『だ・か・ら・よ!うちの娘が三歳になるんだよ!』

「・・・・・・・・・・・ヒューズ中佐・・・・・・・・・・・・・・」

司令室にて、ロイは受話器を片手に青筋を浮かべた。

その背後では、ホークアイやブレダ、フュリーを始めとした面々が、見えない電話のかけ主に殺気ともつかない視線を送っている。

「私は今仕事中なのだが」

『奇遇だな俺も仕事中だ』

いい加減自分の背中にも突き刺さる視線にうんざりしたロイは、精一杯迷惑だという気持ちをこめていったのだが、受話器の向こうのヒューズは悪びれも無くさらりと返してきた。

あきらかに行動との間に矛盾の生じるその言葉に、ロイは大きくため息をつく。










第18話 最後の電話










『いや、もう、毎日かわいいのなんのってよぉ!』

「わかったから、いちいち娘自慢の電話をかけてくるな!しかも軍の回線で!」

『娘だけじゃない!妻も自慢だ!』

「・・・・・・・・・錬金術で、電話口の相手を焼き殺す方法は無いものかな、ヒューズ」

この親友の親馬鹿加減はいっそ賞賛に値する。ロイは誠意を込めてそう言った。

『おーおー、焔の錬金術師はこわいねぇ。−っと、錬金術師と言えば、スカーはどうなった?』

「まだ発見されていないが、かなり大規模な爆発で身元不明の遺体も多数出てるからな。あるいはその中に・・・・」

私用電話とは言え娘自慢よりは、まだましな会話になっただけいいかと、ロイは思う。

「東部近隣での目撃情報も無いから、やはり死んだものとする意見が大勢を占めている」

『じゃあ、エルリック兄弟のガードは解けるのか?』

「ああ、彼らがセントラルにいるのなら、セントラルの担当に判断をまかせよう」

『その担当だがな、国家錬金術師を統制する上層部の奴らがスカーに殺られて人員不足になってる』

「ほぉ・・・」

思わぬ吉報にロイの眉がぴくりと跳ねた。その声音が上機嫌な物に変わる。

『マスタング大佐のセントラル招聘も近いって噂だぜ』

ヒューズの声も心なしか悪巧みをする時のように楽しげだ。

「セントラルか、悪くないな」

ロイはくるりと、体の向きを変えると電話機の台に寄りかかって足を組む。

『気をつけろよ、その歳で上層部に食い込むと敵も多くなる』

「覚悟はしている」

大佐としてこの東方司令部にいる現在でさえ、風当たりはきついのだ。さらに上を目指せばどうなるのかぐらいロイは重々承知だ。

『おまえさんを理解して支えてくれる人間を一人でも多く作っとけよ』

「・・・・・・・・」

突然真剣な声になったヒューズに、ロイは一度口を結んだ。

『だから早く嫁さんもらえ』

「やかましい!!」

しかし、最後の一言が蛇足的に余計だった。一瞬でもヒューズの言葉に心を動かされかけたロイは、力いっぱい乱暴に受話器を置く。

「大佐、お電話はお静かに」

その行動に素早くホークアイから冷静な突っ込みが入った。


「まったく・・・あいつは・・・セントラルでも中央図書館の分館焼失事故だの、元研究所の崩壊事故だの色々と忙しい時だろうに・・・」

そんな時だろうと、必ず週に数回は欠かすことなくヒューズからの電話が入るのだ。9割がたの内容が、娘や家庭自慢だが、それでも毎回何かしら自分のことを気遣ってくる。そんな親友の行動になんだかんだと言いつつ心のどこかで感謝している自分に、ロイは呆れたように頭をかいた。









「では、2班はDブロックからEブロックまでを」

赤いラインで細かく区切られた地図を片手にしたは、それを見ながらてきぱきと自分の前に整列した数十人の憲兵達に担当区分を告げていく。

「4班と5班はAからCブロックの広域調査を担当、1班と3班から各5人ずつ選出して目撃情報の再調査、残りはハボック少尉のもとで瓦礫の撤去作業の補助を」

そこまで言うとは顔をあげる。

「以上、一同解散。各自配置について行動開始」

「「「「「「はっ!!」」」」」」

憲兵達が一斉に敬礼して、各々の配置場所に行ってしまうのを見届けるとは小さく息をついた。

(やっぱり・・まだこういうのは慣れないわね)

は今、先日おきたガス爆発事故の現場に来ている。

その理由は、ロイからこの事件の指揮権を一任されているからだ。あくまで、彼の代理と言う大義名分だが、実際にはほとんど総指揮官ということになる。確かに現場経験の浅い自分にはいい勉強の場だが、さすがに緊張もするというものだ。

ーと、ふいに視線の先に見慣れた人物が目に入って、は足を進めた。





「そっちどーだ?」

ハボックはスコップを肩に担いで、近くで作業をしていた部下に声をかけた。

「駄目ですね」

「あいよ、悪かったな」

返事に期待はしていなかったものの、ハボックはため息をつくと短くなった煙草を靴の裏でもみ消した。


「精が出ますね少尉殿」

ポケットから新しく取り出した一本を口にくわえようとしたところで、そんな声がかかる。確認するまでもない声の持ち主にハボックは口の端を吊り上げて振り返った。

「なーにが、少尉殿だよ、総指揮官がよく言うぜ」

その言葉にはくすくすと笑ってハボックの方に身を寄せる。


「お疲れ様、大変でしょう?」

「ああ、大佐が無茶苦茶なこと言うからもう何日もこんな調子だ」

ハボックは顎の先で作業現場を示した。瓦礫の撤去作業が始まって結構な日にちが経つが、まだまだ終りは見えない。

「それより、向こうで何か話し合ってたんじゃないのか?」

「ああ、調査区分の伝達をちょっとね」

「へぇ、もう随分と指揮官が板についてきたな」

自分よりも年若いが、大勢の憲兵相手に的確な命令を出していくさまを、ハボックは遠目にだが見ていた。

「そう・・・?まだまだ分からないことばかりよ、大佐みたいにはできないわ」

は苦笑するがハボックはぽんとその肩を叩いた。

「だーいじょぶだって、お前なら。つーかむしろ大佐みたいみたいにだけはならないでくれよ、頼むから!!」

まで無茶な命令を出すようになったら、たまったものじゃないとハボックは至極まじめな顔で言った。

「それにさ、が来てから、ここの士気も上がって感謝してるんだぜ?俺の隊の奴らお前のファン多いから”掃き溜めに鶴”だってよ」

なっ、とハボックが視線を向けると、先ほどから二人の方をちらちらと見ていた大勢の男達が一斉に頷く。確かに、瓦礫の中で汗や埃にまみれて作業を続ける彼らにとって、この場にいるは一種の清涼剤に近い存在だろう。

はなんとも言えずにとりあえず彼らに笑顔を向けた。

「・・・指揮官なんて言っても、指示を出し終えちゃえば何にもやること無いのよ?だから私もこっちを手伝おうと思ってきたんだけど」

「手伝うって・・・撤去作業をか?」

「うん、駄目かな?」

きょとんとしているに、ハボックは思わず額を押さえた。

「いや・・・それはちょっと・・・・大佐にバレたら俺ら消し炭決定だ」

冗談まじりのように聞こえるが、ハボックは冷や汗をかいていた。
自分を含めた男の部下は容赦なくこきつかうロイだが、基本的に部下であろうと女にはとことん甘いのだ。
いくら本人の希望とはいえにこんな土木作業まがいの仕事をさせたなんて、ロイにばれた日にはどうなることか。

「そうなの?」

はハボックの様子に不思議そうに首をかしげた。

「ああ、その気持ちだけで十分やる気出たぜ?」

「・・・わかった」

こくりと頷くとは視線を周囲に向けた。


「・・・それにしても、やっぱり大きな爆発だったのね・・」

今自分達が立っているのは、おそらく爆心となったであろう一番損壊の激しい場所だ。

「ああ・・・酷いもんだぜ、まだあっちこっちに死体も埋まってるしな」

ハボックの視線の先にはシートのかけられた身元不明の死体が積んである。はそのシートから僅かにのぞく黒焦げの体の一部を目にして顔をそむけた。

「っと、悪ぃ、嫌なもん見せたな」

そんな彼女の様子に気づいたハボックは”大丈夫か”と声をかける。

「うん・・・大丈夫よ・・」

「俺なんかはもう見慣れってっけど、やっぱ最初のうちはきっついよな、ああいうのは」

「他は平気なんだけどね・・・どうも焼死体だけは駄目なのよ・・・」

現に軍に入ってから、もいくつもの変死体を目にしてきた。慣れると言う事は無いが、もうそれなりに耐性もついている。

「・・無理すんな、時間あるなら向こうのテントで休んどけよ?」

「ありがとう」

はそう言うと、少し背伸びしてハボックの首にふわりとタオルをかけた。

凄い汗よ、ジャンの方こそ無理しすぎないでね?」

「さんきゅ」

ハボックは笑って、タオルの端を頬にあてた。

「それと・・・・」

は先ほどからハボックが手にもっていた、煙草にすっと手を伸ばす。彼は女性の前では煙草を吸わないようにしているらしい。

「吸い過ぎは体に毒よ?」

そう言って彼の手から取った煙草を、自分の顔の横に持上げて見せた。

「はい」

何をするのかと思えば、の行動にハボックは思わず目を丸くしてまた笑った。

「じゃ、私も向こうに戻るわ、あんまり邪魔しちゃ悪いしね」

「おぅ!」

「頑張ってね」

は軽く手を振って踵を返すと、歩いていった。



「ったく、あいかわらず、男心をくすぐってくれるな」

ハボックはその後姿を眺めながら、ぽつりと呟いた。少し迷ったが、ポケットから新しい煙草を取り出すのはやめることにする。たまには少しくらい禁煙するのも悪くない。

「見せ付けてくれますねー、ハボック少尉」

「あん?」

揶揄するような声にそちらを振向けば、いつのまにか彼の隊の男達が全員にやにやと、こちらを見ている。ハボックは苦笑するとスコップを手にとった。

「馬鹿なこと言ってねーで、おら、仕事すんぞ仕事!!」













「ーわかった、ご苦労」

部下の一人から報告書を受け取ると、ロイは司令室を後にした。執務室に続く廊下を歩みながらなんとはなしに窓の外に目を向ける。

(・・・随分遅くなってしまったな)

ここ数日、事件やら事故が立て続けに何件もおきたせいで、何日もの間残業続きなのだ。すでに暗闇の中に沈んだ街の風景に、今日こそは早く帰ってやろうと思っていたのにとため息をつく。

とりあえずはこの報告書に目を通したら、今日は帰ろうかと執務室のドアを開いた。

「おっと」

するとちょうど、部屋に入ってすぐの場所にある電話のベルがなる。

『セントラルのヒューズ中佐から一般回線で通信です』

受話器を取ると、電話交換手の女性が事務的に伝える。

「またヒューズか、つなげ」

帰宅する時間がさらに遅くなりそうな電話主に、ロイは不機嫌を隠さずそう言った。僅かな時間の後、小さくノイズが聞こえて回線が繋がる。

「私だ。娘自慢なら聞かんぞ!」

どうせいつもの惚気話だろうと思い、ロイはヒューズの第一声を待たずしてそう言い切った。

『・・・・・・・・・』

「?」

しかし、何の反応も返してこない様子に眉を寄せた。

「ヒューズ?」

ふざけているのかと一度名前を呼んでみたが、やはり受話器からは何も聞こえてこない。

「ヒューズ・・・おいっ!」

ロイは、電話の向こう側の異常に気付いて声を荒げる。

「ヒューズ!ヒューズ!!」









ロイの元に、マース・ヒューズ殺害の一報が届いたのはそれから間もなくの事であった。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.18

この連載、軍部サイドの方がエルリック兄弟サイドより時間軸的に少し進んでます。嬢の動向を除いて両方読むと一応セントラルとイーストシティの動きが大体分かるようにはなってたり。

なんだか、軍人のわりにデスクワークしかしてなかったので、たまには嬢を現場に送り出してみました(笑)実際の現場指揮ってどんなかんじなんでしょう?リアルタイムの人質事件とかだったらもう少し動きがあるんでしょうが、それはまた別の機会にでも書きたいと思います。

次回・・・原作読み返すといつも泣きそうになるんですが・・・・ヒューズ准将の葬儀ですね・・