「どうしたの兄さん、ぎっくり腰?」
筋力トレーニングの最中、エドワードはダンベルを担いだまま形容しようのない表情で固まってしまった。
「・・・・・・・・今年の査定忘れてた」
「「あ!!!」」
そして突然青くなった彼に、アルフォンスとの声がハモる。
「査定?」
「国家錬金術師が受ける年一度の査定ですよ」
「これをちゃんとやっとかないと、資格を取り上げられちゃうんです」
聞きなれない言葉を訝るイズミに、二人は口々に言った。
「あーーー最近バタバタしてたからなぁ。まじーまじー」
「よっしゃ!これを機会に軍の狗なんて、やめちゃえやめちゃえ!どれ私が軍に電話しといてやろう!」
「やめてーーーーーー!!」
イズミがここぞとばかりに電話に手をかけると、エドワードは涙ながらに引きとめた。
「とりあえず軍部に顔出さなきゃ!うん!」
そう言ってエドワードは手早く服を着替え始める。
「エド、セントラルよりサウスシティの南方司令部のほうが近いわよ」
「そうだよ兄さん、下りの列車で二駅!」
「おう!サンキュー、、アル!」
エドワードはいつものトランクの中に、必要最低限の荷物を放り込んだ。
「レポートどうすんのさ?」
「行きの汽車の中ででっち上げる!」
毎年の査定で苦労する国家錬金術師が聞いたら確実に卒倒されそうなことを言いながら、ジャケット前を止める。
「気をつけて行っといで」
「はい!二・三日で帰って来れると思います」
そしてすぐに荷物を持ってバタバタとドアに向かう。
「んじゃ、行って来ます!」
その一言を最後に外へに飛び出したエドワードの足音は急激に遠ざかって行った。
第26話 その名は強欲
「あれー?アルフォンス君まだ帰って来てないんですか?」
厨房から大量の骨が入った鍋を抱えて入ってきたメイスンは、部屋の中を見回した。既に日は落ち、外はすっかり暗くなったというのに、未だアルフォンスの姿が見えない。
「何やってんだろね、あの子は!」
椅子に座ったイズミは苛立ちながら腕を組む。
「私が最後に見たときはお店の前にいたんですが」
昼間イズミにお使いを頼まれたは出かける時に店先を掃き掃除しているアルフォンスの姿を見ている。
「ちょと心配ですよね」
メイスンは鍋を机に乗せると、ふとある可能性に気付いた。
「・・・・・・・・・誘拐されてたりして」
真剣な面持ちで指を立てた彼にイズミはぴくりと眉を跳ね上げた、
「まっさかーーー」
「そうっスよねー」
が、次の瞬間には笑い話として処理された。いくら中身が14歳の少年とはいえアルフォンスの見た目は巨大な鎧姿なのだ。普通に考えてわざわざ彼を誘拐しようとする者などいないだろう。もちろんその笑い話が事実であるとはこのとき誰一人として思いもしなかった。
「イズミさん、わかりましたよ」
翌朝、結局深夜になっても帰らなかったアルフォンスを捜しに行っていたメイスンが戻って来た。
「きのう昼間に西の工場跡地にアルフォンス君が入って行くのを見た人がいます」
「その後は?」
「デビルズネストって酒場に出入りしてる奴らが、でかい鎧を地下に運んでたらしいですよ」
「デビルズネストね・・・・・・」
イズミはメイスンが投げてよこしたマッチ箱を手にとる。
「ちょっと、あいさつに行こうか」
「イズミさん、私も行きます」
イズミが椅子から立ち上がると、話を聞いていたが奥の部屋から姿を現した。
「駄目だよ。危ない事になるかもしれないんだから、あんたはここで待ってなさい」
「仕事柄、危ない事には慣れてるもので」
まだ朝早い時間だが身なりを整えているあたり、おそらくアルフォンスの居場所がわかったらすぐにでも行くつもりだったのだろう。そんな用意周到なにイズミは嘆息した。
「・・・仕方ないね」
「あんたらうちの店の事嗅ぎまわってるって?」
「いけねぇな一般人が余計な事に首つっこんじゃ」
イズミとがデビルズネストを訪れると、その入り口でガラの悪い数人の男に取り囲まれた。
「いいわぁあんたら、わかり易くて」
「見張りにこんな人材を置いてくれるなんて、先方は随分と親切な方なんですね」
男たちの態度はこの先に見られてはまずいものがありますと言わんばかりだ。呆れたようなイズミの横ではさりげなく毒を吐く。
「わかったらとっとと帰んだな・・・」
「責任者どこ?」
二人は男の言葉を完全無視してするりとその横を通り抜ける。
「待たんかコラァ!!」
「シカトこいてんじゃねえ!!」
イズミは腹を立てて叫ぶ男達を、やかましいとばかりに一瞬でなぎ倒した。
「ぬが・・・」
「やるじゃねぇかこの・・・おばはん!」
相手がただものでないと判って一人の男がナイフを取り出す。その判断は正しかったが、最後の一言が壊滅的に余計だったためイズミの逆鱗に触れた。壁から練成された巨大な手に押しつぶされて、男は”口は災いの元”ということわざの意味を身をもって知ることになる。
「あんたら三下じゃ話にならないって言ってんの」
イズミは力なく壁からずり落ちる男を一瞥した。
「ンだぁーおめーら、ネズミ一匹まだ始末できねぇのかよ」
慌てた男達が口々に喚きたてていると、店の入り口から新たに一人の男が顔を出した。
「ウルチさん!!」
「んん〜〜?」
強力な助っ人に男達が歓喜していると、ウルチは視界の先にイズミとの姿を捉えた。
「女!!女だ!!女大好き!!」
「そこまでだ女共ォ!!ウルチさんはそこらの奴とはちょっとちがうぜ!!なんたってワニの血が入っちゃってるからなぁ!!野獣だぜ野獣!!」
確かにウルチは体中いたるところにワニのような模様があり、ガチガチと鳴らされた歯ものこぎりのように鋭い。
「おねェさん達よ・・・ここいらは俺みたいな物騒なのが多いからよぅ・・・」
ウルチは言いながら好色な目でイズミとを交互に見た。二人の卓越したプロポーションにごくりと喉を鳴らす。
「痛い目にあっても知らないよー」
意気揚揚と飛び掛った彼には両の掌を合わせた。
「ぎゃっ!!」
小規模とは言え強烈な放電現象を身に受けて、ウルチはべちりと地に落ちる。
「で?誰に訊けば教えてくれるの?」
ぴくぴくと痺れて倒れている、彼ら曰く”ワニの血が入った野獣”をイズミは冷たく一瞥した。
「なななななナめんなー!!」
「こちとらクチが硬いので有名でい!!」
「やっちまえーーーーー!!」
最後の意地とプライドをかけた男たちの涙ながらの特攻は、ものの一分もかからず片付けられた。人間引き際は重要である。
「さて・・・」
虫の息で転がっている男達を眼下にイズミはポンポンと手を払った。
「鎧の子をどこにやった!?」
イズミはウルチの胸倉を掴み上げる。
「ちゃっちゃと吐かないと・・・」
「へ!吐かないとどうなるって・・・・ん?」
どうせただの脅しだろうと思ったウルチはぽたりと頬に落ちた何かに顔を上げる。
「吐くわよ」
イズミの吐血によってウルチはあっさりとアルフォンスの居場所を白状した。
「数だけは多いね」
「ですね」
デビルズネストの地下へ降りた二人は角を曲がるたびに出てくる雑魚を瞬殺しながら進んでいった。まさに向うところ敵無しの快進撃だが、複雑に入り組んだ内部を行ったり来たりするのはいささか面倒だ。
「あ・・・イズミさん、ここ」
飛び掛ってきた男を鳩尾への一発で昏倒させて、は軽く壁を叩いた。少し鈍いような音が壁の向こうに広がる広い空間を感じさせる。
「ああ、そうしようか」
同じ事を考えていたイズミは最後の一人を投げ飛ばして手を合わせると、両手を壁に着いた。そして練成された観音開きの扉をくぐり、驚愕している男達をなぎ倒す。本来ぐるぐると回り道をすべき所を真横に突っ切ったため、進むスピードは格段に速くなった。
そしてしイズミが練成した二つ目の扉は、見事アルフォンスの囚われている部屋に通じていた。
「はいちょっと失礼するよ」
イズミは気絶した男を引きずりながら、アルフォンスを含めた全員の視線を身に受け歩を進めた。
「おっ・・・おい」
「なんだてめ・・・」
横を通過すると男達が身構えたが、イズミは構うことなく突き進み、そして、
「こンのばかたれが!!!」
引きずってきた男をアルフォンスの鎧に叩きつけた。
「なに人さらいにあっとんだ!!」
「ごごごごごごごめんなさいいいい」
最も恐れるイズミに鬼のような形相で睨まれて、アルフォンスは身を竦みあがらせた。その様子にイズミの練成した扉の方から小さな笑い声が聞こえてくる。
「とりあえず無事みたいね、アル」
「!?」
アルフォンスの声と共に、全員の視線がそちらを向いた。は意に介することも無く、壁から練成した二本のナイフを手に扉をくぐって入ってくる。背後に累々と横たわっているのはイズミとアルフォンスのやり取りの間に彼女が片付けた男達だ。
「・・・・ってコラァ!!俺達を無視してんじゃねぇ!!」
「てめーら何者だ!!」
その時ようやく我に帰った男達が、お約束の台詞を叫ぶ。
「主婦だッ!!!!!」
イズミは背景に雷鳴をとどろかさんばかりの勢いで名乗りを上げた。
「おいおいおいおい。おねえさん達いきなりそりゃ無いでしょ」
突然予想外の場所から現われた挙句、あっという間に部屋中の部下を叩きのめしてしまった二人に、黒尽くめの男グリードは反則だとでも言いたげだ。
「あんたが責任者?うちの者が世話になったね」
イズミは服の裾を軽く払ってグリードと対峙した。
「連れて帰らせてもらうわ」
「それはできねえ相談だ」
「あっそう」
元々、返答がどうであろうと関係ないイズミの拳がグリードの顔面に入った。彼は避ける事すらしなかったが、逆に拳から這い上がってくる嫌な感触にイズミのほうが目を見開いた。
「ほんとに何もかいきなりだな。指、イっちまったんじゃねぇの?」
見れば殴った部分が黒く硬化している。にやりと笑ったグリードと目が合った瞬間、イズミは反射的に手を引いた。
「・・・・・!!」
「師匠!!」
「イズミさん!!」
イズミの拳から血が吹き出したのを見て、は即座にグリードに密接した。
「カンベンしてくれよ。女と戦う趣味は無ぇ」
「あなたの趣味なんかどうでもいいわよ」
軽口をたたきながらも第一撃を避けたグリードに、は容赦なく二本のナイフを繰り出す。グリードはやれやれと思ったが、あることに気付いて一瞬動きを止めた。
「・・・・・なんのつもり?」
グリードの生身の腕にあたったにもかかわらず、のナイフはまるで金属と衝突したような音を奏でた。そのことにも驚いたが、何故グリードが止まったかの方が不思議だ。
「お前・・・随分と面白い体してんな」
「?・・・この目の色の事?」
北部の人間が珍しいのだろうかと言う理由しか思い浮かばず、グリードが心底興味深そうに自分を見下ろした事には眉を寄せた。
「いや、それもそうなんだけどよっ!!」
「「!!」」
「っ・・!!」
言い終わり際に伸ばされたグリードの腕が、先ほどイズミの腕を払ったのと違い、自分を捕らえるための動作だと気付いては身を捻って後ろへ跳んだ。
「普通(の人間じゃねぇだろ、お前」
「どう言う意味?」
間合いをあけて着地したは、好奇心から来る笑みを浮かべたグリードと睨みあった。
「そのまんまの意味だ。気付いてねーのな」
「・・・・・・・・」
「・・・・・あ」
が一体この男は何を言いたいのだろうと思っていると、アルフォンスが思い出したように声を上げた。
「兄さん・・・兄さんは来てないんですか
「?まだ帰ってきてないけど・・・」
「あれ?兄貴は死んだって・・・・」
「一言も言ってないよ」
何をどう勘違いしたらそうなるんだと、アルフォンスは即座に否定した。
「師匠(、!!この人人造人間(なんです!!」
「おまっ・・・いきなりバラすなよ」
「だから!!」
突然正体をばらされてグリードはうろたえた。だがアルフォンスは構わず言葉を続ける。
「ボク達が元の体に戻るヒントを持ってるんですよ!!兄さんに知らせないと!!」
「・・・本当に人造人間(?」
イズミは目を点にした。確かに殴った時の感触や、のナイフを弾いた事からグリードの人間離れした体質は認めるが、人造人間(だと言われて素直に”はいそうですか”と信じられるはずもない。
「なんだよ、おまえ肉体を取り戻したいのか?その体便利でいいじゃん」
「いくない!!」
人の気も知らないでとアルフォンスは憤怒する。
「ああ、そいつボコって秘密を吐かせりゃいいのね」
「そうだけど・・・うわー!!師匠(ケガひどいよ!!無理!!無理!!」
「そーだよ俺、女いたぶるのいやだし」
イズミの手からだらだらと血が流れ出しているのにアルフォンスが慌てると、グリードはさりげなく便乗した。
「俺はこいつの魂の練成とやらを知りたいだけだ」
「そんなもん知ってどーすんのよ!」
「もう面倒くせぇや。グリードさん、この女斬っっちまいましょ・・・・げふぅ!!!」
言い合いが始まると、気絶していたグリードの部下が何時の間にか復活したが、イズミは黙れと言わんばかりに再び床に沈めた。
「ドルチェットー!!」
(なんだかややこしい事になってきたなー・・・・)
すっかり蚊帳の外と化してしまったは一人明後日の方向を眺めて嘆息した。
「ああもう、ゴチャゴチャと!!つまりこうだ!!」
混乱した会話に業を煮やしたグリードは、アルフォンスの頭を抱え込んだ。
「俺はこいつらに人造人間(の製造方法を教える。こいつの兄貴は俺に魂の練成方法を教える・・・どうだ!!」
「取り引きか・・・・!」
イズミが歯噛みするとグリードは口端をゆがめた。
「等価交換だろ?穏便にやろうや」
「誘拐犯の言う事聞けって?ふざけんじゃ・・・・」
「師匠(!!お願いです兄さんを連れて来てください!!」
そんな取り引きに応じられるかと言おうとしたイズミをアルフォンスが遮った。
「お願いします。やっと巡って来たチャンスなんです」
イズミは眉を寄せながらも口をつぐんだ。
「あんたグリードって言ったけ?」
グリードは顔を上げる。
「私ら錬金術師ってのは、作り出す側の人間だからこう言うのは好まないんだけど」
イズミは踵を返し際にグリードを睨み付けた。
「私の身内のもんにもしもの事があったら、その時は遠慮なくぶっ壊す」
鬼気迫るその様子にグリードは肩を竦めた。
「帰るよ、」
「え・・・あ、はい」
「待てよ」
元々この部屋にあった扉へ向うイズミに続こうとするを、グリードの声が呼び止めた。
「とか言ったよな、お前さっき俺が言ったこと気になんねーのか?」
は足をとめて小さく振り返った。
「気になったところで素直に教えてくれるとも思わないわね」
この男の事だ、なにかしら条件を出してくるに違いない。
「俺の女になるってぇんなら、教えてやるぜ?」
「冗談じゃないわ」
やはりろくな条件ではなかった。確かに気になってはいるが、そんな割に合わない事をするつもりは毛頭なく、は即答するとイズミの後を追うため歩を進めた。
「なら、100歩譲って鎧クンと一緒にここに残るってーのはどうだ?」
その言葉には再び足をとめ振り返る。
「何を考えてるの?」
今度は随分と緩い条件を出した物だ。はグリードの意図がわからず形のいい眉をぴくりと跳ね上げる。
「別に深い意味はねぇよ。ただ俺もお前に興味が沸いた、それだけだ」
「・・・・・・・」
「知りてぇんだろ?」
は少しの間口をつぐんでグリードを睨んでいたが、やがてくるりと体の向きを変える。
「!」
その行動で、グリードの言う通りにするつもりだと気付いたイズミは、声を荒げてを諌める。
「イズミさん行ってください」
「馬鹿な事言ってんじゃないよ!」
お前まで何を言い出すんだと言いたげなイズミをが振り返った。
「お願いします」
真っ直ぐに自分を見つめるのはとても真剣な瞳だった。
「・・・・たく、言い出したら聞かないのは弟子共と変わらないね」
その瞳が、昔自分に弟子入りをせがんだエドワードとアルフォンスのそれに重なってイズミは嘆息した。
「気をつけなさいよ」
不満そうな表情をしながらもそれ以上何も言うことなく、イズミは帰っていった。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.26
デビルズネスト編、大幅改定です;改定前に読んで下さった方々すみません(土下座)
初読の方はお気になさらず読み進めてください(汗)
修正日:2005/7/14