イーストシティ郊外に位置する練兵場に、現在黒山の人だかりが出来ていた。
もちろん青い軍服に身を包んだ全ての人間が軍人である。彼らの目的はただ一つ、これからこの場で行われようとしている焔と光耀の国家錬金術師対決であった。
数日前突然決まったこの対決は、戦闘査定と銘打ってはいる物の、普段ヒマなデスクワークに身をやつした軍人達には格好の見せ物である。まだ始まってもいないというのに、会場はすでに興奮と熱気に溢れていた。
そんな中、練兵場の両サイドからそれぞれ人影が現れると、いたるところから歓声が上がる。戦いの火蓋は間もなく気って落とされようとしていた。
第17話 勝利の定義
「焔の錬金術師ロイ・マスタング、光耀の錬金術師・両者前へ!」
査定官の声が響くとロイとはそれぞれフィールドの中央まで歩み出た。互いに向き合うように立つとロイがふっと笑みを作る。
「悪いが今回ばかりは負けるわけにいかんのでな、本気でいかせて貰うぞ少佐」
「私としては今日まで雨が降り続いていてくれれば良かったんですがね」
「・・・言うようになったな」
「相手の戦意を削ぐのも有効な戦術の一つですから」
ロイの顔を見上げて、も笑う。
「お互い手加減無しだ、君も本気で来い」
「そのつもりです」
2人は交錯する視線で頷きあうと、向かい合ったまま数歩後ろに下がる。
は軽く練兵場を見回した。
昨夜まで降っていた雨が、地面に多少の水溜りを作っているものの天気は快晴、湿度もそれほど高くない。発火布による火花を媒体としたロイの錬金術に湿気は大敵だが、この状態なら全く問題ない。逆に空気中の水分が多ければ多いほど有利になるにとっては、少々の痛手だ。これは接近戦に持ち込まなければいけないかもしれないと頭の中で簡単な計算をする。
視界の端で、査定官が後退するのが見えた、次に発せられる一言で戦闘は始まる。一種昂揚感にも似た緊張感が、練兵場を包む。
「始めよ」
刹那、2人の間に焔が上がり、僅かに遅れて閃光が走る。雷撃が焔を真っ二つに切り裂いた衝撃で、もうもうと煙が上がる。一瞬にして視界ゼロになったフィールドの中央に向かって、とロイは同時に動いた。
(来た!)
例え視界が悪くとも強烈な焔は風を生む。煙の動きで軌道を読んで、飛来する焔を小規模な雷撃で相殺しながらひたすら走る。
視界の先に僅かに見えた人影。煙を抜けた瞬間地に手をつく。大気がキィンと鳴り、ロイに向かって青い閃光が走る。
「おっと」
慌てたような台詞だが、ロイは軽く横に跳んで難なくかわした。反れた雷撃音が空しく響くと同時に、すぐに今度はに向かって火花が飛ぶ。
「っ!!」
軸足を反転させる勢いで低く体を滑らせる、すれすれの位置を火花が通過した。しかし態勢を立て直す間もなく来る第二撃。急いで前方地面に体を投げ出すと、転がった態勢から後ろに跳ぶ。着地と同時に手をついた。
「!」
ロイの周囲に続けざまに3発の雷撃が落ちた。彼が砂埃に巻かれた隙には走る。
(やっぱり強い・・・遠距離戦じゃ埒があかないわね)
ロイの焔との雷撃はどちらも遠距離戦闘向けだ。だが練成スピードはロイの方が圧倒的に速い。放電現象が起こるまでの僅かなタイムラグに攻撃を仕掛けられては意味が無い。
そう悟って手近な水溜りに両手を触れる。水面が光った直後に風圧を感じて地面を蹴った。直後、今いた水溜りの付近が爆発する。しかしは立ち上がるとすぐに駆け出した。両手には水溜りから練成した超低温の氷のナイフ。
「ほぅ」
向かう先のロイの口から感嘆ともつかぬ声がもれた。だが、攻撃を仕掛ける手は容赦ない。
「ああもう!!」
は走りながらナイフを持った手を胸の前で交差する。青白い練成反応が起こり、次々と飛んで来る焔の弾を空中で氷の塊が相殺した。
「はっ!」
強く地面を蹴って高い位置からロイに跳び掛る。
「随分と腕を上げたな」
しかしなお、ロイは余裕の笑みを崩さない。態勢を低くしての攻撃をやり過ごす。
「このっ!」
しかし、接近戦に持ち込めばも早々引けは取らない。ロイが屈んだ瞬間にその肩に手を触れて空中で体を捻らせる。
「何!?」
これはさすがに予想外だったか、反応が遅れたロイの右手めがけてナイフを振り下ろす。
「くっ!!」
ロイは急いで手を引いたが、掠めたナイフが僅かに発火布の端を切り裂く。だが描かれた練成陣にまでは及ばなかった。
「惜しいっ!」
苦笑しながら着地したは、すぐさま反転して再びロイに突進する。
「なるほど、そう来るか」
ロイは笑みを浮かべながらも小さく舌打ちする。いくら彼とて発火布を破られてはまずい。言いながらも、次々振り下ろされるの腕を器用に避ける。
「遠距離では絶対に大佐には勝てませんから」
戦況が今度はに傾いた。この近距離ではロイは焔を出すことが出来ない。は速さにおいては誰にも負けない自身があった。反撃の隙を与えずひたすら攻撃を繰り返すうちに、とうとう右手の発火布が破られる。
「まずは一枚」
「やってくれるな」
さすがに焦りを感じたか、僅かに余裕の笑顔を崩したロイは、瞬時に体を落として右足を反転させる。
「!!」
軸足を払われてはバランスを崩す。受身を取るよりも早くロイの攻撃が来ると思った。
「なっ・・・!!?」
だがしかし、ロイはそのまま後方に大きく跳ぶ。絶好のチャンスを見す見す無駄にした彼の行動を、逆さの視界で捉えながらも、急いで伸ばした右腕で地面を捉え体を捻った。
「女性を殴るのは趣味じゃなくてね」
果たして本気か冗談か。そう言うと同時にロイは左手の発火布で指を鳴らした。
「っつ!!」
投げつけたナイフに火花があたり、の目前で爆発する。その爆風に吹き飛ばされたは、上手く勢いにのって後ろへ跳んだ。
(・・・こうなったら、一か八か・・・)
一本だけになったナイフを逆手に握って駆け出す。正面から来るの姿にロイは一際高く指を鳴らした。
見えない導火線を火花が直進する。当然は避けるだろうとロイは思った。だがしかし
「!?」
は迷わず避ける動作すらせず直進した。爆音が上がり焔と煙が彼女の体を覆い隠した。ロイは目を疑った。観戦者からもどよめきがおこる。
「まさか・・・」
煙が治まると、その中には真っ直ぐ前に手を突き出したまま佇むの姿。しかしすぐにがくりと膝をついた。その光景にロイの体温が一瞬にして下がる。
「少佐っ!!」
思わずロイは走り出していた。勝負などこの際どうでもいい。
(やりすぎたかっ・・・!?)
そう思ってうずくまっているに駆け寄る。動かない彼女にとてつもなく嫌な予感が脳裏を走った。
「少佐・・・・少佐!!しっかり・・・・っ!?」
ロイが屈みこんでの肩を揺すった時だった。その喉元に、氷の刃がピタリと突きつけられる。ロイが僅かに息を詰まらせると、が静かに顔を上げた。
「”兵は詭道なり”・・・だまし討ちも立派な戦略だとエドワード君に言ったのは大佐だそうですね・・・?」
は小さく息を吐くと、上目遣いに笑って見せた。ロイの表情が僅かに引きつる。
「これは・・・驚いたな、どうやって避けた?直撃だったろう」
「爆発が起こった直後に、水蒸気を私の周辺で氷に練成しました。もっとも・・・・あと少し氷の厚みが足りなかったら、軽くレアくらいには焼けてたと思いますが・・・」
「・・・ふ」
ロイは目を閉じて、ため息をついた。
「まいったな君には・・・油断したよ、完敗だ」
「いえ・・・」
しかし、苦笑するロイには言った。
「私の負けです」
そう言った直後、ロイの首に突きつけていた氷のナイフがピシッと音を立てて砕け散った。
「・・・・・・・・」
ロイはその様子を目を丸くして見つめる。
「・・・焔に突っ込んだ時の熱で脆くなってたみたいです、うっかり忘れてました・・」
今度はが苦笑した。一瞬呆気に取られていたロイだが、つられたように突然吹き出す。
「な・・・なんで笑うんですか!?」
「いや・・・本当に予想外のことばかりしてくれるなと思ってね」
つぼに入ったのかロイは涙目になってくっくと低い笑いを漏らす。その様子に毒気を抜かれたは、気が抜けたように座り込んで一緒に笑い出した。
しかし、そんな2人の姿を眺めている査定官はどうしたものかと立ち尽くしていた。するとふいにその後ろに誰かが立つ。査定官はその存在に気付くと慌てて敬礼した。
「大総統閣下!!」
「うむ、見応えのある戦闘であったな」
大総統は、眼帯の無い方の目を細めて笑うとうんうんと一人楽しげに頷く。
「それはいいのですが、査定結果の方はいかがいたしましょうか?」
「ああ、合格でいいのではないか?」
「し・・・しかし・・」
そんないい加減でいい物かと査定官は思う。
「まあ、良いではないか、あの光耀の錬金術師・・・これからまだまだ大きくなるぞ」
「はあ・・・大総統がそう仰られるのでしたら・・・」
査定官はあきらめて頷いた。軍の最高権力者という特殊な立場だけに、このキング・ブラッドレイと言う男はかなりの変わり者なのだった。
「そう・・・大きくなってもらわねば困るのだよ・・・人柱としてな」
査定官が下がった後、ブラッドレイは静かに呟いた。その目が鋭く自分を見据えていたことなどは気付いていなかった。
翌日。
祭の後には必ず動乱の待っているものである。案の定、司令部中の軍人が昨日の観戦のため半日以上を浪費したことから、本日の東方司令部は目の回りそうな忙しさであった。
遅れた書類の催促に、ひっきりなしに内線の電話が鳴り響き、普段から話し声の途切れることの無い司令室はまさに戦場だ。しかも今朝未明に市内で起こったガス爆発と思われる事故のせいで、これはもう、日勤だろうが、夜勤だろうが、今日は全員残業必須かという勢いである。この上さらに何か重大な事件でも起ころうものなら、過労で死人が出てもおかしくない。
「結局の所、昨日の対決の勝敗ってどうなったんですか?」
しかしそんな状態であろうと口を開きたくなるのは人間の性だ。ブレダはセントラルへの事件報告書をに渡すついでにそう聞いた。
「そうですね・・・ブレダ少尉はどう思います?」
そうに聞き返されたブレダも、もちろん観戦者の一人だ。
「あー・・、やっぱ引き分けになるんじゃないんですかね?」
しばし考えるようなそぶりを見せたが、ブレダの答えはの予想通りであった。彼だけではなく、今日同じ質問をして逆にに聞き返された者は、皆そう答えている。
「いいえ、大佐の圧勝ですよ」
「え、そうなんですか?」
観戦者側のブレダから見れば、最後の最後で油断してに近づいたロイの方に落ち度がありそうなものだ。
「実戦結果と当事者間の勝敗が必ずしも一致するとは限りませんよ、少なくともそう言う意味では私は惨敗ですから」
小さく舌を出しては苦笑して見せた。
「はい?」
ブレダはその言葉の意味が分からず怪訝な顔をした。だがは、解からなくていいですと笑って話を締めた。
(適わないわ、あの人には・・・)
実際明確にするならば、だまし討ちとは言えに勝敗が上がっていたことは確かだ。ロイとてあの場でそれを認めていた。だがしかし、は膝をついた自分の元に駆け寄ってきた彼の目を見た瞬間、悟っていたのだった。
ああ、自分は負けたのだと。戦闘にではなくロイ・マスタングという人間自身に。
本人は無意識だったのだろうが、あの時の目を見て、彼がに言った言葉を信じないとは言えなくなった。自惚れと言えばそれまでだが、少なくとも本気で自分に気を掛けてくれている事はわかる。その時点では戦う前からロイに負けていたのだ。自分が彼の言葉を嘘だと思い込んでいたのだから。
不思議と悔しさは沸いてこなかったが、もちろんそんなことは本人には言ってやらない。
ただ、今まで持っていた、彼に対する先入観が消え、僅かだがロイに対する自分の認識が変わりつつあるのは確かだった。それが恋愛感情なのかと言われれば、YESとは言えないしNOとも言えない。でも、それでいいのだと結論付ける。今すぐ出さなければいけない結論ではないし、何よりも自分にはやるべき事があるのだから。
「少佐、ちょっとよろしいですか?」
声をかけられてそちらを見れば、ホークアイがファイルを持って立っている。が近づくと、彼女は事務的な口調で淡々と説明を始めた。
「今朝未明、市内でガス爆発と思しき事故があったのはすでにご存知だと思いますが、たった今、その付近の川でスカーが着用していた物と酷似している衣服が発見されたとの報告がありました」
「スカーのですか!?」
ホークアイが無言で頷いた。
「現場担当の憲兵からの報告ですので、まだ断定はできていません。そこで、以前スカーとの交戦経験がある少佐に確認をお願いしたいとの事ですので、現場へ向かっていただけますか」
「了解しました、今すぐ向かいます」
そう言うとは、壁に掛けられた自分のコートを羽織る。
(どういうことだろう・・・?)
その足で司令室から外に出ると駆け出した。先日の一件以来姿をくらませていたスカーの服が爆発事故現場付近で見つかった。まさか、巻き込まれたと言うのだろうか。それとも他に何かあるのかと推測は後をたたないが、とりあえず行ってみなければ分からない。は無意識に足を速めた。
「大佐」
が車から降りると、付近にいた憲兵が一斉に敬礼をした。ご苦労様ですと簡単に返して、ロイの元へ駆け寄る。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「いや、忙しい所を呼び出してすまなかったな」
「いえ。それで、例の服というのは・・・」
「ああ、こっちだ」
は敬礼した手を下ろすと、ロイの後ろに続く。
「これだ」
「・・ちょっと、失礼します」
ロイの指が指した先には、青いシートの上に置かれた血まみれのジャケットがある。は憲兵から差し出された手袋をつけると、シートの脇に屈みこんでジャケットを手にとる。
いたるところが裂け、見るも無残なほどにボロボロになっているが、見間違えるはずも無かった。
「どう思う?」
「・・・・間違いありません、スカーのジャケットです・・・」
ロイの声に、は苦々しく答えた。
(間違えるはずがないわ・・・)
スカーの顔が脳裏に浮かんで、ぎりっと歯を噛み締めた。ジャケットから手を離して立ち上がると、は少々乱暴に手袋を外す。白いそれはジャケットの血が付いて、僅かに染みをつくっていた。
「・・・死体はでたか?」
ロイはそんなから視線をそらして、先に来ていたハボックに声を掛ける。
「捜索はしてますが、あのガレキの下を全部確認するとなると何週間かかるやら」
ハボックが指差した先には崩れ落ちた水道橋。相当大規模な爆発だったらしく、付近の建物にまで損壊が及んでいる。
「出血量からして、スカーが重傷を負ったことは間違いなさそうですね・・・」
「うむ」
の言葉にロイも表情を険しくして頷いた。
「しかし、奴の死亡を確認するまで油断は出来ん、ハボック少尉!」
「はい?」
「おまえの隊はガレキの撤去作業を進めろ。昼も夜も休み無しだ!なんとしても奴の死体を引っ張り出せ!」
無茶苦茶な事を言うロイにハボックは明らかに嫌な顔をした。
「うへぇ、勘弁してくださいよ、俺らを過労死させる気ですか」
「うるさい!奴の死体をこの目で見るまで私が落ち着かんのだ!」
しかし、そんなことは知らんと言わんばかりにロイは真顔で切り捨てた。
「ああそうですか」
ハボックは明後日の方向を見てそう返した。この上司の横暴で人使いの荒い所など、今に始まったことではないのだ。
(本当に死んだの・・スカー・・・?)
そんなやり取りを視界の端に、はもう一度ジャケットに目をやった。自分で言っておいて難だが、あの男が事故に巻き込まれたくらいで果たして死んだりするだろうか。
しかし疑問が残っても、確かにこのガレキを何とかしなければどうにもならない。結局、撤去作業をすることになったハボックたちを残して、ロイとは司令部に引き返すことになった。
「・・・・逃げられちゃったわね」
倒壊した水道橋近くの建物の一角から、その光景を見下ろす二つの人影があった。そのうちの一人、黒衣に身を包んだ女は、風に長い黒髪を遊ばせながらそう呟いた。
「食べそこねた」
その横に、ちょこんと座った男は、さも残念そうに指をくわえる。
「はいはい、また今度ね」
その異様なほど太った巨体に見合わず幼子のような仕草に、黒髪の女は呆れたように髪をかき上げた。
「ま、あれだけたっとけばやつもしばらく動けないでしょ」
女の血のように赤い唇が優美に弧を描く。
「私はまたセントラルに戻るわ。お父様にこの事を報告しておかなくちゃ・・・それと、あのお嬢ちゃんのこともね」
その言葉を最後に、建物の上から2人の姿は消え去った。後はたた、風の音だけがあたりに響いていた。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.17
一番好きなのは戦闘シーン、でも一番苦手なのも戦闘シーン・・・好きこそ物の上手なれ、書きまくって練習するしかないですかね・・・(遠い目)
ロイの錬金術ってまともに書くの今回が初めてですが、なんか色々ありえないことに。でもゲーム版の大佐ってあんな感じだと聞き及んだのですが・・・実際のトコどうなんでしょうね(PS2持ってないので未プレイなのです私・涙)
とりあえず、戦闘シーンの話はさて置き、嬢の言葉の意味がよくわからなかった方、すみません。書いた私もよくわかりません(おい)
要約すると、大佐の告白信じる気ゼロだったのに、うっかり信じざるをえないような表情(本気で心配してましたから)を戦闘中にされてしまったと。そういうわけで、彼が最初から本気で言ってたってことが証明されたわけですから、間違ってたのは自分の方だったと、負けを認めた・・・(ああ・・・ますます訳がわからなく・・・;)
実はここのシーンで詰まって3時間近くロスしました;そのうち、書き直すかもしれません・・・ので、今は流してやってください(土下座)