「兄さん、やっぱり止めといた方が・・・」
「大丈夫だって!」
「でも・・・」
東方司令部のロイの執務室で、エドワードとアルフォンスの間にそんな会話がなされていた。
ロイ自身はまだおらず、二人は来客用のソファーの座っている。その前に置かれた二対のコーヒーカップは先ほどホークアイが運んできたものだが、どうやら論争のもとはここにあるらしい。
「あ!!」
「へっへーん!!」
エドワードはアルフォンスの制止も聞かず、隙を突いて一つのコーヒーカップに手をのばし、その手に握られた小瓶から何かの液体を流し込んだ。無色透明のそれは、すぐさまコーヒーに溶け込んで見えなくる。
「もう、どうなっても知らないからね!」
「心配ないって、効果はもう試したろ?」
「そうだけど・・・」
「今日こそあの、いけ好かねーすかした野郎にぎゃふんと言わせてやる!!」
完全な悪人面で笑うエドワードにアルフォンスは嘆息した。どうしてこう悪戯ばかり思いつくのだろうと考えていると、扉が開かれロイが入ってくる。
「待たせたね」
「よぅ大佐、久しぶり!」
エドワードはまるで何事もなかったかのように胡散臭い笑顔で手を上げる。
アルフォンスはエドワード曰く”いけ好かねーすかした野郎”にこれから振りかかるであろう災難を想像して、もう一度深くため息をついた。
お子様パニック -エピソードT-
エドワード達が帰ってから一時間ほどして、書類にサインをしていたロイは不意に眩暈に襲われた。
「な・・んだ・・・?」
書類の字が歪んで見えるほどのそれに、ロイは額を押さえた。すると今度は強い眠気が来る。
おかしい、昨夜は早く寝たはずだと頭を振ってみたが、その行動はまったくもって意味をなさない。必死に意識を繋ぎとめようとする努力も空しく、ロイはどさりと書類の山に上半身を突っ伏して意識を手放した。
「大佐ー、これにもサインお願いします・・・・・って、いないし」
執務室に入ったハボックは、無人の執務机を目にして嘆息した。
「まーたサボりかよ・・・・・ん?」
が、執務机の向こう側の何かに気付いて歩を進め、そして目を見開いた。
「なんだぁ!?」
なんと普段ロイが座っている執務椅子には、だぼだぼの軍服を身に纏ったニ、三歳の少年が眠っていた。
「ん・・・・・」
ハボックが大声を出したせいか、少年は眠たげに目をこすってうっすらと目を開いた。
「ハボック・・・?」
少年は自分の目の前で呆然としているハボックに訝しげに首をかしげた。
「何してるんだ、お前?」
「いや、それ俺の台詞だから。お前誰だ?」
「・・・・は?」
少年はハボックの言った意味がわからず眉を寄せた。
「私がわからないのか!?」
「いや・・・だから・・・」
ハボックは深くため息をついて、少年と視線を合わせるようにかがみこんだ。
「どこのガキだ、お前?」
「なんだと!?」
少年はその言葉に腹を立てたようだ。
「誰がガキだ!!」
「あーわかったわかった。で、君の名前は?」
「ロイ・マスタングだ」
「・・・・・・は?」
面倒くさそうに訊いたハボックは目を点にした。一瞬聞き間違えかと思ってもう一度訊くことにする。
「えーと・・・・もう一度言ってくれるかな?」
「ロイ・マスタングだ」
「・・・・・・・・・・・」
聞き間違えではない。そう確信してハボックは少年を改めて見つめた。少年の髪は漆黒で、自分を睨んでいる子供特有の大きな瞳も同じ色。それが、自分の知っている上官の姿と僅かに重なって、ハボックは恐る恐るもう一度だけ口を開いた。
「本当に・・・・大佐?」
「だから、さっきからそう言っているだろう!!」
しつこいと言わんばかりに怒鳴られて、ハボックは眩暈を感じた。有り得ない。普通に考えて有り得るはずがない。
「何を騒いでいるの少尉?」
「中尉、ちょうどいいところに!!」
不意に聞こえたホークアイの声に、ハボックは天の助けとばかりに振り向いた。
「・・・大佐は?」
「いや、それがですね・・・・・ちょっとこっちに来てもらえますか?」
「?」
ホークアイは怪訝な顔をしながらも、ハボックのほうへ歩み寄り、そしてやはり彼と同じように目を見開いた。
「・・・・・どう言うことかしら少尉?」
ホークアイは無表情にハボックのほうを向いたが、その口調から動揺しているのがまざまざと伝わってくる。
「・・・ちょっと待っててもらえるかしら」
ハボックからこれまでの話を聞いて、ホークアイは一度執務室をでて、ほどなくしてを連れて戻って来た。
「こちらです」
ホークアイに促されて、ハボックの佇む所までやってきたは硬直した。
「う・・・そ・・・・そんな・・・・」
あまりのことにはよろめいて後ろへ数歩下がった。
「どう思われますか?」
「大佐・・・・・・ですよね?」
ホークアイは逆にに聞き返されて頷いた。
「おい!!一体なんなんだ!?」
一人蚊帳の外になっていた少年は、いい加減に説明しろと椅子のふちを叩いた。
「・・・もう一度確認させていただきますが、あなたはマスタング大佐ですね?」
「中尉まで何を言い出すんだ!?」
「・・・・・・」
少年のその反応に、、ホークアイ、ハボックは無言で頷きあった。
「驚かないでくださいね、大佐」
そして意を決したように、ホークアイの横にかがみこんだが少年に鏡を手渡す。
「本当になんだと・・・・・・・・・・・・」
まったく訳が判らずも素直に鏡を受け取った少年はそこに映った姿を見て、我が目を疑った。
「な・・・・・なんだこれはっ!?」
そして少年、いや少年の姿のロイが大絶叫したのは言うまでもない。
-しばらくお待ちください-
「・・・つまり、気付いたらそうなっていた・・・・というわけですね」
「ああ、そうらしいな」
あれからしばし。
なんとか落ち着きを取り戻したロイを囲んで、おなじみの司令部の面々は執務室に集まっていた。ちなみに現在ロイは、だぼだぼの軍服姿ではなく、先ほど部下の一人に買ってこさせた子供用のパーカーと半ズボンを着ている。一見すればヒューズの娘のエリシアと並んでも違和感がないであろう、本当に唯の子供だ。
「でもなんでこんな事に?」
フュリーの言うとおり、それが最大の謎だ。一同がうーんとうなっていると、ファルマンが一つの可能性に気付いた。
「そうなる前に、何か食べたり飲んだりしませんでしたか?」
「・・・そう言えば・・・」
応接用のソファーでの横に座っているロイは、足をバタバタさせながら顎に手を当てた。本人は至って真剣なのだが、いかんせん見た目が見た目だ。なんとなく微笑ましい光景に、とホークアイは母性をくすぐられ、他の男性陣は必死に笑いをこらえた。
「鋼のが来ている時にコーヒーを飲んだ後、妙に眠くなったような・・・」
「では、原因はそれですね」
おそらくエドワードが何かしらしかけたのだろう。ホークアイは深く嘆息した。
「あー、だとするとマズイんじゃないですか?大将達今からじゃつかまらないですよ」
エドワード達は元々、賢者の石の情報をもらうためだけに司令部に寄ったのだ。すでにイーストシティから出てしまっているだろう。ブレダの言う事も最もだ。
「んじゃ、ずっとこのままって事っすか!?」
ハボックは思わずロイを指差した。
「そうよねぇ・・・このままじゃ・・・」
「軍議にもでれませんし」
ホークアイが言いかけると、ファルマンがその語尾を攫う。
「字も書けないんじゃ書類にサインも出来ませんし・・・」
それは先ほど確認済みだった。
「当然錬金術も無理ですよね」
フュリーの後にさらにブレダが続いた。
雨の日どころか終日無能と化してしまった上官に部下達の哀れみの視線が集まった。
「おまえら・・・・っく」
私自身の心配はしないのかと怒鳴ってやろうとしたロイだが、そこで声を詰らせてしゃくり上げた。
「大佐!?」
が驚いて顔を覗き込むと何とロイは瞳に涙をためていた。字が書けなくなってしまったこともそうだが、どうやら見た目以外にも幼児化は進んでいるらしい。
「くっそ・・ひっく・・・・なんで私がっ・・つ・・・!!」
本人に泣く気がなくても勝手に涙があふれ出てくるらしい。見る見るうちに大泣きを始めロイに、全員がどうしたものかとうろたえた。
「大丈夫ですよ、大佐」
そんな中、はそっとロイの小さな体を抱き上げて自分の膝の上に座らせると、優しく髪を撫でた。
「っく・・・すまない・・・」
「いいえ」
柔らかく笑んだにぎゅっと抱きしめられて、ロイは少しの後、安心してなんとか泣き止んだ。
だがしかし、大元の問題は全く解決していない。
果たして、ロイの運命やいかに・・・・・・。
to be continued
あとがきと言う名の言い訳
スターウォーズで、幼少アナキンにうっかり萌えてしまった神崎の妄想の産物です(笑)しかもエピソードTとかなってるあたり、確実にエピソードVまで引っ張るつもりらしいです。
わりとこのサイトシリアス傾向が多いので、たまには息抜き的にこんなギャグがあってもいいかなー・・・・というのは実は建前で、唯単にチビロイが書きたかっただけです(爆)