「遅くなりまして申し訳ありません」

に肩を借りたロイが病室近くまで戻ってくると、反対側からホークアイが歩いて来た。

「いや、手間をかけたな」

ロイはの肩から手をはずすと、ホークアイから軍服の入った紙袋を受け取る。

「本当に退院なさるのですか?」

「無論だ。やることは山積みだからな」

「・・・わかりました」

ロイが即答すると、ホークアイはあきらめて嘆息した。本心としては、ある程度回復するまで大人しく入院していて欲しいところなのだが、言って聞くような相手ではない。

「では私は着替えてくるとしよう。中尉、退院の手続きを頼む。それと少佐、その間ハボックを頼む」

「はい」

は敬礼すると即座に踵を返して病室のほうへ歩いていった。








「彼女をどう思う?中尉」

「それはどういう意味でですか?」

が角を曲がるのを確認してから、ロイはポツリとつぶやいた。突然何の脈絡もない質問だが、ホークアイは小さく眉を寄せただけに留める。

「そのままの意味でだ」

「・・・そうですね」

ホークアイはの歩いていった方向に目を向けた。

「少佐は一まわり大きくなられた。そんな気がします」

無論、見た目のことを言っているわけではない。それは説明するまでもなく、ならばロイはどう思っているのだろうとホークアイは彼を見上げた。だがすぐに開きかけた口をつぐんで代わりに優しく目を細める。穏やかな笑みを浮かべたロイにとって、その問いが何よりもの愚問だと解ったからだ。










第36話 未来への約束










「ジャン」

は軽く数度ノックしてから、病室のドアを開けると中に入った。

「よぅ、

起こしたベッドにもたれるように、背を預けているハボックがこちらを向いた。その目はやはりいつもより弱々しい感が否めないが、それでも先ほどのような荒んだ色は見受けられない。そのことにいささか安堵して、は彼のベッド横の椅子に腰を下ろした。

「大佐、退院すんだって?」

「自主的・・・というか半強制的にだけどね」

「っとに無茶やるよな」

が苦笑すると、ハボックもつられたが、少しの後小さく息をついて、シーツに覆われた感覚のない両足に目をやった。

「・・・なんかさ、変な感じだよな」

自然にの視線を自分と同じ場所まで誘導すると、ハボックはぽつりぽつりと言葉をつむいだ。

「こうやってると動かせそうな気がすんのに、いざそうするとピクリとも動かないんだよ。こっちは俺が思えばいくらでも動くのによ」

ハボックは確かめるように自分の眼前で、その右手を握って見せた。

「本当・・・無茶苦茶だよ。こんなポンコツ駒でも捨てようとしないなんてさ」

ハボックはぱたりと手を下ろすと、肩をすくめてまた苦笑した。

「でも、そう言う人だからこそ支えたいと思うんじゃない?」

「?」

ハボックは意味が解せず、怪訝な顔をした。

「機械のように完璧な人は何もかも自分ひとりでこなしてしまうから、誰の助けも必要としないし、誰も助けようとしないでしょう?無茶苦茶な人だからこそ危なっかしいから放っておけない、だから支えたいと思う・・・」

はそこで一旦言葉を切ると、悪戯っぽく笑って見せた。

「違う?」

「・・・だな」

ハボックはまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。どうやら本心を見抜かれていたらしい、と。




「ねえ、ジャン。あの人が進もうとしてるのは、とても険しい道なんでしょうね」

は不意に窓の外に目をやった。

「険しくて急で・・・崖みたいな道。だけど、どこまでもまっすぐな道だと思うわ」

ゆっくり、だが確実に翳りを見せていく陽光に照らされて、の横顔が茜色に染まる。遥か遠くを見据えるように目を細める姿をハボックは綺麗だと思った。

「確かに私たちは、今はあの人の後に付いて先に行く。けれど、目指す場所は同じ。決して迷うことの無い一本道だから、あなたがまた歩き出したときに、私たちを見失ってしまう事は無いの」

は真っ直ぐにハボックの目を見つめた。

「だからジャン。ゆっくりでいいから、迷わずに追いついて来て」

・・・・」

「約束するわ。その時まで、あなたの分まで私があの人を支える。あなたの居場所は私が必ず守っているから」

は手を伸ばすと、そっとハボックの手を握り、微笑んだ。

「だから最後まで一緒に行こう、ジャン。私たちはいつも、あなたの見える場所にいるよ」

ハボックは数度瞬きを繰り返した。


強くなったなと思う。
合成獣になってしまった少女を思って、自分の腕の中で涙を流したのはわずか数ヶ月前のことだ。だが、その数ヶ月では確実に変わった。守りたいと思う者が出来たのだろう。それが誰かは考えるまでも無い。

そう考えた瞬間、”ああ、そうか”とハボックは悟った。

今までずっと感じていた彼女との距離感。それは、自分がロイに対して抱いていた激しい嫉妬のせいだ。だが今こうして話しているに以前のような距離も、ロイへの嫉妬も感じられない。それは何故か。答えは至極簡単だった。

自身が自分の居場所を見つけたのだ。すなわちロイ・マスタングの言う一人の男の隣に。

それは彼女にとっての絶対であり、誰も動かすことは出来ない場所。だからこそもう”遠い”とは感じなかった。手を伸ばせば届く場所に彼女はいる、同じ志を持つ者として。意味合いは違えど、ホークアイやブレダ、ファルマンやフュリー、そしてもちろん自分も、それぞれの意志でその近くに立っているのだから。


”目指す場所は同じ”とは言った。

ならば、自分で彼女の隣を歩むのではなく、ただ静かに二人を見守るのもそれほど悪くは無いのではないだろうか。

自分が追いつくまでが守ってくれているその場所で、彼女の隣に立つロイを支える。




「悪くねーな・・・そういうのも」

今なら素直にそう思えた。



「ジャン?」

一人納得したようなハボックに、は小首をかしげる。

「いや、なんでもない。けどよ」

「うん?」

ハボックはのどの奥で小さく笑うと、そのままのほうを向いた。

「かなり時間かかるかもしんないぜ?それでも待っててくれるか?」

「待ってるわ」

は迷うことなく即答する。するとハボックは何故か吹き出して、大きな手での頭をわしゃわしゃと撫でた。

「えっ・・・ちょっと何!?」

何かおかしなことを言っただろうかと、が目を白黒させると、ハボックは最後にポンポンと軽く頭をたたいて、目線を合わせるように彼女の顔を覗き込んだ。

「サンキュ」

ハボックがニっと歯を見せて笑うと、は一瞬きょとんとしたがすぐに微笑んだ。

彼の笑顔はとてもすがすがしいものだった。












その後、交代要員が病室を訪れるまで、ハボックと言葉を交わしたは病室を後にし、ロビーへと足を運んだ。日中よりもだいぶ人のはけた待合室のソファーに、久しぶりに見る軍服姿のロイを見つけて、足早に歩を進めると、それに気づいて彼が顔を上げる。

「君のその様子を見る限り、ハボックの方はもう心配なさそうだな」

そして開口一番そう言われ、顔に出ていたかとは苦笑した。


「すぐに司令部に戻られますか?」

立ち上がるロイに手を貸しながらは言う。

「いや、一度自宅に戻る。君も一緒に来てくれ」

「はい」












「つきましたよ」

「ああ、すまない」

は車を止めると、先に外に出て、後部座席から降りるロイを支える。

肩を貸しながら視線を上げれば、これまたずいぶんと久しぶりに、ロイの自宅が目に入った。国軍大佐の地位に相応しい大きさに門構え。その内部もロイが専門家に一任しただけあって、華美過ぎず、地味すぎず、絶妙な空間を作り出していたが、そのほとんどが空き部屋のような状態であった。

「ちょっと失礼しますね」

玄関前まで歩んできたは、そういって一度ロイの腕をはずすと、軍服の胸ポケットから鍵を取り出した。

実のところ、ロイはセントラルに引っ越す際、この家でも共に住むことを勧めていた。だがが、それはいくら何でもあからさま過ぎると言うことで一悶着あった。結局、二人はそれぞれ今の家に住むことになったのだが、その時にロイに半ば強引に渡されたのが、この合鍵だ。



「こっちだ」

家に上がると、ロイはの手を引いて階段を上がり、一つの部屋に入った。きちんと整理された書棚にびっしりと錬金術書や兵法書の並べられたこの場所は、自身はあまり足を踏み入れることの無い、彼の書斎だ。

が書棚の一つを見上げていると、背後からロイがふわりとその体を包み込んだ。

「ロイ?」

、目を」

振り返ろうとするのを、やんわりと制されて、は静かに目を閉じる。するとロイは彼女の左手を取り、隠し持っていた小箱から取り出したそれをはめると、目を開けるように促した。



「・・あ・・」

ゆっくりと目を開いたは、それを見て目を丸くした。すなわち、自分の左手の薬指で輝く指輪に。

「パイロープ・ガーネットには”()のような眼をした”という意味があるそうだ」

が振り返ると、ロイは優しく微笑んだ。

「本当は君の誕生日に渡そうと思っていたんだが、最近のごたごたですっかり遅くなってしまった」

ロイは言いながらの左手を取ると、深紅の輝きを放つ輝石にそっと口付けを落としす。

「お揃いだ」

そして、とても優しい声音のロイが、の前に差し出した左手の薬指には、彼女と全く同じ指輪があった。

男女の薬指にされる揃いの指輪が何を意味するのか、色恋沙汰にうといとて、それが解らない程幼くはない。かつて両親も、それぞれの左薬指に、同じ指輪をしていた。それは将来を誓い合った者の証に他ならない。

驚いたが向き合うように体の位置を変えると、ロイは彼女の頬に触れ、真剣な目で見つめた。

。全てが終わったら、私と結婚して欲しい」

その言葉に、の元々大きな瞳が、これ以上ないほどに見開かれる。

「長い時間がかかるかもしれない。だが私は必ず成し遂げて見せる。・・・受け取ってもらえるか?」

ロイは彼にしては珍しく、ほんの少しだけ不安の混じった声でそう言うと、の髪を軽く梳いた。



「・・・・・悔しいです」

?」

たっぷり間をおいた後、不意にポツリとが呟いた言葉に、ロイはうつむいた彼女の顔を覗き込んだ。

「悔しいです。私、最近ロイの前で泣いてばかりじゃないですか」

そう言って顔を上げたの瞳からは、幾筋もの涙が伝っていた。

「それは・・・私は自惚れてもいいのか?」

「・・・わかってて・・・そういうことを言うんですか・・・・あなたは・・」

一瞬呆気にとられたロイが苦笑交じりに言うと、はぎゅっとロイに抱きついた。

「好きです・・・好きです、ロイ・・・どうしようもないくらいに、あなたのことが・・・」

は顔を上げると、少しだけ背伸びをして、ロイの唇に自分のそれを重ねた。

「・・・好きです」

初めてした自分からのキスに頬を赤らめ、目にいっぱいの涙を溜めたはまるで子供のようで。愛しさがこみ上げたロイは掻き抱くようにしての体を引き寄せると、今度は自分から口付けた。

初めて肌を重ねたあの夜のように、深く甘い口付けを何度も何度も交わし、どれくらい時間がたった頃だろう、ようやく二人は互いの唇を解放した。さすがに息が上がり、お互い肩で息をする様子がおかしくて、顔を見合わせてクスリと笑いあう。

「軍服でなかったら、ずっとこの指輪をしていられるのに・・・」

「仕方ないさ。君の傍に置いてくれればいい」

「・・・そうですね」

が微笑むと、ロイはその額に口付けを落とす。

「愛しているよ、

そしてどちらからともなく、再び唇を重ねた。






互いの左手に輝く焔の色をした輝石が、どんな時も必ず二人を結びつける。

だがそれ以上に、二人はそれぞれの心の中で強く誓った。

絶対に離れない。

絶対にこの手を離さない、と。





Part V conclusion





back   next





あとがきという名の言い訳 vol.36

というわけで、大変長らくお待たせいたしました。第36話、未来への約束、これで無事軍部サイド第3部は完結です。

えーと、短いながら色々とを詰め込んだので順に説明を。


まずはハボック。
読んでいただいたとおり、今回で一応彼は嬢に対する思いに決着を着けました。まあ、平たく言うと「身を引いた」という事なんですが、彼女のことを好きなのは変わらないです。ただ、、文だと説明しにくいんですが・・・・なんというか、ロイと嬢の関係を見守るのも、一つの愛の形かなということで。

そして、ロイ。
まあ、こちらは言うまでも無くプロポーズです。
実はこのエピソードどこに入れるかかなり迷ってたんですが、考えた末ここに入れました。前回35話では、嬢が大きく決意したように、ロイもここで一つ男としてけじめを!ということで(笑)

二人の婚約指輪についている、パイロープ・ガーネットの語源は、ギリシア語のピロポスだそうです。
正確には焔ではなく”火のような眼をした”なんですが、そこはそれ(苦笑)どの石にしよう〜?と考えているときに偶然見つけて、これを使わない手は無いということでこれになりました。

さらに補足ですが。
今回で嬢19歳になってますが、彼女の誕生日は9月ということになってます。11巻末でロイが30歳になってたということが判明したので、一応念のため;
ちなみに、国家試験は毎年10月、本編が始まったトレインジャックのあたりが6月末〜7月、現在は10月上旬あたり〜という設定です。