怖い夢を見た夜は


必ずあなたが傍にいてくれた


刹那の幻に怯える幼い心


行かないで、一人にしないで



泣きじゃくる私に


大丈夫、ここにいると


何度も何度も優しく言い聞かせた


そして安心した私はまた、深い眠りの淵へと戻る


大好きだったあたたかなその温もりは


紅蓮の焔が爆ぜる夜に


永遠の彼方に消えていった










第22話 焔の記憶










少佐!!」

ロイが臨時司令部に戻ってくると、ホークアイは真っ先に声を上げて、彼の元に駆け寄った。冷静沈着の彼女が、常に無いほど動揺している原因は、ロイが腕に抱きかかえているの姿だった。

「一体どうされたんですか?」

無線機の片付けをしていたフュリーも、それに気づいて駆け寄ってくる。

「私にもわからない。屋上でゼクスが人質に向けて発砲したんだが、それを見た直後に突然倒れた」

ロイは腕の中のに目をやる。気を失った彼女を屋上から抱き上げて戻ってくる間に、ロイはその様子が尋常でないことに気づいた。意識が無くなってからも彼女は涙を流し続け、時折、うめくように小さく何かを呟くのだ。

「・・・うなされてるみたいですね」

「ああ、さっきからずっとこんな様子だ」

はまるで悪夢にうなされているかのようだ。フュリーの言葉にロイもうなずく。


「・・・大佐、ゼクスが人質を撃った時の状況はどんなでしたか?」

ファルマンが顎に手を添えて聞いて来る。

「ああ、狙いはてきとうだったようだが、弾は人質の男の額に命中。さっき救護班に運ばれていったが・・・おそらく即死だろうな」

「他には何か変わったことはありませんでしたか?」

「そうだな・・・」

撃たれた男が倒れた後、男の娘が近寄って行ったのを見ている。

「男の娘が”お父さん”と叫んだあたりからだな・・・少佐の様子がおかしくなったのは」

「それですね・・・おそらく原因は」

ファルマンは少し眉を寄せて言った。

「・・・フラッシュバック現象かもしれません」

「彼女が倒れた原因がか?」

「”フラッシュバック現象”過去の記憶や情景がはっきりと思い出されること」

ロイが同じく険しく眉を寄せて言うと、ファルマンは頷くかわりに常から人間辞書と評される程の詳しい説明をはじめた。

「この現象は、何か引き金になる出来事があると言われています。それによって引き出される過去の記憶は人によって様々ですが、大抵の場合、恐怖やショック、異常経験などによる精神の傷・・・俗に言われる精神的外傷(トラウマ)に属するものと・・」

「では少佐は過去に同じような経験をしているという事?」

ファルマンの話からすれば当然結論はそうなる。ホークアイはやるせないような表情でを見つめた。

「断定はできませんが、引き金になったのが一連の出来事であるとすれば、恐らく・・・」

ロイは再び腕の中のに目を落とした。自身の不在時に起きた事件を完璧なまでの解決に導き、最後までゼクスの説得に臨んだ彼女。いつもながら、この若い副官に驚かされるばかりだが、そんなが錯乱して倒れるほど過去に一体どんな出来事があったというのだろう。

否、全く事情を知らない自分とて、それがいかに残酷なものであるかぐらいは想像できる。ロイは無意識にの体を強く抱きしめた。


「と・・・とにかく、司令部に連絡して医務室の方手配してもらってきます!」

「いえ、フュリー曹長、それはやめておいたほうがいいです」

フュリーが慌てて電話をしようとするのをファルマンが引き止めた。

「え?」

少佐は強い精神的ストレス状態にあります。悪化させる要因のある軍の施設は好ましくありませんよ」

はゼクスの発砲によってフラッシュバック現象を起こした可能性が高い。そう考えると、銃器を扱っている軍事施設では悪影響を与えかねないのだ。

「・・・となると、病院もダメじゃないですか」

フュリーは困ったように言う。軍の医務室が駄目なら当然病院に運ぶことになるが、が倒れたその場所こそが病院なのだ。ファルマンの言葉からすれば、それこそ悪化させかねない。しかし、病院も医務室も駄目ならどこにを運ぶというのか。

「そうなりますね。身体的外傷を受けたわけではないので、医療設備よりも、この場合静かに静養できる環境で、精神的な症状を和らげられればいいのですが・・・」

「静かに静養できる環境ですか・・・」

フュリーとファルマンはうーんと額に手を当てて唸った。


「ならば私の家に連れて行く」

「「は!?」」

思いもよらぬロイの発言に二人の声がハモった。

「あそこなら、それなりに軍部からも離れているし、うってつけだろう」

「ええと大佐・・・お言葉ですが・・・」

「何だ?」

「いえ、あの・・・」

何か問題があるのか、とでもいいたげなロイに、思わずファルマンは言葉を飲み込んだ。

ロイの自宅というのは、イーストシティの中心部から少し離れたいわゆる高級住宅街にある。国軍大佐ともなれば当然ともいえるその場所は、確かに都会の喧騒からも離れ、静養するにはもってこいの環境だ。だがしかし。

((それはさすがにまずいのではないかと思うんですが・・・))

フュリーとファルマンは同じ事を思った。環境云々ではない、この場合それ以前の問題だ。

「そうですね、そうしていただきましょう」

「中尉!?」

しかし、当然速攻で却下するとばかり思っていたホークアイまでもがさらりと賛成したことにファルマンは驚愕した。

「大佐は明日の午前中は非番ですし、幸いなことに事件もあらかた片付いています。後の事後処理は私達だけで十分まかり通るでしょう」

ホークアイはファルマンを片手で制しながらロイに言う。

「すまないな」

「いえ、ですが大佐」

「何だね?」

ホークアイはきっと睨むようにロイを見上げた。

「くれぐれも本来の目的をお忘れになられぬよう」

「・・・肝に銘じるよ」

今の間は何なんだとホークアイは僅かに眉を動かす。

「そうですか、では少佐をお願いします」

「ああ」

ロイは苦笑を返して、覆いの外に出て行った。そのすぐ後に、外で車のエンジンの音がする。彼が出発したのだと分かった。



「中尉・・・本当によかったんですか?」

「精神的症状を和らげる必要があると言ったわね、ファルマン准尉?」

ホークアイは逆にそう聞き返しながら彼のほうに向き直る。

「え、あ・・・確かに言いましたが・・」

「だからいいのよ。今、それができるのは大佐しかいないわ」

ホークアイはロイの出て行ったほうを振り返りながら柔らかく笑んだ。

「あなた達が何を心配しているかは分かっているわ。でも、大佐が今の少佐を傷つけるような事をする人間だったら、あなた達はその下で働きたいかしら?」

「あ・・・」

フュリーは思わずファルマンと顔を見合わせた。遠まわしな言い方だが、ホークアイの言葉は何よりもロイを信頼しているからこそだ。無論それは二人も変わらない。

「さ、そろそろ仕事に戻りましょう」

ホークアイは二人の反応に満足げに笑んで、ファイルを手にとった。













(・・・ずっと、うなされているな)

を自宅まで運び、寝室の自分のベッドに彼女を寝かせてからすでに結構な時間がたったように思う。事実、そろそろ茜色に染まってきた空が、遠からず訪れる夜を物語っていた。

隣の書斎から移動させてきた椅子をベッドの前に置いて、ロイはもう何時間もに付き添っている。しかし、うなされ続けている彼女は一向に目を覚ます気配は無く、その額には汗が浮いていた。

時折そこに手を伸ばし、タオルを当ててやるのだが、それでも後から後から、滲み出してくる。熱は無いはずだが、それでも熱いのかもしれない。軍服のジャケットだけはとりあえず脱がしたが、おそらくこの様子では全身が同じよう状態だろう。

(しかし・・・)

ロイはちらりとベッドのサイドボードに目をやった。そこには水差しとコップが置かれている。水分をとらずに、ただ汗だけが流れている状態ではは脱水症状を起こしかねない。そう思って持ってきたのだが、何せ相手は意識が無い。すでに数回飲ませようと試みたのだが、ことごとく失敗に終わっている。

(後は・・)

最後の手段として、飲ませる方法が無いわけではない。ロイは少し罪悪感を感じたが立ち上がってコップに半分ほど水を注ぐ。

(・・・今だけは目を覚まさないでくれよ)

意識の無い人間を襲ったなどとあらぬ誤解をかけられてはたまらない。ロイは苦笑しながらも、コップから一口分の水を口に含むと、ベッドに横たわるの顎を軽く押し上げた。自然と薄く開いた唇に、ロイはそっと自分のそれを重ねる。舌を使って器用に自分の口内から水を流し込んでやると、僅かに口端から零したものの、の喉がこくりと鳴った。

それを確認したロイはゆっくりと唇を離す。そして同じ要領で数回繰り返すと、コップの中の水は空になった。

(とりあえず、これでしばらくはもつな)

心なしか、少し落ち着いたように見えるの様子に満足して、口元から零れた水を軽く指先でぬぐってやる。

(着替えが必要だな)

眠っているうちはいいとして、意識が戻ったら汗にぬれた軍服のままでは気持ち悪いだろう。ロイは静かにサイドボードから水差しとコップの乗ったトレーを持つと、音を立てないようにそっと寝室から外に出た。











『お父さん・・・・お母さん・・・・・?』

うっすらと開いた視界の先には、見慣れたはずのキッチンがあった。だがすぐにその様子が普段と違うのに気づく。部屋中がなぜだかオレンジ色に照らされていて、とても熱い。

なんでこんなにも熱いのだろうと、疑問に思いながらも、立ち上がろうとする。

『っつ・・・』

でもそれはできなかった。頭の後ろが強烈に痛む。耳元で何かを叩くようながんがんという音が聞こえそうだ。さらに強い嘔吐感もある。それでも、床を這いずってなんとかキッチンまで進んだ。

少し前までいたはずの男達の姿は既に無い。そして、ようやくこの熱さの正体に気づいた。彼らが放ったのだろうか、キッチンの中はすでに火の海で、自分の見知った場所でなないようだ。

それでも、その中に両親の姿を探した。そしてようやく、焔の中に折り重なるようにして倒れている二つの影が見えた。這って近づくたびに、露出した肌をちりちりと焔が焼く。しかし構わず進み続けてようやくすぐ目の前まで近づけた。

『お父さん、お母・・・・・・』

安堵して、その二人に手を伸ばしたちょうどその時、大きく焔がゆれた。そして自分の目にはっきりと二人の姿が映った。

手前にいたのは父だった。几帳面で何よりも優秀な錬金術師だった父。彼は今、その目を見開いたまま横たわっていた。撃たれた頭部から、生前はさぞ明晰であったであろう脳髄をぶちまけて、どす黒い弾痕からは赤黒い液体が一緒に流れ出している。

奥には母の姿があった。優しく美しかった母。大好きだったその碧の双眸は、今はもう片側しか無かった。見開かれた瞳の反対側は、代わりに黒くぽっかりと開いていて、卵の白身のような粘着質な液体とともに、父と同じ赤黒い液体が流れ出していた。

そして二人に共通することがあった。手や足等、場所は異なるが、焔に包まれた体のいたるところが黒く焼け爛れ、いびつに歪んでいる。ところどころはすでに燃え尽きて、人間の骨組みを浮き出させていた。

まるで出来損ないの人体標本のようだ。学校の資料で見たそれよりも、遥かにリアルでグロテスクなその姿は、タチの悪い冗談のようだった。

『・・・っひ・・・』

それがかつて自分の両親であった物であると改めて認識して、小さく息を呑んだ。直後、忘れていた嘔吐感がこみ上げ、たまらずその場に嘔吐した。

胃液が喉を焼く感覚に涙があふれ、小さく咳を繰り返す。

『お父さんっ!!お母さんっ!!』

悲痛な叫びは焔の音にかき消された。きつく目を瞑って、がくりとうなだれる。

焔がいっそう強くなったがもう動き気すら起こらない。ただ、自分の意識がゆっくりと、深い闇に沈んでいくような感覚に身を任せた。










「!!」

は突然起き上がった。自分でも異常な程に呼吸が速いのがわかる。うるさいくらいに鼓動が耳に響いた。肩で息を繰り返し、一度大きく息をして辺りを見回せば、夢であったことが確認できる。

(夢・・・そう・・・夢なの・・・大丈夫・・・大丈夫・・・)

左胸に強く手を押し当てた。

「大丈夫・・・・私は・・・・・・・・・」

目を閉じて自分に言い聞かせるように呟いた。そうすることによって、記憶の中で主張するもう一つの名前は消え去った。

(ここ・・どこ?)

そしてようやく少し落ち着きを取り戻すことができた。冷静に自分のおかれている環境を理解しようと、まずは窓の外に目をやる。そこはみた事の無い閑静な住宅街だった。部屋の中をゆっくり見渡せば、結構な広さがある。少なくとも病院や、軍の医務室ではないことは分かった。

(あの時・・・私は倒れた・・・のよね?)

おぼろ気にだが、ロイの声を聞いていた気がする。事件はどうなたのだろうとが思ったとき、部屋のドアが開かれロイが入ってきた。

「気がついたのか」

彼は着替えをとりに行っていた間に、ベッドの上に起き上がっているを見て、少し驚いたようだ。

「大佐?あの・・・ここは・・・?」

「ああ、そのままでいい。ここは私の家だ」

即座にベッドから降りようとするを手を上げて制して、ベッドのほうに近寄る。

「大佐の・・・家?」

は目を丸くした。

「ああ、驚いただろう。すまない、司令部の医務室や病院よりはましだと思ったんだが・・・」

ロイは苦笑しながらサイドボードの上に持って来た着替えをおく。

「あ・・・」

自分が意識を失った状況を思い出してロイの言葉の意味を理解した。

「すみません・・・私またご迷惑を・・・・」

「いや、そんな事は気にしなくていい」

ロイは先ほどと同じように、ベッド横の椅子に腰をおろす。

「・・・・・・事件のほうは?」

は不安そうにロイの方を見る。

「ああ、それはもう心配ない。ほぼ解決したからな、君のおかげだ」

「いえ・・・あの・・・それで、ゼクスに撃たれた男性は・・・?」

ロイは一瞬言葉を詰まらせる。が眠っている間に、ホークアイに連絡をとって、事件のその後の経過を聞いていた。しかし本当に言ってしまっていいものかと少々躊躇う。

「・・・搬送先の病院で死亡したそうだ」

しかし、嘘をついても仕方が無いのでそう言うと、の表情が曇った。

「そう・・・ですか・・・」

「・・・ああ」

しばし嫌な沈黙が続く。

「私は・・・その時に倒れたんですね・・・?」

「そうだ」

「なら・・・」

はロイを見上げた。その表情は苦笑なのか、それとも泣き笑いなのか分からない。どちらにしろ痛ましいのに変わりは無かった。

「お話しなければなりませんね・・・本当のことを・・・」

「少佐・・・」

が小さくこぶしを握ったのを見て、ロイは心が痛んだ。言わずとも、それが彼女が触れられたくない部分という事はわかる。

「・・その前に、着替えるといい」

ロイはの前に先ほど持って来た自分のワイシャツを差し出した。

「え?」

「そのままでは風邪をひくし、気持ち悪いだろう?私の物だから大きいかもしれんが・・・」

苦笑しながらロイは言う。独身の男の家に、女物の服などあるわけも無く、当然自分の服を着させるしかない。ロイはハボックなどに比べればそこまでがっしりしているわけではないが、それでも小柄なには自分の服は大きすぎるだろう。

「すみません・・・色々と・・・」

はそっと両手でそれを受け取る。

「私は外に出ているから着替え終わったら呼んでくれ。・・・・ああ、それと、悪いが布団はかぶったままでいてくれ。私には少々目の毒だからね」

冗談めかしてそう言うと、ロイは軽く笑って部屋から出て行った。












「私の父と母は、セントラルの錬金術研究所の研究員でした」

着替え終わったは、ロイを部屋に呼び戻すと、そう話を切り出した。案の定大きすぎたロイのワイシャツ一枚しか身につけていない彼女は、言われたとおり、下半身にシーツをまとってベッドに座っている。

「元々は故郷の・・・私の生まれたイダヴェルの村で錬金術の研究をしていたんですが、私が9歳の時に、研究所に配属が決まって、家族でこっちに引っ越してきたんです」

ロイは椅子に座って、ただ黙っての話を聞いている。

「研究が忙しいのか、両親が家に帰って来れない日もしょっちゅうでしたけど、ごく、平和な暮らしでした」

そのころの思い出は幸せなものだったのであろうか、話すの表情もどこか穏やかだ。

「でも・・・その生活が壊れたのは・・・両親が殺されたのは・・・私が14歳の時でした」

なんとなく想像はしていたが、やはりそうだったのかとロイは眉を寄せた。の表情は険しくなる。

「ある夜、私が眠った後、ガラスの割れる音がして目を覚ましたんです。気になって、ベッドから降りて音がしたほうに行きました。そうしたら、キッチンに両親がいて、知らない男性数人と何かを言い争っていたんです。私はドアのところからそっと覗いていました・・・・そして・・・・」

はシーツをぐっと握った。核心に触れる部分なのか、その手が僅かに震えている。

「一人が・・・銃で・・・両親を撃ったんです・・・」

は口に出した瞬間、銃声がリアルに蘇る気がした。

「二人は倒れて、私も見つかって・・・殺されると思いました・・・でも、偶然、銃が弾切れを起こして・・・代わりに銃で後頭部を思い切り殴られました」

ぎりぎりと握り締められる拳を見かねて、ロイはそっとの手を握った。は少し驚いたような顔をしたが、小さく頭を下げて話を続けた。

「殴られた直後、一度気を失いました。それから、少しして目がさめて、あたりが熱いのに気づきました・・・・彼らが火を放ったんです・・・部屋中がもう火の海で、私は両親の姿を探しました。でも・・・倒れていたのは・・・」

は小さく息を詰まらせたようだった。ロイの手を握る力が強くなる。

「一部が・・・焼死体になりかけた・・・二人でした・・・」

搾り出されたようなの声には嗚咽が混じっていた。14歳の幼い彼女にその光景はどれほどの衝撃を与えたのだろう。

「・・・その後のことはわかりません・・・ただ、家が焼け崩れる前に私だけ助けられたようで、
次に気付いた時は病院にいました・・・・でも、自分が何者なのか、どうしてここにいるのかわからず・・・・自分の名前すら思い出せませんでした・・・」

「・・・殴られた時に、記憶を失ったのか?」

は無言で頷いた。

「・・両親のいない私は、そのまま家に引き取られ、思い出せない名前の代わりに””と名づけられました。その日から私はとして生きることになったんです。記憶が無いことにとまどいましたが・・・それでも家の人々は優しくて、それから二年間・・・それなりに幸せだったと思います・・・でも・・・ある日」

記憶の糸をたどっていくと、いつも思い出すのが嫌になる最悪の瞬間。

「今日と・・・同じような出来事があったんです・・・街で、偶然事件があって・・・・犯人が人質にとった親子の、母親を銃で撃ったのを見た瞬間・・・・・・記憶が覚醒しました・・・・・」

はたまらずうつむいた。

「自分が・・・リアン・フェアクリフという名の人間であったこと・・・・・北部で生まれたこと・・・・そして、両親が殺された日のこと・・・・全て・・・・全てのことを思い出したんです・・・・」

「少佐・・・・」

最後のほうの声はすでに嗚咽で聞き取ることができなかった。握った手も、そして彼女自身もかたかたと震えている。

「だから・・・・・だから・・・・私は・・・・・っ」

「っ、もういい・・・・・・・もう、話さなくていい」

涙を流し震えるを、見るに耐えなくなって抱きしめた。は僅かに目を見開いたが、すぐにロイの胸に顔をうずめる。

「辛い話をさせてすまなかった・・・・・もういいんだ・・・」

ロイはの頭に手をやって、強く自分の胸に抱きこむ。

「・・・・っ・・・す・・・みません・・・・・・今日みたいなことがあった日は・・・・どうしても・・・・あの日の記憶が・・・・蘇って・・・・」

何度も何度も自分の中で再現される悪夢のような光景。今、言いながらでさえも、脳裏に浮かぶそれに、はロイの胸に縋りついた。

「大丈夫・・・・大丈夫だ・・・」

の頭を撫でながら、ロイは何度もそう囁いた。それでも、おさまらない涙に、は少しの間彼の腕の中で泣き続けた。





「今日はもう休め、この部屋を使って構わない。私は隣の部屋にいるから何かあったら呼ぶといい」

ようやく、が落ち着くと、ロイはそっと彼女から体を離して立ち上がろうとした。しかし、自分の服のすそを掴んだが何かを言ったのに気づいた。

「・・・・・・・かないで・・・ください・・・・」

「少佐?」

うつむいたままのの表情はよく分からない。小さすぎる声に、その内容もよく聞き取れなかった。

「・・・行かないで・・・ください・・・・大佐、ここに・・・・いてください・・・・・」

はロイを見上げた。涙に濡れたその瞳は、まるで捨てられた子犬のようだ。その様子と言葉に、ロイは困ったように笑って、ベッドの端に腰掛けた。

「・・・君は・・・」

そっとの頬に手をやり、顔を近づけ目尻に溢れた涙を舌先で舐めとる。は僅かに身じろいだ。

「君は、男という生き物を知らない・・・・まして、君に好意を持っている男だ・・・・そんな弱った状態の君とずっと一緒にいて、何もせずにいられるほど、私は紳士ではないぞ?」

もう片方の手もの頬に当てて、彼女の顔を至近距離で覗き込んだ。揶揄するような言葉だが、ロイの表情はいたって真剣だ。

「・・・っ・・・れでも・・・・それでも・・・・かまわない・・・・です・・・から・・・」

ロイの言葉の意味を察したか、僅かに頬を赤らめたは視線を落とす。

「今日だけは・・・・こんな・・・夜だけは・・・一人になりたく・・・ないんです・・・」

恐らくこれが彼女の精一杯の表現方法なのだろう。途切れ途切れに聞こえてくる言葉は今にも消えてしまいそうだ。

「だから・・・・・傍にいて・・・ください・・・大佐・・・・お願いです・・・から・・・・」

声が震えていた。は顔を上げずに、自分からロイの胸に縋りついた。

「一人にしないでっ・・!」

「・・・・・」

ロイはその行動に少し驚いたが、そっとの背に腕を回し、自分からも抱きしめる。そして耳元に口を寄せた。

「・・・本当にいいのか?」

「・・・はい・・・」

抱きしめられたまま、は小さく返事を返した。

「後から文句を言っても止められる自信はないぞ?」

「・・は・・・い」

ロイはそっとを自分の体から離すと、その顔を見つめた。

「後悔しても知らんからな」

「はい・・」

苦笑ともつかないロイの表情に、は最後の返事を返した。

「そうか・・・わかった」

ロイはそう言うと、の唇を奪った。噛み付くような口付けに、の口からくぐもった声がもれる。

「んぅ・・・」

口内に入ってきたロイの舌に、はぎこちないながらもそっと自分のそれを絡めると、ロイの頭に腕をまわした。同じようにロイも強くの頭を引き寄せると、自然と口付けは深くなる。

角度を変え、何度も深い口付けを交わすうちに、の息があがってきた。そうしてようやくロイは彼女を解放する。名残惜しむかのような透明な糸が、二人の間を繋ぎ、そして消えた。

・・・」

ロイはそっとの額に口付けると、抱きしめた彼女の体に僅かに体重をかけて横たえる。二人分の体重を受け止めたベッドが小さく揺れた。

「私が傍にいる・・・何も怖がらなくていい・・・」

僅かに情欲の焔の灯ったその瞳が、優しく組み敷いたのそれを見つめる。白いシーツの上に散らばった淡い金糸の髪をさらさらと梳けば、再び自然と二人の唇が重なる。



昇った細い三日月が、重なる二つの影を柔らかく照らしていた。





to be continued





back   next (第23話はunderにあります。こちらは第24話に飛びます)





あとがきという名の言い訳 vol.22

と、言うわけで、次回23話は言うまでも無く裏行きです。このサイト初の裏ですね、いやはや(何)
裏夢が苦手な方もいらっしゃると思うので、23話とばして24話読むことも可能です。その場合、俗にいう朝チュン現象がおきるだけで本編に影響はありません。あー・・・・でもようやくこの回まで漕ぎ着けました・・・・。

何やら、司令部ではすでに公認(?)なのでしょうか(聞くな)
少なくともホークアイ中尉は認めてるみたいです。書く方によって異なると思うんですが、やっぱりロイ夢だと中尉の存在って結構重要になってくると思います。特に10巻をみてしまうと・・・・ちなみに、このサイトの中尉はロイに対する恋愛感情はないということになったます。強い信頼関係にはありますが、それ以上のものはないということで。

あ、それから一応。メニューに書きましたが、グロイ表現の苦手な方いらっしゃいましたらすみません;
ここの部分どう書くか迷ったんですが、嬢の最もトラウマになってる部分なんで、できれば衝撃的な表現を使いたかったんです(汗)