(・・・なんでこんなことになってるんだろう・・・・)
・はその形のいい眉を僅かにハの字に傾けて、自分にしか聞こえないくらいの小さなため息を漏らした。
目の前を見据えれば大きな鏡の前、椅子の上にちょこんと座っている自分の姿。否、正確には座らせられていると言った方が正しいかもしれない。
その後ろでは2人の人間がの長いプラチナブロンドをせっせと複雑に結い上げている。聞けばこの店お抱えの超一流のスタイリストだと言う。
「ご気分優れませんか?」
無意識にまた、ため息が漏れていたらしい。紅筆を持った女性が顔を覗き込んでくる。
「いえ、大丈夫です」
半ば自棄にそう答えれば、女性は微笑んでの唇に珊瑚色のルージュをひいた。
(なんでこんなことになってるんだろう・・・・・)
再びは思ってしまった。事の起こりは数日前に遡る。
One-day princess
「大佐、また届きましたよ」
デスクに向かうロイにそういってホークアイがさしだしたのは一通の手紙。
「ああ・・・そろそろ来ると思っていたが」
受け取って裏返してみれば、大総統紋章で封がしてある。ぴっとそれを破いて現れた中身はカードのような物。
「・・・やっぱりな」
予想通りの内容にうんざりとロイはため息をついて見せた。
「なんすかそれ?」
2人のやり取りを見ていたハボックが興味津々に近づいてくる。
「大総統主催の夜会の招待状だ」
「へぇ」
ロイが興味なさげに差し出したそのカードを受け取ったハボック。そこに書いてあるのは形式張ったあいさつ文と日時、場所、そして最後に軍事最高責任者、大総統キング・ブラッドレイの名前。
「・・・あれ、”本年も”って毎年こんなことやってましたっけ?俺んとこに届いたことないっすよ?」
「馬鹿者。お前に届くわけないだろう」
「へ?」
文面の一箇所に疑問を思ってみればロイに速攻そう返された。
「軍の公式行事だから出席できるのは佐官クラス以上の軍人だけなのよ」
ホークアイがいれたフォローにハボックはようやく合点が行った。なるほどそれなら少尉の自分に届くはずがないと。
「んで大佐は参加するんすか?」
「いや、夜会と銘打っていても大総統の話の後に、無礼講と称して勝手に飲み食いするだけだしな」
招待状は毎年必ずロイの元に届いていたが、彼が参加した事は一度もない。佐官以上の人間ともなればそれなりに年齢を重ねた者の参加率が高くなる。その中には若くして大佐の地位についたロイをよく思わないものも多い。そんな所にわざわざ顔を出せばどんな扱いを受けるかは想像に容易いだろう。
「それに、男だらけのパーティなんぞのどこが楽しいんだ」
「あーなるほど」
一番の理由はそれかとハボックは苦笑した。
「あれ、皆さんどうされたんですか?」
ロイが招待状を無に帰すべく発火布をはめていると、が書類を抱えて部屋に入ってきた。
「夜会の話をしてたんっすよ。少佐は参加するんすか?」
「そういえば、招待状が届いてましたが・・・・私は不参加のつもりです、女性の参加者も少ないでしょうから・・・」
女性佐官もいるにはいるが、圧倒的多数の男性陣の中にわざわざ飛び込む気にはなれない。事実毎年参加する女性はほんの数人程度であった。
「だとするとここからの参加者は例年通り、将軍だけですね」
「・・・いや待ちたまえ、やはり今年は私も参加しよう」
ホークアイの呟きに、いつのまにか発火布をしまいこんだロイはそう言うとの方に向いた。
「少佐、君も参加したまえ」
「ええっ!?」
ロイの発言には思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「あの・・・・でも私こういう行事ってどうも苦手で・・・」
「いい機会だ勉強になるぞ」
「いや・・・でも・・・・」
「上官命令だ、一緒に参加したまえ」
「・・・・・・・・」
自分たちの目の前で堂々と職権乱用する上司の姿に、ハボックとホークアイは、タイミング悪く現れたの運の悪さに心底同情するのであった。
ー数日後ー夜会前々日・午後
「少佐」
「あ、大佐お疲れ様です」
定時上がりでロッカールームに向かっている途中のを、ロイが呼び止めた。
「明日のことだが、午後6時の便でセントラルに出発する」
「はい、6時ですね」
夜会の会場はセントラルだ。そのためイーストシティ住まいのとロイは前日の夜に列車を使いセントラルに向かうことになる。
「ところで君は夜会に着ていく服は決めたか?」
「え・・・・・、公式行事ですから軍の礼服では?」
通常、式典やその他の公式行事には礼服を着用することがならわしである。
「何か別の服を用意した方がよろしいですか?」
そう思い込んでいたは特にそれようの服を用意していない。不安になって聞いた物の、出発は明日の夕方である。今からではとても間に合わない。
「いや結構。では当日の昼間私に付き合いたまえ」
だがロイは、逆にその答えを待っていたかのような笑顔を見せた。
「え?あの・・・・」
「ではまた明日」
「・・・大佐?」
意味が解せずにいるを残すとロイは上機嫌で去っていった。
ーさらに翌々日ー夜会当日・昼
およそ一晩かけてセントラルに到着した2人は、ロイの運転する車で市街地を走っていた。
「・・・あの大佐?」
「なんだね?」
「一体どこに向かわれてるんですか?」
窓からみえる風景は、セントラル駅から大通りを抜けた、有名ブランド店ばかりが軒を連ねるいわゆる高級ブティック街である。
「何すぐわかるさ・・・・ああここだ」
言いながらも目的の場所に着いたらしくロイは車をとめる。そこはも知っている超一流ブランド店の前であった。
「どうした少佐?こっちだ、早くきたまえ」
なんだか嫌な予感がして棒立ちになっているに、早々店の階段を昇ったロイが声をかける。
「あ・・・はい」
が慌てて追いつくとロイは店のドアを開けた。さすがに有名店だけあってその内装も豪華だ。名前は知っていてもこういう場所に来る機会のなかったは思わず辺りを見回す。その間にロイがカウンターの呼び鈴を鳴らすと、ほどなくして一人の男が現れた。
「お待ちしておりました、マスタング様。そちらの女性ですね」
この店の支配人と思われる高価なスーツに身を包んだその男は、どうやらロイと面識があるようだ。
「ああ、夜会に出席するから彼女に何か見立ててやってくれ」
「かしこまりました、ではどうぞこちらへ」
「え・・・・?」
男に促されて慌ててロイを見る。
「私は用があるから終わるころには戻る」
この環境が落ち着かないのだろう、不安そうな表情をするに優しく言う。
「支払いならすませてあるから心配しなくていい。行って好きな服を選んでおいで」
「ええ!?そんな悪いです!!」
ロイはさらりと言って見せたが、この高級店で一体いくら支払ったと言うのか。
「いいから、あんまり私の面子を潰してくれるな。ほら、待たせているぞ」
「は・・・・はい・・・ありがとうございます」
「では頼む」
が小さく頷いたのを見届けて、ロイは店から出て行ってしまった。
その後、男に案内されたのは店の奥まった所にある上客専用のサロン。戸惑うに女性店員があれこれ聞いているうちに、ドレスやら靴やらが運ばれてきた。
ーで、現在にいたる。
(・・・・やっぱり大佐くらいの人になると金銭感覚も違ってくるのかな・・・)
人形のようにおとなしく飾られながら、は思った。先ほど店員が運んできたドレスの値札をちらりと見た時は思わず目を疑った。一桁違う。自身も国家錬金術師の資格をとってから、それなりに潤った生活をしているが、それにしたって額が額だ。
(慣れてるよなー・・・・)
先ほどロイがどこかこなれた様子だったのは、普段から女性とこういう店にも出入りしているからだろう。
「終わりましたよ、いかがですか?」
ふいに店員から声がかかって、顔をあげる。椅子から立ち上がればすっかりドレスアップされた自分の姿が鏡に映った。
「・・・・すごい・・・」
よくもここまで人を飾り上げたものだとは的外れな感想を持った。軍人になってからは特にだが、彼女は自身普段から着飾ることにあまり興味を持たない。こんな風に正装するのも初めての経験であったからどう反応していいのかわからなかった。
「よくお似合いですわ。さ、こちらへ。お連れの方がお持ちですよ」
「大佐が?」
ロイは別室のソファーに座って出された紅茶を飲んでいた。と別れたときは私服であった彼も、今は仕立てのいい黒のタキシードに身を包み、いつもは前におろされている前髪も後ろになでつけられている。扉が開かれたのに気づいて彼が立ち上がると、女性店員に連れられたが、その後ろに隠れるようにして入ってきた。ロイはその姿を見て思わず発しようとしていた言葉を飲み込んでしまった。
「お待たせいたしました」
そういって女性店員が丁寧に頭を下げる。
「た・・・大佐?」
しかし何も反応しないロイにが不安そうに瞳を細めた。
「・・・やっぱり似合いませんか・・・?」
「・・・・驚いたな」
の言葉にロイはあらためて彼女の姿を見つめた。
彼女の細身の体を包むのは、深紅の最高級シルクのカクテルドレス。体のラインにピッタリとフィットしたそれは、肩から背中にかけて適度に露出したシックなデザインだが、なによりもその白い肌にとてもよく映える。手足には同色のハイヒールとサテンのロング手袋。綺麗に結い上げられたプラチナブロンドの髪が流れるの顔には上品なメイクが施されており、いつもは年齢より幼く見える彼女を大人の女として演出している。淡く色づいた珊瑚色の唇がどきりとするほど艶めいて見えた。
「想像以上だ。よく似合っている、綺麗だ」
「あ・・・・ありがとうございます」
思いもしなかったロイのほめ言葉にカアッと赤くなって俯いた。
「では行こう。そろそろ時間だ」
店員に見送られて店を後にした2人は、再び車に乗って今度は会場になるホテルに向かう。
「考えたら・・・そういう姿の大佐を見るのも初めてでしたね」
助手席に座るは運転するロイに向かって言った。軍服のときとはまったく違った雰囲気の今のロイは、どこからどうみても一人の紳士だ。その姿は、日ごろ彼を慕う女性を見てきたにもとても魅力的に映る。
「ああ、そうだったな、似合わないか?」
「いえそんな・・・その・・・凄く格好いいです・・・あ」
しまったとは両手で顔を覆う。仮にも上官に向かって”格好いい”とは。慌てて否定したのはいいが、少々正直すぎた自分の言葉に気づいた。
「君にそう言ってもらえて嬉しいよ」
先ほどから百面相をくりかえすにロイは自然と笑みがこぼれた。
「す・・・すみません」
「いや。それより忘れる所だった、そこの脇に紙袋があるだろう?」
「あ、これですか?」
ロイが顎で示した先に置いてある小さな紙袋を手にとる。
「開けてみるといい」
「いいんですか?」
「ああ」
その返事を聞いては躊躇いがちに紙袋から取り出した包みを開いていく。包みの中から出てきた小箱を開けるとそこには綺麗な装飾の施されたネックレスと、同じデザインの一対のイヤリング。
「綺麗だろう?つけてみてくれ」
「そんな、さっきのことだってあるのに!!」
ネックレスとイヤリングを彩る深紅の耀きはどう見ても本物のルビーだ。その細工のきめこまやかさから、の素人目にも一級品だとわかる。いくらなんでもこんな高価な物までもらえない。頑ななの様子にロイは苦笑すると一度車をとめた。
の手からネックレスを取るとそっと彼女の首に手を回してつけてやる。
「あ・・・・」
「ほら・・・このドレスによく似合う」
「でも・・・」
「難なら、イヤリングも私がつけるが?」
「っ・・・自分でつけさせていただきます!」
真っ赤になって慌ててイヤリングに手を伸ばすに満足してロイは再び車を走らせる。
「・・・本当にによろしいんですか・・・大佐?色々と・・・」
「君のその姿が見れただけで私は十分なんだがね」
そうロイは満面の笑みで言って見せた。
(・・・まいったな、完全にこの人のペースに乗せられてる気がする)
は本日何度目になるか、わからないため息をついた。
午後5時、会場であるホテルに着いた二人は車から降りると、ホールに向かう。
「すごいですね・・・ここ」
「ああ、私も今回はじめて来たが、さすが大総統主催といったところか」
セントラルでも1.2位を争う高級ホテルの内装には息を呑む。今歩いている廊下など大理石製だ。その廊下を抜けたホールの入り口で従業員に招待状をみせるとホールに通される。
高い天井に巨大なシャンデリアが耀くホールには、すでにほとんどの招待客がそろっていたた。無論、軍の高官ばかりである。ロイとが中に進んでいくと、あたりが一瞬ざわめき、多くの視線が2人に注がれた。
「・・・大佐・・・なんか私たち凄く見られてる気がするんですが・・・・」
周りに聞こえない程度の小声で隣を歩くロイに言う。
「ああ、どうやら今日の参加者で女性は君だけらしい。だからだろう」
「ええっ!?」
は明らかに動揺した。確かに女性が少ないのは知っていたがまさか本当に一人になるとは思っても見なかった。元々、こういった場所には不慣れな自分である。突き刺さる大勢の視線には今すぐ帰りたくなった。
「・・・緊張しているのか?」
「はい・・・少し・・・いえ、かなり・・・・」
緊張に震えるの様子にロイはすっと腕を差し出した。
「怖がらなくていい」
「・・・ありがとうございます」
はそっとその腕に自分のそれを絡めた。普段の彼女ならば絶対に考えられないような行動だが、今は少しでも気持ちを和らげたかった。
「いや、気にするな」
本人は無意識なのだろうが、すがるようにきゅっと力の強くなった腕にロイは笑んで顔をあげた。理由はどうあれ腕を絡めて歩くその姿は、さながらエスコートして歩く紳士と、されて歩く淑女のようである。
(どうやら気づいていないらしいな・・・)
少し落ち着いたように見えるの表情に、ロイは思った。にはあえて言わなかったが、彼女がここまで見られている理由は言うまでもなく彼女自身のためだ。文字通り、夜会で紅一点となったその姿は、男なら振向かずに入られないほど美しく、魅力的だ。
普段、軍部にいるときもそうだが、彼女のこういった自分に関してはまったく無頓着な所が、逆に人をひきつけているのかもしれない。
「よぉ、ロイ!」
突然かけられた声に振向けばそこにはロイと同じくタキシードに身を包んだヒューズとアームストロングが立っていた。
「ヒューズ!」
「まさかお前が来るとは思わなかったぜ。も久しぶりだな」
「ヒューズ中佐、アームストロング少佐!お久しぶりです」
ヒューズの明るい様子にの緊張もわずかにほぐされたようだ。
「その服似合ってるぜ、やっぱおまえ美人だな」
「うむ、美しいぞ・」
二人の言葉にははにかんだような笑顔を返した。
「やはり君はそう言う表情をしている方がいいな」
ようやく笑顔の戻ったに思わずロイの表情も綻ぶ。
「なんだ、お前緊張してたのか?」
「ええまあ・・・どうもこういうのって慣れなくて」
人に見られること自体は東方司令部の例でようやく慣れてきたが、どうもこの威圧感のある視線は耐えがたい物がある。苦笑したにヒューズは意外そうな顔をした。
「ま、無理もねーか。見ての通りお偉いさんばっかだしな。ほら、これでも飲んで気分なおせよ」
そういってヒューズが差し出したのはシャンパンの入ったグラスであった。
「中佐・・・・私、一応未成年なんですが・・・・」
「あ、そういえばそうだったな」
悪い悪いと笑うヒューズにつられてもくすくすと笑う。
「いえ、では私も何か飲み物をいただいてきます」
軽く頭を下げて、はドリンクバーの置いてある方に歩いていった。
(大佐も久しぶりに中佐と会ったんだからゆっくり話したいだろうし・・・)
飲み物を取りにいくとは言ってきたが、それは親友同士の会話を邪魔しないための口実である。
「めずらしくお前が来たと思ったら理由はアレか」
「なんのことだねヒューズ中佐」
話題の本人がいなくなったことでヒューズが話を振ると、ロイはわざとらしくとぼけてみせた。
「よく言うぜこの色男。一回も顔出したことなかったお前が来たってだけで、上の連中大騒ぎしてるってーのに、まさか仲良く腕組んで入ってくるとはな」
「それは、成り行きだ」
ヒューズは”どうだか”と両手をあげてみせる。
「大方、お前が無理矢理連れてきたんだろうが、一瞬だってわかんなかったぜ。おまえんとこでも美人だ美人だって騒がれてたみたいだが、服が変わるだけでこうもかわるとわな。女ってのは怖いねぇ」
「その点私の目に狂いはないからな」
ロイは自慢げに笑ってジャンパングラスの中身を一気にあおった。
「ったく、かわいそうにのやつさらし者状態だぜ?来た時からあっちこっちでその話題で持ちきりだ」
「そうでなくては連れてきた意味がない」
「・・・・お前らしいよ」
どこまでも余裕な態度の親友にヒューズはがっくりと肩を落としたが、次に顔をあげたときその表情は真剣だった。
「お前とは付き合いが長いからみてれば大体わかるけどな、その気ならちゃんとあいつを・・・・の事守ってやれよ?これは親友としての忠告だぜ」
「わかっているよヒューズ。だから私もわざわざ、こうして来たんだからな」
公式の場で、そう言う風に振舞うことが何を意味するのか。無論ロイは百も承知だ。
「・・・やることが一々派手なんだよお前は」
「性分でね」
「ああ、よく知ってる」
昔からこういうやつだとヒューズはため息をついた。
「これは”光耀の錬金術師”ではないか」
が飲み物を取りに行った途中で合った顔見知りの少佐と話していると、突然そんな声がかかった。背中越しにいる人物の顔は見えなかったが、慌てて敬礼して逃げるように去っていった少佐の様子に少なくとも相手が上官であることは想像がつく。何よりも自身その声に聞き覚えがあった。
「・・・こんばんわ、ハクロ将軍」
振向いて頭を下げれば予想通りの人物とその側近が目に入った。ニューオプティン支部のハクロ少将である。よりにもよって一人になったとたんこの男に出くわすとは。は自分の運のなさを恨んだ。
「少佐と言ったか?君の噂は私の耳にもよく入ってきてね、東方司令部でも2〜3度見かけた事があったが今宵は一段と美しいな」
「恐縮です」
は体面上のの笑顔を作るとまた軽く頭を下げた。この男は、ロイのことをよく思わない上層部の人間の中でもとりわけ彼を敵視している人物である。こうやって個人で話すこと自体は初めてではあるが、自身できればあまり関わりあいたくない。
「君とマスタング大佐が共に現れた時は私も驚いたよ。彼が夜会に参加するのは初めてでね、一体どういう風のふきまわしだ?」
「詳しくは存じ上げませんが、一度くらいは顔を出すのが礼儀と思われたのかと」
ほら来たとばかりには間を空けずに即答した。無論、隙あらばロイのあらを捜そうと言うこの男の意図を見極めた上での社交辞令である。それがわからないほど相手も馬鹿ではない。見下すような笑みを浮かべていたハクロの眉がぴくりとはねた。
「そうかね。まあ、彼の気持ちもわからんでもない、君のような同伴者がいるのであればな。先ほどの様子だとなにやら彼とは深い関わりがありそうだが・・・君とマスタング大佐はどういう関係だね?」
「私はマスタング大佐の部下であり、駒であり、楯です。それ以上にもそれ以下にもなった記憶はありません」
この男が何を言いたいのか大体想像がつく。ロイの失脚を望む者からすれば、副官とのスキャンダルなど持って来いの話であろう。最も自身そんな関係になったつもりは断固としてないが。
「何、そう構えんでもいい。別にその事についてどうこう言うつもりではないのだからな。イーストシティからは長旅であったろう、今夜はマスタング大佐と共にホテルにでも泊まるのかね?」
ハクロの言葉に側近たちが何とも下品な笑いを漏らす。
「・・・・・・」
これは明らかなセクハラだ。下卑た扱いに流石のも表情から笑みが消える。
「おや、今のは失言だったな、機嫌を損ねたようだ」
「いえ」
は無意識に声のトーンが下がった。その様子を楽しむかのごとく厭らしい笑みを浮かべたハクロは、一歩に近づくとその肩に触れた。
「!」
僅かには眉を上げる。先ほどからの発言と言い、上官でもなかったら今すぐ手を払いのけてやりたいくらいだ。
「聞けば君は随分と優秀な人物だそうじゃないか。錬金術のレベルも高いと聞く」
「ありがとうございます」
この男のご機嫌取りの言葉になどにわざわざ答えてやる気など起きなかった。は一言だけ返す。
「実はニューオプティンには国家錬金術師がいなくてね、今候補を募っている所なんだが・・・・」
ぐっと、の肩におかれたハクロの手の力が強くなった。半ば強引に引き寄せられる。
「どうだね、あの男の部下など辞めて、この機会に私のもとに移っては?何、不自由はさせんさ」
「私は・・・!」
「それは少々困りますね」
が何かを言おうとした時、ふいにその腕が強く引かれた。気づけばいつのまにか現れたロイが、ハクロからをかばうように、彼女の体を自分の後ろに引き寄せている。
「失礼、ハクロ将軍。我が東方司令部は人員不足でして。
何より彼女は私の優秀な副官ですので、お譲りすることはできかねます」
ロイはにっこりと笑って見せた。突然登場した彼にハクロがおもしろくなさそうな顔をする。
「・・・何、ほんの冗談だ。機嫌を損ねたようだったのでな」
「おや、そうでしたか。それはご無礼を。なにしろ彼女は見ての通り若輩者ですので、将軍閣下の崇高なお戯れには耐性がないのです」
切れ長の目を細めたロイが嫌味たっぷりにそう言えば、ハクロの小さな舌打ちが聞こえる。
「ふん、まあいい、私はこれで失礼する」
ハクロは目線で促して側近と共に二人に背を向けた。
「マスタング大佐」
が、数歩進んだ所で振向いた。
「飼い狗は飼い狗らしく鎖に繋いでおくことだ」
「肝に銘じます」
そう、口の端を吊り上げて返したロイに、ハクロはもう何もいわずに側近を引き連れて行ってしまった。
「・・・・大佐」
ハクロとの一件が一段楽した後、その場を離れたはロイを見上げる。
「すまない、私のせいで君に不快な思いをさせてしまったな」
「いえ・・・有難うございました」
ロイが来てくれた時、は心底ほっとした自分に気づいていた。
「あの男が言ったことなら気にしなくていい、いつものことだ」
「はい」
「それとも気分を悪くしたのなら、もう帰るか?」
「いえ、もう本当に大丈夫です!!」
「そうか・・・」
はそう言って笑顔を見せる。ロイのこまやかな気遣いもそうだが、何より助けに来てくれた事が嬉しかった。
「折角ですからもう少し楽しみましょう?」
そう言って通りかかったボーイから二つ受け取ったグラスのうち一つをロイに渡した。
「酒は飲まないのではなかったか?」
グラスの中で揺れる赤ワインにロイが苦笑する。
「気分治しに今夜だけ」
”ね”とが見上げた。
「では、今宵の君に乾杯」
「気障ですよ・・・」
言いながらもは軽くグラスを上げて乾杯と小さく呟いた。
「お・・・おい、大丈夫なのか?」
一気にグラスの中身をあおるにロイは不安になった。未成年の飲酒については、自分も人のことを言えた口ではないのであえて触れないが、が酒に対して耐性があるとはあまり思えない。
「だいじょーぶですよ?」
「・・・・・・」
そう言って顔をあげたはすでに真っ赤で。ロイは少なからず不安を感じた。
「・・・・まったく、何が”大丈夫”だ」
ハンドルを握りながらロイは一人ごちた。
現在の時刻は午後11時。夜会が終り、セントラル駅にむかうべく、深夜の市街地を走っている途中である。助手席には熟睡中のが座っていた。
あの後、二人に加わったヒューズが面白がって飲ませる物だからすっかり酔ったは、会場を出た瞬間、眠ってしまったのである。仕方なくロイは、人目につかぬようわざわざ裏口を選んで駐車場まで彼女の体を抱き上げて運んだのだった。
「無邪気な顔をして・・・・・」
酒が入ったせいか幸せそうなの寝顔に頬が緩む。と、その時。
「!」
ロイは慌てて車を急停止した。見れば寝ていたと思ったがロイの首に抱きついている。
「・・・たい・・・さ?」
がとろんとした瞳でロイを見つめた。
(駄目だ・・・完全に酔ってるな)
焦点の定まらない瞳にため息をつく。
「・・・少佐!?」
さらに強くしがみついてきたにロイはめずらしく動揺した。酔った上の無意識の行動とはいえ深夜の車の中で2人きり。しかも一緒にいるのはいつもよりも数段艶めいて見える。ロイとて男だ、さすがにこれ以上はまずい。
「んー・・・・・」
しかし、ロイの葛藤をよそにはかくんと首をうなだれると再び寝入ってしまった。
「・・・・・・」
一瞬ロイは目を見開いたが、苦笑すると静かにの体を離して元通り助手席に戻した。そして車を走らせる。
「本当に・・・・無防備過ぎるのも考えようだな」
一緒にいるのが自分だと言うことを忘れているんじゃないかと思える程、安心しきった顔のにロイは思った。
翌朝、イーストシティ行きの電車の中で目覚めたは夜会での出来事を何一つ覚えていなかったと言う。戸惑う彼女にロイはただ静かに笑みを浮かべていたとか。
(終わっとけ)
あとがきと言う名の反省文。
これぞ、ヤマ無し、オチ無し、イミ無し!!(爆)
プリティーウーマン見たら突発的に書きたくなったシロモノです。
ぶっちゃけ、ロイにエスコートされるヒロインが書きたかっただけなんで、その他のくだりが相当いい加減です。内容薄くてすみません、場面転換が多いせいで散文的になってしまいました;
連載の方が新章突入できりがいいのでアップしてみましたが、時間設定的には本編より少し前です。
なんだかハクロ将軍がただの嫌な上司になってしまいましたが・・・・セクハラは笑顔で受け流しましょう(笑)
どうでもいいですが、アメストリスでは飲酒運転していいんでしょうか・・・・