気付くと私は何もない空間に立っていた。

ううん、正確に言えば何もというわけじゃない、ただ一つ、私の後ろに巨大な扉だけがあった。

後はただ、前後左右にはてしなく空間が続いてる。

「ここ・・・・どこ・・・?」

私はぽつりと呟いた。だけどなんだかその声に妙な違和感を感じた。

聞きなれた自分の声のはずなのに、いつもより若干高い気がする。

なんとなく自分の手を広げてみれば、何故だか一回り小さかった。

そしてようやく気付いて左胸に触れる。そこにあるはずの感触がなかった


ああそうか、これはあの日より前の事。


「なんだ、またアレを使った奴がいたのか」

「!」

突然誰かの声が聞こえて、”私”はそっちを振り返った。

「・・・・誰?」

”私”はそう言った。声を発した正体、それが人間でないのはすぐわかる。人型をした何か、そうとしか言いようが無かった。

「オレはお前たちが世界と呼ぶ存在。あるいは宇宙、あるいは神、あるいは真理、あるいは全、あるいは一。そしてオレはおまえ自身だ」

「私・・・・自身・・・?」

それの言葉はまるで難解な謎々のようでもあり、ひどく単純な言葉遊びにも聞こえる。

「ようこそ・・・・と言いたいところだが、はっきり言って全く歓迎できないな」

それは”私”の言葉に答えることなく、あぐらをかいて座ると勝手にしゃべりだした。

「ただでさえ、こっちにとってアレを使われるのは迷惑なのに、お前は最悪のパターンだな。前代未聞もいいとこだ、全くお前たちはいつも勝手な事ばかりしてくれる」

「何?どういうこと?」

一人で話をすすめるそれに、”私”はますますわけがわからない。

「偶然とはいえ、上手く網目をすり抜けやがって。お前からは通行料が取れないじゃないか」

「ちょっと、聞いてる?」

言ってる意味が分からなくても、なんとなく少しむっとした。

「うるさいな、通行料の取れない相手に用はないんだよ

けど、”私”が言った瞬間、後ろであの扉が開いた。ざわっと音がして、黒く蠢く何かが”私”の体に絡みつく。

「!?」

そのまま”私”は扉の中に引きずられていく。

「しかたないから見せてやる。じゃあな、あばよ」

扉が閉まる寸前に、それはそう言った。










第26話 在りし日の空白










どこからか、小鳥の鳴く声が聞こえてくる。

ゆっくりと目に入ってくる、白い天井。引っ越してきたばかりの真新しい広い部屋。

は体を起こした。だが、寝起きにもかかわらず異常な程に頭が冴えている。

「夢・・・・・だったの・・・?」

昨夜の一連の出来事を思い出せば、確か最後に自分はその場に倒れたはずだった。だがしかし、今こうしてしっかりとベッドの上に身を起こしている。

ともすれば、急激に朧気になっていきそうなあの出来事だが、ふいに頬を撫でた風に、そうでないことを知る。

はベッドから降りて、窓の方へ歩み寄った。そう、開け放たれた窓に。いくら最近温かくなってきたとはいえ、一人暮らしの夜に窓を全開ににして寝るほど無用心な人間になったつもりはない。事実毎晩欠かすことなく戸締りは確認している。

「・・・現実だわ・・・・」

それは僅かな痕跡だったが、夢と現実との区別をつけるには十分だった。

(・・・・あれは一体誰だったの?)

声には出さない自問自答。

現実だというならば昨夜自分の前に現われた、あの幼い日の自分にそっくりな少女は一体何者だというのだろう。

(・・・あの子は確かに前の私の名前を名乗った・・・・)

リアン・フェアクリフと、確かにあの少女はそう名乗った。もしも万が一、全く関係のない誰かが仕組んだたちの悪い悪戯にしても、出来過ぎている。

(私は私で・・・けれどあの子も私・・・?)

一瞬、もう一人の自分などという安易で馬鹿馬鹿しい考えが浮かんだが、そんなものは瞬時に否定する。普通に考えてそれは有り得るはずがない。頭の中で整理をつけようとすると、かえって混乱しそうだ。


『私ね、病気なんだって。後一年しか生きられないってお医者さんが言ってたよ』


でもね、お父さんとお母さんが治してくれるよ、賢者の石で』


『賢者の石を使えばね、私の体を再構築できるんだって。そうすれば元気になれるんだよ・・・・あなたみたいに



は冷静に、少女の言葉を思い出す。そして、その言葉を真実だと仮定して整理するならば、自分は過去、何らかの病気で余命一年を宣告されたということになる。

(・・・・そして、お父さんとお母さんが賢者の石で私の体を・・・・再構築した・・・?)

またも疑問形になるのは当然自分にそんな記憶はないからで。それだけならば、やはり多少無理があってもただの悪戯と思い込む事にしたかもしれない。

だがしかし、にはそうすることは出来なかった。何故ならば、以前マルコーにあったときの事を思い出したからだ。

(マルコーさんの反応からして・・・彼が賢者の石の研究施設でお父さんとお母さんに会っていたのはほぼ確実なはず)

そう、マルコーのことを踏まえれば、先ほどの仮定は真実に成り得る。

「・・・私の記憶が間違ってるって事?」

思わずは口に出してしまった。
否、間違っているというよりは、どこか肝心な部分が空白になっているのかもしれない。そしてその空白の間に、あの少女の言った一連の出来事が起こっていたとすれば、全てのつじつまが合う。

(私の知らない私の過去を知っている誰かがいるってことね・・・)

最終的に、そう結論付けた。そう考えるのが一番妥当だろうし、それ以外に考えようもない。



「・・・だとしても・・・」

は窓を閉じると、再びベッドの上に腰を下ろした。

(じゃあ・・・あれは何?)

は昨夜自分が気を失う直前に見た、それを思い出しかけて顔をしかめた。

表現のしようのない膨大な映像、膨大な情報。人間の情報処理能力ではとてもではないが追いつかないそれを一気に流し込まれた事で、脳が過負荷(オーバーロード)をおこした。 気絶したのはおそらくそのショックで脳の機能が破壊されるのを防ぐための生理的反応だろう。

そして、気付いた時、おそらく夢を通して自分の記憶を見たことになるのだろうが、はあの何もない空間にいた。


『オレはお前たちが世界と呼ぶ存在。あるいは宇宙、あるいは神、あるいは真理、あるいは全、あるいは一。そしてオレはおまえ自身だ』


「・・・真理・・・」

はあの人型の何かの言葉を心の中で反芻していて、ふと
あることに気付いた。そういえば、以前ある人の口からその言葉を聞いたことがある。

「真理にたどり着けば・・・・」

その人物がやったことを不思議に思ったが聞いたとき、確かそう言っていたはずだ。

そこまで考えたは、ベッドから立ち上がると寝室を出てダイニングルームへと向かった。はっきり言って確証はなかったが、悩んでいても始まらない以上実践あるのみだ。

は小さめのダイニングテーブルの上に置かれた花瓶に目をつける。そこには数本の花がいけられていたが、内3本はまだ蕾のままだ。

は一度大きく息を吸って、胸の前で両の手を合わせ目を閉じる。蕾の開いた花のイメージを思い浮かべれば、瞬時に植物に関する構築式が体中を駆け巡るような感覚に見舞われた。

そしては目を開くと、こくりと小さく喉を鳴らして手のひらを蕾に触れた。

「!」

すると青白い練成反応の光が走り、のイメージどおり蕾が開いた。

「・・・・・やっぱり、あれが・・・・」

は目を見開きながらも自分の両手に視線を落とす。なんと言うことだろう、まさかとは思ったが本当に出来てしまうとは。自分で試した事ながら、にわかには信じがたいその事実に、はしばしの間その場に立ち尽くした。












(ーということは、エドワード君もやっぱりあの真理を見たのかしら?)

その日の夜、いつも通り中央司令部から自宅に帰るまでの道すがら、は朝から中断していた考えを掘り起こした。

軍部に出ている間は、仕事に支障が出るためなるべく考えないようにしていたが、それでも今日一日の自分は不自然だったかもしれない。現に、上の空気味になっていたところを心配してロイが何度も話し掛けてきた。

(・・言えるわけないわよね)

けれどはあの出来事を話す気にはなれなかった。いくら相手がロイといえど、自分以外の人間が聞いたら不可解な出来事ばかりだ。下手をすると精神状況を疑われかねない。



(次にエドワード君に会った時にでも聞いてみよう)

そう心の中で頷いたは、通りかかった時計台を見上げた。今日はいつもより帰りが遅い。時計の針はそろそろ午後10時にさしかかろうとしていた。街灯の少ない夜道を歩くのは彼女一人であり、辺りに人の気配はない。

最も、こんな時間になる事は異動になってからはしょっちゅうだったので、特に驚く事はしないが。とりあえず早く帰って熱いシャワーでも浴びたいとまた足を進めた。


「お嬢さん、こんな時間に一人で歩いてちゃ危ねェなァ」


しかし、はまたすぐとまる事になった。時計台から数メートルも離れていない位置にごみの積まれた細い路地がある。そこを通り過ぎた瞬間、そんな声がかかったからだ。

「送って行こうか?」

声は男の物だった。

がこうして一人で歩いていると、似たような声がかかることは多々ある。それらはいわゆる軟派行為だが、肩口にちらりと見た声の持ち主の姿に、明らかにその類でないというのはすぐわかった。ボロボロの布切れをまとったその姿は、一見ただの浮浪者だ。

「ご丁寧にありがとうございます。でも大丈夫ですから」

結論=関わらないほうが良い。その方程式を優秀な脳で瞬時に導き出したは、それだけ言い残すとすぐにその場を立ち去ろうとした。

「遠慮すんなよ。この辺は本当に物騒な奴がいるんだよ、バリー・ザ・チョッパーとかなァ!!!」

(バリー・ザ・チョッパー!?)

だが、すぐにボロきれを脱ぎ捨てた男、否、鎧姿の男が雄たけびを上げながら襲い掛かってきた。

「げっへへっはははははっ!!!」

「っ!!」

彼が口走った名前に一瞬驚愕したがそれどころではない。その手に握られている巨大な肉切り包丁に気付いたは、考えるよりも先にパンっと両手を合わせていた。

通常は、胸にに手を当てる事で体に刻まれた練成陣から練成を行うが、今朝の事からすでにその動作が必要なくなったことに気付いている。そのため格段に上がった練成スピードで、青い閃光が鎧の男に走った。

「でぇっ!!?」

突然自分を襲った雷撃に男は悲鳴を上げる。

(前よりコントロールしやすい!?)

自分のイメージした位置と寸分違わず発生した3本の雷撃には一瞬目を見開く。彼女の雷撃は威力はあるが、その特性上狙った位置に確実に落とすのは結構難しい。だが、今は練成陣を使っていた時とは比べ物にならないほど正確な位置に雷撃が落ちた。

どうやらこの練成方法は、術者のイメージがダイレクトに伝わるらしい。

「便利ねっ!!

「か・・・雷!?」

狙って出来るようになったわけではないが、とりあえず今はその事に感謝して苦笑すると再び手を合わせ第二撃を放つ。

「だあっ!!一体どうなってやがるぅーーーーーっ!!?」

またも飛び掛ろうとしたところを衝撃に吹き飛ばされた男は、何が起こっているのか分からず声を上げた。

(!この音・・・!?)


だがも同時に、男の鎧に当たった衝撃音の後に僅かに響いた高い音に気付く。

(共鳴音・・・違う、まさか!?)

「このっ、何だってんだ!?」

「くっ!」

二度も吹っ飛ばされて頭に来たのか鎧の男は正面から突っ込んでくる。は咄嗟に体が反応した。

「ってどわあぁぁっ!?」

目の前に迫った鎧の男の脳天に、巨大な氷の塊が落ちる。もちろんが練成したものだが、それが当たると予想通り、長い空洞音が響いた。

「っ・・やっぱり、あなたその鎧の中身、空っぽね!?」

「なぬ!?」

しりもちをついて座り込んだ男が音を立てて頭を上げた。

「な・・・なんでそれを!?」

「その空洞音を聞けば嫌でも気付くわ」

「あー・・・・バレちまったならしかたねぇ・・・」

が至極冷静に言うと、彼は何やらぶつぶつと言いながらもかぽっと、鎧の頭を外した。すると、そこにはやはり、あるべきはずの生身の頭が無い。

「でも、お嬢さんよぉ、何で驚かねぇんだ」

「私の知り合いにも同じような子がいるから」

「同じ・・・ってまさかアルフォンスなんとかって奴か?」

「彼を知ってるの!?」

あえてが口に出さなかったその名前が、思いがけず鎧の男の口からついて出た。

「げっへっへっへ、あいつのご友人さんですかい」

「あなた、バリー・ザ・チョッパーって言ったけど本当なの?それにアルフォンス君とどう言う関係?」

しかしお嬢さん強いですねェ。アレか?錬金術師って奴ですかい?」

「人の話を聞きなさい!!」

全く噛みあわない会話に、男を一括する。

「俺、強い女大好きよォ」

「〜〜〜〜だからっ・・・!!」

だがしかし、そんな事にはお構い無しに、彼は頭をつけなおすと何か妙な眼差しをに向けた。



「惚れたぜ、お嬢さん・・・いや姐さん!!」



「・・・・・は?」


その言葉には思わず目を点にした。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.26

25話でのあとがき通り、まずは第一回目の大きなキャスティング交替で、バリーに出会ったのは中尉ではなく嬢でした(笑)・・・・というか、こうでもしないとこの先の話が続かないんですね;中尉好きな方、出番減らしてすみません(や、私もファンなんですが・汗)

冒頭部分の真理君との会話はのちのち重要になってくる伏線をいくつか含んでます。それが明らかになるころには、この話も新たな転機を迎える・・・・・はず?