『さて、どうする指揮官殿?』

そうゼクスの声が発せられてから、しばしは押し黙った。

『さっきの爆弾の威力は見ただろ?あれの10倍近くの威力のやつを病院中のいたるところに仕掛けてある。俺が起爆装置を押すだけで全てが一斉に作動するぜ?』

彼の要求は、作戦指揮官、早い話自ら人質になること。立て篭もっている病院の建物内には大勢の一般人や入院患者が人質として取られている。軍側としては圧倒的不利な条件だったが、いくらなんでもこの要求にはも応じるわけにはいかないだろう。その場の全員がそう思った。

「・・・・・いいでしょう」

だがしかし、の一言に、どよめきが起こった。

少佐!!何をっ・・・」

何を言い出すんだと思わずホークアイが声を荒げかけたが、は受話器を握るのとは反対の手で、静かに彼女を制する。

『くくっ・・そうこなくっちゃな、大事な大事な人質を見殺しにはできねぇもんな』

受話器の向こうからは勝ち誇ったようなゼクスの声が聞こえてくる。

「人質交換の場所と時刻を指定していただけますか?」

しかし、の態度はどこまでも冷静だ。

『そうだな・・・今から10分後、正面玄関にあんた一人で来い。仲間が人質を連れて待ってるからそこで引き渡す。もちろん武器は無しだぜ?妙な動きしやがったら容赦なく人質をぶっ殺す』

「わかりました、では後ほど」










第21話 傷跡の疼き











「どう言うおつもりですか、少佐!?」

の予想通り、受話器を置いた瞬間、ホークアイの叱責がとんできた。

「どうもこうも、この場合要求をのむ以外ないでしょう?」

は苦笑する。

「確かにそうかもしれませんが、作戦指揮官自ら人質になるなど前代未聞です!」

「私は人質になった覚えはありませんよ」

まくしたてるホークアイには笑って見せた。

「むしろ好機ととっていいと思いますよ。おかげで正面から堂々と病院内に入ることができます、これで作戦の遂行に保険ができましたね」

「しかし、武器類の所持もできず、当然拘束されることになるんですよ?」

ファルマンが真剣な面持ちで言ってくる。

「武器がなくとも拘束されていようとも関係ないですよ、国家錬金術師の異名をお忘れですか?」

「・・あ・・・そうか」

ぽんと、ハボックは手を打ち鳴らした。国家錬金術師の異名、それは言うまでもなく人間兵器。彼らは自分自身が最大の武器となるのだ。

「なるほど、つまり奴らは何も知らず、自ら自分の庭に人間兵器を招き入れた、というわけですな」

ファルマンの言葉には笑顔で頷いて見せた。
余裕のあるその態度と、大胆不敵な作戦が、否応なしに自身の上官でもある彼の男を連想させた。常に共にあるせいか、副官というのはこうも似てくるものなのかと誰もが思う。

「・・・では、少佐が不在の間の指揮権はどうなさいますか?」

そう思ったのは、誰よりも彼との付き合いが長いホークアイ自身も同じで、こう言う展開になった時に相手が何を言っても同じだという事も良く知っている。作戦の失敗などありえないという絶対的な自信と根拠がそこにあるからだ。

事実、過去作戦が失敗したことなど一度もないし、完全確実な作戦や相手を信頼している。だが、補佐する側としては精神衛生上なんとかしてほしいものである。

「司令部を出るときに確認したところ、大佐がこちらに到着されるまで一時間弱との事でした。ですから、実質的に指揮官不在になる30分ほどの間、全指揮権を一度ホークアイ中尉にお譲りします」

は言う。佐官でもない者が指揮をとることなど極まれだが、この場合は仕方ない。

「了解いたしました・・・ですが、少佐ひとつだけ言わせていただきたいのですが」

「はい?」

ホークアイは一度敬礼してから、の目をまっすぐに見つめた。

「人質救出や事件解決は確かに最重要事項ですが、どうぞご自分の立場をお忘れなきよう。万一のときはご自分の御身を第一に考えてください。あなたは我が東方司令部に必要な方なのですから」

実の所、ホークアイはすでにの指揮能力や補佐官としての能力を十分に認めている。年齢に見合わぬ冷静な態度や巧みな話術、そして彼女自身のカリスマ性による統率力など、それらは歴戦の将にもそうそう引けを取らないだろう。その辺りは天性の才能かもしれない。

だがしかし、彼女には大きな欠点がひとつだけあった。それはいざという時に、自分自身を全く省みないところだ。
スカーの一件の時がそうであるように、特に誰かの命が関わると、自分が傷つくことをいとわず突っ走ってしまうところがあるのだ。

その他が完璧なだけに、いつかその一部分が致命傷になるのではないかと、ホークアイはかねてから危惧しているのであった。立場上、口には出さないが、妹の様に思っているこの年下の上官にそのようなことになってほしくないというのが本音だ。

「中尉・・・」

は自分の身を案じてくれるその言葉が、胸にしみこむような気がした。

「そうですよ、少佐に万一のことでもあったら司令部中の男共が泣きますぜ?」

しかし、横からちゃちゃを入れたブレダを、ホークアイが一睨みする。

「心しておきます」

その様子に思わず笑みを浮かべながらも、は力強く頷いた。


「では、そろそろ時間になりますので私は行きます」

は言いながら思い出したように腰のホルスターごと銃とマガジンをはずす。

「後を頼みますね」

そして差し出されたホークアイの手に預けた。

「「「「お気をつけて!」」」」

がそのまま踵を返して覆いの幕をめくると、一同は一斉に敬礼をした。

「はい、行ってきます」

そのなんとも彼女らしい一言を残して、は出て行った。




「すっかり、大佐二号ですね」

が去った後、ブレダは思わず苦笑した。

「笑い事じゃないわよ、ブレダ少尉」

ホークアイはそれは深くため息をつく。

「とにかく、あなたと、それからハボック少尉、これでは何があっても失敗できないわよ、わかってるわね?」

「もちろんっすよ」

ハボックは愚問だといわんばかりに口の端を吊り上げた。

「わかってますって」

ブレダはそう言ってハボックと頷きあう。

「それならいいわ」

ホークアイは一瞬だけ瞳に柔らかな光を宿したが、すぐに常から鷹の目と称される鋭いものに戻った。

「ではヒトヨンマルゴ、作戦実行部隊、行動開始。無線連絡に注意し、速やかに任務遂行せよ」

「「Yes,sir!!」」






の姿が見えると、待機している憲兵達の列がざっと左右によけて道を開けた。

「ありがとうございます」

その間を通って、は正面玄関へと続く数段の階段を上った。



(・・もう来てるわね)

ガラス張りのドアから中の様子が見て取れる。それを確認したが躊躇うことなくドアを開けて中に入ると、即座にいくつもの銃口が突きつけられた。はにっこりと笑いながら頭の後ろで両手を組む。

だな?」

その様子を見た金髪の男が、やはり同じように銃を構えながら聞いてくる。

「はい、そうですよ」

その男を一瞥してが頷くと、彼は数人の仲間に目配せで合図を送った。

「悪いが武器の所持を確認させてもらうぜ?」

「どうぞ、ご自由に」

言うと同時に二人の男がに近づく。ボディチェックと称して、見も知らぬ男の無骨な手に服の上から体を撫で回される感触に嫌悪を覚えたが、は片眉をぴくりと跳ね上げただけに留める。

「丸腰だな」

の体に触れていた男の一人が満足げに言うと、指示した男は頷いた。

「よし」

「よろしいですか?では人質の解放を」

「いいだろう」

金髪の男が再び目で合図を送ると、頭に銃を突きつけられた一人の女が奥から歩かされてくる。恐怖に震える彼女の瞳からはぼろぼろと涙がこぼれていた。

「おらっ、さっさと行け!!」

「っひ!!」

立ちすくんだままの女を男が後ろから銃で小突くと、彼女は悲鳴を上げてドアのほうへ駆け寄った。一瞬その瞳がのそれと交錯する。

「もう大丈夫ですよ、後は任せてあなたは早く外へ」

が柔らかく微笑むと、女は少し安心したようにコクリと頷いてドアの外に出る。階段の下に降りた彼女が憲兵達に保護されるのを見届けて、は男達のほうへ向き直った。

「あなた方が約束をきちんと守る方々であった事に安心しましたよ」

「ボスの信念でね」

金髪の男はどこか吐き捨てるように言った。その様子には”おや”と思う。どうやらこの組織、一枚岩ではないらしい。大方この男は、残党同士での権力争いで敗れたくちだろう。そして、見たところ今の周りにいる男達自体はただのチンピラのように見える。おそらく、人手が足りず急遽金で寄せ集められた人間達だ。

(これは好都合ね)

はそう思ったが、もちろん表情はまったく動かさない。

「腕を下ろせ」

そんな事は露知らず、金髪の男が言うと、は素直に両腕を下ろした。代わりに今度は後ろに組まされた両手首に、鉄製の手錠がかけられる。

「さて、これであんたはこっち側の持ち駒だ」

にやりと笑った金髪の男はくるりと踵を返した。

「来い、ボスに引き合わせる」

背中越しに銃を突きつけられたは、おとなしく男の後に続いた。














僅かな水音だけが響く下水道の中を、ちょろちょろと動き回っていた鼠たちが、不意に何かの物音に気づいて一斉に散り散りになった。

数秒と間をおかずに姿を現したのは全員が青い軍服に身を包んだ男達。結構な人数にもかかわらず、ほとんど足音が鳴らないのは、彼らが皆訓練された軍人のためである。

その先頭を行くハボックは目先に左に延びる通路を発見すると、突然立ち止まってさっと右手を上げた。それを合図に、後方の部隊が瞬時に静止する。

それを確認した彼は、ひょいと体をかがめてその通路の奥に入っていった。少し進むと、やや開けた小部屋のような場所に出る。壁には古ぼけた簡素な梯子が遥か頭上まで伸びている。胸ポケットから取り出した見取り図とそれを見比べて、ハボックはタバコをくわえた口端を吊り上げた。

「こちらハボック、ヒトヨンニイマル、目標ポイントC到着。どうぞ」

首から下げた小型の無線機にそう言うと、ほどなくしてノイズ交じりのホークアイの声が聞こえてきた。

こちら臨時司令部、ヒトヨンニイマル、作戦実行部隊ポイントC到着、了解。突入予定時刻はヒトヨンサンマル、指示あるまで現状維持、その場にて待機せよ』

「了解」

さすがに地下だけあって電波状態はあまりよくない。手短に連絡をとったハボックは、今度は無線のダイヤルを少し動かす。

「ブレダ、俺だ、聞こえてるか?」

『ああ、聞こえてるぜ』

無線が新たにつながった先は、ハボックが通ってきた通路の先にいるブレダだ。

「今司令部に連絡をとった。予定通りだそーだ。今のうちに俺の隊をこっちに動かしてくれ」

『あいよ、了解』

ごく簡単な返事だけを返して、無線は切れた。

ハボックは見取り図を取り出したのとは反対側の胸ポケットからライターを取り出すと、加えたタバコの先端に火をつけた。勤務中は基本的に火はつけないようにしているが、今はここにそれを咎めるものは誰もいない。これくらいはいいだろうと、一度大きく煙を吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。











「ここだ、入れ」

が言われるがままにその部屋の中に入った途端、背後でばたんと扉が閉じられる。連れてこられたのはこの病院の院長室。しかし一番奥に置かれた執務椅子に、我が物顔で座っていたのは、院長ではなく、浅黒い肌に茶褐色の短髪の男ゼクスだった。

彼は扉が閉じたのを確認したが顔を上げると、ヒューっと口笛を吹いた。

「へえ、随分と美人な指揮官じゃねーか」

ゼクスは意外なの外見を、値踏みするようにじっくりと眺め回した。

「あなたがゼクスですね?」

「ああ、そうだ。ようこそ、

ゼクスは楽しげに笑いながら、椅子から立ち上がった。

「いつまでそんなとこに突っ立ってんだ、こっち来いよ」

「・・・なんのつもりですか?」

あろうかとか、人質である自分にソファーを勧めてきたゼクスには眉を寄せた。

「立ち話もなんだろ?俺はこう見えても結構フェミニストなんだ。まあ、とりあえず座れよ」

人のことを人質にとっておいてフェミニストも何もあったものじゃないだろうと思ったが、ここは逆らうのは得策じゃないと考えたは、促されるままにソファーに腰をおろした。満足げに笑ったゼクスはの向かい側のソファに座って足を組んだ。

「他の人質はどうしました?」

「入院患者以外は全員まとめて屋上に拘束してある。あんたはVIPだからな、こっちに呼んだんだ。ああ、それと敬語は無しだ。俺はそう言う堅苦しいのは嫌いでね」

ゼクスはまるで世間話をするかのような軽い口調だ。

「そう、わかったわ」

相手がいいと言っている以上、も犯罪者相手にへりくだった言葉を使うつもりはない。ここは遠慮なく話させてもらうことにする。

「ああ、そっちの口調のがいい。あんた何歳だ?」

「18よ」

「ははっ、こりゃあ驚きだ。あの電話の対応からしてもっと上の奴かと思ってたぜ、大したもんだ」

「光栄ね」

は表情一つ動かさない。

「そうつれなくすんなよ、せっかく二人きりなんだ、仲良くやろうぜ?」

「そんな必要は無いわ」

「随分とまあ、度胸が据わってんな。怖くねーのか、人質にとられて?」

「別に」

必要最低限の返事しか返してこないに、ゼクスは苦笑して立ち上がった。

「気に入ったぜ。俺は気の強い女が大好きだ。何より美人だしな」

ゼクスは歩いてきて素早くの顎をくいっと持ち上げて、その顔を覗き込んだ。

「お前、俺の女になる気ねぇか?悪いようにはしねーぜ?」

「冗談、お断りよ」

ゼクスのその動作は不快だったが、はクスリと笑みを作る。

「くくっ、ようやく笑いやがったな。やっぱ、いい女だ。ま、無理にとはいわねーよ」

小悪魔的なその笑顔に満足したか、ゼクスはから手を離すと時計に目をやった。

「・・・そいじゃ、そろそろ高見の見物に連れて行ってやるよ」










「ハボック少尉、また、発見しました」

「おぅ、気をつけてやれよ」

「は!」

ハボックがそう言うと、報告にきた兵は再びどこかへ走っていった。ちらりと時計に目をやると時刻は14時42分。突入から約10分で地下一階から2階までのフロアを制圧できた。5階建ての建物で30分という制限時間からすれば上出来といったところだ。

「ハボ、こっちは終わりだ」

「りょーかい、んじゃ、次行きますかね」

廊下の向こうから来たブレダにそう返して、ハボックはライフルを肩に担いだ。とても、一個小隊の隊長同士とは思えない緊張感の無い会話だが、士官学校時代からの同期である二人にはこれくらいのほうがちょうどいいのだ。

「見つかった爆弾は7つだとよ。まだ二階だってのに奴ら一体いくつ仕掛けたんだ?」

うんざりとしたようにブレダが言う。

「さーな。だが、そのおかげで奴ら安心しきってたのか、あっけないもんだな」

結構な重装備でこの作戦に臨んだというのに、各階を見張っていた者達は、ほとんどがそこらのチンピラのような男ばかりであった。統率力の欠片も無い彼らは、予想外の場所からハボックたちが潜入すると、慌てふためいて逃げ惑い、抵抗するまもなくあっさり降伏して身柄を拘束された。

あれだけ大げさな要求をしてきただけに、このギャップはすでに失笑ものだ。

「いいんじゃねーか、その分楽ができてよ?」

「だな」

ハボックは頷くと、3階へと続く階段を見上げた。

「さて、早いとこ、俺らのお姫様を迎えに行きますかね」











「遅くなったな」

そう言って臨時司令部の覆いの中に入ってきたのはロイだった。

「大佐、お早いですね」

その姿にいち早く気づいたホークアイが彼のほうに歩み寄る。

「ああ、思いのほかな。それより外でファルマンから今までの経過は聞いたが、現状はどうだ?」

「つい5分ほど前ハボック少尉から無線連絡が入りました。現在4階までの制圧が完了しています」

「そうか。では正面突入は間もなくとということだな」

「はい、爆発物の処理も同時に進めていますので、特に問題が無ければ予定通りファルマン准尉の隊が突入します」

ホークアイがファイルを手にそう言うと、ロイは思案するように口元に手をやった。

「・・・いや、待て。やはり私が直接行く」

「は?」

ホークアイは怪訝な表情をしてロイを見上げた。

「当然だろう。私の大事な副官を人質にとったゼクスとか言う男に、挨拶をしないわけにはいかんからな」

ロイはいつのまにか取り出した発火布を手にはめている。黒い微笑を浮かべる彼に、ホークアイは盛大にため息をついた。

「・・・どうせ止めてもお行きになられるのですから、あえて何も申し上げることはありませんが、万一爆発物が残っていた場合大惨事になりかねませんので、くれぐれも慎重にお願いします」

爆弾には当然多量の火薬が使われている。ロイは以前起こった汽車の線路の連続爆破事件で、火薬の入った箱をそれと知らず錬金術で破壊しようとした前科があるのだ。そんなことをされてはたまったものじゃない。

「無論だ」

ロイは苦笑すると、すぐに覆いの外に出て行った。

「・・・フュリー曹長、無線を」

「あ、はい」

ロイが外に出たのを見送って、ホークアイはフュリーから無線機を受け取る。

「ハボック少尉」

『何すか?』

「突然悪いわね、今大丈夫かしら?」

『はい、もうブレダが5階制圧の連絡よこしてきたんで大丈夫っすよ』

どうやら、ホークアイがロイと会話している間に事はすんだらしい。

「そう、お疲れ様。それではこれから正面突入に入るのだけれど・・・・」

『・・・何か問題あるんすか?』

「大佐が到着したわ。あの人自ら直接そちらに出向くそうよ」

『・・・えーと』

ハボックはそこでホークアイが何を言いたいか悟った。

「お守りをお願いね」

『・・・了解』

ハボックが無線越しにため息をつくのが分かる。すでに上官に対する扱いではないその会話に、横ではフュリーが苦笑していた。












「・・・・おかしいな」

数分前からゼクスは同じ言葉を繰り返していた。彼はを連れ、人質を拘束してある屋上へとやってきた。しかし文字通りそこで高見の見物をはじめたのだが、ある時を境に彼は落ち着かなくなった。それは、屋上の出入り口の壁に取り付けられている時計が午後三時を示した辺りからだ。その表情には明らかな焦りが浮かんでいる。

「定時連絡がこねぇ・・・」

ゼクスはまるで熊のように意味もなくうろうろとしだした。

(・・どうやら上手くいったようね)

先ほどまでの余裕は一体どこへ行ったのだと思いつつも、はほんの僅かに笑みを漏らした。定時連絡がこないということ、それは無論作戦の成功を意味する。今頃は全階制圧完了したハボックたちが、待機中の正面突入部隊と合流しているころだろう。

(さて、アレをなんとかしなきゃね)

はゼクスがずっと右手に握っているそれに目を向けた。

各フロアに設置されていた爆弾はもちろん潜入した部隊によって回収されただろうが、最後の切り札となる一番威力の強い数個の爆弾がこの屋上のいたるところに設置されているのだ。

そしてゼクスが持っているのがその起爆装置。彼が指一本動かすだけでこの場の数十名の人質もろとも、屋上フロアが吹っ飛ぶことになる。その威力によっては建物全体が衝撃で崩壊することもありえる。最後の最後になってそんな事態だけはなんとしても避けなくてはならない。

その最悪の事態を防ぐため、は起爆装置に意識を集中した。しかし、怪しまれないように口を開く。

「要塞戦攻略において一番有効な戦略を知ってる?」

「・・・何?」

突然何の脈絡もない話をし出したにゼクスは怪訝な顔をしてこちらを向いた。

「敵は鉄壁の防御に身を固め、強固な要塞の中に立て篭もっている。当然正面突破はほぼ無理、中に入ったところで手痛い反撃を受けるのがオチ。ましてこちらは中の様子がよく分からない分、圧倒的に不利だし当たり前よね」

ゼクスはの意図するところがわからず、ただ彼女の方を向いて話を聞いていた。は笑みを作って話を続ける。

「ところが、そんな状況下でも一気に戦況を覆せる方法があるの。ある物さえ押さえれば、その時点で決着はつく。それが何かわかる?」

「何が言いたい?」

思わせぶりなの言葉にゼクスは苛ついたように彼女を睨み付けた。彼女がこんな話を彼にしていることに別に意味はない。これは単なる時間稼ぎに過ぎないのだ。がやろうとしていることと、そして下のフロアから部隊が到着するまでの。

それに全く気づいていないゼクスにはさらに微笑んで話を続ける。

「それは相手の切り札を押さえてしまうこと。人間でいえば将になるわね、それさえ押さえてしまえば指揮系統は崩れ、当然混乱が起こる。そうなってしまえば敵は既に烏合の衆。後はどうにでもなるわ」

「・・・・・」

「つまり、人質という鉄壁の防御に身を固め、数多くの入院患者のいる病院という強固な要塞を攻略するには・・・・」

「お前・・・」

ゼクスはようやくが何を言いたいのかが分かった。ぎりっと彼が歯を噛み締めると同時に、屋上の扉が開かれた。雪崩れ込むようにして銃を所持した突入部隊が数瞬の間にゼクスを包囲する。

「キングを押さえればチェスは終わる。チェックメイトよ、ゼクス」

の声が高らかに響いた。芝居がかったその台詞はもちろん相手に敗北を知らしめるために計算済みのものである。

「見事だ」

「大佐」

の言葉の後、軽く手を叩きながら彼女の横に歩み出たのはロイだった。

「だが一つ言わせてもらうのなら、彼の部下はどうやら元々指揮も何も無い烏合の衆だったようだぞ、少佐」

ロイは鼻で笑うようなしぐさで、ゼクスに目をやった。

「てめぇがマスタングか・・・・」

「そうだ。私の部下が世話になったようだからな、礼を言いに来てやった」

「・・・礼だと?・・・・くくっ・・・バカめ・・・・!!」

ゼクスはロイの様子に悔しがるどころか、逆に笑い出した。そして右手の起爆装置を見せ付けるようにして掲げた。

「屋上にも爆弾は仕掛けてあるんだよっ!!てめぇら全員道連れにしてやるっ!!」

「・・・どうやら君は少佐の言葉の意味を全く理解していないようだな」

ロイは呆れたように息をついた。

「彼女はこう言ったはずだ”相手の切り札を押さえてしまう事”と。まだ気づかないか、押さえられたのは君自身ではないぞ?」

「何・・・っ!?」

ゼクスはその言葉に初めて自分の手の中にある起爆装置に目をやった。それはいつのまにかぱちぱちと音をたて、僅かに煙を噴き上げている。

「な・・・何しやがった・・・!?」

「大した事じゃないわ。知ってると思うけどその起爆装置も電子回路を使った機械よ。機械というのは例外なく、それ自身が持つ以上に強い外部からの電圧には弱いものなの。だから、起爆装置付近の電圧を上げてやれば必然的に・・・・」

ばちっと青白い火花を散らした起爆装置を、思わずゼクスは取り落とした。地面に落ちたそれはさらにばちばちと音を立てて、やがて表面に亀裂が入ると煙を噴き上げた。

「当然こうなるという訳だ」

壊れた起爆装置を一瞥してロイが笑った。

「ば・・・ばかな・・・どうやって!?」

は手を縛られていて、もちろん指一本たりとも起爆装置に触れていない。ゼクスは信じられないと目を見開いた。

「彼女は国家錬金術師だ。これぐらい造作も無い。少々甘く見すぎていたようだな、敵情を知ろうとしない者に、将を気取る資格は無い」

ロイのその言葉は完璧なまでにゼクスの敗北を告げていた。

「・・・っっるせえ!!」

だがしかし、ゼクスはそれでも腰から銃を抜き両手で構えた。

「往生際の悪い、銃を置け。君がその引き金を引いた瞬間、君自身は蜂の巣になるぞ?」

数十の銃口が全て自分に向けられる中、発砲などしたら単純に考えても結果は目に見えている。

「ゼクス、まだ間に合うわ、投降して」

「少佐?」

ロイは自分の横に佇むを不思議そうに見た。

「確かにあなたがしたことは犯罪だし、許されることじゃない。でもあなたはまだ誰一人として殺めていない。その差は大きいわ、まだ間にあうの。その一線を越えてはいけない」

の碧の瞳が強い光を宿してまっすぐにゼクスを見据える。しばしの無言の視線の交錯の後、ゼクスはふっと笑みをもらした。

「・・・あんたやっぱいい女だな。この期に及んで俺に情けをかけてくれるたぁな・・・・だが軍人には向かねぇ・・・」

「!」

ゼクスが突然あらぬ方向に向けて撃鉄を引いたのと、が目を見開いて何かを叫ぼうとしたのはほぼ同時だった。

ドンっという衝撃音。

その音の直後、ロイは迷わず指を鳴らした。紅蓮の焔がゼクスを包む。

「ぐぁっ!!」

さすがに銃を取り落とし、ゼクスはその場にひざをつく。一斉に包囲していた軍人達が取り押さえ、そのまま拘束された彼は、すぐさま屋上から連行される。しかし、一瞬でもこの場の人間を出し抜けたという事で、ゼクスはどこか満足気な顔をしていた。


一方は、ゼクスが発砲した方向に目を向けたまま、動くことができなかった。彼の撃った弾の行き先は人質達がいる方向だった。最後の悪あがきだったのだろう。しかし、ほとんど無差別に撃った弾は不運にも一人の男の額に命中していた。撃たれた男は血を流し、その場に倒れ動かなくなる。

その瞬間、人質達の中から悲鳴が上がった。

「救護班を急がせろ!!」

ハボックの声がその場に響いた。


だが、にはその言葉すら遠い世界のことのように聞こえた。足がすくんでいるのか、何故だか全く動けない。それどころか体中が小刻みに震えているのに気づいた。そしてその視界の中に、血まみれで倒れている男に近づく幼い少女の姿があった。

「お・・・父さん・・・?」

少女は倒れた男、彼女の父親の横にかがみ込んでその体を必死にゆする。

「お父さん・・・お父さん・・・!!動いて!!ねぇ動いてよっ!!」

「っ!!」

少女の口からその言葉が漏れた瞬間、は自分の心臓がドクンと大きく脈打つのを感じた。瞬時に脳裏に蘇る、あの日の記憶。銃声、血まみれで倒れている二人の男女。お父さんという言葉が何度も何度も頭の中で繰り返された。聞こえるはずの無い焔の爆ぜる音が耳元で激しく鳴る。

「・・い・・・や・・・・」

「少佐・・・?」

消えてしまいそうなくらい小さなの声を聞き取ったロイがそちらを向く。

「いや・・・・いやっ・・・やだ・・・」

「少佐!!少佐!?どうしたんだ!?」

そして明らかに尋常ではないその様子に気づいた。彼女の正面に回りこんでその肩を大きくゆする。しかしはただひたすら嫌だ、やめてと呟いている。見開かれたその瞳は焦点が合わず虚ろで、顔は青ざめ、体中が痙攣するように震え続けている。

「少佐!」

ロイがもう一度大きく声をかけると、一度ぴくりと反応したものの、すぐにもとの状態に戻ってしまった。

「一体どうしたと言うんだ・・・」

ロイはその様子に困惑しながらも、を抱きしめた。はその動作に一瞬びくりとしたが、まるで縋るかのようにロイの胸元の軍服を掴んだ。


ロイの温もりが伝わってきたがそれでも震えはとまらない。涙があふれているのに気づいた。記憶の中の焔が自分の体を包み込んでいく。

「・・・死なないで・・・・お父さん・・・お母さん・・・・」

無意識に口から漏れた言葉。

「何?」

ロイは目を見開いてそう聞き返したが、次の瞬間、腕の中のが力を失った。

「っ・・・おい!!少佐!!少佐!!」

慌ててその体を揺さぶったが、は完全に意識を失っていた。

!!」




そう叫んだロイの声は彼女に届いていなかった。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.21

実はこの事件限定のオリキャラ、ゼクス君、割と気に入ってたりします。やたら偉そうにしといていざとなったら、物凄く駄目駄目な三流悪役ってあたりが(笑)まあ、そんな話はどうでも言いとして。

今回のこの事件、言うまでも無く最後のくだりのためだけだったので、もっと短くなるはずが、何故か2話越しになってしまいました。資料が無いので思うままに書きましたが・・・実際に軍人さんが指令出すときって、ああいうしゃべり方するんでしょうか?女性士官もそっちの方が格好良いなーとか勝手に夢見てみましたが(笑)

嬢、今回はかなり地味に錬金術を使いましたが、普段雷撃を起こすのの応用で、起爆装置の周りだけに強烈な静電気を起こしたんだと思います・・・たぶん(え)

にしても、エルリック兄弟サイドに引き続きこちらも相当、強引ぐマイウェイ(意味不明)な展開でお送りしております。
格好良く事件解決したものの最後の最後で錯乱して倒れるヒロインって一体・・・すみません、すみません(汗)
とりあえず、次回はヒロインの過去編になるかと思います。

あ、ちなみにロイの火薬うんぬんは小説版の囚われの錬金術師のネタです。