ここ数日、中央司令部はある噂で持ち切りであった。

すなわち、十八歳という史上最年少の少佐官が誕生したと。

三年程前には十二歳で国家錬金術師になった少年がいたが、彼を含めその噂は年若い軍人達を活気付けた。だが、それはあくまでも一般軍人間の話であり、それなりの階級を持つ軍将校達が何を思うかは想像に難くないことだろう。










第7話 特務少佐










「特務少佐制度はいわゆる特例中の特例だ。知っていると思うが、特務期間中にやる事は膨大だぞ?何せ士官候補生どもが三年かかってやる事を、たった数ヶ月でやるのだからな」

「はい」

カツカツと、靴音も高らかに廊下を歩む男の姿に、擦れ違い様の軍人達が慌てて敬礼を送る。
もっとも、彼らの視線の集中砲火を浴びているのは、その背後を歩む人物だ。軍事施設であるこの場にそぐわぬ少女の様な容姿でありながら、自分達と同じ青い軍服に身を包み、あまつさえその肩には少佐の階級証が輝いている。

「佐官認定試験の難易度も半端な物ではない」

「承知しております」

だがその好奇の視線を一身に浴びたは、ただ自分の前を行く上官の声に耳を傾け、必要ならば相槌を返すことに集中していた。

「だがな、一番きついのは正式に少佐任官された後の上層部からの圧力だ」

そこで男は不意に足を止め、背後を振り返った。それに合わせてもぴたりと静止する。

「まして特務少佐。君はまだ十八の、しかも女だ。君にかけられる重圧は生半可なものではないと思え」

「覚悟しています」

どこか脅しでもかけるかのように表情を険しくした男の言葉に、ははっきりと言い返した。

「そうか」


すると、再び足を進めた彼の後にもまた続く。

彼の名前はラグエル・ロードライト。中央司令部保安部に所属する大佐で年齢は四十六歳。
特務少佐として配属されたが、正式に少佐の地位を得るためにはいくつかの段階を踏まねばならなかった。彼はその第一段階である将校付き勤務をするにあたり、にとって最初の上官だ。

重ねた齢が年輪を刻むその容貌はいかにも軍人らしく厳しいが、彼を慕う者は多く、その人望は厚い。
一見すればまるで娘のように年の離れたに、一通りの軍務や銃器の扱い、さらには指揮官が備えるべき戦術理論など、短い特務期間中に一般軍人以上の能力を叩き込むのが彼の仕事だった。



「ーとは言え、私の下に来たからには、なんとしても少佐になってもらうぞ」

「は!」

いくらか和らいだラグエルの声に、は大きく頷いた。














(北区第11資料室・・・・・)

延々と似たような造りの廊下が続く空間を、はひたすら歩いていた。
その手には、ビッシリと何かが書き込まれているメモ用紙。全てここ数年内に起きた事件や事故の資料名だった。

が常に付き従うべきラグエルの姿が見えないのは、今が休憩時間だからだ。勤務時間内にやることはそれこそ山ほどあるため、は毎日必ず休憩時間を利用して、資料室を訪れる。
特務少佐としての必修事項だけならば、今の将校付き勤務で学ぶことも出来るが、それだけでは全く応用が利かない。何より自身、知識を詰め込むことは嫌いではなく、むしろ好んで資料を読み漁った。元来、錬金術師とは知識の習得に関して貪欲な生き物なのだ。

(ここね・・・)

機能性だけを前面に出した飾り気の欠片もないドアに”N-11”のプレートを見つけて、は足を止めノブに手をかけ、

「!!」

ようとして思わず硬直した。
同じタイミングで開かれたドアから、見上げるような巨漢の軍人が顔を出したからだ。軍服の上からでも、鍛え上げられ隆々と盛り上がる筋肉が見て取れる。

「ぬ?おぬしは・・・」

腰周りだけでもの倍はありそうなその男、アームストロングは彼女を見下ろして小さく眉を寄せた。

「どうした?少佐・・・・お?」

そこで今度はアームストロングの後ろから軽い声と共にヒューズが顔を出した。そしてアームストロングの前に佇むの姿に、ポンっと手を打ち鳴らす。

「嬢ちゃんが史上最年少の少佐殿か!」

どうしたものかと思っていたは、そこではっと我に返って敬礼した。

「・・・あ、失礼いたしました!特務少佐であります!」

「おう、ってのか。ああ、いいっていいって!そんなに硬くなんなくてよ!」

すると、いかにも新人らしい型通りの敬礼に、ヒューズは一瞬目を丸くした後カラカラと笑って見せた。

「俺ぁマース・ヒューズってんだ。軍法会議所で働いてる。階級は見ての通り一応中佐だ。ま、よろしくな!こっちはアームストロング少佐だ」

言いながらヒューズは自分とを交互に見つめていたアームストロングを示す。

「アレックス・ルイ・アームストロングだ。よろしく頼むぞ、

「こちらこそ、よろしくお願いします」

中佐とは思えないほど人懐っこいヒューズの様子に、自然とも微笑んで、二人とそれぞれ握手を交わした。













・・・・という事は、あれが光耀の錬金術師でありますか」

ヒューズの横を歩きながら、アームストロングはぽつりと呟いた。
二、三の言葉を交わした後、は資料室に入り、彼らは軍法会議所に戻るためにその場を後にしたのだ。

「ああ、そういう事だろうな」

「噂には聞き及んでおりましたが、まさか本当にあのような少女とは・・・」

「ま、今更驚くこともねえだろ。最年少国家錬金術師のエドがいるんだ、最年少の少佐がいたって別に良い・・・・ただ」

「どうされました?」

妙なところで言葉を切ったヒューズに、アームストロングは訝しげに目をやった。

「何かワケありだな、あいつ」

ヒューズは眼鏡の奥で僅かに目を細めた。

「ワケあり・・・ですか」

アームストロングはその様子に思わず足を止めた。
常に温厚そうな笑みを浮かべているヒューズだが、彼を知る者は、眼鏡の奥で時折その瞳が鋭い光を放つのに気づくはずだ。常人離れした洞察力がフルに働いている時、彼はそんな目をする。

「何かご存知なのですか?」

「いや、ただの勘だけどよ・・・」

ヒューズは面白そうに口端を吊り上げると、たった今歩いてきた方向を振り返り、そして言った。


「ロイやエドと同じ眼だぜ、アレは」





to be continued





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