「やられた!!」

ドアを開けた瞬間に目に入ったその光景にロスは思わず叫んでいた。

部屋にはベットが二つあるが、そのうち一つは開け放された窓の下。近づいて見ればベッドの鉄枠部分から一本のロープが伸びている。

「やけに静かだと思ったら・・・・」

そのロープの行き先は言うまでもなく窓の外、地上まで繋がっている。ロスはそれを覗き込んで一瞬絶句した。

「あ〜〜〜、職務怠慢でアームストロング少佐にしぼり上げられるぅ〜〜」

あの暑苦しい肉体に迫られる光景を想像してブロッシュは頭を抱える。

「・・・あのガキども〜〜〜っ!!こっちの身にもなれって言うのよ!!」

ロスは怒りのあまり引きちぎったロープを片手に忌々しげに言ったが、すぐに部屋を出る。

「とにかく、このことを少佐に知らせないと!!」

「そ・・・そうですね!」

ブロッシュもロスに続いて部屋を出ると、隣りの部屋の前に移動した。










第19話 罪の受胎










「お休み中、申し訳ありません少佐!!火急の用件がございます!!」

ロスはドアをノックしながら言ったが、返事は無い。

「・・・寝てらっしゃるんでしょうか?」

ブロッシュは思わずロスと顔を見合わせて呟いた。

少佐!!いらっしゃいますか!?」

なんとなく嫌な予感がして、ロスは今度は少し乱暴にドンドンとドアを叩く。しかしやはり反応は無い。

「・・・・・・・・・まさか」

ロスは少し躊躇ったが、勝手にドアを開ける。

「・・ご無礼お許しください!!」

万一がいた時のために一応先にそう言ったが、案の定、部屋の中に彼女の姿は無かった。そして、エドワード達の部屋と同じく開け放された窓には外に伸びるロープ。

「し・・・・少佐まで〜〜〜〜〜っ!!」

ロスは頭を抱え込んで窓際に崩れ落ちた。

「あ・・・でも、もしかしたらエドワードさん達を探しに行ったのかも!!」

「だったら私達に黙って出て行く必要ないでしょう!!しかも窓から!!」

えらく楽観的なブロッシュの言葉にロスは窓を指差して立ち上がった。

「仕方ない・・・行くわよ!!」

「え・・・どこへ!?」


「決まってるでしょう!元第五研究所よ!!」














ゆっくりとした緩慢な動作で瞼をうっすらひらくと、辺りは暗い。ぼんやりとした光源は、デスクの上に置かれたライター。


床に伏したまま、は自分の置かれている状況を再確認していた。元第五研究所に潜入して、エドワード達と別れて、この部屋にたどり着き、そして。


「・・・・・・・・ぅ」

後頭部に残る僅かな鈍痛。倒れた時にどこかにぶつけたのかもしれない。軽く手のひらで押さえながら静かに身を起こす。近くに落ちているのは黒い革張りの手帳。

(そう・・・これを読んでいて私は倒れた・・・)

それを手にとって、そっとデスクの上に乗せる。読むことが耐えられなくなって、手帳を閉じた瞬間、酷い眩暈と頭痛に襲われ倒れたはずだ。

しかし、今はそれらの症状は全く無い。むしろ、頭の芯がどこか冴え渡っているような感覚がある。例えて言うなら、何かを悟ってしまったような。そのせいか、今のは自分でも驚くほどに冷静だった。

(あれが・・・もし・・・そうだったら・・・)

あの時、脳に直接流れ込んできた膨大な情報。は漠然とその正体を理解し始めている。しかしまだ、確信にはいたっていなかった。仮定を立証するために、手近なデスクの上に置かれていた鉄製のランプスタンドに目をつける。

(私の考えてる事が確かなら・・・できるはず・・)

ごくりと息を呑み込む。確認する事が怖かった。しかし、やらなければいけない、確かめなければならないのだ。自分にそういい聞かせて、はそっと胸の前に両の手のひらを合わせ目を閉じた。

練成後のイメージを、鮮明に思い浮かべる。すると、必要な構成要素からその物質の構造までが一瞬で体内を駆け巡るような気がした。目を開き、合わせた両手を離してランプスタンドに触れた。

「!」

青い練成反応の火花が散って、それはランプから細かい細工のされたアンティークダガーに練成された。そう、が脳裏に思い浮かべたままの形で。

「・・・っつ・・・」

ダン、と、デスクに両手をたたきつけた。の仮定は間違っていなかった。震える両手を見つめる。

「・・・・間違いない・・・私が見たのは・・・・」

そして、絶望的なまでに証明されてしまった事がもう一つあった。すなわち、あの日記に書かれている事が嘘偽り無い真実だと言う事。今の今まで嘘だと信じていた、否、そう思いたかった。もう否定は出来ない。

「私は・・こんなっ・・・」

瞳から涙が溢れた。デスクに手をついたまま、ずるずると座り込む。

(・・私のためだったんだ・・・全部・・・私のせいで・・・)

泣き声は出なかった。ただひたすら嗚咽が漏れる。






「それができるってことは、あなたやっぱり扉を開いていたのね」

「!?」

突然背後からかけられた声に、は反射的に先ほど練成したダガーを掴んで振り返る。そして、ドアの所に銀の燭台を片手に佇む人物に思わず息を呑んだ。

黒衣に闇色の長い髪、異様なほど白い肌。そして自分を見つめる紫の瞳は冷たく光り、血のように赤い唇が優美に弧を描いている。美しい女だった。しかし、なぜだかそれらに薄ら寒い物を覚える。どこか人間離れした、異質な雰囲気をかもしだすその女に、は本能的な恐怖を感じた。


「誰・・・・?」

ようやく絞り出した声は、自分でもわかるほどかすれていた。

「お久しぶり・・・と言いたい所だけど、意識がある時に会った事は無かったわね」

女はひどく楽しげに唇の端を吊り上げると言葉を紡いだ。

「”はじめまして”の方がいいかしら?・・・・・いえ、リアン・フェアクリフ」

「・・なんで・・・その名前を・・・?」

その名前を聞いたのはどれくらいぶりだろうか。女の言葉に、は息を詰まらせた。

「もちろん知ってるわよ。あのバーナード・フェアクリフとアナベル・フェアクリフの娘ですものね」

「知ってるの・・・父と母を・・?」

「ええ、以前ちょっとね・・・・」

女はそこで言葉を切ると、靴音高らかに歩み寄ってきた。は咄嗟に身構える。

「そんなに怯えないでちょうだい、あなたに危害を加えるつもりは無いわ」

手負いの獣のようなその様子に、女は笑って立ち止まった。

「そんなことより・・・・おめでとうお嬢さん、候補から人柱確定に昇格よ。その力、大事にしなさいな」

女はその視線で、の握るダガーを示した。

「これ・・・・さっき突然できるようになったわ・・・・」

その言葉に女は少し意外そうに目を細める。

「ふぅん、何かのきっかけで思い出したのかしら?まあ、不思議じゃないわね、ここはあなにとっても因縁深い場所だもの」

「あなた・・・何者?・・・何を知ってるの?」

は額を汗が伝うのがわかった。自分は間違いなくこの異質な女が怖いのだ。

「あら、肝心な部分の記憶が無いのね。でも余計なことは知りすぎない方が幸せよ?あなたの両親のようにね」

「!!」


「ラスト、いつまでここにいんのさ」

が限界まで目を見開いた時、場違いなほど軽い口調の声が響いた。

と女、ラストが振向くと、ドアの所に黒ずくめの男が立っていた。否、彼の容貌は少年といった方がいいかもしれない。

「エンヴィー」

「ったく、鋼のオチビさん届けて来いって言うから行ったのに、自分はこんなとこで何してんのさ?」

「鋼の・・・って、エドワード君の事!?」

エンヴィーと呼ばれた少年の言葉には思わず声を上げていた。まさかエドワードに何かあったというのだろうか。

「ん?」

その声に、エンヴィーは初めての存在に気付いたかのように視線を向ける。

「ああ、この子が光耀の錬金術師?」

言いながら近づいてくると、警戒するに構うことなく彼女の全身を眺め回した。

「へぇ、随分と綺麗な顔してるね」

「な・・・何なの?」

値踏みするかのようなその不躾な視線に嫌悪を覚え、そう言ったがエンヴィーは全く聞いていないようだ。

「っ!?」

突然エンヴィーの手がの顎を掴み上げる。ぎりっと、力のこめられた指先に思わず顔をしかめた。

「いいね・・・気にいったよ、憎らしくて」

エンヴィーはぐいっと腕を引き寄せての顔を覗き込む。

「殺してやりたいくらいだ」

唇が相手のそれに触れそうなくらいの至近距離で、エンヴィーの紫色の瞳が鋭く細められる。まるで作り物の様に無機質なそれに見据えられて、は背筋がぞくりと粟立った。彼は笑っているのだ、しかしその笑顔からはまるで生気と言うものが感じられない。

「エンヴィー、その位にしときなさい」

その様子を眺めていたラストが呆れたように言うと、エンヴィーはつまらなそうにため息をついてから手を離す。

「あーはいはい、分かりましたよ」

「・・・・・・・」

解放された後もは動く事が出来なかった。ラストと言い、このエンヴィーと言い、今ほどの恐怖を、自分は過去に感じた事があっただろうか。

「あーらら、ごっめーん。もしかして、怖がらせちゃった?」

エンヴィーはの様子にくすくすと笑う。もう一度脅かしてやろうかと彼が一歩動いた瞬間、突然ズズンという地鳴りが響いた。

「!何・・・・!?」

その衝撃では我に返る。

「どうやら、ちょっとしゃべりすぎたようね。時間だわ、行くわよエンヴィー」

ラストはくるりと踵を返す。

「ちぇー、つまんないの。んじゃ、まったねー、光耀のお嬢さん」

「待って!!」

エンヴィーがわざとらしく手を振って立ち去ろうとする姿に、は慌てて彼らを追いかけようとする。しかし、次の瞬間、轟音と共に天井が崩れ落ちる。

「っつ!!」

なんとか後ろに飛び退いたが、もはやラストとエンヴィーは瓦礫の向こう側だ。

「心配しなくてもまた会えるわ。鋼の坊やも、さっきエンヴィーが外に連れていったから、あなたも早く逃げなさい。でないと、下敷きになるわよ?」

「・・・・・・」

瓦礫の奥から聞こえてきたラストの声に、は唇をかんだ。聞きたい事は山ほどあるが、確かに彼女の言うとおり今は逃げなくてはいけない。せめて、あの手帳だけでも持っていきたかったが、この状況で探すのは至難の業だ。何よりも崩壊の始まった建物はいつ完全に崩れ落ちるとも分からない。




は立ち上がると、パンっと手のひらを合わせて手近な壁に扉を練成した。すぐにそこから外に飛び出す。敷地の中を走ると、視界の先にアルフォンスの鎧が見えた。

「アルフォンス君!!」

少佐!?」

叫ぶと同時に彼は振り返る。一緒にロスと、エドワードを背負ったブロッシュの姿があった。

少佐、ご無事で何よりです!!」

が走り寄ると、真っ先にロスがそう言ってくる。

「すみません二人とも、詳しい話は後で!!」

「ええ、今はとりあえず逃げましょう!!」

全員が頷くか速いか、4人は一斉に走り出す。その直後、一際大きい破壊音が響き、元第五研究所は一気に崩れ落ちた。









断続的に続く地響きを徐々に弱めながら、崩壊していくその様を、達は少しはなれた階段の上から静かに見守っていた。おそらくこの崩壊は人為的なものだろう。間違いなく仕掛けたのはあのラストとエンヴィーだ。


(・・・・エドワード君が何を見たかは分からないけど、完全な証拠隠滅ね・・・崩壊が終われば全部瓦礫の下・・・)

確かにこの様子なら、例え中に何があったとしても、すでに手遅れだろう。

(でも・・・私は知ってしまった・・)

はぎりっと手を握った。物は残らなくても、自身にそれらは全て刻まれている。

真実を手に入れた代わりに、背負った罪の十字架はあまりにも重い。


(お父さん・・・お母さん・・・・)

俯いた瞳から一筋の涙が零れ落ちた。小さく、ごめんなさいと呟く。



(謝ったって・・・謝りきれない・・・・)




祈りにも似た小さな言葉は、夜風の中に溶けていった。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.19

第5研究所脱出編でした。
というわけで、目出度く(?)エンヴィー初登場です。実は第2部では嬢とエンヴィーの接触無い予定だったんです。
ーが、トップページにおいてあるアンケートでエンヴィー人気が凄かった物で、これは早目にご登場いただかねばということで、急遽予定変更。ちょこっとだけですみません;どちらかといえば彼は軍部サイドで活躍しますので、エンヴィー好きな方はそちらを読んでいただければ幸いです。

さて、嬢今回で思いがけずレベルが上がっちゃたわけですが(笑)、ここら辺の詳しい話が出てくるのはもう少し先になります。