ういバランスを今にも崩して本当に儚く砕け散ってしまいそうで。



「オレはを守ってやりたいんだ」



握る拳を見つめたエドワードの声はとても強いものだった。





Part V conclusion





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あとがきという名の言い訳 vol.29

今回はやたらと心理描写が多い回でした。

実のところ、グリードと絡ませずに、今回の殲滅戦に嬢を参加させるネタもありました。でも、それをやっちゃうと、この先で色々と取り返しのつかないことになるので・・・(間違いなくエドたちの間に大きな溝ができますから)結果、こういう話に落ち着きました・・・・

今回29話ですが、エルリック兄弟サイドでは大きな節目になります。自分の根本的な目的、すなわち両親の復讐のため軍に身を置く事が本当に正しいのか?師匠の言葉やエドの言葉もあいまって、それ自体に疑問を持ち始めました。けれど、後半でエドが考えていたように、そうする事もできなくて、これから先その間で揺れ動く事になるかと思います。

で、エドはエドで、アルに突っ込まれてますが(笑)確実に嬢へ対する気持ちが形作られて来ているわけで、それを嬢に対する「恋愛感情」だと認識するのもこれまた少しかかりそうです。けどまあ、嬢本人よりも彼女の事を理解しているのもエドなわけで・・・・

微妙にじれったい雰囲気で進んでいきますが、温かい目(?)で見守ってやってくださいませ。

次回から第4部に突入です!

修正日:2005/7/23