司令室は現在緊張に包まれていた。
をはじめとする面々は、部屋の中央に臨時で移動した電話機を囲むようにして佇んでいる。
ーと、不意にそのベルが鳴り、は素早く受話器を取った。
「はい、司令本部」
『失礼します”青の団”から一般回線で通信です。司令官を出せとのことですが、いかがいたしますか?』
電話機から延びるいくつものコードがつながれた通信機のスピーカーから、電話交換手の声が響き渡る。
「・・・構いません、繋いでください」
はちらりと通信機の前に座るフュリーに目で合図を送るとそう答えた。
事の起こりは約15分前に遡る。
第20話 追憶へのプロローグ
「・・なんだか変な感じですね」
はそのデスクにちらりと目をやった。
「少佐もそう思われますか?」
向かいにいたホークアイも彼女にしてはめずらしく苦笑して見せた。二人の話題の元であるデスクの持ち主、ロイは不在であった。彼は現在東部近郊のほかの司令部に赴いている。今年に入ってからの事件報告と言う大義名分で呼び出されたわけだが、早い話が何時も通り、上層部からの嫌味を聞きに行ったようなものである。
そんなわけで、司令室ではロイの姿がないまま、通常業務が続けられているのだが、日ごろ彼に手を焼く女性士官の二人としてはどこか張り合いがない感じがするのだった。
「少佐!」
とホークアイがそんな会話をしていると、突然フュリーが立ち上がった。彼は通信機のヘッドフォンを片手にこちらの方を見ている。
「どうしました?」
「たった今憲兵司令部から連絡が入りました。東部中央病院が武装集団に占拠されたとの事です」
と共にホークアイが目をやると彼は緊張した面持ちでそう告げた。その内容に司令室内が一瞬ざわつく。
「少佐、マスタング大佐が不在ですので指揮をお願いします」
しかし、ホークアイはかた眉をぴくりと動かしただけで、の方を向くと冷静にそう言った。通常、こういった事件が起こった場合作戦指揮にあたるのはロイの役目だ。しかしホークアイの言うとおりそのロイが不在のため、指揮権は彼の副官でもあり、司令部内第三位の階級を持つにまわってくる事になる。
「そうですね、ではホークアイ中尉、補佐を」
「は!」
がそう頷くと、ホークアイは即座に敬礼した。
「フュリー曹長、犯行声明は届いていますか?」
「いえ、今確認中ですがそれらしいものは届いていない模様です」
は思案するように口元に手を触れる。今回のような武装集団によるテロ事件の場合、犯行声明は先に届く事が多い。ということは、とつぶやいては顔をあげる。
「数分内に犯人から電話が入るはずですね。電話機を一つ通信機につなげてください」
「はい」
フュリーが頷くとは司令室を見回した。
「聞いての通り、武装集団による東部中央病院の占拠事件が発生しました。大佐が不在のため私が指揮をとります。事件レベルを”レッド”と認定、小隊の出動を許可します。曹長以下の人員は通常業務を続けてください」
「「「「「「はっ!」」」」」」
敬礼した一同の声が重なる。
「ブレダ少尉、ファルマン准尉。ハボック少尉を大至急呼び戻して、第一から第三小隊の出動準備及び現場での指揮をお願いします」
「「了解」」
二人が頷くのを見てはもう一度全体を見回した。
「医療班、救護班にそれぞれ通達を、車両準備も急いでください、10分後には出動します」
がそこまで指示を出すと、各々が慌しく動き出す。その光景を目にして、は小さく息を漏らした。
「緊張されていますか?」
その様子に心配そうにホークアイが顔を覗き込ん来る。
階級自体はの方が上でも現場経験ではホークアイのほうが圧倒的に上だ。東方司令部に勤務し始めてから約半年、ロイの下でたくさんの事件を見てきただが、実際に作戦指揮をするのは今回が初めてなのだから、多少の緊張は仕方ない。
「はい、少しだけ・・・」
「今の担当指示は的確でした。大丈夫ですよ少佐なら。指揮官が不安がっては作戦にも影響が出ます、自身をお持ちになってください」
「ありがとうございます、中尉」
優しく言うホークアイには笑みを返した。
10分後、予定通り準備を整えた小隊は先に現場へ出発し、達は、フュリーのセットした電話機の前で待機する事になった。
ーそして現在に至る。
小隊出動から五分後、電話のベルが鳴りは素早く受話器を取った。
「はい、司令本部」
『失礼します”青の団”から一般回線で通信です。司令官を出せとのことですが、いかがいたしますか?』
電話機から延びるいくつものコードがつながれた通信機のスピーカーから、電話交換手の声が響き渡る。
「・・・構いません、繋いでください」
はちらりと通信機の前に座るフュリーに目で合図を送るとそう答えた。一般回線からの通信時は通常の電話よりも回線が繋がるまで多少時間がかかる。その間に、フュリーは通信機のボタンを操作した。かちりという音が鳴り、電話の内容が録音されだした事を告げる。その直後プツリと言う音と共に回線が繋がった。
「お待たせいたしました」
『・・・女か?そこの司令官はロイ・マスタングとか言う野郎だろ、奴はどうした?』
が一言発すると、電話口の男は怪訝そうな声を返してきた。司令官を出せという話だったのだから仕方ない。
「これは失礼しました。私は本部司令官付き補佐・です。マスタング大佐は不在ですので私が代わりにお話をうかがわせて戴きます」
は極めて丁寧な口調で淡々と話す。
こういった犯人とのやり取りの場合、相手を威圧する話し方をする者もいれば、冷静な態度で敬語を使う者もいる。前者は犯人達に決して屈する事は無いという明確な自身と意思表示であり、後者は相手の心理や状況を判断するのに役立つ。言うまでもなくは後者のやり方であった。
『ははっ、そうかマスタングは不在か、そりゃあ随分と都合がいい。あんたとか言ったな?俺ぁ、青の団のゼクスってんだ、よろしく頼むぜ」
「ええ、こちらこそお手柔らかに」
はしれっと返した。よろしくされてたまるかと彼女も含めてその場の全員が思ったが、そこにはあえて触れない。
『知ってると思うが、俺達は今東部中央病院にいる。詳しい事は言えねーが、結構な大人数だ。全員銃を持ってるし、それだけじゃねえ』
「もちろん知っていますよ。そんな大それた事をされたからには何かしら要求がおありでしょう?」
『へぇ、話の分かるいい女だな、俺はそう言う女は好きだぜ?』
「それはありがとうございます、それで要求はなんですか?」
『まあ待て、時間はたっぷりあるんだ、そんなに急ぐもんじゃねえぜ?』
下らない軽口に付き合っている暇はないのだと言わんばかりには即答したが、ゼクスとか言う男は気分を害し様子も無くそう返してきた。相手の言葉や態度に簡単に乗せられない辺り、今回の首謀者らしいこの男は、どうやら結構冷静な判断力とそれなりの頭脳を持っているようだ。
『今電話してんのは単なる挨拶代わりだ。マスタングの代わりならあんたもこれからこっちに来るんだろ?病院の正面玄関の所に公衆電話があるんだ、どうせだったら近い所で話そうじゃねえか』
「・・・嫌だと言ったらどうします?」
『明日の新聞にでかでかと載るだろうな”人質を見捨てた軍部”ってよ』
ゼクスが電話口で下品に爆笑するのが聞こえてきた。無論本気で言ったわけではないが、は不快そうに眉を寄せて少し受話器を耳から離す。
「わかりました、では続きはその公衆電話でよろしいのですね?」
『ああ、あんたらがついたらこっちからまたかける。じゃあ、またな』
そう一方的に告げると、電話はブツリと切れた。はため息をついて受話器を置くと顔をあげた。
「少し厄介な事になりそうですね」
一通りの内容を聞いていたホークアイが表情を険しくして言ってくる。
「そうですね・・・病院と言うのもそうですが、また”青の団”ですか・・・」
青の団と言えば少し前にエドワード達によって解決した例のトレインジャックの犯人グループである。
おそらくその残党達が今回の事件を企てたのだろう、その目的は聞かずとも収監中の仲間の解放だと考えられる。
しかも占拠したのが病院と来たものだ。彼らが直接人質に手を出さずとも、場所の特性上、あまり解決までの時間が長引けば、入院患者の命に関わりかねない。そんなことになれば一般市民から軍への非難があがるのは必至だった。
「とにかく、私達も現場へ向かいましょう」
の一言に誰もが頷いた。
達を乗せた車が東部中央病院に到着すると、すでにそこは緊迫した空気に包まれていた。
先に駆けつけていた憲兵達と、司令部からの命令によって出動した小隊が病院の建物を囲むように包囲し、その周りでは野次馬が騒然としつつその光景を見守っている。
車から降りたは、ホークアイ、フュリーと共に臨時で設置された司令所、ゼクスが指示した公衆電話を中心に張られた白い覆いの中に入る。実質的なこの事件の総指揮官が現れた事で、中にいた憲兵達が敬礼した。その中にはすでにハボック、ブレダ、ファルマンも揃っている。
「状況はどうなっていますか?」
「今の所負傷者等は出ていない模様です」
の問いにファルマンは几帳面に答えた。
「今の所・・・・ですね」
いつ負傷者が出てもおかしくは無い状況に、は表情を固くした。
ーと、その時突然公衆電話のベルが鳴り出した。一同が顔を見合わせて一度頷くと、は受話器を取った。
『よぅ、案外速かったみたいだな』
予想通り、電話主はゼクスであった。
「・・こちらの行動はお見通しというわけですか」
『ああ、大体は見えてるぜ、もっとも、そこの電話の様子だけは見えねーがな・・・・と、さて、じゃあ本題に入るぜ?』
「ええ、お願いします」
拡声器から聞こえるゼクスの言葉に、その場の空気が張り詰める。
『いいか、よく聞け。一つ、収監中の青の団のメンバー全員を解放する事。二つ、現金一億センズを用意する事。三つ、逃走用の車両を5台用意する事。そうすれば、人質は無事に解放してやる』
その言葉には小さくため息を漏らした。随分と簡単に言ってくれるものだ。
「そんな無茶な要求を全て”はいそうですか”と聞けると思いますか?」
『おっと、あんたと問答をする気はねぇんだよ。それにこれは要求じゃなくて命令だ・・・・まあ、百聞は一見にしかずっていうしなぁ、これ見りゃあんたもその気になるだろうよ』
「どういう事ですか?」
『表玄関の右端に車が止まってんだろ?10秒以内に逃げた方がいいぜ?10、9、8・・・』
電話口のゼクスが笑ったのがわかった。の顔色が一瞬にして変わる。
「総員一斉退去!!車から離れさせてっ!!」
「「総員一斉退去!!車から離れろ!!」」
が受話器を投げ捨て声を張り上げると、覆いの中にいた全員が急いで外に飛び出して叫んだ。
『7、6、5、4、3、2、1・・・・・』
自身が覆いの外に出たあとも、拡声器からはゼクスのカウントダウンが流れ続けている。
そのカウントがゼロになると同時に、全員が見守る中、轟音を立てて車が炎を吹き上げる。一瞬にしてそれは跡形も無く吹き飛んだ。幸い逃げ遅れた者はいなかったが、野次馬達が悲鳴を上げる。
「・・・爆弾テロと来たわけね・・・」
はつっと冷たい汗を流してつぶやいたが、すぐに覆いの中に戻って受話器をとる。
「随分と派手な事をしてくれますね」
『いい景気付けだろ?さあて、どうする?』
「・・・少々時間を戴きたいのですがよろしいですか?」
『いいぜ?今から20分後にもう一度かける。それまでに決めるんだな』
そこで電話は切れた。
一騒動去って、覆いの中に戻った一同は、中央に置かれた机の上に病院内の見取り図を広げそれを囲むようにして覗き込んでいた。
「出入り口は正面玄関と裏口、救急外来用の三つ・・・ですが、それぞれに数人の見張りがいるため正面突破はほぼ無理と考えた方が妥当かと思います」
ホークアイがそう言いながら、見取り図の三箇所に赤ペンで×印を記入した。
「となると、やはり地下一階の排水溝から潜入するしかなさそうですね、病院付近の下水道の見取り図は?」
「こちらです」
が言うと、ファルマンは素早く机の上にもう一枚の紙を広げた。
「・・・一番近くのマンホールはこの外にありますが、さすがにそれだとすぐに気付かれてしまうので、これを使いましょう」
は見取り図の上に指を滑らせる。白く綺麗な彼女の指の行き先を、全員が目で追った。
「この位置から下水道を経由して、病院内地下一階のこの場所に出られます」
「あれ、この下水道、二箇所に出られるみたいですけど、もう一つは使わないんですか?」
ブレダが病院の見取り図の一ヶ所を指していった。確かにが示した場所以外にも、下水道に通じる排水溝がある部屋はもう一ヶ所ある。
「あ、ほんとだ。えーと、洗濯室っすね」
「確かにそこにも通じてますが、そちらには見張りがいる可能性が高いので、あえて使わない方がいいかと思います」
ハボックも不思議そうな目をに向けた。
「っと・・・少佐の言ってるほうの部屋には見張りはいないって何か根拠でもあるんですか?」
「根拠と言うよりは一般的な人間心理ですね。少なくとも私が犯人でしたら、その部屋に見張りは配置しませんし、命令されても出来れば入りたくありませんから」
ブレダの言葉にはさらりと答えを返した。
「「へ?」」
ハボックとブレダは思わず顔を見合わせた。
「少佐が言ってる部屋は遺体安置室なのよ」
二人の意図を汲み取って、ホークアイが言ったが、その言葉に二人どころかその場の人間全員がぴしりと固まった。
「・・・遺体・・・安置室・・・」
ハボックの口からポロリと煙草が落ちた。
なるほど確かにその場所なら見張りがいる可能性もかなり低そうだ。しかし、作戦上はいいかもしれないが、突入する側のハボックとブレダからして見ればあまり嬉しくない。というか、できれば避けたい絶対に。
「えーと・・・俺らからしてもできれば入りたくないなーとか思ったりしてるんスけど・・・」
「大人しく潜入するのと、遺体を怖がって潜入失敗した挙句死人を出して、被害者に化けて出られた上、遺族にまで恨まれるのと、どちらがいいのかしら、ハボック少尉?」
ハボックが乾いた笑いを浮かべながら申し出たささやかな頼みは、ホークアイが一息でまくし立てた事でもろく打ち砕かれた。
「い・・・・行かせて戴きます」
ハボックとブレダは大人しく頷いた。
「それでは潜入ルートは決まりですね」
にっこりと女神の微笑みを浮かべたに、最近どこぞの大佐に似てきたんじゃなかろうかと誰もが思った事に本人はもちろん気付いていない。
「さて、問題のタイミングですが・・・フュリー曹長、できましたか?」
「あ、はい、ただいま」
フュリーが慌ててに一枚の紙を手渡す。
「・・・どうやら、突破口は見えたようですね」
その紙を少し眺めて、の唇が弧を描いた。
「これを見てください」
「何すかコレ?」
が机の上に置いた紙にハボックが眉を寄せる。
「その公衆電話の電話回線を使って、病院内の内線の会話を一部盗聴した記録です。30分おきに各階が数分の誤差でかけているのが解かりますか?」
「定時連絡ですね」
ファルマンの言葉には無言で頷いた。
「どうやら、犯人グループは30分に一回、地下一階から最上階の5階まで、下から順に連絡を取っているようです。つまり、潜入する地下一階が連絡を入れた直後から30分間で全階を制圧できれば・・・・」
「こっちの勝ち・・・ってことですね?」
「そう言うことになりますね」
口の端を吊り上げたブレダにも笑顔を見せる。
「では、作戦の再確認を。ハボック少尉とブレダ少尉の隊は、ポイントDのマンホールより下水道を経由してポイントCにて待機。定時連絡直後、無線の合図にて突入。一般市民や入院患者にくれぐれも気をつけて行動してください」
「「了解」」
「それと、ファルマン准尉の隊は制圧後の正面突入に向けて準備を整えておいてください」
「は!」
ファルマンが敬礼したその瞬間を、まるで見計らったかのようにまた電話のベルが鳴った。
どうやら20分がたったようだ。3度目になるゼクスからの電話をが取る。
『約束の時間だぜ、答えを聞かせてもらおうか』
「そちらの要求をのみます」
は即答したが、もちろん要求をのむ気などさらさら無い。
『そりゃあ良かった。じゃあ、今から1時間以内に全てを用意してもらうぜ』
「わかりました。ただし、くれぐれも人質に危害を加えないようお願いします」
『ああ、それだがな。一つ条件がある』
「・・・条件?」
の声音が僅かに怪訝そうに変わる。思わず隣りにいたホークアイと顔を見あわせた。
『そうだ。人質の安全は保障してやる。その代わりに事が片付くまであんたに人質になってもらうぜ?』
「な・・・・」
さすがのもこの要求には目を見開いた。その様子に気づいたかゼクスはさも楽しそうに笑って言う。
『今作戦指揮を取ってるのはあんただろ?指揮官自ら人質になってくれりゃあ、こっちも誠意を持って対応できるってわけよ。なあに、ただでとは言わねぇ、代わりに人質を一人、あんたと交換で返してやる。どうだ、悪い取引じゃねえだろ?』
「・・・その条件をのまなかった場合、どうするつもりですか?」
は大きく息を呑んでから言葉を搾り出した。なるべく相手に動揺を伝えないように努力する。
『そうなりゃ交換に出す予定だった奴は用済みってわけだ』
早い話がそうしなければ人質を殺すと言う事だ。あからさまな脅迫には唇を噛み締めた。
『さてどうする、指揮官殿?』
絶対優位の位置に立ってゲーム興じるがごとく、ゼクスの声はどこまでも楽しげだった。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.20
19話からいきなり話が飛びました。時間軸的にはヒューズの葬儀から一週間ちょっとが過ぎたあたり。
ロイの不在時におきた事件と言う事で、が作戦指揮官初体験・・・という今回は完全オリジナルエピソードです。
タイトルが『追憶〜』とかなってるんで、何かしら気付かれたかもしれませんが、そろそろ嬢の過去が明らかになります。エルリック兄弟サイドのほうでもぼちぼち出てきてますが、最終的にはどちらも同じように書きたいと思っています。