「少佐」
が中央司令部の敷地内を歩いていると、そんな声がかかった。
「ロス少尉」
声の持ち主は言わずとも知れたロスで。彼女は渡り廊下からの姿を見つけるとこちらに走り寄ってきた。
「休憩中ですか?」
「いえ、大佐を探してるんです」
環境の良い司令部の庭を歩いている様子は一見散歩のように見えたらしい。は苦笑する。
「えーと・・・と言う事は、またサボりですか、あの人?」
「まあ、そうなりますね」
「・・・大変ですね、少佐も」
ロスが同情するように息をつくと、はまた笑ってゆっくりとしたペースで歩き出した。自然とロスもその横を歩く形になる。
「でも、大佐がサボる事が出来る程度には、ようやく落ち着いてきたと言う事ですよ」
達がセントラルに異動になってそろそろ三週間が経つ。
初めの二週間ほどは引き継ぎ作業等の雑多な処理や、東方司令部以上に多い執務の数に全員が全員てんやわんやと言った感じで、さすがのロイもサボる余裕すらなかったのである。
そして、ようやくここ最近で何とかそれも落ち着き、それぞれがぞれぞれのペースを掴んだのか、なんとか無理の無い程度まで状況は一段落したのだった。
自身も、こうやって仕事の合間に出会うロスと、以前よりさらに親睦を深められるようになったのもこの頃の事だった。
「もう中央司令部には慣れられましたか?」
「はい、大体は。でもまだたまに迷いますよ」
ここ広いですからとが笑った。
第25話 幻影の見せるもの
「ではまた」
行き先の違うとロスは、そう軽く挨拶を交わして、建物の角で別れた。
(さ、大佐を探さなきゃ)
そしては本来の目的通り、ロイを探しにまた歩き始めた。
そんな彼女の姿を、司令部の建物の屋根、本来人が行き着くはずの無い場所から見つめている二つの黒い影があった。
「あの金髪の子?」
眼下のを見下ろして、黒尽くめの少年の容姿をした方の人物が言った。
「ええ」
そう短く返事を返したのは、やはりこちらも黒尽くめの女だ。
「というか、エンヴィー。あなたも昔あの子に会ってるでしょ?」
「人間の顔なんて、いちいち覚えてないよ」
少年、エンヴィーは吐き捨てるように言った。その言葉がどこか外見と異なり、人ならざる雰囲気を感じさせる。
「まあ仕方ないわね、人間は成長して姿が変わる物だから」
女は紫色の双眸をすっと細めてどこか遠くを見やった。
「で、ラスト。結局僕はどうすればいんだっけ?」
エンヴィーはその場に膝を立てて座った。
「あら、さっき説明したのにもう忘れたの?」
「違うに決まってんだろ!?確認だよ確認!!」
自分を睨みつけるエンヴィーに、ラストは内心本当かしらとため息をついた。
「つまり、あの子にアレの記憶を思い出させればいいのよ」
「扉のでしょ?」
ラストは頷いて腕を組んだ。
「お父様も言ってらした通り、あの子はあの時に扉を開いてる可能性が高いのよ。だけど、今まで見てきた限りではそれを覚えていないみたいだわ」
「だからって・・・」
エンヴィーは大きく息をはいて、少し前にラストから渡された一枚の写真を取り出した。古ぼけたそれには、金色の髪の夫婦と思しき男女と、幼い少女が写っている。
「とんだ茶番だよね。こんな回りくどいことしなくたってさー、直接あの子にあいつらの研究資料でも見せりゃいいじゃん」
「それが出来たら苦労しないわよ。鋼の坊や達が第五研究所に忍び込んだ時に、建物ごと爆破したの忘れたの?あの二人に関する物はもう、あそこにしかなかったのよ。今はもう全部瓦礫の下。それ一枚引っ張り出すだけで大変だったんだから」
「ったく、面倒くさいな、もう。本当にこんな事で思い出すんだろうね?」
ラストが先ほど自分に言った内容にエンヴィーはどことなく胡散臭さを感じてならない。疑心暗鬼の視線をラストに向ける。
「大丈夫よ、核心に触れる部分さえ見せれば確実に思い出すはずだわ」
「その自身はどっからくるんだか」
エンヴィーは呆れたように両手を上げた。
「エンヴィー、わかてると思うけどこれはお父様からの命令なのよ?」
「あーはいはい、分かってますよ」
エンヴィーはいかにもやる気がなさそうな返事をして立ち上がる。
「やればいいんでしょ、やれば」
「・・・頼むわよ」
大総統官邸があるためか、中央司令部内には緑が多い。
が居た東方司令部も中庭などに多少の植木はあったが、はっきり言ってその比ではないだろう。広大な敷地には所々、開けた場所があり、天気のいい日には休憩時間に憩う人間も多い。
だが、それはあくまで司令部の建物に近い場所に限った事であり、何もない敷地の外れの方までわざわざやって来る物好きな人間は滅多にいなかった。
だからこそ、逆にいえば隠れるには最良の場所なのだろう。彼がそうであるように。
の視界の先には一本の木がある。温かい陽光を受けて、たくさんの枝に青々とした葉を茂らせたそれは一見何の変哲も無いように思える。だが、彼女は、その下まで歩いていき、葉陰の揺れる上方を見上げた。
「・・・やっぱり」
そして、太い枝の上、幹に寄りかかるようにして寝ているロイを見つけた。
「大佐」
予想通りいつもの定位置に居たロイを見上げては声をかける。
「・・・少佐か?」
すると、起きていたのだろうか、意外なほど早くロイがを見下ろしてきた。
「少佐か?じゃありませんよ」
あたかも世間話をするかのようなロイの口調に、は苦笑しながらも腰に手を当てた。
「はは、すまない。天気が良いから気持ちよくてな。良かったら君も来るか?」
「私は大佐を連れ戻しに来たんです」
「そう言うと思ったよ。まあ、見つかってしまった以上仕方ない。今降りるよ」
ロイはそう言うと、体を起こして結構な高さから危なげなく飛び降りた。
「・・・見つかりたくないのなら別の場所を選べば良いじゃないですか」
ロイの隣に並んでは言った。
彼ががさぼって姿を消した時、何故か決まっていつもこの場所に居るのだ。そして、何度も自分に見つかっているのだから、それこそ場所を変えた方が見つかり難いというものだ。
「それは・・・確かにそうなんだが・・」
そんな事をが思っていると、ロイは彼女の金糸の髪を一房手にとった。そのさらさらとした感触を楽しむように指の間を滑らせる。
「ここに居れば必ず君が一番に迎えに来てくれるだろう・・・・」
自分がここに居るとわかっているは、探すためにここに来るが、それを理由に二人だけになる事が出来る。ロイのサボりの本当の理由はそれだった。
「あっ・・・ちょっ・・・」
は突然後ろからロイに抱きすくめられて、驚いたと同時に軽い抵抗を見せる。
「大佐っ!誰かに見られたらどうするんですか!?」
「ここには誰も来ないさ。それに来たところで問題ない。見られて困るような関係じゃないんだからな私と君は」
「っ・・・そう言う問題じゃなくてですねっ・・!」
耳元で聞こえたロイの低く甘い声音にはぞくりとして赤くなる。
「見られたら私が恥ずかしいんですっ!」
それをごまかすように、は言いながら身を捩って暴れた。
「気にせず、見せつけてやればいいんだ。良い虫除けになる」
ロイはそんなの様子に笑みを浮かべる。自分とこういった関係になってからもう一月近く経つというのに、の反応は未だどこまでも初々しい。
そんな所が愛しくて、可愛くて、ロイをさらに溺れさせる原因になっているのを、本人は全く気付いていないのだからタチが悪い。
「」
「もうっ・・・いい加減にしないと・・・っ!!」
ロイがの体を反転させて向き合う形で抱きしめ直すと、何やら文句をいっていたは突然黙り込んでしまった。目の前にあるお互いの色違いの双眸。
「・・・・・もう・・・・残業になっても知りませんからね」
こういう状況になったとき、この後ロイの取る行動は一つしかない。はあきらめてため息をつくと、目を閉じた。
「君が一緒ならそれも悪くないさ」
それを彼女の了承と判断して、ロイは小さく笑ってからの唇に口付けた。
そのささやかな逢瀬を見守るように、木漏れ日が優しく揺れていた。
(私も甘いわね・・・)
は夜道を一人歩きながら思った。
結局締め切りに間に合わず残業する事になったロイを手伝って、彼女の帰りもだいぶ遅くなってしまったのだった。
(まあ、遅くなっても誰かが家で待ってるわけでもないけど・・)
何となく自嘲するような笑みが漏れた。
の自宅は中央司令部から歩いて20分程の場所にある、それなりに高級なアパートだ。出勤に便利な場所という事で探したら自然と一人で住むには広すぎる場所になってしまった。そのせいか、やけに寂しく感じる時もある。
(・・・今日は早く寝ようかな・・・)
何となく少し、しんみりした気分になってしまったは、それを振り払うように頭を振って、家路を歩む速度を早めた。
薄暗い寝室に、の寝息だけが静かに響いている。
だが不意に、カタっっと言う僅かな物音が混じって、は瞬時に目を覚ました。
元々眠りは浅い方だが、軍人という職業柄、寝ていても物音には敏感だ。音を立てないように、そっと体を起こすと、静かにベッドから降りる。
息を殺して、物音が聞こえてきた隣の部屋の方に意識を集中させる。するとわずかに足音がこちらに近付いてくるのが分かった。
(・・・強盗・・・?それとも・・・・)
どちらにしろ、こんな深夜に人の家に勝手に上がりこむような人間が善人であるわけが無い。とにかく、相手が姿を表し次第、即座に行動できるように身構えた。
だがしかし、寝室に姿を現した意外な正体に、は目を丸くした。
「こ・・・・子供?」
なんと、の前に現われたのは、一人の少女だったのだ。部屋が暗いためよくは見えないが、恐らくまだ10歳前後だろう。
(なんでこんなところに・・・)
まさか迷子と言う訳でもないだろうが、は拍子抜けした感を否めない。とりあえず、部屋の入り口で立ち止まった少女に近付こうとしたその時、ちょうど窓から月の光が差し込み、少女の姿を照らし出した。
「っ!?」
は息を呑んだ。
少女の髪の色は月光に耀くプラチナブロンド。自分を見つめる瞳は碧。そして何よりも、その少女には見覚えがあった。
「・・うそ・・・・・・」
その少女はまるでの反応を楽しむかのごとく、にっこりと笑うと、逆にのほうへと近付いてきた。
「っ・・・うそでしょ・・・こんな・・・あなた・・・一体」
は言い知れぬ恐怖を感じて思わず一歩後退る。
「私はリアン。リアン・フェアクリフ」
「!」
その名前を聞いた瞬間、は否定しようとしていた考えを決定付けられてしまった。その少女は、間違いなく幼い日の自身だった。だが、どこか化け物を目にしているようで体が震えた。まるで、見ると死ぬという自分にそっくりな、ドッベルゲンガーのようだ。
「私ね、病気なんだって。後一年しか生きられないってお医者さんが言ってたよ」
「なっ・・・」
少女の言葉には目を見開いてまた後ろに下がった。だが少女は構うことなく近づいてくる。
(なんなのこの子・・・一体・・・!?)
他人の空似とは思えない以前の自分にそっくりな子供、そしてその時の自分と同じ名前。だとしても、彼女の言っている事は身に覚えが無い。
「・・・・・・」
は気付かぬうちに壁際まで後退し、そこに背をぶつけてしまった。そしてついに少女はの目の前までやってきて彼女を見上げた。
「でもね、お父さんとお母さんが治してくれるよ、賢者の石で」
「賢者の・・石!?」
は震える体を押さえて、少女を見下ろした。これは果たして夢か、それとも現実だろうか。夢であるならば早く覚めて欲しい。
一体この少女は何者で、一体自分の知らない何を知っているのだろう。の額を汗が伝った。
「賢者の石を使えばね、私の体を再構築できるんだって。そうすれば元気になれるんだよ・・・・あなたみたいに」
「!?」
少女がそう言った途端、の心臓がドクンっと大きく脈打った。
「っ・・・頭に・・・・」
突然誰かの声がした気がした。何を言ったのかは分からない。だが、その直後膨大な映像のような物が、頭の中に流れ込んできた。
「何・・・何なのっ・・・・!?」
経験した事も無いようなその感覚に、猛烈な眩暈と頭痛を覚えた。とても立っていられない。
「・・・あなたは・・・・・」
自分の様子をクスクスと笑いながら見つめている少女が見えた。だが、最後まで言い終えることなく、の意識は暗転する。
「おっと」
そして意識を失ったが崩れ落ちそうになったのを少女が、否、少女の姿からいつもの少年の姿に戻りながら、エンヴィーが抱きとめた。
「へぇ、ラストの言ってた通りだ。本当にこんな事で思い出すなんて、人間ってやっぱ単純に出来てんだね」
エンヴィーは腕の中のを見下ろして口の端を釣り上げた。月光が、彼女の髪を反射して幻想的に耀いている。
「それにしても・・・君、随分と綺麗だね」
今は閉じられているが、驚いたように自分を見た碧の瞳は、今まで見たどんな宝石よりも美しい輝きを見せた。エンヴィーは少しの間魅入られたようにを見つめていた。
「・・気に入ったよ、君。だから決めた」
彼は、の体を抱き上げて、優しくベッドの上に寝かせた。
「その綺麗な碧の瞳も、輝く髪も、白い肌も、そのうち全部、僕の物にしてあげる」
そして、まるで狂った呪詛の言葉のようにそう囁いた。
「そしたらその後は、僕の手で、全部ズタズタに引き裂いてあげるよ」
その顔に浮かぶのは、これ以上に無いほど残酷な微笑み。それはに対する憎悪、そして嫉妬によるものだった。
「最高に気に入ったから、最悪の方法で殺してあげる、人柱としての用が済んだらね」
その瞬間を思い浮かべながら、エンヴィーは陶酔するように言葉を続けた。
「また来るよ、おやすみ」
そして彼は、の唇に自分のそれを重ねた。その短いキスは、まるで体温を感じさせない、氷のような物だった。
「良い悪夢を」
満足気に笑ったエンヴィーはそういい残すと、部屋から姿を消した。
月が雲に隠れる頃、部屋にはまた、一人が残されていた。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.25
軍部サイドも第3部突入。セントラル編に入りました。
いきなり三週間の経過した挙句に、何やらすでにロイと嬢がラブラブ状態になっているのはスルーしてくださいませ(笑)
今まで通りここからも、原作沿いに進んでいくわけですが、キャラの役回りなどが、結構変わってくると思います。
そしてそして、ようやくこちらでもエンヴィー登場。
人気が高いようなので予定以上に嬢に絡ませてみる事にしました・・・・が、うちのエンヴィーはS度3割増くらいですね(苦笑)これから活躍させたいと思います。