「・・・・戻ってきちゃったわね・・・」
は一人呟いた。
セントラルから汽車に揺られ半日、イーストシティに到着してそのまま東方司令部に戻ってきたは、正面玄関の前に佇んで大きくため息をついた。
時刻は午後6時過ぎ。当然定時前の建物内には、今現在が出来ればなるべく顔を合わせたくないあの上官もいるわけで。
(報告・・・行かないわけにいかないものね・・・)
は自分に言い聞かせるようにそう考えて一度大きく深呼吸すると、司令部に向かって足を踏み出した。
第16話 東部帰還
とりあえず更衣室で私服から軍服に着替えたは、廊下に出る。重い足取りで執務室へ向かおうとすると後ろから声がかかった。
「?」
「ジャン」
振向くとそこには書類を肩にかつぐようにして佇むハボックの姿があった。久々に見るその顔に、はなんだかほっとして同時に笑顔になった。
「鋼の大将たちと一緒に療養行ったって聞いてたんだけど、いつ帰ってきたんだよ?」
「今戻ってきたばっかりよ?」
「そっか、んじゃ”お帰り”だな・・・ところでその腕・・・」
ハボックはくわえ煙草をした口の端をにっと吊り上げて笑うと、不思議そうにの右腕に目をやった。ここを出発した時には包帯と三角布で吊られていた腕に、もはやその痕跡はなく、彼女自身先ほどから自由に動かしている。
「ああこれ?錬金術師のお医者さんにたまたま会ってね、全身の怪我を治してくれたの」
ほらと、はハボックに右腕を掲げてみせる。
「へぇ、錬金術ってのはそんなこともできるんだな」
ハボックは心底感心したように呟くと、しげしげとその腕を見つめた。
「あ、じゃあもしかして、これから大佐んトコ報告に行くのか?」
「え・・・ああ、うん・・・そうなのよね・・・」
ハボックがふいに思い出したように言うとは表情を曇らせた。
「・・・一人で大丈夫か?」
「・・・え?」
言葉の意味が解せず、は眉を寄せてハボックを見上げた。
「え・・・ああー・・・その」
ハボックはしまったと額に手をやった。
「ジャン?」
「あー・・・・だから、大佐に会うのに一人で大丈夫かって事なんだけど」
「どういうこと?」
はさらに首をかしげる。
「つまり・・・ほら、お前出発する前に入院してた時、大佐と会ったっきり面会謝絶にしただろ?」
ハボックがようやく搾り出した言葉に、は全てを理解してかぁっと赤くなった。
「ちょ・・・ちょっと待って・・・確かに軍医に頼んで面会謝絶にしたの私だけど・・・なんで、そのことを!?」
「なんでって・・・大体は大佐が・・・」
もっとも、ロイ自身が具体的な話をしたわけではないが、2人の間に何があったかは想像がつくし、今のの反応で確実になった。
「あの・・・無能・・・・」
口元に手をやったは眩暈を感じてくらりとよろめいた。
「おい、大丈夫か」
その様子にハボックが慌てた。
「・・・あんまり大丈夫じゃないかも・・・」
ハボックが知ってると言うことは恐らく他の司令部の面々も知っている可能性が高い。それが本当だった場合のこれから先を想像して、は冗談抜きで頭痛がした。
「はー・・・ますます報告に行く気が重くなったわ・・・」
はよろよろと、数歩歩き出す。
「行くのか?」
「行かないわけにいかないじゃない・・・・」
心なし刺々しくなったの声音。
「・・・気をつけろよ」
ずっしりと重い影を背負うの背中に、ハボックは心底同情して手を振った。
(いざ目の前にすると入りたくないわね・・・)
ハボックと別れてから当初の目的の場所、執務室にやってきたは、そのドアの前に立ち続けていた。
何度かノックをしようと試みた物の、結局途中で手が止まってしまい、そろそろ十分が経過しようとしている。しかし、いつまでもそうしていても状況は変わらないので、大きく深呼吸してから今度こそと思った瞬間、背後から声がした。
「何をしているんだ君は?」
「!」
その声に、は振り返ると同時に驚いてドアに背中をぶつけた。
「?」
そんな彼女を訝しげに見下ろしているのは、紛れも無いロイ自身であった。
「た・・・大佐!?なんでここに・・・」
「何でも何も、会議から戻ってきたらハボックから君が戻ってきていると聞いたのでな、ここに来るだろうと思って急いできたんだ」
「あ・・・・そ・・・そうですか・・・」
は冷や汗を流しながら、小さく息を吐いた。心の準備が出来る前にロイが現れたことで、一気に緊張が跳ね上がってしまった。
「とりあえず、廊下で話すわけにいくまい。報告に来たのだろう?入りたまえ」
「・・・はい」
の横をすり抜けて、先にドアを開けたロイに促されて、はようやく執務室の中に入ったのであった。
「・・で、どうだったリゼンブールとやらは?」
部屋に入ったロイは、常のごとく一番奥のデスクに座るのではなく、応接用のソファーの一つに腰をおろすと、疲れているだろうからとにもそれを勧めた。上官に報告に訪れたのにそんな事出来ませんとは断ったが、いいから座れと言われて、彼女はしぶしぶロイの向かいに腰をおろす。
「はい・・・とてものどかな所で、エドワード君の整備師の方々にもよくしていただきました」
「ではゆっくりできたようだな」
「はい」
はなるべくロイの顔を見ないようにしながら、簡潔に返答を返す。とにかく早くこの場から立ち去りたくて仕方がないのだ。
「ところで、まだ君が出発してから一週間もたっていないが、怪我はどうした?」
「その・・・治りました」
「・・治った?」
ロイがぴくりと眉を跳ね上げたのがわかった。
「はい・・たまたま錬金術師の医師に会うことが出来まして・・・完治しました」
「・・・錬金術師の医師か」
間違ってもマルコーのことは口に出せない。もっともらしい嘘をついたのだが、どうもロイの微妙な沈黙が気にかかる。ばれたかと思いちらりと顔をあげると、ロイの取った行動は予想外であった。
「大佐?」
ふいにロイが立ち上がったので、も立ち上がる。
「っ・・・あの・・・?」
ロイは無言での隣まで歩んでくると、彼女の右腕をぐいっと掴みあげた。思わずはびくりと体をこわばらせる。
「・・・驚いたな・・・本当に治っている、腹部の方も治療してもらったのか?」
「は・・・はい、全身の怪我を治していただくことが出来ました」
「そうか、ならば良かったな」
そう言ってロイがうかべた穏やかな笑みに、は思わず赤くなって俯いた。
「はい・・・・ありがとうございます・・・あの、後出来れば、離していただいてもよろしいですか?」
「おっと、すまない」
が遠慮がちに腕を下げる仕草をすると、ロイはやんわりと解放した。
「・・・いえ」
は、下ろした腕を左手できゅっと握る。
「・・では、明日からは通常業務に戻ってかまわない、今日はもう帰って休め」
「はい、失礼します」
はぺこりと頭を下げると、そのまま部屋を出た。
「少佐、もうよろしいんですか?」
「怪我治られたんですね!」
「お帰りなさい、少佐」
翌日、出勤したが司令室までの廊下を歩く間に、行き交う人々がことごとくそんな声をかけてきた。はその度に”ありがとう、もう大丈夫です”と笑顔を向けて歩く。
それは司令室についてからも同じで、がドアを開けて中に入った瞬間、いつもの面々に揃って”おかえり”と言われた。軍人と言うことを忘れてしまいそうになるくらい暖かな雰囲気に、は満面の笑顔で”ただいま”と告げて、久しぶりに自分のデスクについた。
ちらりと司令官席に目をやれば、ロイはまだ来ておらず心なしかほっとした気がする。元々、彼は出勤時間ぎりぎりか、多少遅刻してくるのが常だった。そしてはその時間より大分早くに来ている。
(とりあえず、今のうちにやれることをやっておかないとね・・)
デスクワークもかなり久々だ。感覚を取り戻すために早速書類の処理に取り掛かる。そんな熱心な年下の上官を向かいの席で見ていたホークアイが、どこかの誰かさんにも見習ってほしいものだと思っていたことなど、は知る由もない。
それからしばし、9時半を過ぎた頃、ようやく出勤してきたロイが司令室に入ってくると、入り口付近にいる若い兵は慌てて立ち上がって敬礼をする。しかし、この部屋の古株にあたる面々はそんな堅苦しいことをする気になれず、ロイ自身も気にしないため仕事をしながら軽く敬礼をする程度であった。
熱中してペンを動かしていたはロイの存在に気付くと慌てて辺りを見回した。するとちょうど出来上がった書類を持って立ち上がるフュリーの姿が目に入る。
「フュリー曹長、その書類届けに行く所ですか?」
「あ、はい。そうですが・・・」
フュリーが頷くか速いか、は椅子から立ち上がると彼の手から奪い取るかのように書類を受け取った。
「じゃあ、私が一緒に届けてきますね」
「ええ!?いえそんなっ・・・」
上官にそんなことさせるわけに行かないというフュリーの言葉を押し切って、は自分の書類も抱えて急ぎドアに向かう。
「おはよう少佐」
「おはようございます」
すれ違い際にロイが声をかけたが、一言だけ挨拶を返すと、は立ち止まることすらせずそのまま部屋から出て行ってしまった。
「・・・・・・」
ロイは振り返ってその後姿をしばし見届けた後、遅刻してきたことを咎めるように自分を見据えるホークアイに至極まじめな顔で聞いた。
「中尉・・・私は避けられていると思うかね?」
「その原因に思い当たるフシがおありでしたら、ご自分の胸に手を当てて考えてみてはいかがですか?」
その辛辣な言葉に、部屋中の人間が失笑していたことは言うまでもないだろう。
その日からの行動は明らかに不自然であった。
何かと理由を見つけては、司令室にロイが来るたびに必ず書類を持って部屋を出たり、休憩時間にも絶対に休憩室には近寄らず、果ては廊下の向こうからロイが歩いてくるのを見た瞬間、遠回りになろうと脇の通路に入ったりまでした。
そんなあからさま過ぎるの態度が本人に勘づかれないはずもなく、それが一週間以上続けば、ロイの機嫌も悪くなって当たり前だった。
(そんなことは自分でも分かってるんだけどね・・・)
昼の休憩から戻ってきたは、そんなことを思いながら廊下を一人で歩んでいた。自分の行動が不自然すぎるのは百も承知だが、それでもロイと同じ空間にいることが落ち着かないのだ。
(もっともいつまでもこんな事してるわけに行かないけど)
小さくため息をついて、あるドアの前を通り過ぎようとした瞬間、突然そのドアが開き何者かに腕を強く掴まれた。
「!?」
まさか軍部の建物内でそんなことになると思いもしなかったは、抵抗する間もなく部屋に引きずり込まれ、バタンとドアを閉じられてしまった。
引きずり込まれた部屋の壁に押し付けられたは、一体誰がこんなことをと睨みながら顔をあげる。そして予想外の人物に目を見開いた。薄暗く狭い物置の中で、と向き合うように立っていたのは、
「大佐!?」
ロイであった。
「い・・・いきなり何をされるんですか!?」
「話をしようにも君が逃げるのでな、強行手段をとらせてもらった」
いくら相手がロイであっても、突然こんなことをされてはだって黙ってはいない。しかし抗議の声を上げた彼女に返ってきたのはいつもよりも低く押さえたロイの声であった。険しい表情で自分を見下ろす彼には僅かに恐怖を覚える。
何より、この状態が悪い。元々ちょっとした掃除用具などを収納することを目的としたこの場所は、部屋と言うほどの広さもなく、人一人がようやく入れるぐらいなのだ。そんな場所に2人も入れば当然窮屈なわけで、ロイとの体は互いに否応無しに密着することになる。近すぎるロイの顔に目を反らそうにも、それすら適わない状況には泣きたくなった。
「ここに戻ってきた日から私を避けているな?」
ロイの言葉にはびくりと反応する。ロイが気付かないわけがないとは思っていたが、いざ面と向かって言われると、いかんともしがたい。
「べ・・・別にそんな・・・」
「見え透いた嘘をつくな、少佐」
「っ・・・」
の顔の両脇にロイがバンっと手をついた。怯えたような表情を見せるに構わずロイは彼女の顔を覗き込む。
「・・・君が私を避ける理由はわかっている、あの時の・・・病室での事だろう?」
はかっと、赤くなってロイを睨みつける。
「それなら・・・わざわざこんな事をされなくてもよろしいじゃないですかっ!!」
は一旦そこで俯いた。
「少佐・・・」
「・・・私は色々とご迷惑をおかけしましたし、感謝しています・・・・・・だから大佐がその見返りを求められるのは当然です」
なんだか言っていて自分で恥ずかしくなってきた。は強烈な自己嫌悪を感じつつも再びロイを見上げた。
「ですから・・・もう、病室での事は気にしません・・・故意に避けたことも申し訳ありませんでした・・・以後気をつけますので、離していただけませんか?」
「・・・君は、私が見返りのためだけに、あんなことをしたと思っているわけだな?」
ロイはの問いには答えず逆にそう問い返した。
「それは・・・・」
「この際だから上官とか部下とか気にしなくていい。構わないから本音を言ってみたまえ」
は一瞬躊躇ったが、ここは言ってしまおうと口を開いた。
「確かに・・・失礼かもしれませんが、普段の大佐を見ている限りそうとしか思えません」
「そうだろうな・・・」
ロイが無二の女好きというのは有名な話だ。がそれを知らないわけはないし、ロイとて自覚している。
「君がそう思うのも当然だ・・・・だから、弁解させてほしい」
「え?」
思いがけない言葉には顔をあげた。
「本当はこんな手荒な真似をしたくなかったんだがな・・・すまない、どうしても君に謝りたかった」
「謝る・・・大佐が・・・私にですか?」
は眉を寄せた。
「そうだ、貸しというのは・・・あれはほんの冗談だ。あの時の君の反応を見たらつい・・・私の悪い癖だな、許して欲しい」
からかいたくなったと言ったら、彼女は怒るだろうかとロイは思う。
「だがあのキスは、君に告げる前にしてしまったことは悪かったが、遊びであんな事をしたんじゃない」
「告げる?」
そこまで言ってもこの状況に気付かないの鈍さに、ロイは僅かに苦笑した。
「少佐・・・・いや、」
ロイはすっとの頬に手をやると碧の双眸を真っ直ぐに見据えた。
「愛している」
その言葉では頭の中が真っ白になった。今ロイはなんと言ったと頭の中で反芻する。
(愛している・・・?)
「・・・その様子だと信じてはもらえないようだね」
目を瞬かせているに苦笑を強めたロイは、触れた頬にかかる金糸の髪をさらさらと撫でた。
「っ・・・また・・・そんな・・・」
どうせ、からかっているにきまっている。はそうとしか思えなかった。
「冗談と思うか?」
「大佐には・・・・大佐には・・・慕ってくれる綺麗な女性がいくらでもいるじゃないですか・・・・なのに、私みたいな子供相手に・・・そんな風に思われるなんて・・・信じられません」
「私は今まで一度も誰かに本気で愛していると言ったことはない」
ロイはの髪を弄ぶ手をぴたりと止める。
「確かに私は君の言うとおり軽薄な人間かもしれない・・・否定できない自分が哀しくもあるな・・・」
ロイは自嘲気味にふっと笑った。その表情があまりにもいつもの彼らしくない、寂しげな物だったのでの心が少し痛んだ。
「そして・・・今まで私が付き合ってきた女性達も、私のことを本気で愛してくれたものはいない。私もそれをわかっていたから、本気にはならなかった」
満たされているようでどこかいつも空虚だった自分、ロイはそれをわかっていた。
「最初は、恐らくただの好奇心でしかなかった・・・だが、すぐそれが今までと違うことに気付いた。君がスカーと戦った時・・・・・私は君を失うかと思って怖くなったよ」
「・・・・・・」
「どうすれば君に信じてもらえる?」
縋るような漆黒の瞳にはよくわからなくなる。折れそうになる部分と拒絶する部分が反発しあっていた。
「・・・信じ・・・られません・・」
は無理矢理そう答えた。
「・・・そうか・・・」
ロイは手を離して小さくため息をつく。
「ならば・・・一つ頼みを聞いてくれないか?」
「頼み・・・ですか?」
「ああ、以前鋼のと私が戦った事があるのは知っているな?」
「戦闘査定での事ですよね?」
確かが軍に入る前の話だと聞いている。だがそれと今の話に何の関係があると言うのだろう。
「そうだ・・・君は今年の査定をまだ受けていない、だから私と勝負してほしい」
「どういうことですか?」
「一つ賭けをしたい」
意味がよくわからずは小首をかしげる。
「君が勝てば、私は君に個人的に近づく事はしないと約束しよう。その代わり、私が勝ったら、さっき言ったことを信じて欲しい」
「それって・・・・」
どちらに転んだとしても随分とにとって緩い条件だ。
「どうだろうか?お互い今の状態を続けるよりはいいと思うのだが・・・」
ロイは静かに言う。は少しの間口をつぐんでいたがやがて小さく頷くと顔をあげた。
「分かりました・・・この勝負、お受けいたします」
がいなくなった後、ロイは上向くと自分の両目に手を当てて苦笑した。
(無様なものだな・・・この私が・・・)
情けないと言うよりは気恥ずかしいのかもしれない。それほど今の自分は必死だったのだ、たった一人の・という存在に対して。彼女の何がここまで自分を変えたというのだろうか。
きっとその答えにすでに気付いているのかもしれない、ただ今は認めないでおこうとロイはまた笑った。
to be continued
next
あとがきという名の言い訳 vol.16
神崎の中でロイはキング・オブ・気障らしいです(爆)
彼だったらどんなくっさい台詞でもさらりと言ってくれそうです(ほめ言葉ですよ?私ロイファンですから・笑)
まあ、アレです、本命の子にはいじわるしたくなるという、ほんの悪戯心がとんでもなく裏目に出て嬢に完璧に誤解されてしまったと。そして、ヒロインもヒロインでなんだか意固地になってしまいました。お互い物凄い不器用。
そんなわけで、無理矢理解決策で賭け試合をすることになりました(笑)
戦闘査定はアニメ版の軍部祭です。戦闘その物が査定として評価されるそうで・・・原作沿いのくせに何故かここだけアニメ設定(苦笑)
書いた本人が言うのも難ですが、物置にずっと隠れて嬢待ってたロイ、もしもあの時来なかったら今ごろどうしてたんだろうか(禁句)きっとホークアイ中尉が愛銃片手に迎えにきてきてくれたことでしょう。