「どうぞ”フィノ・マティーニ ”です」
俺はなるべく丁寧に、その男の前にカクテルグラスを差し出した。軽く頭を下げてすぐに踵を返す。
カウンターに戻りながら首もとの蝶ネクタイを無意識に引っ張った。正装すること自体滅多に無い俺が、なんでこんな格好で、野郎に酒を運んでるんだか。言っとくが、断じて首になったわけでも、副業のバイトでもない。
「レイズ」
俺が小さくため息をつくと、奥のテーブルからそんな声が聞こえてきた。何とはなしに目をやれば、亜麻色の髪に青い目をした細身の女ディーラーが目に入った。
”ロゼッタ・ストーン”それが彼女の名前だ。 最も、これはの作戦上のコードネームで、本当の名前は・。22歳で階級は少尉。士官学校からの同期で、今回の潜入調査で俺のパートナーとして共にこの店に潜り込んでいる。
は元々かなりポーカーが強い。どうやら今も客相手に善戦してるらしく、一体何敗したんだか客の男が盛大にため息をついて、再度勝負を申し込んだ。
(勝てねぇならやめときゃいいのに・・)
まあ、別にその男が何度負けようが俺の知ったこっちゃないが。
「ラスティ」
俺がそんな事を思ってると、カウンターのバーテンから声がかかった。
「はい」
柄にも無く丁寧な返事を返して俺はそっちに向かう。”ラスティ・ネイル”それが俺のコードネーム。
こういった名前は大抵俺らの上司が勝手に決める。別に今まで文句を言った事はなかったが、今回ばかりはちょっとどうかと思った。案の定、この名前が発表された直後、俺の顔とその名前のギャップに、が爆笑した。
(・・・ホークアイ中尉に決められるよりはましか)
俺にこの似合わないにも程があるコードネームをつけた黒髪の男。その副官を思い浮かべた。彼女のネーミングセンスなら、下手するとジョークにもならないような名前を付けられかねない。
(ま、こんなもんだよな)
俺は苦笑してバーテンから渡されたグラスを手にとった。運ぶ動作をしながらそのままちらりと店内を見回す。
(まだ来てねーか)
現在の時刻は午後8時30分。ターゲットとなる最重要人物は未だ現われていない。
(これで空振りした日には泣くぞ俺は)
そもそも部下に対して人使いが荒すぎるんだアンタは。俺はこの面倒くさい任務を押し付けた男、ロイ・マスタング大佐に対して密かに毒づいた。
MISSION -Royal straight-
「「潜入調査?」」
今から一週間前、東方司令部の司令官室で、大佐から言われた任務内容に俺との声がハモった。
「潜入先はカーネリア通りにある高級バー”アルバネーゼ”。以前から複数のテログループの人間が出入りしているのを確認していましたが、近く、そのグループ間で大きな取引が行われるとの情報が入りました。今回の任務はその詳細の事前調査と阻止が目的です」
中尉が手元のファイルの内容を機械的に読みあげた。途端、俺ももその面倒くさい内容に顔をしかめた。
「上手くいけば複数のテログループを一気に壊滅に追い込める。それが出来なくとも取引の尻尾さえ掴んでしまえばどうにでもなるからな」
大佐はわざとそれを流して机の上で手を組んだ。
こういった情報って言うのは普通、正規のルートでは入ってこない。以前ちらっと耳にしたところ、大佐位の人間ともなれば、独自の情報網をいくつかキープしてるらしく、本来知り得るはずの無い情報も入手可能らしい。なんとなくそれが非合法なやり方だと言うのは想像つくが。
まあ、最もたとえそうだとして別にどうって事は無い。上から命令された仕事をするのが俺ら下っ端軍人の仕事だからだ。
そう言う考えの所はも変わらない。彼女は結構な美人なくせに、中身の性格は実は俺より男勝りで勝気だったりする。士官学校時代からの付き合いだが、女友達や同僚と言うよりはむしろ同性の悪友に近い雰囲気だ。
けど、そんな性格だからこそ逆に親しみが湧きやすいのか、狙っている男は割りと多い。
(ま、俺もそのうちの一人なんだが)
もちろんはそんな事全く気付いてないだろう。頭はキレるくせにそう言うところだけは何故か鈍感なんだ、彼女は。
だからあえて俺もそれを口に出したりはしない。恋人とか一線をかくした関係になれるならそれにこしたことはないが、少なくとも他の野郎よりは彼女の近くにいる自身はある。だったら、その優越感に浸りながら、この曖昧な関係を楽しむのもそれほど悪くは無い。
「ハボック少尉」
どうやら俺の思考回路が明後日の方向を向いてるのに気付いたらしい。中尉が咎めるように俺を見る。とりあえず苦笑してしっかり大佐の方に目をやる。大佐はその様子にわざとらしくため息をついて見せた。
「・・・で、ハボック少尉、少尉。君達の潜入時には従業員に扮してもらうわけだが・・・」
潜入三日目で早々取引の日時を入手した俺たちは、今に至る。
大佐から言われた役どころは、俺がボーイで、はディーラー。まあ、さっきも言った通り彼女に関して言えばハマリ役なんだろうが、俺ははっきり言って接客には向いてないと思う。
ーと、そうこうしているうちにがテーブルを離れた。時間は午後9時を少し回ったところ。どうやら交替の時間らしく、新しいディーラーがテーブルの前に立った。
従業員出入り口のほうへ歩いていくの姿を確認して、俺はさりげなく男子トイレの方へ足を進めた。だが、用を足す訳じゃなく、そのまま窓から外に出て店の裏口に向かう。そこには先に彼女の姿があった。
「早かったじゃない、”ラスティ”」
「勘弁してくれよ”ロゼッタ”」
開口一番その名前で呼ばれて俺は肩を竦めた。仕返しとばかりに同じようにコードネームを呼べば、は弾かれたように笑い出した。
「さて、冗談はこれくらいにして、ターゲットが店に入ったわ」
彼女の表情が一瞬で切り替わったのを見て、俺も口の端から笑みを消した。
「例のVIPルームにか?」
「ええ、”ブラック・イーグル”のマディソンと”ベネッド”のアーバインの二人はね」
は目を細める。もちろんこの二人がテログループのボス格だ。表向きは店で正当なポーカー試合をする事になっているらしいが、あくまでも表向きの話だ。
「んじゃ、団体さんは地下か」
当然、取引をする一部の幹部や下っ端のメンバー達が大勢たむろしてたら悪目立ちするに決まってる。普通に考えてどこかしら隠れた場所でする事になるんだろうが、幸いここ数日で店に地下室があるのは確認済みだ。
下手すると店(よりもでかい規模のそこは、今回のグループどころか、マフィアなんかの拠点にもなってるらしい。ここら辺はちとイレギュラーだが、大佐はどうやら意図せずでかい獲物を釣り上げちまったらしい。
「でしょうね」
俺はポケットから煙草を一本取り出して口にくわえる。するとが素早くライターで火をつけてくれた。
「さんきゅ」
ゆるゆると昇る煙を吐き出してそう言った。変装とはいえ店にいる間は煙草は吸えない。基本的に俺は女の前では吸わないようにしてるが、は別に気にしないし、彼女自身も極たまにだが、気まぐれのように吸うことがあった。
「で、どうする?」
「私は一度地下(の様子を見てくるわ」
はポケットにライターを戻す。
俺たちの役目は、取引が始まるまで監視し、その後待機してる司令部の連中に知らせる所までだ。突入が始まっちまえば、後はもう、細かい作業も無い。けどまあ、万一突入してから”取引なんてありませんでした”なんて事があったら洒落にもならない。面倒でも確認しといた方が安全だろうな。
「あなたは店の方の監視を続けて。私が戻り次第外部に通達して脱出するわよ」
「りょーかい、お前も気をつけろよ」
「あなたもね」
「おぅ」
俺は短く返事をして、まだ吸い出したばかりの煙草を靴の裏でもみ消した。ちょっとばかり名残惜しいがそうも言ってられない。が裏口から店に戻ったのを確認して、俺もさっきと同じ道を戻る。
午後ニイイチマルゴ、行動開始。
は従業員の控え室の奥にある、物置のドアを開けた。
周りに人の気配が無いのを確かめてから床に開いた小さな穴に手を引っ掛ける。すると意外なほど軽く床板の一部がはずれ、その下には人が一人通れる程の階段がのびている。言うまでもなく地下室への階段だった。
そこへするりと身を落として、開けた事が分からないように、内側から床板をはめなおす。真っ暗になった階段でライターの明かりを頼りに下へ降りていく。ほどなくして明かりの漏れる扉が見えてくると、はライターの火を消してポケットにしまいこんだ。
(・・・・誰もいない?)
用心深くその扉を開けると、簡素なつくりの廊下が左右にのびている。だが、見たところそのどこにも見張りらしき影は無い。
(妙ね)
いくら隠された場所とはいえ、これから何か重要な取引をしようとしているのだ、見張りの一人ぐらいいてもおかしくは無い。だが、歩けど歩けど、人っ子一人姿を表す気配すらなかった。
(余計な手間はかかんない方がいいに越した事はいけど・・・)
は今、ディーラーとしての制服を着ている。そのため、常のように愛銃を持ち歩く事もかなわず、武器になる物と言えば、服の下に隠した小型のナイフ一本くらいなのだ。そんなほとんど丸腰に近い状態で、銃を持っているであろう見張りに出会えば圧倒的に不利なのは言うまでもない。
そんな事を思いながら、一番奥にある扉を開ける。やはりそこにも誰もいなかった。しかし広い空間には袋に詰められた大量の白い粉が積んである。それが何なのかは一目で判断できたが一応確かめなければならない。
黒いベストの裏に隠したナイフを取り出し、袋の一つを目立たない程度に破る。それを元の場所にしまい直してから、今破った部分に指先を当て、僅かに付着した粉を舌先で舐めた。
予想通りのその味に眉をしかめ、次の瞬間にはハンカチの中にぺっと吐き出した。
(やっぱり麻薬ね)
は口元をぬぐう。
麻薬の類については専門外なので詳しくは分からないが、もしこの全てが純度の高い物だとしたら、その末端価格だけでも信じられないような額になる。そしてその使い道は言わずとも、テロ行為への資金源。はっきり言ってこれだけの量が出回ってしまったら、軍の手にも負えなくなる可能性がある。
(確かにこれを押収できれば大佐の株も急上昇でしょうね)
知ってか知らずか、どこまでも策略深いロイを思い浮かべてクスリと笑みを浮かべた。
(でも・・・なーんか、嫌な予感がするのよね)
元来た道を戻りながらは思う。行きも帰りも結局地下で誰かに出くわす事は無かった。はっきりいって有り得ない。むしろ予感と言うよりすでに確証だ。
(だとしたら・・・)
階段を昇り、先ほど自分で閉じた床板を外した先に待っているものは言わずとも分かる。はため息をついて一応ナイフを手に握る。そんな行動はほぼ無意味だが、何の準備もなしに飛び出すのも少々格好が悪い。それを防ぐためのただの演出にすぎなかった。
そして、が床板をはずした瞬間、案の定、彼女に向けて複数の銃口が突きつけられた。
(ああ、やっぱりね)
途中から罠だと気付いていた以上この展開に驚くことはしない。
「ナイフを床において頭の後ろで手を組め」
オリジナリティの欠片も無い男の声に、は大人しく従った。この場での抵抗は無意味どころか自殺行為以外の何物でもない。
「随分と小奇麗な女スパイだな、探し物は見つかったか?・」
「ええ、お蔭様で」
は無表情でそう答えた。ターゲット側が、懐を探られている事に気付いた事自体はさして驚きもしなかったが、自分の本名まで調べられていたのは少し意外だった。しかし、彼女は眉一つ動かさない。
「・・・で、どうするの?この場で殺す?それともどこかに監禁でもしてくれるのかしら?」
「ははっ、度胸のいい女だな。だが、今すぐは殺さねぇ。とりあえず特別室にでもご案内しようか」
「それは光栄ね」
が小さく笑みをもらした刹那、その後頭部を鋭い衝撃が襲った。おそらく何かで殴られたのだろう。
(悪いわね、ジャン)
体から力が抜けていく感覚に逆らわず床に倒れる同時に、の意識は暗転した。
(遅いな・・・)
俺は時計をちらりと見てそう思った。現在の時刻は午後9時50分。と別れたのは9時をすぎたばかりの頃だが彼女は未だ現われない。いくらなんでも遅すぎだ。これは何かイレギュラーがあったと思ったほうが利口だな。
「ジャン・ハボックだな」
俺がそう確信するのを見計らったかのように声がかかった。
「誰のことっすか、それ」
我ながらなんとも白々しいが、一応すっとぼけてみる。これで事が済んだらもうけもんだ。
「とぼけるな、調べはついてる」
ま、現実はこんなもんだ。いくつも銃口が向けられてる事に気付いて、俺はあきらめて両手をあげた。
「来い、・嬢が特別室でお前を待ってる」
「へぇ、そりゃあ楽しみだな」
俺は半ば自棄に笑みを浮かべた。つまりは文字通りお手上げだ。
to be continued
next
あとがきという名の言い訳
後編に続きます。
えーと、遅くなってしまいましたがリクエストいただいていたハボック夢です。『中辛で〜』との事でしたので、神崎的中辛、少々糖度控えめのアクション物(?)にしてみましたが・・・・・リクしてくださった方、い・・・いかがでしょうか(すいません、苦情は直接どうぞ・汗)
現時点だと全然夢らしくないんですが、後編ではそれなりにハボックとの絡みも入れる予定です。
ヒロインとハボックのコードネームですが、どちらもカクテルの名前です。荒川先生が脇キャラの名前を付けるときに酒屋のチラシを見てると言うのをハガレン研究所DXで読んだのでせっかくなので合わせてみました。
で、その結果ハボックがラスティに(笑)間違いなく本編中では大佐の嫌がらせでしょう。
ちなみに、神崎はポーカーはよくわかりません(なら使うなよ;)