「わざわざ、すみません大佐」
今から十数分前、中央司令部のロイの元に一本の電話がかかってきた。外線からと言う事で出てみれば、それは先に帰ったはずのからであった。
どうしたのかと聞けばなにやらとにかく来て欲しいと言われた。その華奢な外見とは裏腹に結構逞しいの事である、まさか痴漢やストーカーでそんな事を言い出すとは思えない。その程度の変質者なら有無を言わさずその場で返り討ちにすることだろう。
そんなわけで、何か尋常ではない事がおこったのだろうかと、ロイはいささか慌てての待つ公衆電話のところまで来たのだが、思いも寄らない光景にしばし思考回路が停止する。
自身が無事であった事はいいのだが、問題は彼女の横にいる得体の知れない鎧の存在だった。
「姐さん、誰ですかこの野郎は」
「ちょっ・・・離しなさいって!!」
ーと、その鎧はロイの姿に気付くとの腰に抱きついた。がっちりと鎧の腕に抱きこまれた彼女は迷惑そうに身を捩る。
ロイは鎧に関しては、アルフォンスの事例があるので特に驚く事はしなかった。そのため、とりあえず目の前で自分の愛しい存在に対して不埒な真似を働く輩をこの世から抹消しようと、ほとんど無意識に発火布をはめた。
「・・・どいていたまえ。今夜の火力はかなりすごいぞ」
「って、ちょっと待ってください大佐!!」
焔を出す前から既に背後に陽炎を立ち昇らせんばかりのロイに、は慌ててバリーの体を押しのけた。
「この男、あのバリー・ザ・チョッパーです!!」
「何っ!?」
第27話 鎧の切り裂き魔
「09年5月3日は?」
「レイノルズだな。五番街の酒蔵の裏で殺った」
セントラルの街外れにある倉庫街。そのひとつからぼんやりと明かりがもれていた。
「10年8月29日」
「ヘンドリック。うちの肉が不味いとかぬかしやがったから」
「08年1月5日」
「レニィとシンシア。一晩で2人殺ったのはその時だけだ」
その内部で、小さな電灯の下にはロイとと、バリー。そして急遽呼び出されたファルマンが、先ほどからいくつかの質問をバリーにしている。
「・・・・11年3月3日のガドリエル事件は?」
「ガドリエルを殺ったのは3日じゃねぇ13日だ。月のきれいな晩でよ、手元がよく見えて解体しやすかった」
「どうだ?」
一通り質問が終わると、ロイはファルマンに言った。
「引っかけにも乗りませんね。ここまで知ってるとなるとやはり本物かと・・・」
「んだよ!俺が偽者かと疑ってんのかよ!なんならてめぇらきれいに解体してみせ・・・」
「駄目に決まってるでしょそんなの!」
バリーが足元の肉切り包丁に手をかけようとすると、すかさずが氷の塊を練成して彼の頭の上に落とした。
「やだなぁ、冗談スよ姐さん」
するとバリーはずれた頭を戻しながら熱い視線をに向けた。その様子に彼女は僅かに顔を引きつらせ、ロイは呆れたように息をつく。
「本物である事は認めよう」
ロイは険しく眉を寄せて、バリーを見下ろした。
「なぜ死刑になったはずのおまえがここにいる?しかもアルフォンス・エルリックと同じ鎧の体で」
「答える前にこっちも質問がある」
バリーは鎧の顎に手を添えてくいっと持ち上げる動作をして見せた。
「おめェら軍人のようだが、俺がこんな体になった事を知らなかったんだな?」
「ああ」
「OKOK!てぇ事は第五研究所の事も知らねェな?」
「?なんの事だ?」
異動になる少し前に、その研究所の崩壊事件があったと言うのは聞いていたが、ロイはそれ以上の事は何も知らない。
「アルフォンスって奴と、その兄貴が忍び込んで来てな、その時に闘ったのよ。なかなか強ェな、あいつ」
「!それって・・・・・」
黙って二人の会話を聞いていたは思わず声を出して、ロイと顔を見合わせた。ヒューズの葬儀の日に、2人はアームストロングから散発的なエルリック兄弟の行動を聞いている。どうやら同じことを考えたらしく、即座に”賢者の石”という単語にたどり着いた二人はうなずきあった。
「・・・バリー、詳しく話せ!」
そう言って無意識に握ったロイの右手には汗がにじんでいた。
「へっへっへ。俺の体をこんなにした奴らにチクらないで、かつ俺を処分しないってェなら洗いざらい吐いてもいいぜ」
「いいだろう!」
本来であれば軍人としてそんな取り引きに応じるわけには行かないのだが、これは願っても無い好機なのだ。それを知って逃すロイではなかった。
「まとめるとだな・・・・・」
バリーの口から次々飛び出した驚愕の事実。にわかには信じがたいような内容も多々含まれていたが、ロイは一通りの話を手帳に簡潔に書き留めていった。
「第五研究所では不完全ではあるが賢者の石が作られていた。材料は生きた人間だった。研究所は既に崩壊し証拠を探そうにも無理。軍の施設と研究員が関わっていた・・・・・となると軍上層部も一枚噛んでるな。ラストとエンヴィーという者が軍とつながっている・・・その二人の容姿は?」
ロイはペンを握った手をバリーに向けた。
「ラストっつーのはこう・・・・ボンキュッで斬ったら柔らかそーなの」
バリーは言いながら両手で宙をかいた。どうやら女性の豊かな体系を表現しようとしているらしい。
「エンヴィーは、あー少し骨っぽそうだな。体も小さいし斬りごたえ無さそうな・・・・・どうかしたか?」
「いやもういい・・・」
明らかにずれたバリーの見解にまっとうな事を聞き出すのは無理だろう。ロイは額に手をやってがっくりとうなだれ、とファルマンもなんともいえない表情をしていた。
「ではおまえの魂を練成したのはそいつらか?」
「いいや、研究者どもの仕事だ。それに俺のは練成とはちょっと違うな。生きたまま体から魂引っぺがされて、この鎧に移されただけさァ」
バリーは右手で鎧の胴の部分をコンコンと叩いて見せた。
「なんせ無理やりひっぺがすもんだからな、その苦痛たるや・・・サクっと死刑にしてくれた方が幸せだと思ったぜ」
想像を絶するような体験を語るバリーの言葉に、全員が思わず息を呑んだ。
「・・・その研究者を調べましょうか?実験を指示した者の素性がわかるかも・・・」
「無理だな」
ファルマンの言葉をバリーが遮った。
「そいつら石の材料に使われちまったよ。研究所が崩壊する数日前にな。誰一人残ってやしねェよ」
「口封じ兼研究材料か。無駄のない事だ・・・」
ロイは口元に手のひらをを押し当てた。
「軍上層部がらみの組織と賢者の石・・・・」
ロイは自分で書き連ねた手帳に一度目を落とすと、パタンとそれを閉じた。
「バリー・ザ・チョッパー最後にひとつ訊こう。一ヶ月と少し前、セントラルの電話ボックスで軍将校を殺害したのはおまえか?」
顔を上げてバリーを見据えたロイの声音は低く押し殺したような物であった。そしてその黒曜石の瞳は、静かな強い焔を宿しバリーを睨み付けた。ロイが何を言いたいのかを察して、とファルマンは無言で顔を見合わせる。
「知らねぇよ!そいつ切り裂かれてたのか?」
ロイの気迫に、バリーの声は僅かに震えていた。
「いや、知らないならいい」
するとロイは、椅子代わりにしていた木箱から立ち上がってファルマンに目をやった。
「さて、ファルマン准尉。帰っていいぞ」
「はっ」
「そして今夜聞いたことは忘れてくれ」
言いながらロイがスーツのジャケットを羽織ると、ファルマンは無言でバリーを見下ろした。
「わかるだろう?危ない橋だ、私に付き合っておまえまで渡る必要は無い」
軍上層部がらみのこの一件に首を突っ込む事がどれほど危険な事か。ロイはすれ違い様にファルマンに念を押した。
「ふむ・・・・・たしかに。しかし大佐」
だがファルマンはしばし思案するように顎に手を当てた後、微笑を浮かべて自分の頭を指した。
「残念な事に私は記憶力が良すぎましてね、忘れろと言われても無理な相談ですよ」
するとロイは足をとめて振り返る。
「乗りかかった船です、行くところまで付き合いますよ。私に出来る事があれば何なりと言ってください」
「ファルマン・・・・・すまんな、感謝する」
ロイは瞳を閉じて笑った。
「では早速だがこいつを頼む」
「は?」
だが次には真顔に戻ってバリーの肩に手を置いた。
「一般市民及び我々以外の軍関係者に見つからん場所に拘束しておけ!ああ、おまえの休みは取っといてやるから、そいつをしっかり見張っておけよ!」
当然わけがわからず困惑するファルマンを一気にまくし立てたロイは、そのまま踵を返してしたっと手を上げた。
「たのんだぞ!では行こう少佐」
「・・・え?あ、はい。バリー、ファルマン准尉を斬ったりしちゃダメよ」
ロイに腕を引かれたは、慌てて振り返ってそう告げた。
「あいあい〜〜〜」
するとバリーは呆然とすファルマンの横で嬉しそうに手を振った。そしてその後倉庫の扉が閉まる。
「ま、仲良くやろうぜ、肉が硬そうなダンナ」
「・・・・・・・・・・」
バリーに肩を組まれて、ファルマンは自分の先ほどの発言を激しく後悔したのだった。
「・・・大丈夫か?」
倉庫街を抜けた人気の無い夜道を歩きながら、ロイはの顔を覗き込んだ。
「え・・・ああ、すみません。お忙しいところを呼び出してしまって」
すると何かを考え込んでいたが顔を上げた。
「いや、その事じゃなくてだな」
ロイは足をとめると、手を伸ばしての頬に触れた。
「さっきから顔色がよくない」
自然とも足をとめロイを見上げる形になる。
倉庫でバリーが第五研究所の話をし出した辺りから、明らかにの顔色が悪くなっていったのにロイは気付いていた。現にあれ以降彼女は一言も言葉を発していなかった。
「・・・もしかしたらとは思っていたんだが・・・そうなのか?」
「・・・・・はい」
躊躇いがちな問いに、は小さく頷いた。
「おそらく・・・バリーが言っていた研究に私の両親も関わっていたんだと思います・・・・」
はなるべく表情に出さないように努めていたのだが、やはり無理があったようだ。
マルコーと会った時、そして先日の一件から、両親が何らかの形で賢者の石に関わっていたらしいと言う事には気付いていた。だが、今日初めて聞いたその研究内容に、ショックを隠しきれない。
「そうか・・・」
ロイはの頬から手を離すと代わりに彼女を抱きしめた。
「・・・聞かないんですか?」
話の流れからしてもっと掘り下げた事を聞いてくるかと思っていたは、ロイの腕の中で少しきょとんとした。
「今はまだ言わなくていい」
「・・・・・すみません」
以前がその過去、主に彼女の両親についてロイに話したときの様子を思い出してか、彼は気を使ってくれたのだろう。
「とにかく君が無事でよかったよ」
ロイは微笑んで体を離すと、の髪を撫でた。
「ご心配おかけしてすみません・・・ありがとうございました」
は苦笑して小さく頭を下げた。
「君を心配するのにいちいち礼など必要ないだろう、」
「でも、ロイはまだ仕事中でしたから・・・」
これから司令部に戻ったら、恐らく帰るのがかなり遅くなってしまうだろう。
「ああ、それなら問題ない、ほとんど雑用ばかりだったからな。適当に部下に任せてきたから私も今日は上がりだ」
それなら良かったとは息をついた。その安心したような表情に何となく悪戯心をくすぐられたロイの唇が弧を描く。
「だからこのまま君を送って行くとしよう」
「え、でも・・・・」
ロイとの家は全く逆方向の上、結構離れているのだ。
ロイは、それこそ帰るのが遅くなってしまうのではないかと言いたげなの耳元に口を寄せると、ワントーン落とした低い声で囁いた。
「別にそのまま帰るなんて言ってないだろう?」
「!!」
ロイが何を言いたいのか察したは瞬時に耳まで赤く染めた。暗闇の中ではその変化は見えないが、おおよそこう言うときに彼女がどのような反応を示すか分かりきっているロイは少々人の悪い笑みを浮かべてまた囁く。
「それとも・・・いつものように私の家に来るか、?」
「〜〜〜〜〜っ!!」
は恥ずかしさのあまり声にならない声を上げてロイの胸の部分の服を握り締めた。
あの日以来、二人はすでに何度も夜を共にしてきたが、大抵それはロイの自宅であった。時折、彼がの家に泊まることもあったが、それもまだ数回の事である。
「・・・・・・・ロイの家の方が・・・・いいです・・・・」
は俯いたまま消え入りそうな声で言った。
「仰せのままに、姫君」
するとロイは満足気に微笑んで、の髪に口付けを落としたのだった。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.27
ロイが完全な送り狼ですね(笑)
裏とはわけてますが、基本的に軍部サイドは大人要素強めです。
嬢とバリーの掛け合いは結構かいてて楽しいものがあります。でも、今回氷を練成したときは・・・・一体どうやったんでしょうねぇ、ロイにもまだ手パン練成出来るようになった事言ってないはずなのに(禁句)