Act.3 Blue rose -難攻不落-
に思いを寄せる男は多かった。
それは時に古風なラブレターであったり、直球勝負の告白であったり、戦法は十人十色だったが、共通しているのは誰も彼もがことごとく振られていると言う事だ。
線の細い美貌に似合わず、クールな態度に結構な毒舌。そして将軍令嬢という要素が重なって何時の間にか”難攻不落の高嶺の花”などという本人曰く不本意極まりない異名が定着していた。
「花は花でもは青薔薇だな。この世に二輪と存在しないが刺は毒入りだ」
「その毒入りの薔薇に、何度も言い寄ってるのはどこのどいつだよ。お前もこりないよな」
「うるさい」
寮に戻る道すがら、ロイは隣を歩くヒューズを睨み付けた。
ロイは出会った日以来、事あるごとにを口説こうと試みたが、彼女は他の男の例に漏れずきれいにかわしてしまうため、その都度玉砕していた。
「でも躍起になってる所を見ると・・・天下のたらしも、ついに本気で惚れたか?」
「俺をここまでかわした女なんて初めてだからな。何が何でも落として見せるさ」
(あー・・・こりゃ重症だわ)
ふふん、と鼻を鳴らしたロイに気付かれぬようヒューズは嘆息した。
中学、高校と長い間つきあっているだけに、ヒューズはロイの変化には人一倍敏感になっていた。
女癖の悪さは今に始まった事ではないが、少なくともロイが特定の誰かに長い間入れ込んだことなどないのだ。今度こそ年貢の納め時だろうかなどと考えていると、背後から耳に慣れた声が聞こえてきた。
「ロイ、ヒューズ」
「よう、アレク」
いち早くヒューズが振り向けば、一つにくくった肩より少し長い金髪を揺らしてアレックスが走ってきた。
「お前ら今、空きか?」
「ああ、寮に戻るところだ」
「じゃあさ、これ、に渡してやってくれないか?」
アレックスは革張りの本を二冊ロイに差し出した。
「・・・辞書か?」
「ああ。貸すって約束してんだけど、俺今から教官に呼ばれててさ」
「別にかまわないが」
断るつもりも無いと、ロイは本を受け取った。
「悪いな」
”明日の昼飯おごるから”と言い残して、アレックスはまたすぐさま走り去った。
「あいつ、あれで結構モてるんだよな」
アレックスの姿が見えなくなると、ヒューズはにやにやとロイの方を見た。
「何が言いたい?」
「いや、本当にとデキてないのかと思ってよ」
「・・・・・・・」
ロイは憮然として口をつぐんだ。
トーンを押さえたアッシュブロンド、青い瞳の整った顔立ち、すらりとした長身。しかも人懐っこい笑顔と性格の持ち主であるから、タイプはまったく違うが、アレックスもロイと同様、校内の女子に絶大な人気を誇っていた。そんな彼との関係が、いくら唯の幼馴染だと言われても噂がたつのは仕方が無い。
「ま、俺はお前の味方だからよ!」
「そのうち消し炭にするぞ、ヒューズ」
快活に笑ってバンバンと自分の肩を叩いたヒューズに、ロイは声のトーンを落とした。
「怒んなよ。お、てぇことは完成したのか例の錬金術?」
「いや。理論的にはもう実践レベルまで来てるんだがな、後少しだ」
ロイはヒューズの知る限り、三年程前からある錬金術の研究を続けていた。それは錬金術師達の間では四大元素と呼ばれる”焔”を操る錬金術だ。
「やっぱり国家資格取るのか?」
「ああ、ここを卒業するまでにはな」
士官学校生や軍人は、国家資格を取得するとその特権で一階級特進できる制度になっている。上を目指すつもりでいるロイからすれば、それを利用しない手は無いそうだ。
「−さて、その話はさて置き。俺はにこれを届けてくるが、お前はどうする?」
ロイは先ほどアレックスから預かった本を掲げて見せた。
「先に戻ってる。せいぜい盛大に振られて来い」
「お前な・・・」
去り際に失礼な台詞を残した親友にロイは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、苦笑してそのまま反対方向へ足を進めた。
その場所に近付くにつれ、段々と剣と剣がぶつかりあう高い金属音が聞こえてきた。
士官学校とはいってもいわゆる普通の大学のように、部活動と言うものも存在する。基本的に基礎体力をつける延長として設けられているため、そのほとんどは運動部だが、娯楽の少ない事からそれなりに入部している者も多い。
が所属している剣術部は、どちらかというと完全に実戦訓練に近い活動を行うため、実力をつけたい部員で結構な盛況だった。
練習場を少し離れた位置から見ていたロイは、キンっと一際高い音が上がったのに気付いてそちらに目やった。細身のサーベルを手にしたが、手合わせをしていた相手のサーベルを強く弾いて叩き落したのだ。
降参の意を示した相手に笑いかけて一礼すると、はそのままサーベルを手に脇にあるベンチへ足を向けた。自然とロイもそちらへ進む形になる。
「相変わらず強いな君は」
背後から聞こえたロイの声に、はベンチに座ったまま振り返る。簡単にまとめていた紙紐から解放された柔らかい銀色がふわりと風に舞った。
「部活の模擬戦闘でいくら勝てたって、実戦じゃ大して役に立たないわよ」
「なら何故続ける?」
「そうね・・・」
はベンチに立てかけたサーベルを素早く手に取ると、背もたれ越しに立ったロイの首筋に突きつけた。
「強いて言うなら不埒な真似をはたらく男を、返り討ちにするくらいの役には立つからかしら?」
「これは手厳しい」
クスリと笑ったに、ロイは彼女の頬に触れようとしていた手を引っ込めた。練習用の鈍らとはいえ、サーベルを突きつけられて動揺しないのは、これが二人の日常茶飯事だからだ。
「いつからここに?」
「少し前だ。君に渡してくれって、アレクに頼まれてね」
がサーベルを元の位置に戻すと、ロイはその隣に腰をおろして預かっていた本を差し出した。
「あら、ありがとう。後で取りに行こうと思ってたのよ」
「・・・地質学関係の専門書か。そう言えば君はその分野が得意だったな」
が受け取った内の一冊を早速ぱらぱらとめくると、ロイは横目にそれを覗いた。
「ええ。今じゃ休暇に近場の調査が出来る程度だけどね」
は少し寂しそうな笑い方をした。
彼女がこの士官学校に入ったのはいわゆるお家柄という奴だ。代々軍人家系の家では娘であろうと、必ず軍人になる事が決められているらしい。本当は好きな専門学を学びたかったのだろう。
「ちょっとやだ、そんな顔しないでよ」
なんとなく気まずい雰囲気に、ロイがどうしたものかと思っているとはクスクスと笑ってその背をはたいた。
「別にもう割り切ってるからいいのよ。それに結構ここの生活は楽しんでるつもりだしね」
「まあ、確かに・・・」
ロイはの髪を一房手に取った。
「そうでなければ俺は、麗しの青薔薇の姫君に逢えなかったわけだからな」
「あなたのその気障な言葉しか出てこない口を、塞ぐ方法は無いかしらね、ロイ?」
はまるでどこぞの騎士のように、自分の髪に口付けるロイに肩を落とした。
「なら塞いで見るか?」
「永遠に黙らせるわよ?」
ぐんと顔を近づけたロイに、は再びサーベルに手をのばす。
「冗談だ」
数秒間見つめ合った後、どちらからともなくクスリと笑みをもらした。これもまた日常茶飯事なのだ。
「あなたも物好きね、ロイ。私みたいな無愛想なんて相手にしなくても、あなたに憧れてる子たくさんいるでしょう?」
「拒まれるほどに燃える生き物なんだよ、男っていうのはね」
ロイはくっくと喉の奥で低く笑いながらもう一度を見つめた。
「では趣向を変えるとしよう」
「・・・・何?」
突然ロイが真剣な顔をした事に、は眉を寄せた。
「あなたの虜になってしまった哀れな男に、御慈悲をかけていただけませんか?ミス・」
「一流の俳優になれるわね」
まるで縋るような目をしたロイにはタオルを投げつけた。もちろん彼が計算済みでそう言う表情をしているのをわかっているからこそだ。
「歯の浮くような台詞は、もう十分よ」
「だろうな」
顔からタオルを外しながらロイは笑う。
「わかってて、言う訳?」
「いや、一応試してみただけさ」
これまで今の方法でもよろめかなかった女性はいないのだ。逆にいえば、ここで落ちればもただの”女”でしかないのだろう。
「ますます君に興味が沸いたよ」
「あきれた」
は心底深いため息をついた。
to be continued
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