幸せと言う物を定義する事は難しい。
なぜならそれは、さまざまな要素が入り混じりそれぞれ異なるからだ。
大抵の人間は幸せを掴むために何かしらの行動を起こそうとする。
それら全ては、幸せを自分の外に見出そうとする考えに起因する。
だが、ある者は言う。
”本当の幸せとは常に自分の中に存在する”と。
人間と言うのは極めて貪欲な生き物だ。
何かを手に入れればさらに優れたものを手に入れたくなる。
上を見上げればきりがない。
そうして行くうちに、己の中にあるものの存在は薄れていくのだ。
あって当たり前のものは、それ故なくすまで気付かれない。
失って初めてその重要さに気付くのだ。
だが、現実は冷たい。
気付いた時にはもうそれは、永遠に手の届かない場所にあるのだから。
数日とあけずにかかってくる彼からの電話。
いつからか、日常になっていた。
仕事中であれ、休憩中であれおかまいなしのそれを、何度となくうざったく感じた事もあった。
それでも当たり前のように鳴る電話のベルが、この先途切れることなく、続いていくと思っていた。
それがひどく傲慢な、自分勝手な思い込みが見せる、ただの幻影でしかなかったのだと知った。
あの日、彼からの電話に言葉はなく、後にかかってきた電話は彼の死を知らせるものであった。
その電話を切った後、ただ空虚な喪失感だけが残った。
そして漠然と一つの事を理解した。
それは、あの言葉のない電話が、彼からの最後の電話であったという事。
受話器の向こうの友の声は、もう二度と聞こえない。
第19話 彼に降る雨
整然と墓石の並ぶセントラル郊外の墓地。
その広大な敷地の中に、今また一つ、新たな墓標が立てられようとしていた。そこに刻まれる名前はマース・ヒューズ。つい先日、何者かによって殺害された彼の人であった。
参列者達は厳かな雰囲気で、別れの儀式の最後の到達点であるその場所を目指して歩む。
やがて黒衣の男達が棺を墓穴に運び込むと、ゆっくりと、静かに土がかけられていく。誰もがただ押し黙ってその光景を見守る中、あどけない少女がポツリと呟いた。
「・・・ママ、どうしてパパ埋めちゃうの?」
少女の名はエリシア。生前のマース・ヒューズがこの上なく愛した彼の一人娘である。彼女は自分の隣りに佇む母グレイシアの腕を引っ張って、その顔を見上げた。
「ねぇ、おじさんたち、どうしてパパを埋めちゃうの?」
エリシアの言葉に埋葬を進める者達の手も僅かに躊躇われた。
「エリシア・・・」
グレイシアは静かに娘を見下ろす。
「いやだよ・・・・いやだよぅ・・・そんなことしたらパパおしごとできなくなっちゃうよ・・・」
死を理解する事の出来ない幼い心はただ純粋に、父親を埋めようとすることに不安を覚えているのだ。
「エリ・・・・」
その様子に、こらえていた涙が溢れ、グレイシアはたまらずエリシアを抱きしめた。
「パパおしごといっぱあるって言ってたもん」
母の腕に包まれてなお、エリシアの声がやむ事はなかった。
「いやだよ、埋めないでよ・・・・パパ・・・・・・!!」
葬儀の参列者の姿はすでになく、風が冷たくなってきたためか辺りに人影はない。
そんな中、真新しい墓標の前にただ一人、ロイは何時間もの間佇んでいた。
「殉職で二階級特進・・・ヒューズ准将か・・・・・私の下について助力すると言っていた奴が私より上に行ってどうするんだ、馬鹿者が」
軍の礼服の裾を風にたなびかせ、静かにそう呟いた。その皮肉ともつかない言葉に返ってくる声は無い。
その代わりに答えを返すかのように、冷たい風の音が鳴る。それがおさまった後、ロイは自分の背後に人の気配を感じて振り返った。
「・・・少佐」
タイトなロングスカートの礼服に、長い髪をアップにしたはいつもより少し大人びて見える。彼女は小さく頭を下げると、ロイの傍らまで歩んできた。
「まだ戻っていなかったのか?」
「いえ・・・大佐がずっとここにいらっしゃるとホークアイ中尉に聞いたもので・・・」
「・・・そうか」
ロイは小さく頷くと、また墓標に視線を向けた。
「・・・まったく、錬金術師というのはいやな生き物だな」
「?」
は不思議そうにロイを見上げた。
「今・・・頭の中で人体練成の理論を必死になって組み立てている自分がいるんだよ」
そう言うロイの横顔は、憂いを帯びているようにも見える。
「あの子らが母親を練成しようとした気持ちが今ならわかる気がするよ」
最後の方はどこか自嘲するような声音であった。はそっと、視線を落とす。
「・・・錬金術において、人間を成すのは肉体・精神・霊魂の三つ」
「少佐?」
今度はロイがの方を向いたが、彼女は顔をあげることなく続ける。
「肉体が滅びると、精神は消失し、霊魂は全と呼ばれる大きな流れの中にかえっていく」
それは自身が以前とある人物に言われた事であった。思い出すように軽く目を伏せ、言葉を紡ぐ。
「ですが、ある神学者に言わせると、人間を成すのは肉体と魂の二つであり、人の一生は旅に例えられ・・・」
はそこでまたロイの顔を見上げた。優しい碧の色彩が、ロイの漆黒を柔らかく包み込む。
「人間としての寿命を終えた後、肉体は消失しますが、魂はそこを離れ新たな次元へと旅立つんだそうです」
ロイはの言葉の魔術にかかったかのように、彼女の声に聞き入っていた。
「科学者である私達錬金術師は、神学者の考えと相容れることはありませんが、この二つの思想は似ているんです。共通点が何か・・・お分かりになりますか?」
「・・・いや」
まるで謎かけのようだとロイは思う。
「・・・どちらにも共通する事、それは”想い”です。生前のその人の志や、親しかった者の中にある想いは、世界からその人物が消えた後も、確かな軌跡として刻まれ続けるんです」
はそっと手を伸ばしてロイの頬に優しく触れた。
「だからヒューズ中佐・・・いえ、ヒューズ准将の軌跡は、大佐、あなた自身に刻まれています。彼にとって親友であったあなたが生き続ける限り、その軌跡が色褪せる事も、消えてしまう事も無いんです」
「軌跡か・・・・」
ロイは頬にあてられたの手にそっと自分のそれを重ねる。
「・・・そうだな・・・・そんな風に考えるのも悪くない」
そう小さく呟いて目を伏せる。
「・・・しかし困ったものだな・・・・それでも雨は降るらしい」
「・・・雨?」
はきょとんとして空を見上げた。視界に広がるのは雲ひとつ無い澄んだ青空。どこが雨なのだろうとロイに聞こうとした刹那、ふわりとの視界を何かが覆った。
「そう・・・雨が降ってきたようだ・・・」
気付くとはロイの腕の中に抱きすくめられていた。
「大佐?」
突然のロイの行動に困惑しながらも、抵抗はせずに、そう呼んだ。
「・・・・・すまないが、もう少しだけ、このままでいさせてくれないか?雨が止むまでの・・・・ほんの僅かな間だけでいい・・・」
抱きしめられた状態からでは、ロイの表情は分からない。だが、その言葉に、は”雨”の意味をようやく理解した。そうして、そっとロイの広い背中に自分の両腕をまわす。
「・・・はい」
一度きゅっと腕に力をこめてから、頷いた。
「ありがとう・・・」
言いながらを抱きしめる力が少し強くなった。それと同時に、ほんの僅かではあるが、彼の背中が微弱に震えているのに気付いたは、同じように強く抱き返して目を閉じた。
そして蒼天の下、二人の間にだけ優しい雨が静かに降り注いだ。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.19
短くてすみません、でもこの回はこれでいっぱいいっぱい・・・結構色々詰め込んだつもりなんです。
冒頭部分はロイのモノローグですね。
ここら辺は神崎の私見ですが、正確に言えばロイがそれを『幸せ』として認識していたかは分かりませんが、電話=ヒューズの方程式(というか象徴みたいなもの?)が無意識のうちに出来上がってしまっていて、すでにあって当たり前の物になっていたんだと思います。
だから、原作で自分の涙を『雨』と表現した時に涙が止まりませんでした。葬儀中も決して涙を見せませんでしたからね・・・
人の墓前でいちゃこくなというツコッミは今回ばかりは入れないでやってくださいませ(苦笑)
ロイが自分の弱さを見せられるのはただ一人ということで。