いつだって子供たちに冒険の始まりを告げるのは小さなきっかけ
例えば屋根裏部屋で見つけた古い本
祖父が残した宝の地図
遊び場で見つけた暗号文
それはとても魅力的なもの達
いつしか思い出は薄れ人は大人になっていく
そんな残酷なほど真っ直ぐな時の流れに身を任せて
生きていくんだと思っていた
『人は何かの犠牲なしに何も得ることは出来ない』
錬金術における等価交換の原則
『無垢』を代価に大人になった人間は
その先に一体何を見出すのだろう?
自分の全てを代価としてでも求める物のために、あの日この身に刻んだのは決意の烙印。
第1話 波乱の前兆
イーストシティ東方司令部。
東部最大の軍事中枢施設であるその内装はいかにも機能性第一という無機質な造りだが、建物を繋ぐ中庭からは少なからず四季の移り変わりを見て取れる。
軍という殺伐とした場所にいるせいか以前よりもその微妙な変化に敏感になったような気がする。
そんな事を思いながら、渡り廊下を歩む。後ろで一つに束ねた色素の薄い金髪が陽光に透かされて揺れるたびにきらきらと光った。眩しそうに細める瞳はまるで血統の良い猫のような碧で、細い腕には部厚い書類の山。
彼女の名を・という。階級は少佐、”光耀”の銘を持つ国家錬金術師である。
屈強な兵士が数多く常勤するこの司令部でどこか場違いのようなこの人物は、まるで少女のように見えるが今年19を迎える。年若くはあるが、その地位は将軍、大佐に次ぎ三番目に位置していた。
「手伝いますよ」
扉の前辺りで声をかけられ振り返ってみればそこには見知った顔。いかにも軍人らしいがっしりとした体格に精悍な顔つき。短く切られた髪は金髪で口にはくわえ煙草。自然と見上げる形になってしまうのは自分の身長が相手の胸辺りまでしかないからで。
「ああ、ハボック少尉。ありがとうごとうございます、でも大丈夫ですよ?」
そう言って視線を上げればハボックは彼らしいくだけた口調で笑う。
「いやいや、俺も司令室に戻る所っスから気にしないで下さい」
「そうですか?・・・では半分だけお願いします」
「喜んで」
ハボックは書類の山をヒョイと片手で抱え上げるとの歩調に合わせるように横に並んで歩いた。
「少佐、この書類って?」
「ああ、大佐に頼まれた物ですよ。なんでも急ぎの物らしくて私が取りにいったんですけど・・・思いの他遅くなってしまいました。怒られるかもしれませんね・・・」
「・・・・・少佐、非常に言いにくいんですが・・・」
「はい?」
「・・・・あなたそれ・・・大佐に騙されてます絶対。あの人またサボって今中尉が探しまわってますから」
「・・・・・・・へ?」
「・・・・・・・・」
一瞬流れるなんともいえない沈黙。これなのだ・・・とハボックは内心苦笑する。
この年下の上官は国家試験をトップの成績でパスした頭脳、男顔負けの体術、司令部内でホークアイ中尉と互角にはれる程の射撃の腕前など等、軍人としては申し分のない華々しい実力の持ち主だ。しかし、どうやら天然らしく日常の端々で予想外のボケをかましてくれる人物でもある。
年齢に似合わぬ経歴や実力に対するそのギャップは大きく、逆にそれが彼女の親しみやすい人格に一役を買っているのだろう。
「・・・・でもまあ・・・中尉が探しに行ったのなら捕まるのも時間の問題ですね」
「・・・確かに」
美貌の敏腕副官に愛銃で脅されて、しぶしぶ司令室に戻ってくる黒髪の司令官。そんな日常茶飯事と化した光景が脳裏に浮かんで思わずはくすくすと笑う。大きな瞳を柔らかく細めて笑うその表情は、元々実年齢より幼く見える彼女をさらに幼く見せる。
(ああ・・・・やっぱり綺麗だよなー・・・)
ハボックは思わずその表情に魅入った。初めてそうやって彼女を見たのは少し前のこと。
「新人がくるぞ」
焔の銘を持つ国家錬金術師で、司令官でもあるロイ・マスタング大佐が突然そんなことを言い出したのは、皆が大量の書類をようやく片付けたある日の午後だった。
残業続きの原因になった張本人がしゃあしゃあとそんなことを言い出したものだから、司令部の主だった面々は机にぐったりと伏せたまま、恨みがましい視線をロイに向ける。
「赴任日は二週間後、階級は少佐、ホークアイ中尉と同じく私の副官だ」
「へー・・・そりゃあよかったですね」
ーと、火のついていない煙草を動かしながらハボック少尉。
「二つ名は”光耀の錬金術師”。昨年度の国家試験をトップの成績でパスした優秀な人物だそうだ」
「このむさっくるしい野郎だらけの司令部にまた野郎が増えると」
まるで興味はないといわんばかりにブレダ少尉。
「・少佐、現在18歳」
がばっと言う描写がとてもよく合う速度で全員が顔を上げたのは言うまでもない。ロイはその秀麗な顔ににやりと不敵な笑みを浮かべる。
「諸君、喜びたまえ。我が東方司令部記念すべき二人目の女性士官だ」
「「「「うぉっしゃぁぁぁぁぁぁああああああっっっ!!!」」」」
雄たけびを上げる部下達を前にロイの隣に控えていたホークアイは盛大なため息をついた。
軍という特性上、女性人員は圧倒的に少ない。
特にここ東方司令部では、非戦等要員である電話交換手といった事務要員に数人の女性がいる他、士官に関してはリザ・ホークアイ中尉ただ一人だ。
彼女自身、輝くブロンドに意志の強そうな目元、均整の取れた肉体と美人の条件をかね揃えた文句なしの美貌の持ち主である。
禁欲的な軍内で羨望の的でもあるが、仕事一筋の敏腕副官である彼女に邪な思いを抱けば間違いなく愛銃の的にされるというのが暗黙の了解であった。
そんなわけで2週間後、彼女はやってきた。
まず目を引かれたのは長く美しい淡い金髪。そして柔らかな髪の間からのぞく零れんばかりの大きな碧の瞳。日に焼けることを知らない肌は透き通るように白く、少々大きく見える軍服が彼女の小柄な体を物語っていた。
「本日付けで東方司令部に配属された・少佐であります」
そう言って初めて発せられたのは一見、精巧なビスクドールのように可憐な外見からは想像できないよく通る澄んだ声。
「どうぞよろしく!」
だが敬礼を降ろして付け加えた一言は実年齢よりさらに幼く見える笑顔で。”軍人の顔”と”少女の顔”。誰もがこの時そのアンバランスさに魅入られた。
あれから数ヶ月、ようやく職場になじみ当初の予測を全く裏切らず司令部中の男性陣を虜にしてやまない若き少佐だが、なぜか誰かが彼女に思いを告げたという話は未だ聞かない。
もちろん掛け値なしの美貌に思いを募らせる者は日々うなぎのぼりだが、おそらく彼女がまとう独特の雰囲気のせいだろう。彼女はその不思議な魅力で上手く均衡を保っているようであった。
(・・・もしくは周りの視線にまったく気づいてないか・・・・・・だとしたら罪作りだよなー・・・・)
「?・・・どうかしましたか少尉?」
「え!?・・・あ・・・いや・・・・」
はっと我に返ったハボックは苦し紛れに咳払いを打つ。そのわざとらしい仕草が余計におかしく見えてはまた笑った。
「・・・あー・・・・ところで少佐」
決まりが悪くなったのを隠すようにハボックは頭をがりがりと掻いた。
「はい」
「いい加減俺に敬語使うのやめません?俺あなたの部下っスよ?」
「ごめんなさい・・・どうも慣れないんです・・・年上に敬語以外で話すのって・・・気になりますか?」
「いやそんなこと言ったら俺ら大佐と話せませんから」
ハボックを始めとする司令部の面々は目先の上官であるロイにもくだけた口調で接する。軍としてはともかくこれが東方司令部独自の雰囲気であり、逆にそれが結束の強さの証でもある。
「ただ少佐が気を使ってるんじゃないかと思いましてね」
「あら、そんなことないですよ?」
「ま・・・・なら深くは追求しませんがね」
(最も・・・貴方と個人的に親しくなりたい人間にとっては大問題なんですがね・・・)
とハボックが戻ると、司令室はにわかに緊張感をはらんでいた。
「何かありましたか?」
真剣な面持ちで通信機に向かう人物に声をかけると優しい面立ちのフュリー曹長が顔を上げた。
「ああ、少佐今お戻りになられたんですか?」
「ええ・・・・トレインジャックですか・・・」
通信機の周りに臨時で貼り付けられた書類から大体の事態を読み取る。
「はい、しかも少々面倒なことになりそうですよ」
「面倒な事?」
「それが・・・・」
ーとその時、今しがた達が入ってきた扉から足音と聞きなれた二人の人物の声が聞こえてきた。
「乗っ取られたのはニューオプティン発、特急〇四八四〇便。東部過激派”青の団”による犯行です」
「声明は?」
「気合入ったのが来てますよ、読みますか?」
「いやいい」
扉が開かれて入ってきたのは予想通りの二人。
「どうせわれわれの悪口に決まっている」
「ごもっとも」
どうやらサボりが見つかった直後に、事件が起こったらしく不機嫌倍増のロイとホークアイであった。
「要求は現在収監中の彼らの指導者を解放すること」
手元の書面に目を通しながらホークアイが続ける。
「ありきたりだな。で本当に将軍閣下は乗ってるのか?」
「今確認中ですがおそらく」
通信機の後ろでファルマン准尉が答えた。
その一言を聞いてロイはあからさまなため息をつくと緊張感のかけらもない台詞を呟いた。
「・・・困ったな夕方からデートの約束があったのに」
「たまには俺達と残業デートしましょうやー」
すかさず突っ込みを入れたのはブレダ。
「ここは一つ将軍閣下には尊い犠牲になっていただいて、さっさと事件を片付ける方向で・・・・」
「バカ言わないで下さいよ大佐。乗客名簿あがりました」
半ば本気でやりかねないこの人物を良く知るフュリーは印刷されたばかりの名簿をロイに渡す。それを受け取るとめんどうくさそうに目を通す。
「あー本当に家族で乗ってますね、ハクロのおっさん」
すばやく横から覗き込むとロイより早く目的の人物を見つけてハボックが呟く。
「まったく・・・東部の情勢が不安定なのは知ってるだろうに、こんな時にバカンスとは・・・・・・」
なんとはなしに目を通していたロイは意外な人物の名前に目をとめるとにやりと口元をゆがめた。
「ああ諸君、今日は思ったより早く帰れそうだ」
しばいがかった口調で歩きながら、いまだフュリーの横に立っていたの横までくるとすれ違いざまにその細い肩をポンと叩いた。
「・・・・?」
訳がわからず彼女が顔を上げるとロイは振向いて言い放った。顔には不敵な笑み。
「鋼の錬金術師が乗っている」
(鋼の錬金術師・・・・エドワード・エルリック・・・!ようやく会える)
ロイの意図する所を理解しては静かに微笑んだ。
to be continued
next
あとがきという名の言い訳 vol.1
これってハボ夢(爆)いえ一応逆ハー夢のはずなんですが(汗)
そんなわけで『光耀の錬金術師』第一話でした。・・・われながらなんてひねりのないタイトルなんでしょう;
これから原作沿いにオリジナル要素を含めて展開していきますが、話が進むにつれて分岐点も出てくる予定です。
余談ですが最後部分のロイとヒロインのやりとりに特に含みはありません。ただ純粋に最年少国家錬金術師にきょうみがあるってだけで(苦笑)