それは苦難に歓喜を

戦いの勝利を

暗黒に光を

死者に生を約束する

血のごとき紅き石



人はそれを敬意をもって呼ぶ


「賢者の石」と











第17話 真実の奥










”賢者の石の材料は生きた人間だ”

その言葉は、一瞬にして部屋の空気を重苦しい物へと塗り替えた。そんな中、エドワードの言葉だけが淡々と染み込んでいく。

「たしかにこれは知らない方が幸せだったかもしれないな。この資料が正しければ賢者の石の材料は生きた人間・・・しかも石を一個精製するのに複数の犠牲が必要って事だ・・・!」

怒りとも恐れともつかない表情でエドワードは口元を押さえた。

「そんな非人道的な事が軍の機関で行われているなんて・・・・」

「許される事じゃないでしょう!」

言葉が途切れたことで呪縛から解き放たれたかのようにブロッシュとロスが声を上げた。

「・・・・・・ロス少尉、ブロッシュ軍曹、この事は誰にも言わないでおいてくれないか」

「しかし・・・・」

「たのむ」

ブロッシュはそんなことできるはずがないと続けようとしたが、そこで言葉を飲み込んでしまった。俯いたエドワードが泣きそうな顔をしていたからだ。

「たのむから聞かなかった事にしておいてくれよ」

それ以上誰かが言葉を発することもなく、ただやるせない程時間が長く感じられた。









静かだった。

静寂が、見えない蛇のように重苦しく体にまとわりつく。眠るわけでもなく、ただベットの上に体を横たえては天井を見上げていた。

(賢者の石は生きた人間から作られる・・・そして石一個に対し複数の犠牲が必要・・・)

確かにマルコーの研究書にはそう書いてあった。それはずっと解読を手伝ってきた自身間違えようなない事実だった。

二日前、その結論にたどり着いたエドワード達は、もう中央図書館に通うこともなくずっとホテルの部屋にこもったままであった。何度かロス達と交替で護衛についたが彼らが部屋から出てくることはなく、も今はこうして一人部屋で休んでいる。

否、休んでいるのは言えないかもしれない、むしろ一人でいる分、脳は余計な思考をとめどなく発展させていくばかりだ。エドワード達が受けたショックは大きい。それは当然だ、元の体に戻るためにやっと見つけた手掛かりがあの結果だったのだから。

だが、は違う。賢者の石を手に入れる事を目的としない自分は、もしも第三者だった場合、非人道的な実験内容に憤りを感じたとしても、ロスやブロッシュの反応とさして変わらなかったであろう。いずれは薄れる嫌な記憶として心の片隅に小さな傷を残す程度で済んだかもしれないと思う。

が受けた衝撃は他の場所にあった。賢者の石が作られていたと言うこと、すなわちそれを行っていた、何人もの人間を犠牲にしてまでも作り続けた人間がいたと言うこと。そしてあのときのマルコーの反応で得た確証。

「一体・・・何のためにこんなことしてたっていうのよ・・・」

認めたくない、信じたくない事実には手の甲を目に押し付けた。信じてきたものが揺らぐ、自分の全ての起因があやふやになる、無知で愚かで、本当は何も分かっていなかったのだ。悔しくて哀しくて、それでも不思議と涙が出てこないのは、理解しようとしながらも未だそれに縋っている自分がいるから。

(弱いな・・・本当に)

ねじれた輪のように延々と続く思考の悪循環に見切りをつけてため息をつく。結局の所いくら考えたって無駄なのだ。






どれくらい時間がたった頃だろうか。
いつのまにか浅い眠りの淵を漂っていたを、隣の部屋から聞こえてきた騒音がふいに現実に引き戻す。もちろんそこはエドワード達の滞在する部屋である。

「何?」

は急いで軍服の上着を羽織ると廊下に出ようと、

「聞いたぞエドワード・エルリック!!」

した瞬間にずるりとコケそうになった。
もちろん原因は響き渡るアームストロングの声である。部屋の前には必死の制止も虚しく押し切られてしまったロスとブロッシュの姿。2人は部屋から出てきたに気付くと救いを求めるような視線を向けてきた。この一瞬で大体何が起こったのか想像がついてしまったは軽い頭痛を覚えつつも、アームストロングによって扉を壊されたエドワード達の部屋に入る。

「なんたる悲劇!!賢者の石にそのようなおそるべき秘密が隠されていようとは!!」

中には案の定、完全自己陶酔モードで涙を流すアームストロングと、怯えの入ったエドワードとアルフォンス。しかしそんなことなどお構い無しのアームストロングはひたすら力説を続ける。

「しかもその地獄の研究が軍の下の機関で行われていたとするならばこれは由々しき事態である!!我輩黙って見過ごすわけにはいかん!!」

一通りアームストロングが語り終わった後、エドワードは怒り心頭、顔中に青筋を浮かべて無言でブロッシュとロスに詰め寄った。

「ごごごごめんなさい・・・」

「あんな暑苦しい人に詰め寄られたら喋らざるをえなくて・・・」

とりあえず2人は目を合わせないように言った。

「・・・あれ?右手義手だったんですか」

普段長袖のコートと上着、さらに手袋までしているエドワードは外観からは普通の人間と変わりない。初めて目にしたブロッシュはエドワードのオートメイルに目をとめる。

「ああ・・・えーと東部の内乱の時にちょっとね・・・・」

「そそそれで、元の体に戻るのに賢者の石が必要でして」

まさか素直に人体練成をしましたなどと言えるはずもなく、エドワードの言葉に慌ててアルフォンスもフォローもを入れる。

「そうですか・・・それがあんな事になってしまって残念ですね」

「真実は時として残酷なものよ」

ブロッシュに頷くアームストロング自身は特に含みはなかったが、”真実”と言う言葉にエドワードとがふいに反応を示した。

「「真実・・・?」」

「どうしたの、兄さん、少佐?」

言葉が重なって思わずとエドワードは顔を見合わせた。互いに同じ事を思ったからだ。

「アル、マルコーさんの言葉覚えてるか?」

「え?」

「ほら、駅で言ってただろ”真実の奥の更なる真実”・・・・・・・」

エドワードは思案するように口元に手を当てた。彼とを除いて、話についていけない一同は首をかしげた。

「・・つまりこの話、まだ裏があるってことです」

が言うと、エドワードは大きく頷いた。




「軍の下にある錬金術研究所はセントラル市内に4か所。そのうちドクター・マルコーが所属していたのは第三研究所、ここが一番あやしいな」

アームストロングがセントラル市内の
地図を机の上に広げると、一同は自然とその机を囲むようにしてそれを見下ろす。

「うーん・・・市内の研究所はオレが国家資格とってすぐに全部回ってみたけどここはそんなにたいした研究はしてなかったような・・・・・」

言いながらエドワードは×印がつけられた一角に目をとめる。

「これ・・・この建物なんだろう」

「以前は第五研究所とよばれてい建物ですが、現在は使用されていないただの廃屋です。崩壊の危険性があるので立ち入り禁止になっていたはずですが」

ロスが資料の内容を読み上げると、あることに気付いたが×印の隣を指差す。

「エドワード君、これ・・・」

「ああ、これだ」

「え?なんの確証があって?」

「隣に刑務所があるんです」

が振り返って言うとブロッシュはまだ意味が解せず、言葉を詰まらせた。

「えっと・・・・」

「賢者の石を作るために生きた人間が材料として必要って事は、材料調達の場がいるってことだ」

エドワードは補足するように説明しながら、地図上の刑務所から×印に指先を滑らせる。

「たしか死刑囚ってのは処刑後も遺族に遺体は返されないだろ?表向きには刑務所内の絞首台で死んだ事にしておいて、生きたままこっそり研究所に移動させる。そこで賢者の石の実験に使われる・・・そうすると刑務所に一番近い施設があやしいって考えられないか?」

「・・・囚人が材料・・・・」

ロスはいかにも気味悪そうに呟やく。

「嫌な顔しないでくれよ、説明してるこっちも嫌なんだからさ」

「刑務所がらみって事はやはり政府も一枚かんでるって事ですかね」

「一枚かんでるのが刑務所の所長レベルか政府レベルかはわからないけどね」

ブロッシュが言うとエドワードは”さぁ”と両手を上げて見せた。

「・・・・・・・なんだかとんでもない事に首を突っ込んでしまった気がするんですが」

今さらになって事の重大さに気付いたロスは、当然、心底後悔するはめになった。

「だから聞かなかった事にしろって言ったでしょう」

言わんこっちゃないとアルフォンスはため息をつく。

「うむ、しかし現時点ではあくまでも推測で語っているにすぎん。国は関係なく、この研究機関が単独でやっていた事かもしれんしな」

「うん」

どかり、とソファーに座り込んで腕を組むアームストロングにエドワードは頷いた。

「この研究機関の責任者は?」

アルフォンスがアームストロングを振向いて言う。

「名目上は”鉄血の錬金術師”バスク・グラン准将という事になっていたぞ」

「そのグラン准将にカマかけてみるとか・・・・」

「無駄だ、先日スカーに殺害されている」

エドワードは軽い気持ちで口にしたが、一気にアームストロングの表情が険しくなった。

「スカーには軍上層部に所属する国家錬金術師を何人か殺された。その殺された中に真実を知るものがいたかもしれん」

言いながら立ち上がったアームストロングは、机の上の地図をくるくると丸めていく。

「しかし本当にこの研究にグラン准将以上の軍上層部が関わっているとなると、ややこしい事になるのは必至。そちらは我輩が探りを入れて後で報告しよう」

国家錬金術師が少佐相当の地位を持っていることは確かだが、正規の軍人では無いエドワード達が軍上層部を探ることは危険である。

「それまで少尉と軍曹はこの事は他言無用!エルリック兄弟は大人しくしているのだぞ!!」

「「ええ!?」」

アームストロングは危険を顧みず真っ先に突っ込んでいきそうな2人を見越して言ったのだが、即座に上がる不満の声。三人の間に妙な沈黙が流れた。

「むう!!さてはおまえ達!!この建物に忍び込んで中を調べようとか思っておったな!?」

図星をつかれたエドワードとアルフォンスの顔色が変わる。もちろんそれをアームストロングが見逃すわけが無かった。

「ならんぞ!!元の体に戻る方法がそこにあるかもしれんとは言え、子供がそのような危険な事をしてはならん!!」

「わかった、わっかった!!」

物凄い勢いで迫ってくるアームストロングに、エドワードは慌ててぶんぶんと手を振って言った。

「そんな危ないことしないよ」

「ボクたち少佐の報告を大人しく待ちます」

こくこくとアルフォンスも頷いた。

「うむ、それでいい」

2人の反応に満足気に頷くと、アームストロングはに向き直った。

「それから、もいくら怪我が治ったからと言って絶対に無理をしてはならんぞ!!」

「え・・・あの」

突然話を振られては一瞬言葉を詰まらせる。

「ぬぅ!!もしやエルリック兄弟と同じことを考えていたのではないだろうな!?」

「い・・・いえ!!断じてそんな事いたしません!!」

エドワード達のときと同じように詰め寄られそうになって、は思わずびしりと敬礼してしまった。

「うむ、では後は任せたぞ」

「はい・・・」

そういい残すとアームストロングは地図を片手に部屋から出て行った。














「なんつってな」

その夜、月がそろそろ南天しようかという深夜に、エドワードとアルフォンスはセントラルのはずれを走っていた。場所が場所だけに、人影は無く、所々に立つ街灯以外に足元を照らす光は細い月光だけであった。

「オレ達がこんな体になっちまったのもオレ達自信のせいだ。だからオレ達の責任で元の体に戻る方法をみつけなきゃならねーよ」

逆にその暗闇が幸いして、このまま2人は誰かに見咎められることも無く、元第五研究所に着けると確信していた。だがしかし、路地の階段を通り過ぎようとした時、聞きなれた声が降ってきて思わず立ち止まる。

「18歳未満の深夜徘徊はあんまり感心出来ないわよ」

振り返れば、階段に腰掛けて自分達を見つめている人物を、月明かりが静かに照らしている。ぬけるように白い肌が、ぼんやりと暗闇に浮かび上がっていた。

少佐・・・」

見間違えようもないその人物に二人は大きく嘆息した。は軽く座っていた部分の埃を払って立ち上がると、二人のほうに近づいた。

「やっぱり、張り込んでて正解だったね。君達のことだから絶対に来ると思ったんだ」

「あー・・・えっと・・・・頼む!見逃してくれ!!」

この状況で言い逃れは無理と判断したエドワードは、手を合わせてに軽く頭を下げる。

「・・・・別に止めるつもりは無いわ」

「え?」

意外なの反応にエドワードは目を丸くした。

どうせ、止めても行くつもりでしょ?そのつもりで私も来たんだから」

その様子には悪戯っぽく笑って見せた。

「私も一緒に行くわ」

「「ええ!?」」

エドワードとアルフォンスは思わず顔を見合わせた。

「でも少佐は・・・」

軍人がそんなことしていいのだろうかとアルフォンスは心配になる。

「止めようとしても駄目よ、もし君達が来なくても一人で乗り込むつもりだったから」

芝居がかった仕草で人差し指を立てたに、エドワードは思わず吹き出した。

「ったく、かなわねーな少佐には!いいぜ、共犯だ」

「人聞き悪い事言わないの!」

「ははっ!んじゃ、アル、行こうぜ」

「もうー・・・どうなっても知らないからねボクは」

アルフォンスだけは至極まじめにため息をついたが、結局2人の後について走り出す。





三つに増えた人影が闇の街を縫うように進む。元第五研究所はもう目前に迫っていた。





to be continued





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あとがきという名の言い訳 vol.17

今回気付いたこと。
どんなシリアスな展開だろうとアームストロング少佐が出てくるとギャグになるようです(笑)
次回は第5研究所潜入、嬢はそこである物を見つけます。そしてそれが彼女にもたらした変化とは?
少し重要な展開になる予定の第18話・・・・早く書き終えたいと思います;