カタカタと小さく音を立てる窓ガラス一枚を隔てた外の世界は、一つ瞬く間に遥か後方へと過ぎ去って行く。
西部の山間を抜けるためか、お世辞にも心地良いとは言えない揺れの続く汽車の座席に、一人の少女がいた。
肩の下辺りで揺れる淡い金糸の髪に、光の加減で不思議な色合いを見せる大きな碧の瞳。春を忘れた淡雪の如く滑らかな肌は、それこそ透けてしまうのではないかと言う程に白かった。だが、驚くほどに整ったこの少女の容姿は、まさしく”人形のような”と評するのがふさわしい。
窓の外の風景を、眺めるその瞳には、旅行者としての期待も、帰郷する者の喜びも、はたまた、同年代の少女が見せるような、好奇心に満ちた光も無かった。
そこにあるのは、十六歳の幼い身が背負うには重過ぎる、唯一つの決意。
少女はポケットに手を入れると、丁寧にたたまれた一枚の紙を取り出した。
そこには手書きの地図と、一人の女性の名前が書かれている。その人物に会うため、少女は義父と義母の元を離れ、遥か西の地までやって来たのだ。
険しい山々の合間に、ひっそりと息づくかのような、西の小都市アゼシアン。この街で、少女の物語は始まろうとしていた。
第1話 絶対零度の瞳
シズキ・ハーネットの眼下には、一人の少女が微動だにせず座していた。
もう数時間もそうしている彼女、・は今日突然、弟子にしてほしいと現れたのだ。
小部数ではあるが、錬金術に関する文献を書いたことのあるシズキは、実のところ一部の錬金術師たちの間ではそれなりに名を知られている。そのためか、今までにも何回か弟子にしてくれと門を叩く者もいた。だがシズキはそのこと如くを断り続けており、中にはそこそこ粘った者もいたが、それでも一時間ほどすれば、あきらめて帰っていったのだ。
つまり、今のところほどに長時間粘ったの者はおらず、シズキはどうしたものかと内心困り果てていた。
「何度も言うようだが私は弟子をとるつもりは無い。あきらめて帰りなさい」
「いえ、弟子にしていただけるまで帰るわけにはいきません」
何回、いや何十回、この四時間あまりの間に、同じ言葉の応酬を繰り返したのだろう。平行線で進歩の無い会話の内容に数えるのも嫌になって、シズキは大きくため息をついた。
「なぜ錬金術を学びたい?」
腕を組み替えながらシズキは言う。
「国家錬金術師になるためです」
「・・・国家錬金術師だと?」
シズキは思わず肩眉を跳ね上げると、その強い眼差しを訝しげなものに変えて、改めてを見やった。
国家錬金術師。
実力を国家資格として認められた優秀な錬金術師、と言えば聞こえは良いが、実際には軍の狗、人間兵器などと罵られ、世間一般ではあまり良いイメージをもたれていないのだ。まして、たかだか十六やそこらの子供に、必要な資格とは到底思えない。
「では、なぜ国家資格を望む?」
これで高額な研究費や、様々な特権に目が眩んだだけだと言うならば、シズキは問答無用で追い返すつもりだ。だがその瞬間、今の今まで全くの無表情だったの瞳が凍てついたように温度を下げた。
「私の両親を殺し、家を焼いた犯人を見つけ出し、この手で復讐するためです」
絶対零度の瞳。
一息でそう言い切ったを見て、シズキは思った。そして同時に、何故がまとう空気が、異質なまでに冷たいものなのかを理解する。が異質な理由、それは彼女が平穏と言う枠組みから外れてしまった者だからということに他ならない。
「・・・良いだろう、弟子入りを許可する」
時間までもが凍りついたかと感じるほど、永遠に続くかのような数秒間の後、シズキは静かに言葉を発し、に視線を合わせてかがみこんだ。
「だけどね、。錬金術の本質は術師自身を精錬することにある。精神を鍛えるには、まず肉体からと言う言葉があるように、私の修行は厳しい。少しでも弱音を吐いたら即刻破門とする。いいね?」
「はい!」
が迷うはずもなかった。
晴れてシズキの門下生となったは、まず初めに二階の奥にある部屋に案内された。
「ずいぶん昔に妹が使ってたんだけどね。この部屋でよければ好きに使いなさい」
「妹さんがいらっしゃるんですか?」
シズキの言うとおり、もうずいぶん長い間使われていなかったのだろう生活観のない部屋を見回して、は言った。
「ああ、イズミと言うんだ。ちょうどお前位の時だったか、錬金術の修行をすると言って家を出てね。今は結婚して、南部のダブリスと言う街にいるよ」
「では師匠はそれ以来ずっと一人でこの家に?」
が見上げると、シズキは苦笑した。
「まあ、私達姉妹は小さい頃に両親を亡くしてるからね」
「・・・すみません、余計なことを言いました」
「いや、気にするな」
”別に寂しいわけじゃないさ”とシズキはの頭をぽんぽんと叩いた。
「それより、長旅で疲れただろう?修行は明日から始めるとして、今日はゆっくり休みなさい。でないと体がもたない」
「はい、ありがとうございます」
が一礼すると、シズキは踵を返して部屋から出て行った。パタンとドアが閉じられた後には、だけがぽつんと取り残される。
「・・・・・・」
少しの間どうしたものかとその場に立ちすくんでいただが、やがて足元に置いた大きなトランクを部屋の奥に運ぶと、とりあえずベッドに腰を下ろした。
街のホテルに長期滞在することになるだろうと思っていた彼女にとって、住み込みで修行させてもらえるとは願ってもないことだ。
シズキ・ハーネット。
彼女の名を知ったのは幼い頃読んだ父の蔵書からだった。似たような内容ばかりが横行する錬金術書の中で、シズキの奇抜で斬新な理論が一際目を引いたのを覚えている。だからこそ、記憶を頼りに、なんとか彼女を探し当てたのだ。
(まずは一歩・・・・・だけど、まだ一歩なのよね・・・・)
は座った体勢から体の重心を移動させて、ドサリとベッドに横になった。
自分の目的のため、まず必要なのはそのための”力”を手に入れることだ。シズキへの弟子入りはその一番初めの重要な一歩だが、それでも結局は最終目的に対する準備段階の一歩にすぎず、まだスタートラインにすら立っていない。
(やり遂げてみせる、どんなに時間がかかっても)
目を閉じれば蘇る、忌まわしい記憶。業火の中に倒れ伏す二人の姿を、忘れた事など片時もない。
は爪が食い込むほどに強くこぶしを握ると、目を開き、天井を睨みつけた。
(絶対に・・・!!)
to be continued
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