有刺鉄線を張り巡らせた高い壁に囲まれた元第五研究所。
その出で立ちは深夜と言うこともあり、廃墟特有の一種の不気味さをかもしだしていた。達は側面の外壁沿いに建物に近づくととそっと様子をうかがった。
「ふーん・・・・使ってない建物に門番ねぇ・・・・」
閉鎖された正面門の前には一人の警備兵が周囲に目を光らせている。その様子を気づかれぬようにうかがいながらエドワードが呟いた。
「あやしいですね」
「どうやって入ろうか?」
アルフォンスとも小声でささやきあうと、一度壁の奥に首を引っ込めた。
「入り口作っちまおうか?」
「それやると練成反応の光で門番にバレちゃうかも」
エドワードはそう言ったが、アルフォンスはうーんと難色を示す。錬金術の特徴として、例えどんなに小規模な練成であってもその時に放出される光は結構強烈なのだ。
「・・・・となると・・・」
エドワードは軽く上を見上げる。どうやら一番原始的な方法を使う以外はなさそうだ。
第18話 覚醒
「よい・・・しょっ」
アルフォンスの組んだ手の上に足を載せ、彼が腕を振り上げる勢いでエドワードの体が塀の上に放り投げられる。
「おわっ」
小さく声を上げたものの塀の上に着地したエドワードは、生身の左手に気をつけながら有刺鉄線の一部を外し下にたらす。
「んじゃ先に降りてるぜ」
「じゃあ、今度は少佐の番だよ」
そう言ってエドワードの姿が塀の内側に消えてしまうと、アルフォンスが振り向く。
「うん、ちょっとごめんね、アルフォンス君」
はそう一言断ってから、アルフォンスの手に足をかけると、先ほどエドワードがしたのと同じように塀の上に着地する。
「よし、じゃあ降りよっか」
そして、垂らした有刺鉄線を使ってアルフォンスが登って来るのを確認してから、体の向きを変える。
「手貸そうか?」
塀の高さはゆうに5メートル以上ある。下にいたエドワードが心配そうに見上げてきた。
「ううん、大丈夫よ」
そう答えては塀の上からふわりと飛び降りた。そして音すら立てずに軽やかに着地する。
「ね?」
そう笑顔でエドワードを見れば、彼は小さく口笛を吹いた。その間にアルフォンスがまた有刺鉄線を使ってこちら側に降りてくる。
「しかし、悲しいけどよ、こういう時は生身の手足じゃなくてよかったって思うぜ」
「ははは、同感」
エドワードが苦笑して言うと、ようやく地面に着いたアルフォンスが肩をすくめた。
「うげ、入り口もがっちり閉鎖かよ」
敷地内には潜入できたものの、研究所唯一の出入り口は鉄板でふさがれた上、有刺鉄線が何重にも張り巡らされている。その厳重さにエドワードはげんなりとした。
「壊して入るしかないかな?」
アルフォンスが言うと、エドワードはうーんと、腕を組む。
「二人ともこっち」
「・・・奥まで続いてそうだな」
エドワードはが見つけた通風孔の金網をかぱっとはずすと中を覗き込んだ。
「これなら何とか通れそうじゃない?」
「ああ」
同じようにが覗き込むとエドワードは頷いた。二人は今アルフォンスの両肩にそれぞれ乗っている。
「よし、オレと少佐で行って来る。アル、ここで待ってろ」
エドワードはアルフォンスの顔を見下ろして言った。
「ええ?二人だけで大丈夫?」
アルフォンスはそう言ったが、細身のと小柄なエドワードはともかく、彼がここを通ることは不可能だ。
「心配しないで、すぐ戻ってくるから」
はアルフォンスに笑いかけると、そのまま通風孔に手をかけた。
「って・・・わー!!ちょ・・・ちょっと待った少佐!!ストップストップ!!」
しかし上半身を中に入れようとしたところで、あることに気付いたエドワードが慌てて待ったをかける。
「・・?どうしたのエドワード君?」
「お・・・オレが先に行く!!」
不思議そうに自分を見下ろすに、エドワードは言う。
「どうして?」
「だ・・・だって・・・・」
立ち入り禁止区域に入ると言うこともあって、今のはもちろん軍服ではなく私服を着ている。ただし動きやすさを重視したであろう、かなり丈の短いミニスカートを履いているのだ。この狭い通風孔を通るには当然、腹ばいになって進む事になるのだが、そんな姿でに自分より前を行かれたらどうなるか。
エドワードだって年頃の少年なのだ、思わずその光景を想像して赤くなった。
(ああ、そういうことか)
アルフォンスはエドワードが何を考えているかに気付いて顔をあげる。
「少佐、こういう時は男が先にいくものなんですよ、そうだよね兄さん?」
「お・・・おう!」
弟の機転に感謝しつつエドワードは頷いた。
「・・・なんかよくわからないけど、そこまで言うのなら・・」
は首をかしげていたが、一度手を離して入り口をエドワードに譲る。
「んじゃ、ちょっくら行ってくる」
エドワードは内心ほっとしつつ、通風孔の中に入った。
「じゃあ、私も行くね」
「うん、気をつけてくださいね」
アルフォンスにありがとうと言うと、続いても中に入っていった。
(二人とも無茶しないといいけど・・・特に兄さんはすぐ暴走するから心配だなぁ・・)
二人の姿が見えなくなってしまうと、アルフォンスは一人その場に座り込んでため息をついた。
「・・・案外せまいね・・・」
通風孔の中を匍匐前進しながら、は呟いた。四方を固める壁は思いのほか狭く、体を少し斜めにして通るのがやっとだ。
「ああ・・こりゃ、普通のサイズじゃ通れなかったな。体小さくて良かっ・・・・・」
「エ・・・エドワード君・・・・?」
自分より少し前を進むエドワードが突然頭を抱えて悶絶しだした。どうやら自分で小さいといってしまって自己嫌悪に陥ってるらしい。
「・・な・・・なんでもない・・・それより出口みたいだぜ」
エドワードは少し動揺しながらも、目の前の金網を蹴り落とす。二人の読みは当たったらしく、そこは研究所内の通路の天井であった。下に障害が無いのを確認してから飛び降りると、すぐにも続いた。二人の足元を数メートルおきに廊下に設置された弱い電灯が照らす。
「何が”現在使われておりません”だ。ビンゴだぜ」
その様子に、エドワードはにっと口の端を吊り上げた。
「さて、ここからは別行動かしらね」
はあたりを見回す。見たところこの通路は自分の前後にのびた後、どちらも奥まで続いているようだ。どうせなら手分けした方が効率がいい。
「ああ、でも少佐気をつけろよ?」
エドワードがを振り返る。
「君もね」
「ああ。じゃ、お互いある程度調べたら外のアルのところに戻るって事で」
「了解」
お互い頷きあうと、二人はそれぞれ反対方向に向かって歩き出した。
(なんだろう・・・この感じ・・・)
エドワードと別れてから一人で歩いているは、先ほどから違和感のようなものを感じていた。古い建物らしい、少々かび臭いよどんだ空気や、くもの巣の張った天井。もちろんそれらに覚えは無いはずだが何かが引っかかるのだ。そう、たとえて言うのなら既視感のような感覚だ。
(きっと、気のせいね・・・)
人は恐怖を感じると、無意識下に変な妄想をしがちな生き物だ。廃墟、深夜、一人という条件が重なれば多少の恐怖を感じてもおかしくない。もしかしたら自分は案外臆病なのかもしれないと結論付けて、は角を曲がる。
「・・・行き止まり?」
が、すぐに立ち止まった。弱い明かりに照らされた通路の奥は壁になっている。どうやら随分奥にまで来てしまったらしい。戻ろうかと思ったが、足を進める。行き止まりの壁にうっすらと扉らしきものが見えたからだ。
今までが通ってきた廊下の途中にあった扉は、どこもひどく壊れていたり、崩れていたりしたが、近づいてみると、この扉はまだしっかりと形をとどめており、扉としての役目を果たしていた。
(・・・この部屋で重要な研究でもしてたのかしら?)
さらによく見れば、取っ手の下に丈夫そうな南京錠がついている。は少し考えてから南京錠に手をかける。鍵はもっていなかったが、錆付いてしまっているそれは指先で簡単に外すことが出来た。
右手で取っ手を捻ると、ぎぃっと音を立てて内側に扉が開く。一歩踏み込んだ瞬間の埃っぽい空気が、随分と長い間この部屋に誰も入らなかったと言うことを感じさせる。
(暗いな・・・)
部屋の中は廊下と違い、電灯がつけられていない。はポケットからライターを取り出すと、キャップを開けてネジを回す。ぼっと小さな音がしてオレンジ色の火が点けられた。小さな火のためこの暗さの中では十分な明かりにはならないが、それでも部屋の中をぼんやりと見渡せる程度の役には立つ。
(書庫・・・?違う・・・研究員の私室かな・・・?)
ライターを片手に部屋の中ほどまで進みあたりを見回す。壁際にはいくつもの本棚があり、そこにはびっしりと本が並べられている。部屋の広さと、この造りからして、研究所内でそれなりの地位を持つものの部屋だったのだろう。少なくとも他の部屋と違い、荒らされた様子はない。
本棚に近づくと、ライターの明かりを近づける。
(組織発生学、解剖学、分子細胞生物学、病態生理学 ・・・それに免疫学に薬理学・・・医療関係の専門書ばかりね、やっぱり生体練成の研究をしてたのかしら)
明かりに照らされた本の背表紙に書いてあるタイトルのほぼ全てが、高度な医学書や生体練成の研究資料らしい。医療関係が苦手なわけではないが、ずっと見ていれば頭の痛くなりそうな内容ばかりの本棚に見切りをつけてため息をつく。
本棚から離れると、奥にあるデスクの前まで移動した。きちんと整理された様子から持ち主が几帳面な人物であったと推測できる。デスクの端に並べられた本を手にとってぱらぱらと簡単に目を通すが、走り書きや意味不明の暗号ばかりであまり大したことは書いてなさそうだ。
静かにもとの場所に戻して、今度はデスクの引き出しに手をかける。しかし軽く手前に引いて見た物の、こちらは鍵がかかっているらしく開かない。仕方が無いので、一度隅にライターを置くと、埃だらけのデスクの上に指を滑らせる。指が通った場所だけ埃がふき取られ、やがてそれは小さな練成陣になった。完成した陣の上に、手をあてるとぱちっと練成反応の光が走り、引き出しの鍵が外れる。
引き出しの中には一冊の本が入っていた。分厚いそれを手にとると黒い革張りになっている。
(この机の持ち主の研究手帳・・・?)
そう思って数ページめくってみたが、どうやら日記のようだ。一度閉じて裏返してみると、裏表紙の部分に何かが書いてある。手のひらで軽く埃を払って見ると、一部かすれているが何とか読めそうだ。は顔を近づけて、そしてそこに書いてあった文字に目を見開いた。
B.Faircliff
確かにそう記されている。一瞬、手帳を落としそうになった。明らかに動揺しているのが自分でもわかる。それを持つ手が震えていた。
一度大きく息を吸って、もう一度ページを開く。変色した紙に丁寧な字が綴られていた。
7.Mar.6
最近中々家に帰れなかったせいか、リアンがやけに甘えてきた。
しっかりしているから忘れがちだったが、まだあの子も11歳だ、もしかしたら寂しい思いをしているのかもしれない。アナベルも同じ事を言っていた。
だが、明日からはまた研究室に戻らねばならない。次の休みが取れるのはいつになるかわからないだろう。親として本当にすまないと思っている。
は無言で何枚かページをめくった。体中を嫌な汗が伝っている。
26.June.6
今日リアンが高熱を出して倒れたと聞いて慌てて家に帰った。
滅多に病気をする子ではない、辛かっただろう。それでも私とアナベルが帰ると、仕事はいいのかと聞いてきた。健気な子だ。
9.Jul.6
もう10日以上もたつというのに、未だリアンの熱は下がらない。それどころか、体中に発疹が現れ、せきも酷い。
早急に病院に連れて行かねばならない。
12.Jul.6
リアンの熱の原因が流行病である事がわかった。
未だ有効な治療法のない病気だ、医師に、もって一年の命と宣告された。信じられなかった、一緒に聞いていたアナベルは涙を流していた。
「なに・・・これ・・・」
額からぽたりと汗が流れ落ちた、読み進むにつれて震えは強くなるばかりだ。
2.Sep.6
駄目だ、私達の技術だけではリアンの病気をどうすることも出来ない。
彼女の体力も限界に来ている。時間がない、あの方法を使うしかないのだろうか?
あの賢者の石を使えば彼女の体を正常な状態へ再構築することも可能だ。しかし、私はあの石の材料を知ってしまった。私はどうすればいい?
賢者の石という言葉には息を呑む。これ以上読んではいけない気がした。だが、その気持ちを押さえてページを進める。
19.Sep.6
今日リアンを研究室に運び込んだ。彼女の意識は数日前から無い。
明日”儀式”を行う。躊躇している時間は無い。私達に他に選択肢はないのだから。
5.Oct.6
今日リアンが目覚めた。脈も呼吸も正常だ。
練成は成功したようだが、病にかかってからの記憶が無いようだ。
「っつ!!」
はそこで手帳を閉じた。もういい、もうこれ以上読みたくなかった。体の震えも流れる汗もとまらない。
「うそ・・・でしょ・・・こんな・・・・賢者の石を作ってたのは・・・・私の・・・・うっ!!」
突然ズキリと激しい頭痛が襲った。ドクンと心臓が大きく脈打つ。
「何・・・・な・・・んなの・・・これ・・・っ!!」
無限に続く螺旋のような中を異常な速さで突っ切るような感覚。物凄い量の情報が映像として一気に頭の中に流れ込んで来る。頭がおかしくなりそうだ。
「い・・・いや・・・やだ・・・やめてっ・・・・!!」
耐え切れない眩暈を起こしてはその場に崩れ落ちた。
『なんだ、またあれを使った奴がいたのか。仕方ないな、見せてやるよ』
意識を失う寸前に、そんな声を聞いた気がした。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.18
いきなり急展開な18話をお送りしました(笑)
本当は、嬢の前にも見張りの敵を立ちふさがらせようとしたんですが、そのネタは没になりました。あまりにも長くなりすぎちゃうんで。たぶん、この日記の持ち主が何者かは読んでてバレバレだと思います(苦笑)
えーとそれから話が変わってしまうのですが、今回から嬢の口調が変わってるのにお気づきになりましたでしょうか?大した変化では無いんですが、他の話もいわゆるお姉言葉に統一しました。前からちょっと気になっててどうしようかと思ってたんですが、やっぱり色々気に入らなかったので・・・;
さて、次回はあのお方が再登場、そして、お待たせしました。リクエストの多かったあの人がようやく初登場します(笑)・・・ちょこっとですが;