「ふーん、ユースウェル炭鉱でそんなことがあったんだ」

は食後の紅茶を飲みながら、エドワードの話に頷く。

「へぇー、世の中にはあくどい奴がいるもんだねぇ」

山盛りのスパゲッティを口に運びながらメイスンが言う。

「オレもムカッ腹立ったからさ、東方司令部の大佐にチクっといた」

と、ハムをかじりながらエドワード。

「馬鹿だねぇ、炭鉱の権利書をそのまま持ってりゃ老後も安泰なのに」

イズミもと同じように紅茶をすすりながら言う。

「あんまり危ない事しちゃダメだぞ、子供なんだから」

「ボクは平和に生きたいと思ってるんですけど、兄さんがねぇ・・・・・」

豪快に肉の塊を食いちぎりながらシグが言うと、アルフォンスがそれはそれは深いため息をついた。

「なんだよ、オレのせいかよ!」

「ちがうの?」

エドワードが睨みつけると、アルフォンスは自覚無いのかとでも言いたげに聞き返した。










第23話 師弟のけじめ










「しかし殺伐とした旅をしてるねぇ」

「そんなひどい出来事ばかりじゃないですよ」

メイスンの言葉にアルフォンスはひらひらと手を振った。

「ラッシュバレーで出産に立ち会ったもんな!」

エドワードは嬉しそうに言う。

師匠(せんせい)!ボク達、赤ん坊をとりあげるの手伝ったんですよ!」

「バッカおめー!手伝ったっていえるのかよ、あれで!オレ達うろたえてただけじゃん」

「あはは!”案ずるより生むが易し”ってあの事だよね」

嬉々としてそのときの様子を語る二人とは対照的に、どこか沈んだ顔をしたシグをメイスンが横目でちらりと見た。

(・・・?)

はエドワード達の話に耳を傾けながらも、その様子に気づき、僅かに首をかしげる。

「家族が協力して、母親も命をかけて、皆に祝福されて人間は生まれて来るんですね」

「そうだよ、おまえ達もそうやって生を受けた、自分の命に誇りを持ちなさい」

イズミの言葉にエドワードとアルフォンスは照れながら顔を見合わせた。

「そういえば、師匠(せんせい)のとこは子供は居ないですけど・・・」

エドワードの疑問は話の流れからして極自然なものだ。しかし、一瞬だけイズミの表情が曇ったのをは見逃さなかった。

「エドワード君!!」

と、そのとき突然大声で叫んでメイスンが立ち上がった。当然一同の視線は彼に向けられることになる。

「・・・・・・・・あー・・・ほら、あれから君たちの錬金術も進歩しただろう?」

指で宙をかきながら言うメイスンの目はどこか泳いでいるように見える。

「修行の成果を見せてくれないかなぁ」

「ああ、それならいくらでも!」

しかしその後に続いた言葉に、ぱっと目を耀かせたエドワードはそのことに気づかなかったようだ。

「リゼンブールに戻ってからも毎日研究をおこたらなかったし!」

師匠(せんせい)の言うとおり体も鍛えてますしね!ボク達かなりの大質量の練成もできるようになったんですよ!」

「そうだ!どうせなら表でドーンとやってやろうぜ!アル!」

自信満々に立ち上がった二人の弟子の姿をイズミは優しいまなざしでみつめていた。

師匠(せんせい)も早く早く!」

エドワードは早速部屋の外に向かって、椅子に座ったままのイズミ急かす。

「はいはい、今行くよ」


「イズミ・・・・・・・」

「ん?ああ、だいじょぶだいじょぶ」

エドワード達が部屋から出たあと、シグは躊躇いがちにイズミに話し掛けたが、彼女はにっこりと微笑んだ。

「そうか、生命(いのち)が生まれるのを見たんだ、いい経験をしたね、あの子達は」

(イズミさん・・・?)

はなんとなくその様子に引っ掛かりを覚えた。






庭に出た一同は、チョークで地面に練成陣を描くアルフォンスを囲んでいる。完成した練成陣に彼が手をつくと、中央にポニーの石像が練成された。

「ほー、早くて正確になったな」

「へへ」

出来上がったそれを覗き込んだイズミが褒めると、アルフォンスは照れくさそうに頭をかいた。

「次、オレ!」

エドワードは自分を指差し、すぐに両手を胸の前で合わせる。

「!!」

それを目にした瞬間イズミは驚愕して目を見開いた。

「じゃーん」

しかしそれに気づいていないエドワードが地に手をつくと、巨大な馬の石像が練成された。ただし、嘶いている様子を模したそれには牙やら翼やら、その他ごてごてとした飾りがついており、思わずアルフォンスは顔をしかめた。

「兄さんの練成はもっとこう、ディティールがだねぇ!」

「なんだよっ!オレのセンスに文句あんのか!」

そして、ディティールセンスについて論争をはじめた二人を、イズミは表情を険しくして見つめていた。


「おまえ、練成陣無しでできるの?」

「え?はい、一応・・・」

一通りの論争が終わったのを見計らって、イズミが言うとエドワードはきょとんとして答えた。その様子にイズミは口元に手をやる。そして一つの可能性にたどりついた。

「エド」

「はい?」

「おまえ、ひょっとして、あれを見たのか?」

まともにエドワードの顔色が変わった。

「!」

同時にも”あれ”という言葉にぴくりと反応を示した。

「・・・・な・・・何を・・・」

引きつった笑みを浮かべて話を反らそうとするエドワードだが、その頬を一筋の汗が伝った。

「見たんだろう?」

しかし厳しい目をしたイズミの前にその行動は無意味だった。

「・・・見ました」

エドワードは拳を握り締める。

「さすがはその年で国家資格を取る程の天才・・・・・・・って事か」

「天才なんかじゃありません。オレはあれを見たから・・・・」

「??」

二人の会話に全くついていけないアルフォンスが交互に両者を見比べた。

師匠(せんせい)は・・・・・・・・・!」


「イズミせんせー!」

ーと、エドワードが何か切り出そうとした時、3人の子供が走ってきた。

「せん・・・・・・・・・・」

子供達はまっすぐにイズミの元に駆け寄ろうとしたが、手前に佇むシグの姿に、すすすすっとその場をよけていった。

「せんせー」

そして何事も無かったかのようにイズミの服のすそを掴む様子を、その場の全員が無言で目で追っていた。

「どうせこわい顔ですよ」

「店に戻りましょう店長!」

子供達の行動に結構なショックを受けてしょぼくれるシグの背中をメイスンがぽんと叩いた。



「どうしたの?」

「ボクの汽車が壊れちゃった。直してよ!」

そう言って一人の子供が木製の汽車のおもちゃをイズミに見せる。

「おいで、家の中に道具があるから」

「えー、錬金術でさっさと直してよぉ」

「ダーメっ!」

「なんでー?」

「パパ言ってたよ、”イズミせんせいはすげー錬金術師だ”って!」

家の中に入っていくイズミの後に続いた子供達の口から次々に不満の声があがる。

「なんでも錬金術に頼らないの、自分の手で直せるものは直す!」

しかし、イズミは全く取り合わずに、工具を使って、壊れた部分の部品を取り外していく。おもちゃの故障は極単純なものであった。

「錬金術でパッとやった方が簡単じゃん!」

「ああ、うるさい。ほれ、車軸にするからそのアメの棒よこしな」

子供が加えていたアメの棒を受け取ると、適当な長さに切って車輪にはめなおす。そして修理が終わったおもちゃを手渡した。

「うえ〜かっこわる〜」

「せんせい下手ー!」

おせじにも見た目がいいとはいえない出来具合に、持ち主の子供は不満の声を漏らし、残りの二人は声を上げた笑った。

「悪うござんしたね。こんな下手っぴに直してほしく無かったら大切に扱いなさい」

「へへっ、ありがとー」

しかし、口ではそんなことを言いながらも笑顔になった子供達は、嬉しそうに外に走っていった。

「壊したらまた来るねー!」

「だから、壊すなっつの!!」

悪びれも無く言い残していく彼らをイズミは一括した。


「イズミせんせい・・・」

子供達の姿が見えなくなってしまうと、今度は庭の柵のほうから幼い少女の声がした。

「メニィ、どうしたの、あんたも何か壊したの?」

その声に気付いてそちらをむけば、メニィは小さく首を振る。

「チコが動かないの。直してよ・・・・・」

メニィの腕には一匹の猫が抱えられていた。イズミは彼女の手からチコを受け取ると、その胸に手を当てた。既に冷たくなった小さな体に、生命の鼓動は感じられない。

「・・・もう死んでる」

「こわれちゃったの?」

「ううん、ちがうよ、死んでしまったの」

胸の前で両手を組んで聞いてくるメニィに、イズミは静かに言った。

「せんせい、チコを直してよ」

「それはできないよ」

「だってイズミせんせいは、なんでも作れるんでしょ?チコだって・・・・」

「メニィ、命はものと違うし、私は神サマじゃない」

期待に満ちたメニィの目を見て、イズミは彼女の小さな手をそっと掴んでチコの胸に触れさせた。

「チコもメニィも同じ”命”」

そして今度は彼女自身の胸に触れさせる。

「チコは命が止まってしまって、もう戻らない」

「・・・・・・わかんないよ、だって・・・きのうまで・・・・・・・」

その様子を、エドワードもアルフォンスも、そしても、ただやるせない表情で見守っていた。

「チコの命は作ってあげられないけど、お墓は作ってあげられる。ね?」

とうとう泣き出してしまったメニィに、イズミは困ったように笑いながらも、優しく言った。





この日、ダブリスの街外れの丘に、小さな墓標が作られた。それが出来上がったのは太陽が傾き始めるころで、メニィは迎えに来た母親に泣きついて、やがて帰っていった。

「生きていればいつか命は尽きて、肉体は土へ還り、その上に草花を咲かせる」

丘をおりていくメニィ達に手を振りながら、イズミはそう口にした。

「魂は”想い”という糧になり、周りの人々の心に生き続ける。世のあらゆるものは流れ、循環している。人の命もまたしかり」

言葉をつむぎながら目をやれば、遥か彼方に夕日が沈んでいくところであった。

「・・・自分ではこんなにも、わかりきっているのにな。未だに子供に死を納得させるのはむずかしい」

師匠(せんせい)は命を・・・死んだ人を生き返らせたいと思ったことはありますか?」

「あるよ」

強くなってきた風に髪を遊ばせ、イズミは僅かに振り返った。

「エド、おまえは軍の狗でいて良かったと思った事はあるか?」

エドワードは俯いた。

「・・・・・・いつ、いつ人間兵器として招集されて、人の命を奪う事になるかわからなくて・・・こわいです」

「それでもその特権を利用して成し遂げたいことがあると?」

「成し遂げなければならない事があります」

エドワードが顔をあげてそう言った瞬間、イズミの強烈な蹴りが、彼の顎に命中した。

師匠(わたし)の教えを破っといて、粋がるんじゃないよ、このガキ!」

アルフォンスは地に伏したエドワードの元に駆け寄る。

「アル、その鎧の中・・・・空っぽだな。エドも機械鎧(オートメイル)だろう」

「!!」

エドワードを助け起こしたアルフォンスは驚愕してイズミを見上げた。

「どっ・・・・・」

「どうしてわかったて?さっきおまえを投げ飛ばした時!左右でちがう足音!気付かないと思ったか、私をなめるなバカ者」

イズミはため息をつきながらも鋭くエドワード達を見据える。

「何があった、全て話せ」

風がごぅっと鳴った。エドワードは少しの間苦々しく押し黙っていたが、ようやく言葉を口にした。

「何から話せばいいのか・・・・・・・」














水道から滴り落ちた水滴がはねる音が、やけに大きく部屋に響いた。

エドワードとアルフォンスが語った二人だけの秘密。そのあまりに重さに、誰も口を開くことができなかった。ある程度のことは聞いていたさえ、それは同じだった。


「・・・・三丁目の通りに・・・・・・・・」

もう一度水滴がはねる音がすると、額に手を当てながらイズミがようやく口を開いた。彼女から長いため息が漏れる。

「・・・・・カンオケ屋があるから自分のサイズに合ったのを作って来い!!」

鬼のような形相で指を鳴らすイズミに、エドワードとアルフォンスは悲鳴をあげた。


「冗談はさて置いて・・・あれほど人体練成はやるなと言ったのに、師弟そろってしょーもない・・・」

「やっぱり師匠(せんせい)も・・・」

内臓(なか)をね、あちこち持って行かれた」

イズミは自分の腹部に手を当てると顔を上げ、二人を睨みつけた。

「大馬鹿者だよ、ほんとに」

「「すいません」」

「ばかたれ!」

「すいません」

「おろか者!」

「はいっ」

「くそ弟子!」

「おっしゃる通りで」

「豆!!」

「・・・・・・・・・・・はい・・・」

「・・・・・・・・・・つらかったね」

容赦ない罵倒の最後に、イズミが言った言葉に、エドワードは目を丸くして、額をかいた。

「いや・・・自業自得ですし、つらいとかそう言う気持ちは・・・・」

「ね」

「うん」

エドワードとアルフォンスは互いに頷きあう。

「このばかたれが」

だが、その言葉の後にイズミが二人の体を抱きしめた。

「無理しなくていい」

その優しい言葉に、エドワードはゆっくり目を閉じてそっとイズミの背に手を回した。

「すいません」

「すいませ・・・・・」

鎧の体にはイズミの温もりは伝わってこないが、アルフォンスもエドワードと同じようにイズミの背に手を回した。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」




「しかし12歳で国家資格をと取ってしまうとわね。天才ってやつかねぇ」

窓際に佇んだイズミを、最後の陽光が照らし出す。

「そんな!天才なんかじゃありません、オレはあれを見たから・・・・」

「いやあれを見て生きて帰って来れただけでも、十分に天才とよべるだろう。わが弟子ながら、たいしたものだね」

決して謙遜ではなくそう言ったエドワードだが、イズミは偽り無く心底感心していた。

「でもケジメはつけなきゃならないんだよ」

しかし次に振り向いたイズミの口から発せられたのは、とても重い一言だった。

「破門だ」

どんな罵倒よりもきついその言葉に、エドワード達が一気に落胆したのが分かる。

「私はね、おまえ達をそんな体にするために錬金術を教えたんじゃないんだよ、もう弟子とは思わない」

(せん)・・・・・・・」

「アル」

慌てて何かを言おうとするアルフォンスをエドワードは左手で引きとめた。

「まだ、汽車は出てる。帰りなさい」

イズミは振り返ることなくそれだけ言うと、ドアをあける。

「お世話になりました!」

その後姿に募る思いは多々あったが、それら全てを飲み込んで、エドワードはただ一度、頭を下げた。






「あいつ一人目の子供を身篭った時に病気をしてな」

エドワード達とを駅に送り届ける道すがら、シグはそう話を切り出した。

「頑張ったんだけど産んであげられなくて、その時二度と子供ができない体になって・・・一晩中謝られたよ、あいつは何も悪くないのにな」

3人はシグの後を歩きながら、黙ってその話を聞いていた。

「その時から人体練成を考えてたんだろうなぁ、結果あのザマだ。気付いてやれなかった俺もバカだけどよ」





「また近くに来たら寄れよ」

「え・・・でも・・・」

ダブリスの駅の前でシグが言うと、エドワードとアルフォンスは顔を見合わせた。

「オレ達破門されちゃったし・・・・・・」

「ねぇ」

「ばっかやろう!」

当然もう一度イズミに会いに行くことなど出来ないと頷きあう二人を、シグが怒鳴りつけた。

「いいか?師匠でも弟子でもなくなったって事はだな、これからは一人の人間として対等に接するって事だ」

二人はその言葉に目を丸くした。

「何を遠慮する事がある?ん?」

諭すように言うシグに、二人は再び顔を見合わせる。

「エドワード君、アルフォンス君」

きょとんとしている二人の様子にクスクスと笑いながらは二人の背に触れる。

「少佐・・・」

エドワードがを振り返ると、彼女はただ笑顔で頷いて見せた。


「あ〜〜〜〜〜〜〜、くそ!!」

エドワードは突然がしがしと頭を掻いた。

「アル!オレ達何しにダブリス(ここ)まで来たんだ!?」

「・・・・・・・あ!!」

本来の目的を思い出した二人は同時に走り出す。

「シグさん、ボクたち先に戻ります!」

「ん」

シグが一言だけ返事を返すのを確認して、も彼に笑顔で頭を下げるとそのまま二人の後を追う。

「殺されんなよ!」

「努力しまーす!」

イズミの場合冗談ではすまなさそうなシグの言葉にそれだけ返した3人は、あっという間にその視界から見えなくなった。











シャッシャッとという音が、広い厨房に響き渡る。イズミがどこか物思いに沈んだような表情で、包丁を研いでいると、聞き覚えのある足音がだんだん近づいてきた。それに気付いて目をやれば、突然ドアが開かれエドワードが飛び込んできた。

師匠(せんせい)!!」

「どの面下げて戻って来た!!」

エドワードが言葉を発した直後、その真上の壁に、たった今研ぎ終わったばかりの切れ味抜群な包丁が突き刺さった。

「な〜にが”師匠(せんせい)”だ!貴様らなんぞ弟子とは思わん!とっとと帰れ!!」

「お・・・おち・・・おちつ・・・・」

包丁を投げつけた張本人のイズミに、エドワードは震えながら静止をかけた。

師匠(せんせい)!!」

そして気を取り直して、エドワードとアルフォンスはその場に正座をして座り込んだ。

「ボク達、元の体に戻る手がかりを得にここに来たんです!」

「手ブラでは帰れません!!」

「帰れ!」

「帰りません!」

「刻むぞ!!」

「刻まれても帰りません!!」

「帰れったら帰れ!!」

「イヤです!!」

大音量の言い合いの後、三者は一度睨みあった。しかし、自分を見上げるエドワードの瞳に、自分に弟子入りをせがんだ時の面影を見たイズミはとうとう折れた。

「・・・・・・ばかたれが」

イズミは小さくため息をついてアルフォンスに目をやる。

「アルは真理を見なかったんだね?」

「あ・・・えーと、”真理”ってなんの事かさっぱり・・・・」

「ふぅん・・・・ショックで記憶が飛んでるのかね・・・・?」

「・・ショックで記憶が・・・・飛ぶ・・・?」

ドアのところでずっと3人の様子を見守っていたは、思わず元第五研究所でのラストとの会話を思い出してそう口走った。

「どうした、何か心当たりでもあるのか?」

「え・・・あ、いえ」

イズミに視線を向けられて、はっとして首を振った。

「?・・・まあいい。アルの記憶を戻してみよう。なんせ全身を持って行かれてるから」

「そうか!あいつの言ってた”通行料”の量で言うなら、アルは一番真理に近い所にいる!」

「じゃあ、その時の記憶が戻れば!!」

「しかし、あれの記憶かぁ・・・・」

「あれねぇ・・・」

希望に満ち溢れたアフォンスの声とは対照的に、イズミとエドワードはなんとも言えない表情でアルフォンスを見た。

「え・・・何かやばい?」

二人の様子に思わず不安になったアルフォンス。

「やばいって言うか・・・スゴイ?」

「うん、なんかスゴイ」

「抽象的すぎて、わかんないヨ」

見た本人にしか分からないようなそれを何とか伝えようと、二人は互いにうでをくねくねとさせて表現したが、どうやら無駄に終わったようだ。

「精神がイカれるかも・・・」

「下手すりゃ廃人?」

「う・・・」

自分達が見たものを思い出して言う二人に、アルフォンスは僅かに息を詰まらせた。

「・・・・・・・それでも」

しかし、アルフォンスは両の拳を強く握って顔を上げた。

「可能性があるならそれにすがりたい!」

アルフォンスの決意を秘めたその言葉に、イズミは顎に手を当てしばし押し黙った。

「よし、記憶を戻す方法をさがそう、私は知人に当たってみる・・・・と、その前に」

そして、どこかに歩き出そうとして彼女は足をとめ、振り返った。

「おなかすいてるでしょ。ご飯にしよう、手伝いな。方法が見つかるまで帰る気はないんでしょ?」

いつになく優しいイズミの様子にエドワードはぽかんと口を開けた。

「ほらっ、いつまで座ってんの!も、ずっとドアのところに突っ立ってないで」

「「「はっ、はい!!ありがとうございます!!」」」

三人の声が重なった。












夕食も終わり、ひとまずアルフォンスの記憶を戻す方法をさがすのは明日からということになり、はあてがわれた二階の一室にいた。

「真理・・・・か・・・」

窓際の椅子に座っては静かに呟いた。エドワードとイズミはあれをそう表現していた。

(確かにそう言うのが正しいのかもしれないわね・・・)

膨大な情報、膨大な知識。他に表現の仕方があるかと聞かれれば、確かにそう表現するのが一番妥当だろう。

(やっぱり二人とも真理を見ていた)

練成陣無しで練成できる人間はの知っている限りこの二人しかいなかった。初めて目にしたのは修行時代、師匠であるシズキに連れられてダブリスに訪れた時だった。
手を合わせただけで練成をしたイズミにどうやったら出来るのかと聞いたら、”真理にたどり着けばできるようになる”と言われた。

そして二度目に見たのはエドワードに出会ってから。彼もまた練成陣無しの練成をして見せた。初めて見た時よりは驚かなかったが、それでもは彼に聞いた事があった。

どうしたらそんな事ができるの、と。

それは単なる好奇心からだったが。そしてイズミと同じ答えが返ってきた。”真理にたどり着いたから”だと。

その時は特に何も思わなかった。だが、元第五研究所で、あれを見た時、自分でもよくわからないまま、ただ漠然と練成陣無しでの練成を試みた。そしてそれは実際に出来てしまった。

だから、ここまで来るまでの間、もしかしたら二人共、真理(これ)を見たのではないかと思っていた。そしてそれは予想通りだったが、分かったことはもう一つ。

(・・・二人とも人体練成をしていた・・・)

それが二人が真理を見た理由だった。そして二人はその代償にリバウンドを起こしている。

(でも・・・だとしたら何故・・・)

は自分の両手に目を落とした。

(なぜ・・・私は真理を見ることが出来たの・・・?)

父、バーナードの日記には、賢者の石を使って、娘である自分の体を再構築したと書いてあった。だが、それは死んだ人間を一から造る人体練成とは違うはずだ。

(一体どう言うこと・・・?)

人体練成をした二人が真理を見た。しかし、それをしていない自分も何の代償も負わずに、真理を見ている。そして、自分の体の再構築時に賢者の石が使われていた。


「・・・・・まいったわね・・・」

はそこまで考えてため息をついた。まるで堂々巡りだ。考えれば考えるほど思考は混乱していく。

(イズミさんとエドワード君が見たものが同じだと分かれば、少しは進展するとかと思ってたけど・・・余計にわからなくなったわ・・・)

は悩みすぎて頭痛のする額を軽く押さえた。

(・・お父さんと、お母さんだったら、分かったかしら・・・?)

国家資格こそ取らなかったが、間違いなくそれに匹敵するほどの錬金術師だった両親。

(・・・そんなこと考えても仕方ないけど・・・)

自嘲気味に笑っては窓の外に目をやった。何時の間にか雲の晴れた夜空から上弦の月が覗いている。柔らかな月光が、さーっと、のいる部屋に差し込んだ。電気をつけていない部屋の中でそれはいっそう際立って明るく感じる。

「・・・・・・・」

はなんとはなしに椅子から立ち上がって、窓を遮るカーテンを引いた。その代わりのように、淡い月光のベールが柔らかく彼女を包み込む。

「・・・綺麗・・」

満月ではないはずなのに、何故か今日はやけに月が明るい。はしばしの間それを眺めていた。
そうするうちに、幼いころ、イダヴェルの村で過ごした日々が脳裏に浮かんだ。そして、こんな月夜に、大好きだったあの人がいつも優しく歌ってくれたメロディが聞こえてくる気がした。

は無意識のうちにその旋律を桜色の唇にのせていた。











「あー・・・やっと終わった・・・」

エドワードは二階へと続く階段の最後の一段を昇りきって、ぐったりとしたように廊下の壁に手をついた。アルフォンスと共に夕食後の片付けを手伝っていたのだが、何せ食器の量が量だ。慣れない台所仕事に、手間取って、結構な労力を使ってしまった。

(ダメだ・・・今日はとっとと寝よう・・・)

何かイズミと話していたアルフォンスも、じきにあがってくるだろう。彼には悪いが、先に寝てしまおうと、エドワードは部屋に向かうべく廊下を歩き始めた。しかし、途中で何か聞こえた気がして、ふと足をとめる。



Who can tell me if we have heaven,


Who can say the way it should be.




それは歌声だった。かすかに聞こえてくるそれは、心地良い響きをエドワードの耳に刻む。

(この声・・・・少佐が歌ってんのか?)


澄んだ透明感のあるその声に聞き覚えがあった。よく見れば視界の先、廊下の突き当たりのの部屋のドアが少しだけ開いている。エドワードは、まるで吸い寄せられるように、静かにそこへ向かって歩き出した。



Moonlight holly, Sappho Comet,


Angel's tears below tree.




部屋に近づくにつれ、歌声ははっきりと聞こえてきた。決して大きな声ではないはずなのに、不思議と鮮明な旋律が流れてくる。エドワードはに気付かれぬよう、そっとドアに手をかけると部屋の中を覗き込む。そして、その光景に思わず息を呑んだ。

薄暗い部屋の中、窓際にの姿があった。
窓から差し込んだ柔らかな月光が、彼女の色素の薄い髪を照らし出し、淡く輝いている。
窓の外を向けられたの表情は分からないが、静かに歌を紡ぐその姿はどこか現実離れして神秘的だった。



You talk of break of morning as you view the new aurora,


Could in crimson, the key of heaven, one love carved in acajou.




エドワードはまるで魅入れらたかのように、その幻想的な光景を見つめていたが、ふいに、このままがどこかに消えてしまいそうな気がした。そんなわけがあるはずもないと分かっているが、漠然とした不安が募る。そしてついに耐え切れなくなった彼は、まるで聖域のようなその部屋の中に足を踏み入れた。


「One told me of・・・・・」

歌い続けていたは、そこで人の気配に気付いて振り返る。

「エドワード君・・・?」

「あ・・・」

そして二人の目が合った瞬間、聖域はただの部屋へと戻った。まるで魔法が解けたかのように。

「どうしたの?」

は不思議そうな顔をしたが、すぐにいつものように柔らかく微笑んだ。

「あ・・・えっとその・・・・」

エドワードはようやくそこで我に帰った。

(バカ・・・そうだよ・・・少佐が消えるわけないじゃん・・・)

何を考えていたんだと自分の額に手をやった。

「?」

「ああ、いや!!階段昇ってきたらこの部屋から歌が聞こえたから!!」

が首を傾げたのに気付いて慌ててエドワードは両手を振った。

「ああ、ごめん・・・うるさかったかな」

そんなに大声で歌っていたのだろうかと、は口元を押さえる。

「いや全然そんなことないよ!!・・・・ってか、少佐、歌上手いんだな・・・」

「そう?」

「うん、すごく・・・綺麗な声だった」

は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻る。

「ありがとう、エドワード君にそう言ってもらえて嬉しいわ」

月明かりに照らされて、いつも以上に綺麗なその微笑にエドワードは見惚れて顔を赤らめた。

「・・・えっと・・・」

それを隠すかのように一度俯いてからのほうに歩み寄る。

「なんていうか・・・いい歌だな」

エドワードはの佇む横で窓枠に腰をかける。

「うん・・・私の母が大好きだった歌なの」

「・・・亡くなったっていう?」

躊躇いがちに聞いてきたエドワードに、は弱く笑んで頷いた。

「こんな月の綺麗な夜はよく寝る前に歌ってくれたわ・・・」

はまた窓の外の月を見上げた。エドワードは窓枠に座ったままその横顔を見つめる。愁いを帯びているようにも見えるそのその表情は、悲しい記憶を思い出しているからだろうか。

「そっか・・・」

エドワードは小さくそう頷いた。

は窓の外を、エドワードは窓に背を向けて、二人の間に僅かな時間が流れた。

「・・・ねぇ、エドワード君」

そしてふいにがエドワードを見下ろした。

「ん?」

立ったままの彼女と話すには当然見上げることになる。視線を上げれば、の碧の瞳が目に入った。

「以前、私が何故国家資格を取って軍に入ったかって聞いたことがあったわね・・・?」

「え?・・・ああ」

そういえば、そんなこともあった。あれは確か、エドワードが彼女に会ったばかりの頃だったか。

「・・・あの時ははぐらかしちゃったけど・・・」

は少し苦笑して言った。

「聞いてくれるかな?本当のこと全部」

その言葉はエドワードにとっても、そして言い出した自身にとっても唐突なものだった。

この話をするのが、なぜ今なのか、そしてなぜ彼になのか。それはにも分からない。

もしかしたら、この月の魔力のせいかもしれない。それともただの気まぐれなのだろうか。



ただ、今なら全てを話せる気がした。





to be continued





back   next





あとがきという名の言い訳 vol.23

またもヒロイン出番少な(汗)すいません、次回からはちゃんとまた主役です;
しかし、今回かいてて思ったんですが、二次創作って便利ですね。単行本一冊分のエルリック兄弟の過去話が僅か数行で片付いちゃうんですから(苦笑)一気に6巻突入です。

後半のエピソードですが、このくだりだけがなぜか結構前から出来上がっていました。
ヒロインが歌っていて、そこにエドワードが入ってくる〜というお約束にも程がある展開ですが、そこはおいといて(苦笑)割と次回は重要な回になります。ようやくこっちのサイドでも夢らしい展開になっていくと思います。

あ、嬢が本編中に歌っていた曲ですが、一応実在する曲です。むしろ私が大好きな曲なんですが、イメージ的にも嬢らしいなーと思って、歌わせるなら絶対これ!と決めておりました(笑)
分かった人・・・いますかね・・・?もしいらっしゃったらこっそり教えていただけたりしたら嬉しいです。ついでに言うなら後半部分のBGMとして読んでいただければさらに◎。