『そ・れ・で・よ!その後エリシアちゃんってば何て言ったかわかるか?』

「知るか」

互いに遠く離れたセントラルとイーストシティを結ぶ電話線でやり取りされているのは、対照的な二つの声だった。

片や口を開けば娘自慢か家族自慢と賞賛される、マース・ヒューズ。

片や若くして大佐の地位にまで昇りつめた、焔の錬金術師、ロイ・マスタング。

前者は、何よりも愛する娘の自慢話に夢中で上機嫌だが、後者は毎度毎度の親馬鹿ぶりに、ご機嫌麗しくないことこの上ない。いくら親友と言えど、これは一度はっきり言ってやらねばならないだろう。

『−と、いけねぇ。もうこんな時間か。悪ぃな、気になるだろうがこの続きはまた次回教えてやる』

だが、ロイが思った時、ヒューズの方が先にそう切り出した。

「急用か?」

不毛な会話がこれ以上長引かず済むのは至極喜ばしいが、珍しいこともあるものだと、ロイは思わずそう口に出した。

『ああ、これから軍法会議所に戻る』

「そうか。ならしっかり仕事をしたまえよ、ヒューズ中佐」

ロイが長話に付き合わされた恨みと、ほんの少しの皮肉をこめて言うと、受話器越しにヒューズの爆笑が聞こえてきた。

「お前にだけは言われたくねーな、ロイ」

その言葉にロイは”やかましい”と呟きながらも笑みを漏らす。

『お、そうそう。近々お前んとこに一人、面白い人材が行くぜ』

「・・・東方司令部(ここ)にか?」

初耳だと、ロイは眉を寄せる。

『ああ。ま、会って見ればわかる。楽しみにしとけよ!じゃーな』

「あ、おい、ヒュー・・・・」

どういうことだと訊くまでもなく、そこで親友の声は途切れた。

「まったく・・・いつもいつも一方的な奴め・・・」

ロイは嘆息しながら受話器を置くと、数十分ぶりに自分の執務椅子に腰を下ろした。


(面白い人材・・・・か)











第8話 東に来たる光 










国内では比較的安定した気候の東部でも、新たな年を迎えたばかりの一月ともなれば小雪がちらつくことも珍しくはない。主要都市であるイーストシティでは昨夜から降り出した雪がそれなり積もり、普段どこか煤けた感のある街並みを白銀の世界へと変えていた。


ここ東方司令部も勿論、そんな街並みの一角にある。
もっとも軍事施設と言う特性上、中庭や正面門に積もる雪は、いささか不似合い感が否めない。だが、少なくともロイは、見慣れた建物に対して感じる季節の変化が嫌いではなかった。


窓から差し込む雪明りのおかげで、いつもよりも明るく感じる廊下の先に”COMMANDING GENERAL”のプレートのかかった扉が見えてくる。先ほど内線でロイを呼び出した中将の執務室だった。ロイは立ち止まって軍服の襟元を軽く正すと、数度扉をノックする。

「ロイ・マスタング大佐です」

だが、数秒待ってみても返事はない。
まさか人を呼び出しておいて留守と言うことはないだろう。もしかしたらトイレか何かで一時的にあけているのかもしれない。基本的にロイと将軍は階級の差はあれど、さほど堅苦しい仲ではないのだ。ならばこの場合、先に中で待っているのが妥当だろう。

「失礼しま・・・・・」

そう思って扉を開いたロイの目に、見慣れない色彩が飛び込んできた。

それはたとえて言うならば、滑らかなミルク色の絹糸を、柔らかい満月の光で淡く染め上げたような色彩。一般的な趣向からどこかずれた装飾品ばかりが並ぶいつも通りの部屋の中に、その見たこともない不思議なプラチナブロンドを持つ人物が一人座していた。

ーと、ロイの気配に気づいてその人物、が振り向いた。

揺れた長い髪が、さらりと衣擦れの如き音を奏で、碧玉がロイの黒曜を捉る。
輝石の様なその瞳を、一言で形容しえる言葉など果たして存在するであろうか。と視線を合わせたまま、ロイは思った。答えは否。
ただ目を合わせている今でさえ、ほんの少しの光加減でその瞳は碧から緑青へ、緑青から白緑へと変化する。自然の力だけが作り出すことの出来る色の巧は、最早奇跡と言ってもいいかもしれない。

魅せられたかのようなロイが次の言葉を口にするまで、しばしの時間を要した。


「君は・・・」

だが口をついて出たのは存外に気のきかない台詞だった。

「今、セントラルで噂になってる最年少少佐。君も噂くら聞いたことあるでしょ」

ロイの問いに対するの唇が動きを、しわがれた第三者の声が中断させる。自然に二人が視線を向ければ、そこにはいつの間に戻ってきたのか将軍が立っていた。

「では彼女が」

「うん」

将軍が軽い口調で頷くと、ロイは改めてを見やる。先ほどまで座っていたは、ソファの背もたれのせいで気づかなかったが、確かにその体に青の軍服をまとっていた。

少佐、彼がさっき言ってたマスタング大佐ね」

将軍は飄々との傍らまで歩いてくると、ロイを指差した。するとも改めてロイを見やり、そして敬礼する。

「初めまして、です」

桜色の唇から初めて紡がれた、楽の音を思わせる澄んだ声が耳に心地良く響いた。

「ロイ・マスタングだ」

そのためか、気づけばロイはに手を差し出していた。その予想外の動作に、は一瞬ためらいを見せたが、すぐに微笑んで握手を交わす。




「彼女、再来週から君のトコ勤務ね」

一通りの様子を見届けて、不意に将軍が言った。

「司令本部に・・・ですか?」

これにはさすがのロイも眉を寄せた。
確かにの噂はここ最近いたるところで聞いていた。特務少佐制度の難関を突破したことから、優秀な人物であるというの言われずとも想像がつくが、ロイの統括する司令本部といえば、東方司令部の中枢と言っても大袈裟ではない。そんな場所に、いくら優秀といえど18歳の新人仕官を配属するというのだから困惑しない方がどうかしている。

「うん。人手が足りないって言ってたでしょ、だから。あ、ちなみに君付きの補佐官だからね」

だが、将軍はこともなげにさらりと言うと、笑いながらソファに腰を下ろした。

「ま、長くなりそうだし立ち話も難でしょ」

将軍はそう言って二人を座るように促す。一礼したが座ると、ロイも同じようにその隣のソファに腰を下ろした。向き合う形になった3人の間にはテーブルがある。その上には見慣れたチェス盤が置かれていた。

それを見たロイは、目を見開いた後、ようやく将軍の意図を理解して口端を笑みの形に吊り上げる。チェス盤の上には白と黒の駒がほぼ同じ数並べられていた。





to be continued





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