『ダブリスー、ダブリスー』
ホームに車掌の声が響き渡る。停車した汽車から一歩外に踏み出した瞬間、強烈な日光が容赦なく降り注いだ。
「あつっ・・・・」
は日差しを防ぐように頭上に手をかざした。北部生まれの自分としては、何度訪れても南部のこの暑さは耐えがたいものがある。
(さてと・・・まずはエドワード君たちに追いつかないとね)
第22話 師匠の恐怖
”MEAT”と書かれた肉屋の看板の下、エドワードとアルフォンスは佇んでいた。
「とうとう、来ちまったなぁ・・・・」
「うん・・・」
まるで何十年も旅してやっとこの場にたどり着いたかのごとく、エドワードが店の入り口を険しい目つきで見つめてそう言うと、アルフォンスは静かに頷いた。一年中常夏気候の南部の街ダブリスだが、何故だかこの二人の背後に吹く風だけが、極寒の地のもののように冷たい。
「・・・・・師匠・・・・・・留守だといいなぁ!!」
「うん!!」
何のためにここまで来たんだと突っ込まれそうな会話だが、今の二人にそこまで考えるだけの余裕は無い。ありえないはずの北風に二人が凍えていると、突然背後から声がかかった。
「へいらっしゃい!!」
商売人の鏡のような威勢のいいその声に、とてつもなく驚いた二人は思わずしりもちを着いて声の持ち主を見上げた。
「どうぞ中に入って・・・・・」
声をかけたガタイのいい男は、何か重そうな袋を肩に担いで、エドワードとアルフォンスを見下ろした。
「あれー?エドワード君?ひっさしぶりぃ!」
しかし、相手が馴染みのある人物であることに気づいて笑顔になった。
「メイスンさんだっけ?こんにちは・・・」
その様子にエドワードはようやく落ち着きを取り戻して立ち上がる。
「あっはっはー!すっかり大きくなって!」
(これはこれでムカつく・・・・・・・・)
豪快に笑いながら、自分の頭をばすんばすんと叩くメイスンに、エドワードは口には出さずそう思った。
「こっちの鎧の人は?」
「弟のアルフォンスです」
メイスンが視線を移すと、アルフォンスはお久しぶりですと軽く頭を下げた。
「・・・・・・・・・すっかり大きくなって・・・」
意味ありげな沈黙の後、何故か棒読み口調のメイスンに、エドワードは脂汗をだらだら流していた。
「イズミさんに会いに来たんだろ?待ってな、今呼んで来てやっから」
しかし、細かいことは気にしない性格なのか、メイスンは笑いながら店の裏口のほうへ歩いていく。
「ちょうどよかったね!イズミさんね、つい先日旅行から帰ってきたばっかりなんだよ」
((まだ旅行に行っててくれれば、よかったのに・・・!!))
裏口のドアをあけながら言うメイスンに、隅っこのほうでカタカタ震えながら二人は思った。
「あっ、店長!裏にめずらしいお客さんが来てますよ」
「客だぁ?」
店の中に入っていったメイスンは、ちょうど奥から出てきた男に言った。男は太い声でそう返すと、すぐさま裏口のドアのほうへ歩いていく。
外で待っているエドワード達のところへ、なにやらドスドスという足音がだんだん近づいてくる。ほどなくして薄暗い店の中からまず一番最初に出てきたのは鈍く光る血まみれの包丁。次に一歩踏み出してきた足が地に付いた瞬間、その場に小さく亀裂が入った。
「あ?」
そして巨体をかがめるようにして姿を現したのは、シグ・カーティスである。
「ど・・・・・どうも、お久しぶり・・・・・・・・・・・・・・です」
相手を殺せそうな鋭い眼光に見下ろされて、エドワードとアルフォンスは蚊のなくような声で挨拶した。
「・・・・・・・・・・・・エド・・・・・・か?」
エドワードは引きつった笑みを浮かべることで、なんとかシグの言葉に肯定の意を表した。その瞬間、シグはカっと目を開き、がっしとエドワードの頭を掴む。
「よく来た。大きくなったな」
そしてわしわしとその頭を撫でたのだが、あまりの力強さにエドワードはちぢむのではないかと思った。
「こっちは?」
「アルフォンスです、ごぶさたしてます」
話を振られたアルフォンスはシグもまた、メイスンと同じ反応をするのではないかと恐る恐る言った。
「そうか、すごく大きくなったな」
しかし、アルフォンスの心配をよそに、シグは自分と同じくらいの身長の彼の頭を極自然に撫でた。これにはエドワードも唖然としてその様子を見ている。
「急にどうした?」
「師匠に教えてもらいたい事があって・・・」
シグか聞くと、エドワードは頭の後ろを掻きながらそう言う。その後ろでは鎧の体になってからはじめて頭を撫でられた事に感動しているアルフォンス。
「ああ、こっち来な。メイスンしばらく店たのむ」
「へーい」
シグは言いながらエプロンをはずすと、裏口から顔を出したメイスンに包丁を手渡した。
「師匠(の体の具合は?」
「そこそこ元気だが、まぁ病弱にはかわり無いな」
店と繋がっている家の方に案内されながらエドワードが聞くと、シグはそう答え、一つの窓を覗き込んだ。
「おいイズミ、エルリックのチビ共が来たぞ」
「エドとアルが?」
すると、イズミと呼ばれた女性の声が返ってくる。
「起きれるか?」
「大丈夫、今日は少し体調がいいから」
「師匠(具合悪くて寝てたんだ」
「また体悪くなったんじゃねー?」
アルフォンストエドワードが小声でひそひそ言っていると、ぱたぱたという音が聞こえてきた。そして、ドアが開いた瞬間、真っ先に飛び出したイズミの足が、目の前に立っていたエドワードの体を思い切り蹴り飛ばした。
「もぎゃああああああああああっ!!!」
断末魔の悲鳴をあげて積んであった石のブロックに突っ込んでいくエドワード。自分の横を通り過ぎていった兄の姿を目にしたアルフォンスはただ、がたがたと震えながら、ドアの横の壁にへばりついていた。
「おまえの噂はダブリス(までよ〜〜〜〜〜〜〜〜く、届いてるぞこの馬鹿弟子が!軍の狗に成り下がったって?ああ?」
ドスの利いた声音で、ドレッドの黒髪も特徴的なイズミは部屋から姿をあらわした。
「なんとか言え!!」
「無理だよイズミ」
目くじらを立てて怒鳴るイズミに、シグはひょいと掴み上げたすでに原形を留めていないエドワードを見せた。
「ん?この鎧はどちら様?」
イズミは今初めて気づいたかのように、横に佇むアルフォンスに目をやる。
「あっ・・・おっ・・・弟のアルフォンスです。師匠(っっ、ああああのっ」
「アル!ずいぶん大きくなって!」
ぎくっとしたアルフォンスに、イズミは笑顔で手を差し出した。
「いやぁ、師匠(も変わりないよう・・・・で?」
その予想外の反応に安堵したアルフォンスだが、イズミの手を握った瞬間に自分の天地がぐりんと反転したのに気づいた。そして問答無用で地面に叩きつけられる。
「鍛え方が足りん!」
アルフォンスの巨大な鎧を片腕で投げ飛ばしたイズミはそうはき捨てた。
「師匠(具合悪いんじゃなかったんですか〜〜〜〜〜〜」
アルフォンスは体を起こしながら涙目で言う。
「何を言う!おまえ達が遠路はるばる来たというから、こうして・・・・・・」
ビシリと指を突き出して話し出したイズミだが、そこで突然吐血した。
「無理しちゃダメだろ、ほら薬」
ハンカチで口元をぬぐうイズミに、シグは素早く薬の入った小瓶を差し出した。
「いつもすまないねぇ」
「おまえ、それは言わない約束だろう」
「あんた・・・!!」
弟子の前だろうとお構い無しに抱き合う夫婦に、エドワードとアルフォンスはしばしの間明後日の方向を向いて現実逃避した。
「え〜と・・・・・・・あらためて」
「お久しぶりです」
アルフォンスが仕切りなおすとエドワードがそう続ける。
「うん、よく来た!」
そしてその頭を思い切りイズミがはたいたのだった。
「賢者の石?」
再開のやり取りを一通り終えて、家の中に入った4人はテーブルを囲んで話し出した。そして、エドワードの口から出た言葉に、イズミは眉を寄せる。
「師匠(なら何か知ってるかなーと・・・・」
「私は石には興味が無いからなぁ。そんな伝説でしか存在しないようなモン研究してどーすんの?」
「いやっ・・・ほら知的好奇心といいましょうか!」
逆にイズミに聞き返されて、エドワードは慌てて取り繕う。
「・・・・・・・賢者の石ねぇ・・・」
「そういえば、この前の旅行でセントラルに寄った時、石にやたらと詳しい錬金術師に会ったよな」
「ああ、あの男!えーとたしか・・・」
シグに言われて、イズミは自分の記憶の糸をたどる。
「”ホーエンハイム”って名乗ってたっけ」
「!」
その言葉にエドワードとアルフォンスは同時に顔を上げた。
「どんな人でした!?」
アルフォンスは机から乗り出さんばかりの勢いで聞いた。
「割と背が高くて・・・・金髪メガネに、あごヒゲだったかな」
イズミは言いながら机に頬杖を着いた。
「年はよくわからなかったけど・・・・・けっこう男前だったよ」
イズミがそう言った瞬間隣に座っていたシグからむっと嫉妬のオーラが滲み出る。
「やっだぁ!あんたの方がいい男よぉ!!」
それに気づいたイズミがシグの背中をバシッと叩く。再び惚気モードに入った二人に、エドワードとアルフォンスはまたも現実逃避する羽目になる。
「生きてたんだ・・・・・・」
「知り合いか?」
「・・・・・父親です、ボク達の・・・・・」
アルフォンスは俯きがちにそう言った。
「あの昔出てったていうおまえ達の父親?丁度いいじゃないか、まだセントラルにいるかも・・・・」
「あんな奴!!」
イズミの話の途中で、ホーヘンハイムの名が出てから押し黙っていたエドワードが突然大声を出した。
「あんな奴に頼るのだけは、ごめんだ・・・・・・!!」
エドワードは膝の上で硬くこぶしを握って、歯を食い縛っていた。その様子に思わずイズミもシグも目を見開く。
「あ・・・あの、父さん石について何か言ってました?
「ん〜〜〜〜〜・・・」
気まずくなりかけた場の雰囲気を変えようとアルフォンスが言うと、イズミは顎に手を当てて上向いた。
「長年の望みがもうすぐどうとか・・・・うれしそうに語ってたっけ」
「イズミさーん!」
と、そこで部屋のドアが開かれメイスンが顔を出す。
「メイスン?どうした?」
イズミはドアのほうを向く。
「またお客さんですよ・・・さ、君こっち。入って入って」
メイスンがドアの外に向かって手招きする。
「あ、すみません」
「あれ・・・この声・・?」
聞き覚えのある柔らかい声音にエドワードとアルフォンスは思わず顔を見合わせた。
「あ、やっぱり、ここだったわね。エドワード君、アルフォンス君」
そして部屋の中に一歩踏み入れたの姿に思わず立ち上がった二人が、彼女の名を呼ぼうと
「少・・っ」
「!?」
した瞬間、何故か先にイズミがその名を叫んで立ち上がった。
「「へ?」」
その展開にエドワードとアルフォンスはぽかんと口をあける。
「どうも、お久しぶりです。イズミさん」
しかし、はイズミに向かってにっこりと微笑んだのだった。
「は私の姉、シズキ・ハーネットの弟子でね、修行中に何度かここに来たことがあるんだよ」
新たにを加えて五人が囲むことになった机で、イズミはそう言った。
「あー・・・なるほど。どうりで・・・」
エドワードはポンと手を叩いた。以前リゼンブールでと組み手をした時に感じた違和感の理由がやっと分かった。
「駅で二人の事を聞いたら、こっちの方に来るのを見たって言う人がいてね、錬金術の師匠のところに行くって言ってたから、まさかと思ったんだけど、やっぱりイズミさんが君たちの師匠だったのね」
出された紅茶を一口飲みながらは笑った。
「でも少佐、どうしてここに?」
アルフォンスの疑問も当然だ。セントラルで数日前に別れたばかりのが、今こうして私服姿でこの場にいるのだから。
「ああうん、そのことね。実は今一時、離軍中なの」
「離軍?」
「うん、簡単に言えば長期休職みたいなものかな。だから君達を追っかけてきたんだけど」
「オレ達を?」
エドワードは目を丸くして自分を指さした。
「そう、君たちと目的が近いところにあるって分かったから、どうせなら一緒に旅したいなって思って・・・」
は少し心が痛む気がした。今言ったことはここに来るまでの間に考えた、ごく自然に聞こえるような理由だが、いくら任務でもできればこの二人に嘘をつくようなことはしたくない。
(もっとも・・命令とはいえ一緒に行動できるのは願っても無いことなんだけどね・・)
そうも思ったが、もちろん口には出さない。
「え、本当ですか?兄さん!」
アルフォンスは嬉々としてエドワードの方を向く。
「ああ!じゃあ、またしばらく一緒にいられるんだな!」
「うん」
嬉しそうに笑う二人と対称的に、の心境は複雑だった。
「そうか、も国家資格をとって軍にはいったんだったね」
「あ・・・はい」
三人の会話を黙って聞いていたイズミに、は遠慮がちに頷いた。修行中にここに来たとき、その目的が国家資格をとるためであると聞いて、イズミがの師匠であるシズキにずっと反対していたのは知っている。
「別に、そのことを咎めるつもりは無いよ。姉さんと私の考え方は違うからね」
イズミは立ち上がるとぽんぽんとの頭を叩いて、笑った。
「さ、せっかくも来た事だし、お昼にしようか」
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.22
第三部突入したのはいいですが、初っ端からヒロイン出番少なっ(汗)
というわけで嬢の師匠はイズミの姉でした(笑)当初は、イズミと同じ師匠の下で学んだ親友という設定だったんですが、タイミングよくパーフェクトブック2でイズミの旧姓がわかったのでこの設定になりました。
・・・オリジナルキャラですが、実際に姉妹とかいたら、ある意味恐ろしいものがあると思うのは、私だけでしょうか・・・・
あ、今回から文章の一部にルビを入れてみました。一応非対応ブラウザでも()で出るようになってると思うんですが・・・どうでしょうか(汗)今までにアップした文章もぼちぼちそこら辺の修正をしていきたいと思います。