は先ほどからずっと苦笑し続けていた。
今彼女はイーストシティ駅に停車中の汽車の中、4人がけのボックス席の一つに座っている。それはいい。
原因はその向かいの席に座る二人にあった。通路側の席には軍で一・二位を争う巨漢のアームストロングがでんっと座っており、窓際には文字通りエドワードが小さくなって座っていた。いかにも窮屈そうな彼はだらだらとあぶら汗を流している。
「・・・・少佐」
「な・・・・なあに?」
ふいにエドワードが救いを求めるような目を向けてきた。
「オレ・・・・やっぱそっちの席に移ってもいいかな」
「え?別に私はか・・・・・」
「ぬぅっ!!突然何を言い出すのだエドワード・エルリック!!女性に対して失礼ではないか!」
”構わないけど”と言おうとしたの声は、アームストロングの声によってかき消された。
「そうであろう、・?」
「え・・・あ・・・いえ・・・べつに・・・」
「ぬぅ!?」
「あ・・・・あはは・・・そ・・・・そうですね・・・・・」
アームストロングに物凄い勢いで詰め寄られて、は思わずそう言ってしまった。
(ごめんね、エドワード君・・・・)
と、視線で謝ると唯一の助けを失ったエドワードが、死刑宣告をされた囚人のごとくがっくりとうなだれた。
「むぅ!!エドワード・エルリックよ、我輩の隣のどこが不満なのだ!!」
「不満に決まってんだろ!!」
大声で騒ぎ出した2人に、周りからの視線が容赦なく突き刺さる中、は一人遠い目をして現実逃避を決め込むことにした。
3人がこうして汽車に乗ることになる原因は、今からおよそ三日前に遡る。
第12話 希望の道
「聞いたぞ、エドワード・エルリック!!」
スカーによるショウ・タッカー殺害事件から一夜明けて、司令部に来ていたエドワードを、それはもう物凄い勢いで感涙中のアームストロングが全身全霊で彼を抱きしめた。ばきばきと骨の砕ける嫌な音がしたが、司令部の面子は暑苦しいその光景にあえて触れようとはしない。
「母親を生き返らせようとしたその無垢な愛!さらに己の命を捨てる覚悟で弟の魂を練成したすさまじき愛!」
アームストロングは一人感動に身を震わせながら、ぐっと拳を握る。
「我輩感動!!」
「寄るな」
その勢いで再び抱きつこうとした所、身の危険を感じたエドワードが顔面にけりを入れたことでめでたく阻止された。
「口が軽いぜ大佐」
「いやあ・・・・・・あんな暑苦しいのに詰め寄られたら、君の過去を喋らざるをえなくてね・・・」
顔中に青筋を浮かべたエドワードがロイにつめよれば、彼はなるべく目を合わせないようにそう答えた。
「と言う訳で、その義肢屋の所まで我輩が護衛を引き受けようではないか!」
「はぁ!?」
フリルのついたウサギの刺繍入りの可愛らしいハンカチで涙を拭きながらアームストロングが言った言葉に、エドワードはあからさまに嫌な顔をした。
「なに寝ボケた事言ってんだ!護衛なんていらねーよ!」
「エドワード君」
そう叫んだエドワードだったが即座にホークアイがいさめる。
「またいつスカーが襲ってくるかもわからない中を、その体で移動しようと言うのよ。奴に対抗できるだけの護衛をつけるのは当然でしょう?」
「それにその体じゃアルを運んでやる事もできないだろ?」
ハボックがそう付け足した。
「う・・・・だったら別に少佐じゃなくても!」
説得力のある二人の言葉にエドワードはわずかにたじろいだ。
「俺ぁ仕事が山積みだからすぐセントラルに帰らなきゃならん」
とヒューズ。
「私がここを離れる訳にはいなないだろう」
とロイ。
「大佐のお守りが大変なのよ、すぐサボるから」
とホークアイ。
「あんなやばいのから守りきれる自信ないし」
とハボックが言うと、
「「「以下同文」」」
とファルマン、フュリー、ブレダの声が重なった。
「決まりだな!」
そうして問答無用とばかりにエドワードの頭にアームストロングの手のひらが乗せられた。
「勝手に決めんなよ!!」
「子供は大人の言うことを聞くものだ!」
「子ども扱いするな!!この・・・アルも何か言ってやれ!!」
この状況を打破すべく、エドワードはアルフォンスを振り返った。
「兄さん!!ボク、この鎧の体になってから初めて子供扱いされたよ!!」
しかしエドワードの頼みの綱は、目を輝かせるアルフォンス自身によって即座に切り落とされた。
「まだ駄々をこねると言うのなら命令違反と言うことで軍法会議にかけるがどうかね」
「うおお!!汚ぇ!!」
黒い笑みを浮かべたロイの言葉で、エドワードに選択の余地は無くなった。
そして結局、の多少の回復を待って、東方司令部を後にした一同は現在にいたる。
(まったく踏んだり蹴ったりだ・・・・)
こうなったいきさつを一通り思い出してエドワードはため息をついた。ちょうどその時窓をコンコンと叩く音がする。
「ヒューズ中佐!」
「よ」
3人が窓をのぞけばそこにはヒューズが立っていた。
「司令部の奴らやっぱり忙しくて来れないってよ、代わりに俺が見送りだ。そうそうエド、ロイから伝言あずかって来た」
「大佐から?」
どうせまたロクでもない内容だろうとエドワードは眉を跳ね上げた。
「”事後処理が面倒だから私の管轄内で死ぬことは許さん”以上」
「”了解絶対てめーより先に死にませんクソ大佐”って伝えといて」
予想通りの内容に青筋を浮かべて即答すると、ヒューズは爆笑した。
「あっはっは!憎まれっ子世にはばかるってな!おめーもロイの野郎も長生きすんぜ!っと、そうだお前にも伝言だ」
「え、私にもですか?」
「”貸しを忘れるな、帰還を楽しみにしているよ”だそうだ。俺にはなんのことだかさっぱりだが、確かに伝えたぜ・・・・・ん、どうした?」
突然真っ赤になったにヒューズを始めとする3人の視線が集まる。
「い・・・いえ、ありがとうございます」
「・・・そうか?お前もなんかあいつに伝えることあるんだったら聞いてくぜ?」
「ありません、ありません!!」
慌ててぶんぶんと首を振るにヒューズは首を傾げたが、発射時刻を告げる笛の音に顔をあげる。
「じゃ、道中気をつけてな。セントラルに寄る事が合ったら声かけろや」
「左手で失礼」
「私も失礼します」
言いながらヒューズが敬礼するのを見て、お互い右手を使えないエドワードとも左手で敬礼する。それを最後に汽車は動き出し、あっというまにホームは見えなくなった。
「我輩は機械鎧の整備師とやらを見るのは初めてだ」
汽車が出発してからしばし、アームストロングがそんなことを言い出した。
「正確には外科医で義肢装具師で機械鎧(調整師かな。昔からのなじみで安くしてくれるし、いい仕事するよ」
「その整備師のいるリゼンブールとはどんな所だ?」
「すっげー田舎、なんも無いよ。つーか東部の内乱のせいで何も無くなっちゃったんだけどね。軍がもっとしっかりしてりゃ、にぎやかな町になってただろうなぁ」
「・・・・・耳が痛いな」
「そりゃいい、もっと言ってやろうか」
額に汗を浮かべたアームストロングに痛烈な一言を返して、エドワードは窓枠に頬杖を着いた。
「・・・本当静かな所でさ、何も無いけど都会には無いものがいっぱいある。それがオレ達兄弟の故郷リゼンブール」
そう言う彼の表情はめずらしくおだやかな笑顔であった。
「あれ、兄弟と言えばアルフォンス君はどうしたの?」
気づけば姿の見えないアルフォンスには首をかしげた。
「あ、そうだった。アームストロング少佐、アルはちゃんとこの汽車に乗せてくれたんだろうな?」
「ふっふー、ぬかりはないぞ」
エドワードの視線を受けてアームストロングは得意げに顎に手をやって見せた。
「しっかり家畜車両に乗せておいたぞ」
「「は?」」
一瞬その言葉の意味が分からずとエドワードは同時に疑問の声を上げる。
「一人じゃさびしかろうと思ってな、羊と一緒に・・・・」
「てめぇオレの弟をなんだと思ってんだ!!」
「むぅッ何が不満なのだ!!広くて安くてにぎやかで、いたれりつくせりではないか!!」
「ふざけんなーーーーーっ!!」
再び騒ぎ出した二人のせいでまたも突き刺さる視線。ため息をついてが窓の外に目をやると、茜色に染まった空の彼方に夕日が沈んでいくところであった。
翌日の昼間、イーストシティから大分離れた汽車は山間にある小さな駅に停車していた。
狭い座席で夜を過ごしたエドワードは、あまりよく眠れなかったのか大きなあくびを一つして窓枠に身をもたれうとうととしはじめる。
ーと、ふいに窓の外を通り過ぎる人物に目をとめたアームストロングは、突然読んでいた本を閉じて窓から身を乗り出した。
「うわ!?」
驚いたエドワードは飛び起きる。
「ドクター・マルコー!!ドクター・マルコーではありませんか!?」
アームストロングが大声で叫ぶと、歩いていた初老の男が不思議そうに振り返る。
「セントラルのアレックス・ルイ・アームストロングであります!」
しかしアームストロングの名を聞いたとたん、男は怯えたように目を見開いて突然走り去ってしまった。
「お知り合いですか?」
「うむ・・・・セントラルの錬金術研究機関にいたかなりやり手の錬金術師だ。錬金術を医療に応用する研究に携わっていたが、あの内乱の後、行方不明になっていた」
の声にアームストロングがそう答えると突然エドワードが通路に飛び出した。
「降りよう!」
「え?」
「む?降りるのはリゼンブールという町ではなかったのか?」
「そういう研究をしてた人なら生体練成について知ってるかもしれない!アルと荷物を降ろさないと!早く!」
その行動の意図がわからなかった二人は疑問の声をあげながらも、走るエドワードの後を追う。
「すいませーん降ります!」
汽車から一番最初に飛び出したエドワードは、駅員に声をかけてアルフォンスの乗る後部家畜車両の扉を開けてもらう。
アームストロングがアルフォンスの入った木箱を運び出すと、動物特有の匂いが染み付いていた。
「うわ!アル羊くさっ!!
「好きで臭くなったんじゃないやい!!」
「まあまあ・・・」
兄の暴言に怒るアルフォンスをがなだめる。その様子を、密かに眺めている黒髪の女がいたことを誰も気づいていなかった。
「ドクター・マルコー・・・・・ふぅん・・・」
女は先ほどアームストロングが口にした名前を反芻するように呟いて、人知れず笑みをもらした。
「偽名を使ってこんな所に隠れ住んでいたんですね」
は薄汚れた古いアパートを見上げて言った。
汽車を降りたものの目的の人物を見失ってしまった3人は、付近の人間に聞き込むことでなんとかその居場所を突き止めた。どうやらマルコーは”マウロ”という名前を使い、医者として生活しているらしい。
「でもなんで逃げたんだ?」
「ドクターが行方不明になった時に極秘重量資料も消えたそうだ。ドクターが持ち逃げしたともっぱらのうわさだったが・・・・・我々を機関の回し者と思ったのかもしれん」
エドワードの疑問にアパートの階段を昇りながらアームストロングが答える。駅でマルコーが見せたあの驚愕の表情が何よりの証拠だった。
「こんにち・・・・わ」
エドワードがそっとドアを開けて薄暗い部屋を覗き込めば、何やら目の前に突きつけられた黒い物体。
「うお!!」
反射的に彼が身を反らせば、そのすれすれの位置を鉛弾が高速で通過した。
「何しに来た!!」
発砲した張本人のマルコーは威嚇するように銃を構えたまま叫んだ。しかしその手は恐怖からか震えている。
「落ち着いてくださいドクター」
「私を連れ戻しに来たのか!?」
マルコーを刺激しないようにアームストロングが静かに言ったが、 興奮気味の彼は聞き入れようとしない。
「もうあそこには戻りたくない!おねがいだ!かんべんしてくれ・・・・!」
「違います話を聞いてください」
「じゃあ口封じに殺しに来たか!?」
「まずはその銃をおろし・・・」
「だまされんぞ!!」
「落ち着いてくださいと言っておるのです」
一向に話を聞きいれずわめきたてるマルコーにめずらしく切れたアームストロングは、アルフォンスの入った木箱を投げつけることで強制的に黙らせた。
「私は耐えられなかった・・・・・・」
落ち着きをとりもどしたマルコーは、3人を部屋に入れて椅子に座らせると、重い表情でそう切り出した。
「上からの命令とはいえあんな物の研究に手を染め・・・・そしてそれが東部内乱での大量殺戮の道具に使われたのだ・・・本当にひどい戦いだった・・・・無関係な人が死にすぎた・・・」
沈痛な面持ちで語るマルコーの姿に、誰もが口をつぐんだ。
「私のした事はこの命をもってしても、償いきれるものではない。それでもできる限りのことをと・・・ここで医者をしているのだ」
「いったい貴方は何を研究し、何を盗み出して逃げたのですか?」
アームストロングの問いに、マルコーは最も恐れていた内容を口にした。
「賢者の石を作っていた。私が持ち出したのはその研究資料と石だ」
「石を持ってるのか!?」
「ああ」
その言葉に我に返ったエドワードが問うと、マルコーは立ち上がり背後の扉から一つの小瓶を取り出す。
「ここにある」
そう言ってマルコーは小瓶をかざしたが、透明なガラスの中でたぷんと波打つのはどう見てもただの赤い液体だ。
「”石”ってこれ液体じゃ・・・・」
一瞬全員がぽかんと口を開けたが、エドワードがそう言うとマルコーは無言で瓶の蓋を開け、机の上に向かって傾ける。
「「「ええ!!?・・・・・え?」」」
何をするんだと3人の声が重なったが机の上に落ちたとたん一つに固まった液体に目を見開く。
「”哲学者の石・天上の石・大エリクシル・赤きティンクトゥラ・第五実体”賢者の石にいくつもの呼び名があるように、その形状は石であるとは限らないようだ」
マルコーの説明を聞きながらエドワードが指先でつつけばなるほど、ぷにぷにとした触感が確かに液体とも固体ともつかない。
「だがこれはあくまで試験的に作られた物でな、いつ限界が来て使用不能になるかわからん不完全品だ。それでもあの内乱の時密かに使用され、絶大な威力を発揮したよ」
(不完全・・・そうかあいつが持ってたのは・・・・)
エドワードの脳裏に、以前とある街の教主が付けていた赤い石の指輪が思い出された。
「不完全品とはいえ人の手で作り出せるって事は、この先の研究次第では完全品も夢じゃないって事だよな」
それに気づいたエドワードは期待に満ち溢れた目でマルコーを見つめた。
「マルコーさん、その持ち出した資料を見せてくれないか!?」
「ええ!?そんな物どうしようと言うのかね。アームストロング少佐、この子はいったい・・・・」
「国家錬金術師ですよ」
アームストロングの答えにマルコーは何てことだと言わんばかりに額に手を当てた。
「こんな子供まで・・・潤沢な研究費をはじめとする数々の特権につられて資格を取ったのだろうが、なんと愚かな!!」
いさめるようなマルコーの視線がエドワードに向けられる。
「あの内乱の後、人間兵器としての己の在り方に耐えられず資格を返上した術師が何人いたことか!!それなのに君は・・・・」
「バカなマネだというのはわかってる!それでも!!」
今度は逆にマルコーがエドワードの強い視線を受ける番だった。
「・・・・それでも目的を果たすまでは針のムシロだろうが座り続けなきゃならないんだ・・・・・!!」
その強い気迫に気圧されてマルコー黙り込んでしまった。
「・・・そうか・・・禁忌をおかしたか・・・・」
エドワードが語った彼の過去に、部屋の空気がますますどんよりと重くなる。
「おどろいたよ、特定人物の魂の練成を成し遂げるとは・・・君なら完全な賢者の石を作り出すことができるかもしれん・・・・」
「じゃあ・・・・!」
ぱっと、エドワードの表情が明るくなる。
「資料を見せる事はできん!」
「そんな・・・!!」
折角見つけたと思った賢者の石の手がかりを早々簡単にあきらめられるはずも無い。エドワードはなんとかと必死に食い下がる。
「話は終りだ帰ってくれ。元の体に戻るなどと・・・・それしきの事のために石を欲してはいかん」
「それしきの事だと!?」
だが全く取り合わないマルコーの一言に、エドワードは激昂した。
「ドクターそれではあんまりな!」
「あれは見ない方がいいのだ。あれは悪魔の研究だ」
アームストロングの言葉も空しく、マルコーは背を向ける。その後姿は何かに必死で耐えているように見える。
「知れば地獄を見ることになる」
「地獄ならとうに見た!」
数年前のあの日、激痛の中で見た物。エドワードにとってこれ以上の地獄など在り得ない。歯をかみ締めて自分を睨む視線にマルコーの意志は僅かに揺らぎを見せ始めていた。
「マルコーさん、どうか私からもお願いします」
今まで黙って事の成り行きを見守っていたが席を立ってマルコーに近づく。
「・・・だめだ、君も・・・・・・っ!?」
振り返ったマルコーは言葉を続けることができなかった。部屋に入ってから今まで一言も喋らなかった。そのためほとんど注意を払っていなかった彼女の顔を、このとき初めてマルコーは見たからだ。
「君・・・・その瞳と髪・・・ま・・・まさか・・・あの・・・・」
「え・・・?」
目の前の娘の持つ色素の薄い金髪、自分を見つめる碧の瞳。それは北方の極一部の地域特有の物だと聞いたことがある。そして、それと同じ物を持つ人物を、自分は過去に2人だけ見たことがあった。その面影がふいにに重なる。マルコーの目は驚愕に見開かれ、その表情は青ざめた。
「ま・・・・待って、待ってください・・・・、この色を・・・・・北方の髪と瞳を持つ人間に会ったことがあるんですか!?」
マルコーの反応、そして彼が過去にセントラルの錬金術機関にいたという事実。の脳裏に一つの可能性が浮かぶ。
「っ・・・・し・・・・知らん!!私は何も知らないんだ!!」
思わず口走った言葉にマルコーは慌てて首を振る。
「マルコーさん!!」
「頼む・・・・もう私を放って置いてくれっ・・・!!お願いだ・・・・・帰ってくれっ!!」
「・・・・・・・・・」
この男にもう何を言っても無駄だ。口にせずとも誰もがそう思った。やりきれない気持ちのまま、誰からとも無く部屋を後にする。
アパートの階段を下りていく3人の姿を窓からそっと見下ろすマルコーの心は、二つの思いの間で揺れていた。
マルコーのアパートを後にした3人は、駅のホームで次の汽車を待っていた。
「本当にいいのか?」
「え?」
「資料は見れなかったが石なら力ずくで取り上げることもできたろうに」
アームストロングの言葉にエドワードはむっつりとしながら空を仰いだ。
「あ〜〜〜〜〜、のどから手が出るくらい欲しかったよマジで!!でもマルコーさんの家に行く途中で会った人たちの事思い出したらさ・・・・・この町の人達の支えを奪ってまで元の体に戻っても後味悪いだけだなーって」
この町でマルコーのことを尋ねた時、彼のことを話す人間は皆心から嬉しそうな顔であった。それを自分のためだけに壊すことなどエドワードは考えなかった。
「また別の方法を探すさ、な」
「うん」
木箱の中でアルフォンスもうなずく。
「そう言う少佐はよかったのかよ?マルコーさんのことセントラルに報告しなくてさ・・・それに少佐もさっきマルコーさんになんか聞きたかったんじゃないの?」
「我輩が今日会ったのはマウロというただの町医者だ」
アームストロングはしれっと答えた。
「・・・うん。そうだけど・・・・何となくわかった気がするからいいの・・」
「そっか・・・」
エドワードは二人の答えに笑顔になる。
「あーあ、また振り出しかぁ、道は長いよまったく」
「君達!」
エドワードがそう言った刹那、声がした。驚いてそちらを向けば走ってきたのだろうか、マルコーが息を切らしながらホームに現れる。
「マルコーさん・・・・」
「・・・私の研究資料が隠してある場所だ。真実を知っても後悔しないというならこれを見なさい」
そう言って一枚のメモをエドワードに託した。
「そして君ならば真実の奥の更なる真実に・・・・いやこれは余計だな・・・・それとそっちの君」
言葉を切ったマルコーは今度はの方へ一歩近づく。
「怪我をしていたね、そっちの腕を見せてみなさい」
「あ、はい」
は三角布に吊られた右腕を差し出す。
「ちょっと眩しいかもしれんが我慢していてくれ」
そうマルコーが言った刹那、カッと眩い光が発せられた。
「い・・・今のって」
驚いたエドワードが思わずの腕を覗き込む。
「腕を動かしてごらん」
「え・・・・あ・・・・治ってる・・・?」
三角布と包帯を外したの腕からは腫れがきれいに消えており、動かしてもなんの痛みも感じない。
「・・・・皮肉な物だが、これの力だ・・・」
マルコーは自嘲気味に笑って、手の中に握られた赤い石をポケットにしまった。
「ありがとうございます・・・」
「いや・・・それよりも」
マルコーは一度俯いてから顔をあげるとを真っ直ぐに見据えた。
「もしも・・・さっき君が思ったことが私の考えと同じなのであれば・・・・それを見極めるのは君自身だ。だが、その先の真実を追究するのならくれぐれも気をつけることだ。すまないが今の私からはこれしか言えない」
は目を見開いたが、何かを悟ったように一度目を閉じると、笑顔を浮かべ力強く言った。
「その一言がいただけただけで十分です」
「そうか・・・」
マルコーは僅かに笑んで一度エドワード達に目を向けてから背を向けた。
「君達が元の体に戻れる日が来るのを祈っておるよ」
去り際にその一言を残して、マルコーはホームから消えた。
「・・・・・・」
その後姿が見えなくなった後、エドワードは深く頭を下げ、とアームストロングも長い間敬礼をした。
駅から戻ったマルコーは小さく息を吐いた。
(これでよかったんだ・・・・)
そう思って扉を閉める。
「久しぶりねマルコー、鋼の坊やを見張ってたら思わぬ収穫だわ」
不意にかけられた声に振向けば黒髪の女が一人、まるで自分の部屋かのように悠然と椅子に座っていた。
「!!」
「ご心配なくあなたを連れ戻しに来たんじゃないから。あなたがいなくても、あなたの部下が後を継いでよくやってくれてるわ」
見覚えのあるその姿に驚愕してマルコーが壁に背中をぶつけると、女は興味なさげに言って見せた。
「な・・・・・まさか・・・、まだあんな物を作り続けているのか!?」
「あら、賢者の石の製造のノウハウを教えてあげたのは、私達だって事を忘れてもらっちゃ困るわね。あなたがいなくても、資料がなくなっても研究にさしつかえはないのよ」
女は言いながら立ち上がると、紫色の瞳の奥で猫のような瞳孔を鋭く細めた。
「ただ、あなたが持ち出した研究資料・・・一般人に見られるのは痛くもかゆくもないんだけど、あの子くらいの術師に見られちゃ色々とまずいのよ。あなたも薄々感付いたから研究所から逃げた・・・そうでしょう?」
核心をついた女の言葉にマルコーは表情を引きつらせる。
「やはりそうだったのか。私の思い違いであってほしい、悪夢であってほしいと願っていたが・・・この悪魔め・・・!!」
そっと壁際の棚に置かれた銃に伸ばしたマルコーの腕を何かの衝撃が襲った。
「変な気おこすんじゃないわよ」
苦悶の叫びをあげるマルコーに、女は冷然と歩み寄った。その指先から伸びる爪がマルコーの腕を貫いている。
「盗んだ資料の隠し場所あの子に教えたわね?」
「何の事・・・・」
「とぼけないで」
「ぐあ!!」
シラを切るマルコーに女が爪の先をひねると、うめき声があがった。流れ出した血が腕を伝って指先まで滴り落ちる。
「私は忙しいの、無駄話してるひまは無いのよ」
「ふ・・・・・あの子は賢い・・・・」
しかしマルコーは痛みの中、笑みを浮かべて見せた。
「あの資料を見ればいずれ真実に・・・おまえ達がやろうとしている事に気付くだろうよ」
「そんな事は私がさせるものですか!」
「”させるものですか”?ははははは!無理だな!」
女は突然笑い出したマルコーに初めて彼の指先を見た。滴り落ちた血を使って壁に描かれたのは練成陣。それに気付いた時はもう遅い。
「なぜなら!!おまえはここで死ぬのだからなぁ!!」
マルコーが叫ぶと同時に壁から突き出した杭が女の心臓を貫いた。
「はっは・・・・油断した・・・・な・・・」
確実に死んだであろうとマルコーが顔をあげると、女は口から血を流しながらその唇を笑みの形に吊り上げた。
「ひどいわぁ一回死んじゃったじゃない」
「・・・!!!」
女は自分の胸を貫く杭に爪を伸ばすと事も無げにそれを切断した。目の前で起きた信じがたい光景にマルコーは恐怖に目を見開いた。
「すっかり忘れてたわ、あなたも”人柱”に値する錬金術師だという事をね」
杭の抜けた女の体は、ぱきぱきと音を立てながら見る間に再生していく。
「そん・・・な・・・・・・バカな!!」
こんなことがあっていいはずが無いと必死で否定する心とは裏腹に、マルコーの体は目の前で起きた光景に恐怖を感じて震える。
「さて、どうしてくれよう?」
その様子を楽しむように、唇から滴る血を舐めとって女は妖艶に微笑んだ。
「先生!」
ちょうどその時、場違いに無邪気な声が響き、部屋の扉が開かれた。
「お花持って来たよ!」
「!!キリ!来ちゃいかん!!」
たっ、と元気に飛び込んでくる少女に、瞬時に女の爪が伸びる。2本の爪の間に見事に少女の首を捕らえ、女は笑った。
「いい子ねお嬢ちゃん」
「キリ!!」
何が起こったか分からない幼い体を、本能的な恐怖が襲う。少女は身動き一つできずにただ顔を引きつらせ涙を浮かべた。
「マルコー、私がこのまま少し手をひねれば・・・・どうなるかわかるわよねぇ?」
「やめろ!!その子は関係ない!!」
「そんな言葉を聞きたいんじゃないのよ、私は」
満面の笑顔を浮かべていた女は、目を細めた。
「言いなさい」
その表情に、マルコーは選択肢がなくなったことを悟る。
「あの子に教えた資料の・・・隠し場所は・・・・」
「場所は?」
「セントラルの・・・国立中央図書館・・・・その第一分館に隠した・・・」
「・・・ふっ」
その言葉に満足気な笑みをもらすと、女は爪を戻しマルコーと少女を解放した。
「・・・っキリ!!」
マルコーは恐怖に怯える少女に走りよるとその体を抱きしめた。
「国立中央図書館とはやってくれるわね、てっきり持ち逃げしたものだと思ってたわ」
「おまえ達はいったい何者だ・・・・・”人柱”とはいったいなんなのだ!?」
マルコーは少女を胸に抱いたまま、何事も無かったかのように去ろうとする女を背中越しに睨みつける。
「心配しなくてもじきに身をもって知る事になるわよ。それまで生かしておいてあげるわマルコー。また逃げようとか、私達の仕事の邪魔しようとか考えないことね。変な気を起こしたらそうね・・・・」
女は振向くことこそしなかったが、ドアの前で一度止まるとさも楽しげな声音で言った。
「この町を地図から消してあげましょう」
その声を最後に、扉は閉じられた。
(それにしても・・・)
カツカツと女のヒールが階段を下りる度に高く鳴る。
(あの碧眼の娘・・・今は・とか言ったかしら?てっきり死んだとばかり思っていたけど、まさか生きていたとはね)
カツリと音がやんで、女は一度マルコーの部屋を振り仰いだ。
(・・・・あの娘といい、マルコーといい、本当に思わぬ収穫ばかりだわ)
怯えた目で窓から自分を覗き見ているマルコーを一瞥して再び階段を降り始めた。
(まあいいわ、人柱の候補は多いにこしたことは無い・・・)
最後の一段を降りて、女はクスリと笑った。
「さて、鋼の坊やには悪いけど・・・先回りして資料を処分させてもらおうかしらね」
「”国立中央図書館第一分館、ティム・マルコー”・・・」
一方その頃、汽車に乗ったエドワードはマルコーに渡されたメモを開いていた。
「なるほど”木を隠すには森”か・・・・あそこの蔵書量は半端ではないからな」
「よかったね、エドワード君」
横からメモを覗き込んだアームストロングとの言葉に、メモを持つエドワードの手にぐっと力が入った。
「ここに石の手掛かりがある・・・!」
「兄さん道は続いている!」
「ああ!」
アルフォンスの言葉にエドワードは力強くうなづいた。その瞳が希望で輝いている。
(・・・”道”か・・・)
は窓際に頬杖をついた。
(その先の真実を見極めるのは私自身・・・彼は確かにそう言った)
彼女の瞳が見つめるのは遥か彼方の生まれ故郷。
(私はまだ道標を見つけたに過ぎない。でも、これでようやく前に進める・・・・・・・ありがとうマルコーさん)
それぞれの思いを乗せて、汽車はリゼンブールを目指す。
to be continued
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あとがきという名の言い訳 vol.12
11話と同じく幕間回なのでさくっと終わらせようとした所、何故だかこんなに長くなってしまいました;
しかも、いたるところに色々伏線があったり・・・・べッタベタな展開につき、この先が読めてしまった方すみません(すごく多そうな気がします・汗)
とりあえずマルコーとの出会いにより、明確な目的が定まってきたヒロイン。ウロボロス組も絡んできたことでようやくこの話も本格始動開始です。