真実を探していた。
感情も思い出も何もかも、自分の全てを投げ捨てて、
ただそのためだけに走り続けてきた。
やがて真実の断片を手に入れた。
そして愚かな幼い基盤は崩れ、無知であることの罪を知った。
痛みを伴わない教訓には意味が無い。
等価交換の法則と共に学んだその言葉の意味を、
初めて理解したのかもしれない。
第20話 懺悔の行く末
ザーッと言う雨にも似た水音が断続的に続いていた。
だが、頬を打つ水滴は温かく、狭い室内には湯気が立ち込めている。勢い良く降り注ぐ熱いシャワーの下、一体どれくらいの間佇んでいたのだろう。
元第五研究所崩壊から丸一日。
負傷したエドワードは入院し、今はその護衛にロスとブロッシュが着いている。もちろん、意識が戻った時のエドワード同様、もロスとブロッシュにこっぴどく怒られた。しかし、彼女の様子に覇気が無いのに気付いた彼らに、護衛はいいから休めと言われた。そのため、は借りたホテルの一室で、ずっとこうしているのだった。
濡れた金糸の髪が額や頬に絡みつく。そこから滴り落ちた水滴が、一糸纏わぬ自分の体の表面を滑り落ちていく様を、ただ目で追っていた。何のためかと言われれば、この行動自体は全く無意味だ。頭を冷やすためならばむしろ冷水を被ればいいのだから。
は顔をあげる。叩きつけるようなシャワーの勢いに目を閉じた。脳裏に浮かぶのは忌まわしい記憶。水音は何時の間にか、爆ぜる炎の音にかき消されていた。
(・・・あの日、お父さんとお母さんは私の目の前で殺された)
記憶の中の幼い自分は、その光景をただ見ている事しか出来なかった。大切な人を失った悲しみと恐怖にただ怯えていただけだった。
(何も知らなかったから・・・)
幼い日の自分は無知だった。
”知りすぎた事を後悔するんだな”
だから、父と母を撃った男の言葉の意味を、理解する事はなかった。
ずっと疑問に思っていた、何故二人は殺されなければならなかったのかと。そして男の言葉の意味を。
父とは母は何かを知り、それ故殺された。何かとは何なのか。はまずそれを探さなければならなかった、目的を果たすために。
そしてたどりついた真実の一部分。
すなわち彼らは賢者の石に関わっていたという事。そして、それに関する何かを知ってしまったと言う事が、おそらく殺される事になった原因。
本来この事が分かっただけでも喜ぶべきなのかもしれない。だが、今のに喜べるはずが無かった。なぜなら、両親の死の手掛かりを得ると同時に、彼らが賢者の石に関わることになった原因も知ってしまったから。
父と母が賢者の石の研究に手を出さざるをえなくなったのは、娘である自分の病気を治すため。
それがもう一つの真実だった。
(・・賢者の石にさえ・・関わらなければ)
きっと彼らは今も、一研究員として、穏やかな生活を送っていただろう。あるべきだったはずのその平穏な未来を奪ったのは自分だったのだ。
「・・全ての元凶は私・・・」
涙は流れない。
元第五研究所に行くまでは、両親が人の命を実験道具にしていたかもしれないという可能性に衝撃を受け、手帳の内容を見た時も感傷に浸った。
しかし、あの場所から戻り、その原因を作ったのが自分であったと再確認した後、もう泣く事は出来なかった。否、ここで悲しむ事も、ましてや涙を流す事なんて許されないと思った。泣いて自分を責めて、自己嫌悪に浸ることで真実から目を反らすなんて許されない。
「・・これは私の罪なんだから」
吐き出した自分の罪を聞く者も、許すも者もいないこの場所で、それは一人だけの懺悔の言葉。
は壁に取り付けられている鏡に目を向けた。鏡の中の自分の左胸にある、それを見つめる。
(今見ると罪人の烙印みたいね・・・)
そう思った自分の表情はひどく自傷的な笑みだった。手を伸ばして指先を触れる。
「これがある限り・・・私は立ち止まれない・・・」
思い出す、自らにこの場所に、この烙印を刻んだ意味を。そして、それが消える時が何を意味するのかを。
鏡の中の碧の瞳が自分を睨みつけた。
この真実はこの先きっと、重い足枷になり、鎖になり、自分にのしかかって苦しめる。だからこそ、その戒めを抱いて、何が何でも今は前へ進まなければならないのだ。忘れてはいない、この目的を果たすための代価は自分自身だと言う事を。
それが・と言う人間の存在理由であり、存在価値なのだから。
翌日からはエドワードの護衛に復帰した。
その日から数日の間に、エドワードとアルフォンスとの間に一悶着が起こったりもしたが、それも一段落し、現在エルリック兄弟と、、そしてヒューズとアームストロングが病室に集まっている。
「−で、こいつに蹴られた後はもう覚えてない」
エドワードは先ほど自分が書いたエンヴィーの似顔絵を指差して話を締めくくった。
「魂のみの守護者・・・貴重な人柱・・・生かされている・・・エンヴィーなる者・・・マルコー氏いわく、東部内乱でも石が使われていた・・・」
アームストロングはエドワードの話の中からキーワードになりそうな言葉を並べていく。
「ウロボロスの入れ墨に、賢者の石の練成陣・・・ただの石の実験にしては謎が多いですな」
「これ以上調べようにも今や研究所はガレキの山だしな」
アームストロングの言葉に、ヒューズは顎に手をやる。
「少佐の方はめぼしい物はみつからなかったんだよな?」
エドワードはに目を向ける。
「うん、そうね・・・ただ、エドワード君が会ったエンヴィーって言う子と一緒にいた女性・・・ラストと言ったかしら?その二人も私に君と同じような事を言っていたわ。人柱がどうとかって・・・」
は研究室で自分が見たことはあえて言わないことにする。
「人柱・・・か・・・オレと少佐の二人・・・」
エドワードは唸りながら頭を捻る。
「うーん・・・軍法会議所で犯罪リストでも漁れば何か出てくるかもしれねーな」
行き詰まってしまった話に、ヒューズはウロボロスの絵の描かれたメモを見つめる。
「我輩はマルコー氏の下で石の研究に携わっていたと思われる者達を調べてみましょう」
クリップで留められた名簿を指差してアームストロングがそう言ったときだった。
コンコンと病室の扉をノックする音が聞こえて、全員の視線がそちらに向く。
「失礼するよ」
そして入ってきた人物がニコニコと笑いながら発した一言に、全員が一瞬驚愕し、そしてその名を叫んだ。
「「「「「キング・ブラッドレイ大総統!!」」」」」
「ああ静かに、そのままでよろしい」
しかし当の本人は穏やかに笑いながら、片手を上げてその様子を制する。
「はっ・・」
「はい」
アームストロングとは慌てて敬礼の姿勢をとり、ヒューズは頭を下げながら言った。
「大総統閣下、何故このような所に・・・」
「何故って・・・・・・お見舞い。メロンは嫌いかね?」
しかし、ブラッドレイはつかつかと部屋の中に進んでくると、エドワードに持参したメロンの包みを渡す。
「あ、ども・・・・じゃなくて!!」
そのあまりにも自然な動作に思わずメロンを受け取ってしまったエドワードは、思い切り自分に突っ込みを入れる。
「軍上層部を色々調べているようだな、アームストロング少佐」
「はっ!?あ・・・・いやその・・・・」
突然声音の変わったブラッドレイの様子にアームストロングは冷や汗を流す。
「何故それを・・・」
「私の情報網を甘く見るな。そしてエドワード・エルリック君・・・”賢者の石”だね?」
エドワードの顔色が一瞬にして変わった。
「どこまで知った?場合によっては・・・・」
ブラッドレイ自身からにじみ出る威圧感に誰もが押し黙り、部屋の空気が張り詰める。
「冗談だ!そうかまえずともよい!」
しかし、その張り詰めた空気を自ら壊したブラッドレイは声を上げて大笑いする。
「は?」
呆気に取られた一同は思わずぽかんと口を開ける。
「軍内部で不穏な動きがある事は私も知っていてな、どうにかしたいと思っている。だが・・・」
「あ・・・それは・・・」
ブラッドレイがデスクの上に乗せられていた名簿を手に取ると、アームストロングが少し慌てたような仕草を見せた。
「ほう・・・賢者の石の研究をしていた者の名簿だな。よく調べたものだ・・・この者達全員行方不明になっているぞ、第五研究所が崩壊する数日前にな」
「・・・・・!!」
名簿をめくっていたブラッドレイが表情を険しくしていった言葉に、アームストロングは息を呑む。
「敵は常に我々の先を行っておる。そして私の情報網をもってしても、その大きさも目的も、どこまで敵の手が入り込んでいるのかもつかめていないのが現状だ」
「つまり探りを入れるのはかなり危険である・・・・と?」
「うむ」
ヒューズの言葉に頷くと。ブラッドレイは顔をあげ、一同を見回した。
「ヒューズ中佐、アームストロング少佐、少佐、エルリック兄弟。君達は信用に足る人物だと判断した。そして君達の身の安全のために命令する、これ以上この件に首を突っ込む事も、これを口外する事も許さん!!」
鋭い声で一括するブラッドレイの様子に、誰もが畏怖した。
「誰が敵か味方かもわからぬこの状況で何人も信用してはならん!!軍内部全て敵と思いつつしんで行動せよ
・・・・だが!!」
ブラッドレイはそこでにっと笑みを作る。
「時が来たら君達には存分に働いてもらうので覚悟しておくように」
「「「は・・・はっ!!」」」
その言葉はまさに軍事最高責任者然たる貫禄あるものだった。
「閣下ーーーーーっ!!」
「大総統閣下はいずこーーーーー!!」
「む!いかん!うるさい部下が追ってきた!」
しかし、誰もが畏敬の念を持ったその人物は、外から聞こえてきた声に気付くと慌てて病室の窓に足をかける。
「仕事をこっそり抜け出してきたのでな!私は帰る!」
振向き際にそう言うと、ブラッドレイは窓を乗り越えて外に出た。
「また会う事もあろう、ではさらば」
ひょうひょうと去って行くその姿を、窓から除いた5人はしばらくの間呆然として見つめていた。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.20
書いてても、読んでても滅茶苦茶もどかしい回ですみません;
嬢の過去と両親うんぬんの伏線はもう少しだけ引っ張ります。なので、今現在ぼかしまくって思わせぶりな展開が続いてますが・・・・・うーん、書きたい内容がすぐにかけないって案外キツイ(汗)
なんだか、最初の頃の予定より嬢が大分苛烈な性格になってきました。根本的な考え方はエドワード達よりむしろスカーに近いかもしれません。(自分自身をほとんど捨ててるあたりとか)
本当はもう少し弱い女の子になるはずだったんですがね〜・・・・過去や目的が明らかになった後はまた変わっていくとは思います。
さて、今回で20話ですがとりあえず後一話でエルリック兄弟サイドは第二部完結になります。