唐突だった少佐の言葉。


だけどオレは、気付いたら二つ返事で頷いていた。


何故かと聞かれたら理由なんて多分無い。


一緒に行動するようになって、オレ達はそれなりに親しくなったけど、


少佐自身に関する事に触れかかると、いつも壁を感じる。


それがどういうわけか、すごくじれったくて、突然、遠くに感じて、


無性にもどかしいような、なんともいえない気持ちになる。


だから、ただ、知りたかったんだ、少佐の事をもっと。


そうしたら、今よりもずっと近づける気がしたから。











第24話 強くあるために










「あの時に、何て言ったか覚えてる?」

はそう話を切り出した。

「ああ、”探し物がある”って言ってたよな」

あの時というのは、エドワードがに、国家資格をとった理由を聞いた時の事だ。彼女はその理由を探し物と表現していた。

「そう、物ではない探し物」

はまるで言葉遊びのように言う。

「私の探し物はね、私の両親を殺した犯人」

エドワードは思わず目を見開いてを見つめた。

「そしてこの手で殺す事が私の目的」

は振り向かないまま、自分の手のひらに視線を落とした。

「私の両親はね、セントラルの錬金術研究所の研究員だった・・・だけど、ある夜突然二人は殺されたの」

淡々と紡がれる言葉は、無意識になのか、それとも意識してだろうか、どことなく感情を抑圧しているような印象を受ける。しかし、エドワードは、ただ黙っての声に聞き入っていた。まるで、幼い子供が夜寝る前に、母親から御伽話を聞くかのように。

否、これは彼女自身の物語だった。



「両親を撃った男はこう言ったわ、”知りすぎた事を後悔するんだな”って。その時は何の事だか私にはわからなかった・・・」

当時14歳の少女だったは、ドアの陰に隠れて、キッチンでの一連の出来事をただ怯えて見ていたのだと言う。そして、その後、彼女自身も男達に見つかり、弾切れになった銃で後頭部を殴られ気絶させられた。

「少ししてから一度目が覚めたら、部屋中が火の海だった。犯人達が火をつけていったんでしょうね。とにかく両親を探さなきゃと思って、キッチンの方まで這っていったの。二人は床に倒れていたけど・・・・」

はそこで一度言葉を切った。エドワードが顔を上げると、彼女は僅かに瞼を伏せて、言葉を続けた。

「酷いものだったわ。父は頭の一部を、母は左目を。それぞれ銃弾で撃ち抜かれた部分が吹き飛んで、焔にまかれた部分は焼け爛れて・・・・」

窓枠が小さく軋んだ。見ればの爪が僅かに食い込んでいる。小さく震えた手が、忌まわしい凄惨な過去を言葉以上に物語っていた。

「結局私もまたそこで倒れて、本来だったら死ぬはずだった。だけど、家が焼け崩れる前に、助け出された私は次に気付いた時病院にいたわ。ただし、自分が何者なのかも、どうしてここにいるのかも、それどころか自分の名前すら忘れてね」

「記憶が・・・?」

「そう、殴られたショックでね」

は頷いた。

「記憶も無く、両親もいない私は、家に引き取られた、思い出せない名前の代わりに””と名づけられて、その日から私はとして、生きる事になった」

はそこで話を始めてから初めてエドワードのほうを向いた。

「本当の私は、リアン・・・・リアン・フェアクリフという名前の人間だった・・・・どうして思い出したか分かる?」

エドワードは小さく首を横に振った。

「人間の脳って言うのは不思議なものでね、たとえ記憶を失っていても、根強いトラウマは残る。皮肉な事に、それが引鉄になって全てを思い出したのよ」

家にが引き取られてから二年後の事だった。偶然にも街で出くわした事件で、犯人が人質に取った親子の母親を銃で撃った。治安のいいとはいえない世界情勢の中でいえば、それはよくある、極ささいな事件。

だが、それは、彼女の記憶を呼び起こすために十分すぎる引鉄になった。

「その銃声を聞いた途端、一気に記憶が覚醒したわ。私はすぐに、記憶を頼りにセントラルの家があった場所に戻った・・・・でもそこにあったのはただの焼け落ちた廃墟。調べたらただの火事として処理されてたわ。軍にも掛け合ってみたけど、子供の言う事なんて聞き入れてもらえなかった。あたりまえよね、二年も前の事だもの・・・」

そのとき彼女はどれだけのショックを受け、そして悔しさを味わったのだろう。苦笑するような表情がどてつもなく痛々しい。

「その日から何日も泣き続けたわ。それでようやく落ち着いて、冷静に考えられるようになった頃、両親を撃った男の言葉を、ふと思い出した・・・」

幼かった頃のには意味のわからなかったその言葉は、二年の時を経て、両親の死の真相を知る鍵となる。

「研究所は全て軍の直轄だった・・・だから思ったの、両親はそこで何か知ってしまい、その口封じのために殺されたんじゃないかって・・・」

それはあくまで推測に過ぎなかったが、当時のにはそれ以外に考えようが無かった。

「だからその時に決めたの、何としてでも、犯人を見つけ出して復讐するって・・・。でも、そのためにはまず、両親が何を知ったのかを確かめなければならなかった」

「・・・それで資格を?」

同じ国家錬金術師であるエドワードも知っている通り、軍の所有する錬金術研究機関は国家資格を持つ者でなければ入ることが出来ない。そして、そこで働いていた両親の事を調べるならば、当然、中には入れなければ何も出来ないだろう。

「そう。もう一つ付け足すなら、軍に入った理由も似たような物ね。事件や殺人犯の情報を得るには、実際に軍人になるのが一番早いもの」

は小さく肩をすくめてエドワードに笑いかけた。

「そして、資格を取った私は、光耀の錬金術師として東方司令部に配属された・・・というわけ」

話を締めくくった彼女は、くるりと体の向きを変えて、窓枠のエドワードの隣に腰掛けた。


「・・・エドワード君は私の練成陣がどこにあるか分かる?」

「少佐の練成陣?」

いきなり変わった話題にエドワードはきょとんとする。その様子が自分の問いに対する否定だとわかったは、そっと手を動かした。

「私の練成陣はね・・・ここに直接刻んであるの」

「心臓の・・・・真上・・・?」

が自らの手で触れたのは、彼女の左胸の少し下だった。彼女は黙って頷く。

「国家資格取得試験の少し前・・・18の誕生日に自分で刻んだの。私自身が、目的のための代価になるために・・・」

生命の象徴ともいえる鼓動をを刻む心臓。その場所にある練成陣が破られる時、の命もまた同じ運命をたどる事になる。それが彼女の覚悟なのだと、エドワードは言われずとも理解した。





自分が知る由も無かったの重い過去。かける言葉を見つけられないまま、少しの沈黙が続く。すると再び彼女が口を開いた。




「ところがね、この話にはまだ続きがあった」

「え・・・?」

エドワードは隣に座るを見やる。

「・・・黙っていたけど、君たちと一緒に元第五研究所に行った時に、中で父の日記を見つけたの・・・彼らが研究していたのは賢者の石だった・・・」

「!」

エドワードの金色の瞳が大きく見開かれる。

そして、は日記に書かれていた事をエドワードに全て話した。




「賢者の石を使って、少佐の体を再構築した・・・・?」

の口から次々と飛び出した、予想もしない内容の数々。

「そう・・・それによって私の体は正常な状態に戻った・・それ以上は読めなかったわ。だけど、私はあの時確信した、両親は賢者の石に関する何かを知って殺されたんだって・・・そして同時にわかった事はもう一つ、彼らが賢者の石に関わる原因を作ったのが私自身だったという事・・・」

言葉を切ってエドワードの瞳を見つめたのそれは、突き刺さるような悲しみに揺れていた。

「私が殺したようなものよ・・・」

後悔、怒り、悲しみ、そして憎しみ。複雑に入り組んだ全ての感情がその一言にこめられていた。

「・・・はっきり言って・・・・一度は、分からなくなったわ・・・記憶を戻してからの時間、私は両親の仇を撃つためだけに生きてきたから・・・」

はまた視線を落とす。

「けど、逆にその事実が私を現実に繋ぎとめた。目を反らすわけにいかないって・・・・・思った・・・」

は再び、自分の左胸に手を触れ、その部分を強く握った。

「自分への覚悟のつもりだったこの練成陣は、その時から私の罪に対する戒めの烙印に変わった・・・だから私は立ち止まれない、目的を果たす事だけが私の存在理由だから」

「っ・・・違うっ!!」

酷く自虐的に聞こえたその言葉に、思わずエドワードは声を荒げていた。

「・・・違わないよ・・・私はそのためだけに生きているの。それ以外に私の存在価値なんて・・・」

突然大声をあげて自分を見た彼に、目を丸くしながらもは困ったような笑顔で言った。

「だから違うって言ってんだろっ!!」

だが、その言葉にを睨みつけたエドワードは、横に座る彼女の両肩を、乱暴に自分の手で掴んだ。

「エドワード君・・・?」

さすがに今度は驚いたは、続けようとしていた言葉を思わず飲み込んだ。

「何でそこまで自分を虐げるんだ!!目的を果たすためだけに生きてるとか、それ以外に存在価値が無いとか、何で一人で勝手に決め付けるんだよ!?」

エドワードは大声で言いながら、の肩を強く揺すった。

「少佐の親は、少佐の事を大切に思ってたから、賢者の石を使ってまで助けたんだろ!?だったら、そうやって自分を否定しようとするなよ!!」

「エド・・・ワード・・君・・・」

「存在理由なんていくらでも見つけられる!!自分の命を物みたいに扱うんじゃねぇっ!!あんたは、ちゃんと心がある人間だろっ!?」

そこまで一気にまくし立てたエドワードは、呼吸を整えるように荒く息をつく。なんでここまで自分は激昂してしまったのだろうか。ただ、自分を追い詰め続けるようなの言葉を止めたかっただけかもしれない。

エドワードはの肩を掴んだまま、少しの間俯いていたがやがて顔を上げる。そしての頬を、幾筋もの涙が伝っている事に気付き、驚いて思わず手を離した。

「っ・・・ご・・・ごめんっ!!」

自分が泣かせてしまったのだと分かって、エドワードはあからさまにうろたえる。


「・・・・リゼンブールで・・・」

「・・・え?」

しかし、は僅かに俯いて口を開いた。

「リゼンブールで・・・エドワード君、私に見せてくれたよね・・・君の決意の証・・・それを誰かに見せる事で強くなれるって・・・」

「え・・・・あ・・・うん」

「私もね・・・強くなりたかったの・・・だから、いつか全て話そうと思ってた・・・・そして、今なら話せる気がしたのに・・・・」

顔を上げたの碧の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。月明かりを反射して耀くそれはまるで宝石のようだ。



自分に言い聞かせるように言った言葉を、真っ向から否定したエドワード。


(私はもしかして、ずっと誰かにそう言って欲しかったの?)


その言葉を聞いて、は不意にそう思った。
戒め続けるうちに、自分を見失ってしまった自分。だから、ただエドワードのように、真っ直ぐな言葉をぶつけてくれる誰かを探していたのだろうか?

「っ・・・違う・・・違う・・・違う・・・・っ!」

「少佐・・・?」

だがは首を振ってその考えを無理矢理かき消した。
それは気付いてはいけない考えだ。例えそれが自分の本心だとしても、エドワードの言葉がどれほど正しくても、認めるわけにはいかない。

認めてしまえば全てが嘘になる。

胸の練成陣に誓った決意を破る事になる。

それだけは出来ない。

「私はっ・・・」

(私にはそんな優しい言葉をかけてもらえる資格はない・・・!)

「・・・少佐・・・」

泣き止まないに、エドワードはどうしていいか分からなかった。

「ごめ・・・ん・・・大丈夫だから少しだけ待って・・・・」


は一度大きくしゃくり上げると、目元を手で覆った。

泣いてはいけない、二度と自分のために涙は流さない。

元第五研究所から戻った時そう決めたはずなのに、それでも涙は止まってくれそうにない。

(駄目ね・・・・また私は強くなれない)

とめどなく溢れ出て来る涙を止める術がなくてまた一つ小さくしゃくり上げる。

そうしては少しの間泣き続けた。








少しだけ開いたドアから聞こえてくるとエドワードの声。その影に隠れるようにして、イズミとアルフォンスが廊下に立っていた。

元は、話を終えて二階に上がってきたアルフォンスが、部屋にいない兄を探しての部屋に来た。そして、そこから聞こえた話し声に、聞いてはいけないとは思いつつも、隠れて耳を傾けてしまった。

その後、例のエドワードの怒鳴り声を聞きつけたイズミも同じようにこの部屋にやってきて、結局立ち聞きというあまり褒められた物ではない状態で二人は現在に至る。

「・・・アル」

イズミは、部屋の中の二人に聞こえない程度の小声で言うと同時にアルフォンスに目配せをした。アルフォンスはイズミの意を察して、無言で頷くと、そっとその後ろに続く。



「アル、おまえ二人の話をどこから聞いてた?」

再び一階まで戻って来た二人は、机を挟んで向かい合って座った。

「えっと・・・少佐が何で国家資格をとったかって言う話の辺りからです」

「そうか・・・」

立ち聞きしてしまった内容を躊躇いがちに告げると、イズミは小さく息をはいた。

「あの、師匠(せんせい)は知ってたんですか?」

「ん?ああ、知ってたよ。姉さんにが国家資格を取る事を反対したのは私だしね」

「そうだったんですか・・・」

アルフォンスはカタっと音を立てて、小さく鎧の頭を俯けた。


は・・・あの子は変わったね」

「え?」

唐突にぽつりと呟いたイズミの言葉に、アルフォンスは顔を上げる。

「姉さんが初めてをここに連れてきたときね、あの子の目はまるで氷みたいだったよ。感情も何もあったもんじゃない、何を言っても、何があっても、にこりともしなかった」

人間に似せて作られた精巧な人形のようなその姿を、イズミは今でも鮮明に思い出す事が出来る。感情の欠落した子供。それがの第一印象だった。

「だからね、今日あの子を見た時、驚いたよ、あんな風に・・・あんなに優しく笑えるような子じゃなかったから・・・泣く事も出来るようになったんだね」

アルフォンスは少なからずイズミの言葉に驚いた。少なくとも、今まで一緒に行動してきた中で、は常に優しげな微笑をたたえていた。むしろそれ以外の表情を見せた事のほうが僅かだ。

「それにエドもエドで変わったな」

を一括したエドワードの言葉を思い出して、イズミは机に頬杖を着いて優しげに目を細めた。例え今すぐがエドワードの言葉を受け入れられなくても、それが彼女の心を動かした事は確かだろう。

「子供だと思ってたら、いつのまにか心は随分と成長してるものなんだねぇ・・」

「兄さん、少佐に笑いかけられるといつもぼーっとなっちゃうんですよ」

本人に言うと怒るけどとアルフォンスは肩を竦めた。その様子にイズミはくっくっと喉の奥で小さく笑う。


「一丁前にまぁ・・・・、皆、大人になったもんだ」


もエドワードもアルフォンスも、イズミと血の繋がりは無い。だが、そう言った彼女の表情は、子供の成長を温かく見守る母親のそれに他ならないものだった。












「ごめんね、突然泣き出したりして」

は自分の頬に残った涙を指先でぬぐいながらエドワードに微笑みかけた。

「いや、オレの方こそごめん・・・・なんか偉そうに怒鳴っちゃって・・・」

エドワードは決まり悪そうに頬を掻く。

「ううん・・・そんな事無い・・・」





の目的は変わらない。

そのためにはエドワードの言葉を受け入れる事は出来ない。

だが、それでもこの言葉だけは伝えたかった。

いけないとは解かっていても、嬉しく思ってしまったから。



「ありがとう」



こんな私に優しい言葉をかけてくれて。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.24

こちらのサイドでは、今回で嬢の過去がほぼ明らかになりました。本編を読み進める分には、とりあえず必要かなーと思われる部分だけしか書いてないのですが、もう少ししたら、外伝という形で記憶を取り戻してから、国家資格を取るまでの話をアップする予定なので、興味のある方はそちらを読んでいただければ嬉しいです。

軍部サイドも読んでくださってる方に話題が限定されてしまうかもしれませんが、ロイとエドの嬢への接し方の違いにお気づきでしょうか?
ヒロインは自分の周りに壁を作っていますが、ロイはそれごと、ヒロインを包み込む感じで、エドは猪突猛進に壁をぶっ壊す勢いでヒロインに突っ込んでいきます(笑)
その分、嬢もこちらのサイドの方が精神的に少々強めなのですが(苦笑)そこらへんが、二つのサイドとメインのお相手の大きな違いになります。

とりあえず、エドに心境の変化が少しずつ現われたところで、次回からデビルズネスト編に突入。

修正日:2005/7/14